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美咲の剣  作者: きりん
三章 生き抜くために
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十一日目:美咲の修行4

 次の日。

 朝になって美咲の様子を見に部屋を訪れたアリシャは、美咲が既に起床して身支度を整えていたことに意表を突かれた。


「おはようございます、アリシャさん。昨日の夜のうちに、あの筋肉痛になる魔法薬をいくつか失敬してしまいました。すみません」


「……別にいいけど。鍛錬してから飲まないと意味無いよ?」


「大丈夫です。実は昨日の夜から今まで自主錬していて、その時に飲んだんです。それで、あの、今の分の魔法薬が切れてしまったので、もう一粒いただきたいのですけど、いいですか?」


 美咲の申し出の驚いたアリシャは、もう一度美咲を観察してみる。

 よく見ると、美咲の目の下には濃い隈が浮いていた。


「おいおい。私の修行でぶっ倒れたっていうのに、あれからまた徹夜で修行してたのかい」


 呆れながらも、アリシャは美咲の懇願通り、魔法薬を一粒渡す。


「夜のうちにそれだけ修行したんなら、今日は一日休息に回そうか。疲れてるだろ?」


「いえ、大丈夫です。すぐに良くなりますから」


 美咲は魔法薬を飲み込むと、うめき声を上げて蹲り、異常な量の脂汗をかく。

 尋常でない様子の美咲に、アリシャの眉が下がる。


「いわんこっちゃない。これじゃどの道修行は無理だ。痛みが消えるまで休んでな」


「だ、大丈夫です」


 汗で服を濡らしながらも、美咲はゆっくりとした動作で立ち上がり、深呼吸を繰り返した。

 少しずつ、美咲の容態が治まってくる。

 アリシャは顔を顰めると、額に手を当てた。


「もうここまで回復するようになっちまったのか。呆れた子だねえ」


 普通なら、薬を飲んで倒れた次の日に、これだけの反応で済むはずがない、というのがアリシャの見解だった。

 肉体の超回復を強制的に促進するこの魔法薬は身体が鍛えられれば鍛えられるほど、超回復の度合いが低くなり、身体の反応も小さくなるという特性がある。

 先日は倒れるほどの反応を見せていたのに、それが今日になってこの程度で済んだということは、それだけ夜中のうちに美咲が無茶な修行を繰り返したということになる。

 よくよく見れば、不健康に細かっただけの美咲の手足には、一晩で見違えるほど、カモシカのようにしなやかな筋肉がついていた。

 今までがガリガリの不健康少女だとすると、今の美咲は健康なアスリート少女だ。腹筋だって割れている。

 そしてそれは呆れこそすれ、アリシャにとって不都合にはならず、むしろ好都合だった。


「それじゃあ、やっちゃうかね」


 修行内容を頭に思い浮かべ、にやりとアリシャが笑った。それはそれは、あくどい笑みであった。



■ □ ■



 本日最初の修行は昨日の復習から始まった。

