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美咲の剣  作者: きりん
六章 守るべきもの
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二十九日目:あべこべな邂逅9

 旅の間で、ミリアンにアンナ、リュージェ、ミルア、リアの四人がよく懐いた。

 元々面倒見がよく気さくな性格のミリアンは、コミュニケーション能力に長けている。

 脳筋なだけではないのだ。


「へー、そんなにいい人なの? アンナのお母さん」


「はい! もちろん、産みの親ではないんですけど、私を引き取ってくれて……世間の目もあるのに」


 今もアンナと雑談に興じ、その延長線上でアンナについて事情を聞き出すことに成功している。

 アンナは母親のことを信頼しているようで、笑顔でミリアンに語っている。


(私にとっての団長みたいなものなのかな)


 アリシャもそうだが、異分子として生まれた子にとって、理解者というのは大切なものだ。

 境遇が辛ければ辛いほど、文字通りの救いの糸となる。

 コミュニケーション能力が高いのはミリアンだけではなく、ブランディールも該当した。

 ブランディールの方は、シェスト、ローキス、ルック、ウルスの四人の心をがっちり掴んでいた。


「凄い! 古竜を見たことがあるんですか!?」


 ローキスがいかつい顔に似合わず少年のように目をキラキラさせている。


「勝てるわけがないから逃げ帰ったけどな」


 虚実を上手く混ぜて、ブランディールは人間側の戦士として取り繕いながら当たり障りなくやり取りしていた。

 ミリアンもブランディールもそれぞれ人間に化けているので、あまり人間にとって非常識なことは口にできない。

 であるから、話せることは限られるものの、二人とも上手にその辺りは取捨選択している。

 特にブランディールは相棒のバルトのことについて話していて、出せる情報は出しつつ上手く自分の騎竜であることは隠している。

 まあよくも悪くも魔将ともなれば有名なので、正直に話せば一発でばれかねないため隠すのは当然だ。


「そういえば、魔族との戦闘で古竜が表れて魔族軍に味方したって噂になってましたね。もしや、当時の生き残りですか?」


「おう。そんなとこだ」


 ルックの問いかけにブランディールは鷹揚に頷く。

 適当に話を合わせているブランディールだが、決して嘘でもない。

 立場こそ違えど、その戦場で戦っていたことには違いないのだから。

 その戦闘は、ブランディールがバルトとともに出陣したという意味では初陣だった。

 蜥蜴魔将の名が大きく轟いた切欠となった戦闘でもある。

 元来魔族の中には竜の血を引いていたり特徴を継いでいたりする種はそれなりにあったし、ただの竜なら一般的とはいえずとも、一部では騎乗用の動物として普及していた。

 だが古竜は魔族とも人間とも関わらず、魔族領や人族領の辺境に居を構えていてもどちらかに組することは決してなかった。

 人族にも魔族にも、討伐を目論んだり味方に引き入れたりしようとする動きはあって、実際に討伐隊が組まれたり使者が派遣されたりしたこともあったが、使者が追い返されればいい方で、結果は全滅で終わることも珍しくはなかった。

 魔族領に住む古竜もそのスタンスを変えず、戦えば魔族は蹴散らされる一方だったから、古竜には関わり合いにならないことが人族魔族に関わらず常識であったし、それが当たり前だった。

 その当たり前を打破したのがブランディールである。

 古竜に成り立ての比較的若い竜だったとはいえ、仮にも古竜と呼ばれるようになりそれに相応しい実力も備えた竜だったバルトに単身挑み、勝利してしまったのだ。

 しかも、その当時ブランディールは魔将でも何でもなく、それどころか魔族軍の一兵卒でしかなかった。

 むしろこの出来事がブランディールを魔将という地位にまで押し上げたと言えよう。

 当時はブランディールを魔族軍の要職につける動きもあったのだが、魔王によって直属である魔将に任命されたという経緯がある。

 魔族軍に属してはいても軍そのものには愛着がなかったブランディールは転属を承知し、軍人から近衛という立ち位置に変わった。

 もっとも人間の王を守る近衛とは違い、魔将はだいぶフットワークが軽く、特に魔王が絶大な戦闘力を保持していることから護衛が必要ないこともあり、魔族軍に協力する増援、遊撃戦力として戦争に参加する機会も多い。

 未来の話になるが、ブランディールがヴェリートで美咲と戦い、散った戦いもその一環だった。

 そして、この場にブランディールと同格の魔将はもう一人いる。

 いうまでもなく、死霊魔将アズールである。


「ホッホッホ。はて、儂には何故か誰も近寄りませんな?」


 笑うアズールは、見事にシェスト、ローキス、ルック、ウルス、アンナ、リュージェ、ミルア、リアの全員に敬遠されていた。

 人間に化けているのはアズールも同じで、今のアズールは人間の老人の姿を取っており普段の骸骨一歩手前の様相ではないのだが、それでも既に雰囲気が既に只者ではない風情を漂わせているせいか、警戒させてしまっているようだ。

