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美咲の剣  作者: きりん
二章 魔物の脅威
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九日目:第一次城塞都市攻防戦1

 美咲たちが目指す戦場では、両軍の指揮官が怒号を上げていた。


「押せ、押せ! このまま押し込めば敵は総崩れだ!」


 紫色の肌に二対の腕を持つ獣面の男が叫べば、ベルナドと同じデザインの騎士鎧を着込んだ騎士が負けじと声を張り上げる。


「これ以上下がるな! 死守せよ! 援軍が来るまで何としてでも持ち堪えるんだ!」


 情勢は魔族軍有利に進んでいた。

 連合騎士団はじりじりと後退を余儀なくされており、段々ヴェリートへと押し込まれようとしている。

 市街地を戦場にするのは何としても避けたかった、連合騎士団の団長でもあるその騎士は、援軍が来るのをただひたすら待ち望んでいた。


(傭兵どもはまだ来ないのか!? ベルナドは何やってる!)


 騎士は剣を振るいながら、心の中で己の部下を罵倒する。

 今はまだ辛うじて持ち堪えているが、敵の攻勢が強く、このままではそう遠くないうちに戦線は崩壊するというのが、騎士の直感としてあった。

 特に、空を飛び空中から攻撃を仕掛けてくる魔族が厄介だ。

 連合軍側も魔術師部隊を出して対応させているが、やはり量の差質の差ともに如何ともしがたい。

 それに比べ、魔族軍の指揮官には余裕があった。

 盗まれたとはいえ、魔族には魔族語による魔法という大きなアドバンテージがあるし、魔法には身体強化もあるので、身体的にも魔族の方が人間より勝っている。

 何しろ魔族は種族全体がマジックユーザーなのである。基本的に戦闘能力が高く、並みの人族兵士なら魔法であしらえる程度の力を持っている。

 連合騎士団を指揮する騎士は、伝令を呼び寄せる。


「魔術師隊に空を飛ぶあの忌々しい魔族どもを早く排除しろと伝えろ! 頭を押さえられては満足に動けん!」


「無理です! 魔術師隊は魔族軍の魔法を防ぐことに手一杯で、攻撃にまで手が回りません!」


「な、なんだと……」


 現状打つ手なしの状況に、騎士は歯噛みする。


「ですが、先ほどベルナド様から連絡がありました! 『我、傭兵を率いてこれより側面奇襲を行う。友軍も連携されたし』とのことです!」


 報告を聞いた騎士は千載一遇のチャンスに、喜色満面の笑みを浮かべた。


「そうか! よし、勇敢なる諸君らに朗報だ! 我らの艱難辛苦が報われる時が来た! 臆するな、鬨の声を上げよ!」


 戦場に銅鑼の音が鳴り響き、腹の底から響く応! という怒声が響いた。



■ □ ■



 人族軍兵士たちの轟く鬨の声は魔族軍の陣地まで届き、魔族の指揮官が訝しげに眉を跳ね上げた。


「前線の様子が変だな……。何があった?」


 彼の疑問は、皮肉にも慌てて駆け込んで来た翼魔族の伝令によって解消される。


「報告です! 我が軍側面から奇襲を受けたり。応戦するも人族の一人により総崩れの可能性有り! 行使する魔法の威力が凄まじく、苦戦しております!」


 舌打ちした魔族の指揮官は、忌々しそうに顔を歪めると、伝令の翼魔族に命令する。


「敵の援軍か! 人間どもめ、我らから盗み取った魔法で我らに対抗するとは小ざかしい真似をする! 魔法の火線をその人間に集中させよ! いかに護衛をつけていたとしても所詮は人間、それで討ち取れる!」


 伝令が魔族軍に自分の命令を伝えに行くのを見送り、魔族の指揮官は落ち着きを取り戻して笑みを浮かべた。


「どんなに小細工を弄しようとも、この場の勝利は我らの物だ。積年の恨み、今こそ晴らしてくれる……!」


 勝利を確信した彼の脳裏には、もはや人間をどう蹂躙するかということしか、浮かんでいなかった。



■ □ ■



 ベルナドは一度、進軍を停止させた。

 まだ目を凝らしてみても魔族や人間の姿は何も見えないが、時折遠くで両軍が行使する魔法の光が瞬くのが見える。


「斥候を出せ! 戦場の詳しい様子が知りたい」


 戻ってきた斥候の報告では、人類連合騎士団は密集陣形を、魔族軍は横列陣形を取っているとのことだった。

 魔族軍には魔法という強力な飛び道具がある以上、密集陣形を取るのは愚作なのだが、人類側には仕方のない面がある。

 戦闘人員全員が魔法を使える魔族軍に比べ、人類連合騎士団に所属する魔術師たちの数は少なく、横列陣形では全面をカバーすることはできない。必然的に、魔法を防ぐためには密集せざるを得ないのだ。


