九日目:第一次城塞都市攻防戦3
ベルナドが率いる騎士たちで編成された突撃部隊が、魔族軍左翼の横腹に突き刺さった。
間の悪いことに、その時魔族軍左翼の兵たちはルフィミアを含む魔法使いたちが放つ魔法に注意を向けており、無防備な横腹をベルナドたちに晒していた。
全員が馬に騎乗し、板金鎧と馬上槍で武装した騎士たちは、凄まじい勢いで魔族軍を食い破り、反対側に抜けた。
魔族軍は突然の奇襲で指揮系統が乱れ、ベルナドたちの突撃に対して有効な手段を取ることができない。
運悪く飛び交う魔法の流れ弾で落馬する騎士もいたが、騎士たちは訓練された一糸乱れぬ統制を発揮し、何度も突撃を繰り返す。
この集団突撃こそが、人族騎士の真骨頂であった。人族同士の戦いでは長らく戦場の主役として華々しく活躍した戦法でもある。
だがベルナドの快進撃は、そう長くは続かなかった。
原因は、ブランディールとの一騎打ちの果てにロンダールが戦死したことによる、人族連合騎士団の敗走だ。
奇襲によって思うが侭に魔族軍左翼を切り裂いていたベルナドにとって、この結果は青天の霹靂とも言って良かった。
「ほ、本隊が撤退していくだと……!? これは一体どういうことだ!」
何度目かの突撃を終えたベルナドは、目の前の光景に驚愕した。
人族連合騎士団の主力部隊が統制を失い、我先にと逃走している。なりふり構わず逃げる様子はどう見ても敗走であり、敵を罠に嵌めるための偽装には見えない。だからこそ、ベルナドは驚いた。
動揺するベルナドに、ベルナドの副官である騎士が上ずった声を上げる。
「魔族兵が落ち着きを取り戻しつつあります! このままだと孤立してしまいます!」
現在位置はちょうど突撃して、反対側に抜けたところで、運悪くベルナドたちと人族連合軍主力の間には、魔族軍が位置していた。
先ほどまでは奇襲に混乱し、右往左往していた魔族軍たちが、再び一つに纏まり始めている。
こうなってしまうと、奇襲部隊は不利だ。混乱しているから数的不利でも戦えるのであって、完全に落ち着いてしまっては、まともな戦いにはならない。
それを見て取ったベルナドは、悔しさを感じながらも、潮時と感じる。
「……ここまでか。突撃陣形を組み直せ。撤退ついでに一当てくれてやろう」
不思議そうに、副官がベルナドを見る。
「残してきた傭兵たちと合流するのですか?」
肩を竦め、ベルナドは笑った。
「まさか。金に群がる者ども相手に命を賭けられん。奴らも情勢が動いたことを知れば勝手に逃げ出すだろうよ。捨て置け。いっそ壊滅してくれた方が奴らに払う分の報酬が浮いて節約になる」
ベルナドはあっさりと傭兵たちを見捨てた。
「分かりました。彼らにはせいぜい囮として役に立って貰いましょう」
副官もベルナドの決定に異を唱えず、当たり前のように従う。
騎士たちにとって、傭兵とは金さえ払えば簡単に数を揃えられる有用な駒であっても、決して信用できる兵ではなかったのである。
戦況が敗色濃厚になればすぐに逃げ出して領内の治安を乱すし、基本的に素行不良な者が多い。
貴族出身者であっても、それが善人とは限らない典型的な例だ。
そしてその事実は騎士も変わらない。騎士にとって民は守るべき財産であり、対等の存在だとは認めていないのが普通だ。
騎士たちが敵の領地で略奪を働くのは、それによって人的資源、物的資源の両方を奪うのが目的だ。敵国の力を削ぎ、自国の力をつけるという意味では、至極真っ当な戦術なのである。人道という観点を無視できるなら、効率的な手段だということに、間違いはない。
(どの道、奴らを探していては俺たちまで引き時を逸しかねん。早く撤退し、騎士隊の被害を最小に抑えねば)
幾度もの突撃によってやや乱れていた陣形を組み直したベルナドは、突撃部隊を指揮して最後の突撃を実行に移した。
わざわざ敵を恐れて遠回りせずとも、今までの手応えなら充分食い破って逃走できると判断したのだ。
質が一定せず、旗色が悪くなれば真っ先に崩れるのが傭兵だ。
傭兵の中には騎士であるベルナドが舌を巻くような錬度を持つ者たちもいるが、それらは一握りで、盗賊夜盗の類と同然の者も多い。
敗北して撤退途中の騎士が後ろから傭兵に襲われ、どさくさ紛れに金品を奪われる、などの犯罪も、戦場では良くあることだ。
余裕が無い今、危険を犯してまで助けに行く義理など無かった。
もっともそれらはあくまで騎士側からの意見でしかなく、騎士たちは負ければなんやかんや理由をつけて報酬の支払いを渋り、勝てば勝ったで捕虜の処刑などの汚れ仕事を傭兵に押し付けてくるので、傭兵が騎士を襲うのにはそれなりの理由があったりするのだが。
突撃隊を率いるベルナドの目に異様な存在が映った。
他の魔族よりも一回りも二回りも大きな蜥蜴顔の魔族。
人族連合騎士団を、実質一人で敗走に追い込んだブランディールだった。
「我が名はブランディール! この蜥蜴魔将を倒さずに生きて帰れると思うな!」