 一言でいえば、胡散臭いのである。

 腹に一物も二物も抱えているのではないかという疑いを見る者に抱かせる。

 信用しても大丈夫なのか? と不安にさせるのだ。

 事情を知るアリシャやミリアンは団長たちのことがあるので敵対的な心情なのは仕方ないが、シェスト、ローキス、ルック、ウルス、アンナ、リュージェ、ミルア、リアまでそうなのは本能的にアズールのことを危険視しているのかもしれない。

 アズールと普通に接しているのは、同じ魔将であるブランディールくらいだった。



■ □ ■



 ベルアニア王都は人族国家の首都としてはそこそこの賑わいだった。

 王都は海が近く、海運業が発達しているので貿易が盛んだ。

 最も外洋は大型の水棲獣が闊歩する魔境なのでリスクがあり、使用される海路は沿岸に限定される。

 とはいえ陸路よりも遥かに多くの物資を運べる海運業は重要視されており、他大陸との安全な交通ルートを模索して定期的に船が出ている。 

 襲撃などに見舞われれば積み荷ごと船は沈んでしまうが、そのリスクを踏まえても成功した場合のメリットの方が大きいので、船の往来は活発だ。


「んー、潮風! 清々しいわねぇ」


 人間の姿のまま、ミリアンは伸びをする。


「確かに。向こうに海はあまりないからな」


 アリシャもミリアンに倣い、海を見に来ていた。

 桟橋に立って、どこまでも続く大海原を見つめている。

 向こうとはもちろん魔族領のことだ。

 元々魔族が暮らしていた土地は山岳地帯であり、平野部に降りてからも進出したのは内陸部で海岸沿いの土地は後回しになっていた。

 それは魔族が海の資源を手に入れずとも生活するのに困らないからであり、塩も水も食物も陸にあるものと魔法で何とかなってしまうので、海というのはあまり重要視されていなかった。

 こればかりは人族側の方が先であり、造船技術、航海技術など、多くの面で魔族側を上回っている。

 とはいえ海上で魔族との闘いなど起こるはずもなく、魔族との闘いは地上戦が主なので、一部の技術で上回っていても完全に宝の持ち腐れとなっており、苦戦しているのが現状なのだが。

 それに人族国家も美咲が召喚された未来ほど纏まっておらず、前線国家こそ魔族の勢力拡大に危機感を抱いているものの、そうでない国はまだ様子見に徹しているのが現状だった。

 そしてベルアニアはどちら側かというと、辛うじてまだ様子見をしている側に引っかかっているといえよう。

 未来には滅ぼされてしまう人族国家がこの時代はまだ残っており、ベルアニアが魔族領と接しているのは一部分の僅かな面積でしかない。

 なのでベルアニア側からすればそこを固めてしまえばまだしばらくは安泰であり、王侯貴族たちが権力争いからの足の引っ張り合いをすることが許される程度には情勢が安定していた。

 その面した数少ない場所であるベルアニア東方も、山岳地帯に守られた城塞都市ヴェリートによって事実上封鎖されており、魔族の戦力をもってしても攻略に手こずっている。


「まあ、この国を攻めても行きつく先は海で得られるものはたかが知れてる。なら別の方角から攻めた方がいいってことだ」


 魔将という地位にあることからある程度事情に明るいブランディールが魔族側の内情を軽く解説した。

 現在ルックたちは任務の報告のため登城しているのでこの場にはいない。

 なので今ならこういう会話もできるのだ。

 いたところで念話を用いればいいことなので、彼らがいるから困るというわけではない。

 むしろ任務失敗を報告しなければならないからか、彼らの表情は青ざめており、アリシャの方が心配になってしまったくらいだ。


「儂は早めに海を押さえてもいいと思いますがなぁ」


 アズールはベルアニアを攻めることに積極的なようだ。

 元々アズールは人間であり、魔法への知識欲を満たす一心で人族を裏切り魔族側についた男である。

 死霊魔法を極めることで種族的な転生も果たし、もはや完全に人間とは言えなくなっている。

 とはいえ元人間であるから海についての認識は人間寄りであり、それ故ベルアニアの攻略には積極的だった。

 しかし当の魔王がベルアニアの攻略を後回しにしているため、アズールもそれに従わざるを得ないのだ。


「でも、私たちには必要ないものでしょう? 海なんて」


 魔族として至極当たり前な反応をアズールに返したのはミアネラだ。

 生粋の魔族でしかも現魔王の長女でもあるミアネラは、海を目にしても自分たちには必要ないものという認識を崩さない。

 水は魔法で生み出すことができるし、塩は魔族領に元々済む魔物から魔法で精製できる。

 また、船についても自前で飛べる種が多くそうでなくとも飛行魔法を使えば皆飛べるので、川や湖は飛び越えてしまえばいいため船を造る技術も発達しない。

 そういう意味では、魔族にとって船は無用の長物だといえよう。


「少なくとも、優先順位は低いと思うよ」


 ジャネイロもミアネラと同じ意見のようだ。


「フン。元人間の魔将殿は人間気分がまだ抜けていないのだろう」


「そもそも何故人間上がり風情にお父様はその地位を許されているのか、理解に苦しみますわ」


「ハハハ。手厳しいですな」


 毒舌を吐くブロンとエルザナにもアズールは苦笑するのみだ。


「……あーあ」


 その様子を、クロムは呆れた様子で見ていた。


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