「味方はかなり押されているか。だが、逆に好機でもある。魔族どもは友軍に気を取られて我らに気がついてはいない。魔法斉射の後、突撃する。敵左翼を平らげるぞ! 魔術師たちは前へ! 騎兵及び護衛以外の歩兵は突撃準備せよ!」


 まず、ベルナドを含めた歩兵たちに、ルフィミアたち魔術師が強化魔法をかける。

 強化魔法が無ければ、例え不意をついたとしても、白兵戦で魔族軍を打ち破れるかどうかは怪しい。何しろ、魔族軍の歩兵にも強化魔法はかかっているのだ。

 全兵に強化魔法がかけられたのを確認して、ベルナドは次の号令を出す。


「魔術師たちは各自詠唱を開始、詠唱完了後は発動を遅延させて待機せよ!」


 ルフィミアたちが次の詠唱を始める。

 さすがに個々の連携など望みようがないので、唱えている魔法の種類はてんでバラバラだ。

 当然詠唱が完了するのにも個人差があり、一斉射できるようになるまでは時間がかかる。

 一番最後に詠唱が完了したのはルフィミアだった。

 ゴブリンの巣で感じていたフラストレーションをようやく晴らせるとばかりに、目が活き活きと輝いている。

 他の魔術師たちは既に詠唱を完了させており、発動待機状態を表す魔法陣が宙に浮かんでいる。

 ベルナドが剣を引き抜き、頭上に掲げ、振り下ろす。


「撃てー!」


 轟音とともに、ルフィミアや傭兵魔術師たちの魔法が、魔族軍に向かって放たれた。

 とはいえ、発動のタイミングまでは合わせられても、着弾のタイミングまで一致させるのは至難の業である。よって、魔族軍に到達するまでの時間は、魔法によって様々になった。


「あれ……ルフィミアさん、魔法失敗したのかな」


 他の魔法使いはいかにも見た目が派手で威力が高そうな魔法を使用しているのに、何故かルフィミアだけは、小さな炎を飛ばしただけだった。

 威力の代わりに速度を重視した結果などの理由ならまだ美咲も理解できるものの、そうではないようで、詠唱完了はルフィミアが一番遅かった。

 炎が飛ぶスピードも遅く、魔法の第一波からルフィミアが出した火は完全に孤立している。

 ルフィミア本人は自分の炎を目にして、とても楽しそうな表情で、邪悪に唇を吊り上げていた。


(失敗じゃない。わざと出したんだ。でも、どうして?)


 疑問に思う美咲を他所に、事態は推移する。

 始めに魔族軍に襲いかかったのは、氷の槍だ。まるでファランクスによる槍衾のような密度で降り注ぐ氷の槍は、魔法に気付いた魔族たちによって障壁を張られ、防がれた。

 氷の槍のうちの何本かは障壁を貫いたが、すぐに展開された新たな障壁によって遮られる。

 全員がマジックユーザーなので、魔族軍は魔法に対する防御も充実しており、みるみるうちに障壁は折り重なり、積み重ねられていく。

 一見無意味な攻撃に見えるが、魔法に対応する間、魔族軍の猛攻が止み、その間に人族連合騎士団が僅かに息を吹き返す。

 次に魔族軍の障壁にぶつかったのは、いわゆるカマイタチと呼ばれる真空の刃だった。目に見えない風の刃は複数飛び、そのほとんどが幾枚かの障壁を切り裂くが、やはり抜くには至らない。その鋭さゆえに、抜かれた障壁は霧散せずに健在している。