 倒れるまでの走り込みは、同じ時間で二倍の距離にまで伸びていたし、アリシャの大剣を背負わされても、美咲はもう無様に倒れることは無かった。


「こうも早く適応されると、なんかこう、面白みがないねぇ」


 美咲の腰にロープを括りつけながら、アリシャがぼやく。


「私の修行なんですから、アリシャさんに対する面白みなんて要らないです」


 反論する美咲は半眼だ。

 大石と美咲をロープで繋いだアリシャは、どっかりと大石の上にふんぞり返った。


「よし。じゃあ、昨日と同じように走ってみな」


「はい!」


 大きな声で返事をした美咲は、昨日とは見違えるような力強さで、大石を引き摺って歩いた。

 昨日はアリシャに殺されかけなければ全く動きすらしなかったのに、今日は何もされなくとも、少しずつではあるが確かに動いている。


「ほら、見てくださいアリシャさん! わたし、こんなに歩けるようになりましたよ!」


 真夜中の特訓は無駄ではなかった。

 修行の効果が現れて狂喜乱舞する美咲に、アリシャは無造作に大剣を振るう。


「美咲。私は走れと言ったぞ。歩けとは言ってない」


「ぎゃああああああああ!」


 斬撃を辛くもかわし、脱兎のごとく美咲が走り出す。

 かかった急加速に逆らわず、アリシャは大石の上から飛び降りた。

 昨日よりも軽快に走る美咲を、アリシャは嬉々として大剣を振り回し追いかける。


「あっはっは! その調子だよ! やっぱり美咲はこうでないと!」


「アリシャさんの鬼! 悪魔! この人でなしー!」


「褒め言葉だねぇ!」


 高らかに笑うアリシャは、その実美咲の実力を見極め、絶妙な手加減で美咲を追い詰めていた。

 決して殺すようなことはせず、だが一歩間違えれば死ぬことを、美咲に強く意識させる。

 時にはわざと斬撃に殺気すら篭めた。

 その全てにいちいち美咲は律儀に反応を返すので、アリシャはそれをとても面白がった。

 美咲にとってはたまったものではないが、そのおかげで美咲の殺気に対する敏感さや、不意打ちへの反応速度が鍛えられたのは紛れもない事実である。

 稽古をつけるアリシャの腕が良いのか、はたまた稀に見る強運を美咲が持っているのか、不思議とひやひやさせられる場面が多い割には、美咲は致命の一撃を貰わない。せいぜい掠る程度である。

 まあ、アリシャの持つ武器は超重量の大剣なので、その掠る程度であっても、美咲にそれなりの傷を刻んでいくのだが。

 だがそれでも、美咲が修行で負った怪我の原因のほとんどは、アリシャの一撃を跳ねて回避した後の受身の失敗による打撲だったり、振るわれる大剣の斬線を無理に逸らそうとして力負けし、逆に勇者の剣を撥ね飛ばされて自分の剣で切り傷を負ったりと自爆がほとんどであった。

 午前の修行が終わる頃には、美咲の身体は軽傷だらけでボロ雑巾のようになっていた。

 げに恐ろしきは、それだけ痛めつけられても、戦闘に支障が出るような怪我は一つも負わせていないアリシャの力加減である。見た目はずたぼろだが、どれもこれも自然治癒に任せておけば数日で治ってしまうものばかりだ。