まるで己が騎乗する竜のように高らかに吼えたブランディールは、ベルナドたちに向かって単騎で突っ込んでくる。
「無視しろ! このまま最高速度を維持すれば魔法といえどもそうそう当たらん! 例え魔将軍といえども、単独で出来ることはたかが知れている!」
ベルナドの号令に、強敵の出現に動揺して突撃陣形を崩しそうになった騎士たちは、再び統制された一糸乱れぬ動きで突撃陣形を維持する。
「生憎だが、俺は単独ではないのだよ。やれ、バルト!」
哄笑するブランディールが竜の手綱を引くと、竜が立ち止まり、口を大きく開けた。
「しまった! ブレスが来るぞ! 総員散れ、散れー!」
慌ててベルナドは叫ぶが、全てが遅かった。
まず陣形を崩しかけたベルナドたちをなぎ払うように地面をなぎ払いながら光が走り、続いて爆音が遅れるように響く。
追随してやってきた熱と衝撃は、不幸にも斜線上にいた騎士たちを薙ぎ倒して落馬させ、その超高温でもって焼殺した。
元々が、板金鎧を着込んで重武装した騎士たちである。
戦闘の際には己の命を守る頼りになる防具も、ブレスの前では役に立たないどころか、熱されて騎士たちに地獄の苦しみを味わわせた。
こうなってしまっては、鎧は防具というより灼熱の棺桶でしかない。
「ふむ。半分は逃がしてしまったか。……雑兵ども、何をしている。追撃しろ!」
竜が吐いた吐息の威力は凄まじく、直撃を受けた騎士の鎧は、まるで飴細工のように溶けかけていた。鎧がこんな状態なのだから、騎士の状態など言うまでもない。完全に炭化している。
辺りは金属が溶ける臭いと、人肉が焼け焦げた臭いが入り混じり、悪臭となって満ちている。
耐性の無い人物なら蹲って嘔吐しそうな臭いは、数瞬の間、魔族たちの思考を失わせていた。
ブランディールの一喝に、呆けたように佇んでいた魔族たちが我に帰り、雄叫びを上げて走り出す。
一方で、生き残った人族騎士団は散々な有様だった。
ブレスの射線上にいた騎士たちは文字通り鎧ごと溶解しており、原型を留めていない悪臭を放つ肉塊となっている。
幸い射線から外れていた者も、無傷というわけにはいかない。
「直撃を受けたわけでもないというのに、これほどとは……! ドルス、すまんが脱出するまで持ってくれよ……!」
ベルナドは荒い息をつきながら、必死に己の愛馬に呼びかけていた。
ある程度距離が離れていたことと、ブレスが炸裂した瞬間、呼吸を止めていたことが、ベルナドにとっての幸運だった。
生き残りの騎士たちは、吐息の余波を浴びただけで満身創痍になっている。鎧はまるで熱湯で丸ごと煮たかのように茹で上がり、鎧の内側はサウナにこもっているかのごとく熱気を帯びている。鎧の下に服を着ているおかげで軽傷の火傷で済んでいるが、気を抜けば熱さで気が遠くなりそうになる。意識を失えば転落してあとは終わりだ。追いかけてくる魔族たちに殺されるだろう。
どちらかといえば、ベルナドたち人間よりも、彼らを乗せるこの世界でいう馬に当たる魔物、ワルナークの方が重症だった。
人間と同じように要所を鎧で覆ってはいるものの、重量の問題でどうしても露出する部分は出てしまう。
余波で炙られたワルナークの毛は縮れ上がり、皮膚は真っ赤になっていた。それほど重度ではないとはいえ、無視していい火傷でもない。
それでもじりじりと追いすがる魔族たちを引き離していく騎士たちを見て、ブランディールは一人ごちた。
「やはり、歩兵で騎兵に追いつくのは無理があったか」
独り言にしか見えなかったブランディールの呟きだが、それに答える声があった。
「我ラダケデ追撃スルカ?」
咆哮を響かないように抑えて無理やり言葉にしたような、くぐもった声。
異質なその声は、ブランディールの下から聞こえていた。
ブランディールが騎乗する竜である。
竜も魔族の一員であることは伊達ではなく、言語を理解する高い知能を持つのである。もちろん、魔族語を話せるのだから魔法も使える。
「いや、止めておこう。我らの目的は脅威を排除することだ。それに奴等が駆けていった方向は人間の街だ。奴等はもう脅威でも何でもない」
辺りを見回したブランディールは、手近な魔族兵を呼びつけると、斥候を呼び寄せるように伝えた。
集まってきた斥候たちに、ブランディールは周辺の捜索を命じる。
「生き残りの人間を探せ。特に、一人で段違いの魔法を行使していた奴は、確実に始末しなければならん。急げ」
魔将軍の意を正確に汲んだ斥候の魔族たちは、その足で翼でもって、斥候の名に恥じぬ素早さで方々へと散っていく。
しばらくして、ブランディールの耳に待ち望んでいた報告がもたらされた。
「此処から北東にて、人間を二人発見しました! 一人は魔法使い、一人は剣士の模様! 我々を迂回して人間の街に逃げ込もうとしている模様です!」
「逃げ遅れか。よし、まずはそいつらから平らげるぞ!」
随伴する幾人かの魔族兵を引き連れ、ブランディールは竜を駆った。
彼らが追う先には、必死に逃げる美咲とルフィミアの姿があった。