「よし。昼食にしようか」


「お、終わったの……? 良かった、私まだ生きてる! 生きてるよ!」


 修行という名の理不尽の嵐を耐え抜いた美咲は、生の有り難味を実感し歓喜した。

 手早く手持ちの薬草で自分の傷の手当をし、魔法薬を飲んで筋肉痛の苦しみを再び一頻り味わうと、美咲はうきうきとした様子で大剣を地面に置いたアリシャに話しかけた。


「今日はどこのお店で食べるんですか?」


「ああ、今日はどこにも行かないよ。ここで取る」


「……ここで、ですか?」


 どういうことだろうと美咲が首を傾げていると、自分の道具袋を引き寄せて漁り始めたアリシャは、中から二つの木製ランチボックスを取り出した。


「いちいち移動するのは時間の無駄だからね。時間を有効利用できるように、今日は弁当にしたのさ。ほら、これは美咲の分だ」


 なんと、本日の昼食はアリシャの手作り弁当らしい。

 ランチボックスを手渡された美咲は、まじまじと手元のランチボックスとアリシャを見比べる。


「わ、私の分まであるんですか? 私、何も返せませんよ」


 至れり尽くせりの状態に、美咲は困惑した。

 恐縮する美咲に、アリシャは快活に笑いかける。


「そんなの気にしなくていいよ。修行をつけている以上、一応これでも師匠と弟子っていう関係になるからね。可愛い弟子のためなら多少の手間は惜しくない」


 歯の浮くような台詞をアリシャはにやにやしながらさらりと口にする。立派なことを言っているが、表情から美咲の面白い反応を期待しているのは明らかだ。

 美咲はアリシャに自分の職業がコメディアンか何かと間違われていないかと少し心配になった。

 もっとも、では何かと問われれば、美咲には答えることはできないのだが。

 勇者だとは口が裂けても言えない。そんな実力は、美咲にはまだ無い。


「ほら、開けてみな。これでも自信作だよ」


 アリシャに急かされ、美咲はこわごわとランチボックスを見る。

 木製の無骨なランチボックスだ。やや大きめで、中々ボリュームがありそうである。

 無骨で大きなアリシャの手がちまちまと弁当を詰めている光景を想像した美咲は、不覚にも少し可愛いと思ってしまった。

 微笑みつつ、蓋を開ける。

 中にはサンドイッチが綺麗に並べられて入っていた。

 薄くスライスされた白パンに、様々な具が挟まったサンドイッチが何種類も入っている。

 焼いた肉を挟んだもの、ドレッシングで和えた生野菜を挟んだもの、卵を炒めてスパイスで味付けしたものなど、内容は様々だ。

 彩りも良く考えられていて、食欲をそそる見た目に美咲の腹が鳴った。


「あう……」


 恥ずかしさに顔を真っ赤にして自分のお腹を押さえる美咲に、アリシャは含み笑いをした。


「いやあ、身体は正直だねえ。それじゃあ食べようか」


 サンドイッチを一切れ摘んで豪快にかぶりつくアリシャに倣い、美咲も一切れ選んでさっそく賞味することにした。


(どれにしようかな……)


 焼肉には何で作ったのか分からない茶色いタレが沁み込んでおり、香ばしい匂いを放っていて食欲を刺激するが、材料が分からない、という一点が美咲を少し不安にさせる。

 もし虫とかだったらどうしようと考えて、自分の想像に美咲は総毛立った。否定し切れないのが怖い。何しろ美咲が今いるのは異世界なのだ。香ばしい匂いを放つ虫だっているかもしれない。美咲にはまだまだ知らないことが多い。

 そういう意味では、ドレッシングも危険だ。見た目は無色透明のドレッシングのようだが、安心はできない。美咲の想像もつかない怪しい材料が使われている可能性が無いとはいえない。今までの料理もそうだったが、翻訳サークレットは、料理名や材料名などの固有名詞までは翻訳してくれないのである。

 意を決して美咲が手に取ったのは、無難なスクランブルエッグのサンドイッチだった。この世界でも同じ名前かは分からないが、美咲の認識では挟まっているものはどう見ても、間違いなくスクランブルエッグである。何の卵かは分からないが。

 一口食べた美咲は思わず目を見開く。


「……美味しい」


 適度な塩味とほんのりと利いたスパイスの辛味に、ふわりと崩れるスクランブルエッグの食感が絶妙に合わさっている。

 白パンにはバターが塗られているようで、この世界では上等な白パンを使っていることといい、豪勢な食事だった。

 修行による疲労と空腹もあって夢中になって食べる美咲をちらりと見て、アリシャが相好を崩した。


「その様子じゃ口に合ったみたいだね。よかったよかった」


「はい。とても美味しいです」


 たちまち一切れ食べ終えた美咲は、ほう、と満ち足りたため息をつくと、年頃の少女らしくふんわりと笑った。


「食べながらでいいから聞いておくれよ」


 食事を続けていると、同じようにサンドイッチを摘むアリシャが口を開く。


「午後からは魔法の訓練をしようと思ってる。ぶっちゃけ、身体を鍛えるのは要領さえ覚えちまえば私がいなくたって美咲だけでもできるからね。どうせなら、私がいる時にしかできないことをしよう」


「でも、私の体質じゃほとんどの魔法は効きませんよ……?」


 言外にあまり意味がないのではないかという意味をこめて美咲が問いかけると、アリシャはにやりと笑った。


「魔法が効かなくたって、使わない理由にはならないだろ。それに効かないからこそ、美咲にとって武器になる魔法もある」


「えっ!? そんなのがあるんですか!?」


 驚いた美咲が振り向くと、アリシャはそ知らぬ顔で自分のサンドイッチを口に押し込み、もしゃもしゃと咀嚼する。

 飲み下したアリシャが言った。


「まあ、詳しくは後のお楽しみさね」


 勢い込んで身を乗り出していた美咲の身体から力が抜ける。

 美咲は半眼でアリシャを睨んだ。


「もう。焦らしすぎですって」


 興味が向くもはぐらかされた美咲は、頬を膨らませてサンドイッチを齧った。


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