 また少し、人族連合騎士団が勢いを盛り返した。

 遅れて、次の魔法が障壁に圧し掛かった。土の魔法である。

 魔法によって生み出された巨大な土くれは、その重量でもって障壁ごと魔族軍を押し潰そうとする。

 さすがにこれほどになると片手間に対応するわけには行かなかったようで、障壁を維持する魔族の数が増えた。

 自然と攻撃に手をかける魔族の数は少なくなり、その分だけ人族連合騎士団に対する圧力が低くなる。


「……なんだ?」


 左翼で障壁を維持していた魔族兵の一人が、異臭を感じて訝しげに声を上げた。

 彼が辺りを見回すと、障壁の表面が何かで濡れている。

 目を凝らすと、とても小さな黒い粉が宙を舞っているのが分かった。

 気がつけば、あれほど飛んできていた攻撃魔法が止んでいる。

 障壁を解くべきか魔族兵は迷ったが、小さな炎が飛んでくるのを見て、維持することに決めた。

 攻勢に映るのはそれからでも遅くない。彼はそう判断した。

 他の魔族兵の中には、魔法の規模を見て、自分たちに影響はないと判断し、障壁を解いて攻撃に移ろうとする者もいた。

 障壁に触れると、弾けるかのように炎が燃え上がり、瞬く間に膨張する。

 その瞬間、全ての音が消えた。

 限度を超えた轟音で、その場に居た者の聴覚が一時的に麻痺したのだ。

 左翼にいた魔族軍が維持していた障壁が一撃で半分以上消し飛んだ。

 生じた圧力で、真下の地面が割れてクレーターが出来る。

 一部が障壁を解いていたことが事態を悪化させた。

 空いてしまった障壁の穴に炎が殺到し、魔族兵を超高温の熱と衝撃で押し潰したのである。


「凄い……!」


 いわゆるきのこ雲がもくもくと黒く立ち昇る光景を見て、美咲は呆気に取られて呆然としていた。

 ゴブリンの巣では散々耳にしていたが、実際に目にするまでは、これほどのものだと美咲は想像だにしていなかった。

 この威力ならば、オークの集落を4人で壊滅させたというのも頷ける。

 前衛がしっかりしている状況なら、魔族軍が相手だろうとそれこそ一騎当千の活躍ができるに違いない。実際に、美咲の目の前で広がる光景がその事実を現している。

 杖を構え、ルフィミアは再び魔族語を口ずさみ始めた。魔法を再行使するつもりなのだ。

 思い出したように、ルフィミアの魔法の威力を呆気に取られて見ていた他の傭兵魔法使いたちが、我に返ったように早口で魔族語を捲くし立てる。


(なんか、ルフィミアさんがすごい理由、何となく分かった気がする……)


 サークレットを外して聞き比べると、他の魔法使いに比べ、ルフィミアの魔族語は耳に心地良く聞き取りやすい。

 別に他の魔法使いの発音が極端に悪いわけではないし、間違っているわけではないのだが、ルフィミアの声質には、魔族語に対する天性の親和性があるようだった。つまり、才能があるというわけだ。

 先ほどの魔法で、魔族軍左翼の隊列は大いに乱れている。右翼はまだまだ健在だが、遠く離れた戦場からも視認できるほどの爆発は戦っている魔族軍兵士たちに動揺を与えたらしく、攻勢が一時的に弱まり、人族連合騎士団が体勢を立て直す隙を与えてしまっていた。

 ルフィミアを含む傭兵魔法使いや軍属魔法使いたちの前に陣取り、美咲はサークレットをつけ直して勇者の剣を抜き放った。太陽光を反射して、装飾された勇者の剣がきらきらと輝いている。

 ザラ村でエルナが守った剣を美咲は構えた。

 二発目は許さんとばかりに、魔族軍から無数の魔法が放たれる。詠唱を完了させた傭兵魔法使いたちが、目標を変更して魔族軍の魔法を迎撃する。

 空中で魔法が飛び交い、迎撃された魔法が交じり合って色鮮やかに飛び散った。

 それでも絶対数の差故か、迎撃し切れなかった魔法が防御を擦り抜けて落ちてくる。


「でやああああ!」


 美咲は落ちてくる魔法を勇者の剣で切り払った。

 切り払うといえば聞こえはいいが、より描写を正確にすると、勇者の剣をスイングして魔法にぶち当てたという方が正しい。

 防がれた魔法は魔法使いたちに損害を与えることなく、空しく美咲の回りで破壊エネルギーを使い果たして消えていく。

 魔法が効かない美咲は、斬ったことで至近距離で炸裂する魔法にびびりながらも、無傷のまま勇者の剣を振るって飛来する魔法を叩き落し続けた。


「まだあの人族魔法使いを始末できんのか! 二撃目が完成してしまうではないか!」


 いつまで経っても排除完了の報告が来ないことに、魔族軍の指揮官は苛立っていた。このままでは魔族軍の右翼が人族連合騎士団の左翼を食い破る前に、魔族軍の左翼が壊滅してしまう。そうなればこの戦いは魔族軍の敗走で終わる。

 魔族軍の指揮官は、再び伝令の翼魔族を呼びつける。


「……仕方ない! 魔将軍殿に参戦を要請しろ! このままでは我が軍総崩れの恐れありとでも添えておけば喜んで腰を上げるだろうよ!」


「了解致しました!」


 翼魔族は翼を立て魔族軍式の敬礼をして、飛び去っていく。


「……まだヴェリートすら落とせていない状況で、魔将軍殿のお力に頼ることになるとは。これでは俺の立場がないではないか! 許さんぞ人間どもめ!」


 一人になった魔族軍の指揮官は、怒りに任せ指揮机に拳を叩きつけた。

 無傷の指揮机を苛立たしげに見ながら、魔族軍の指揮官は己の腫れた手を摩る。

 強化の魔法を使わなければ、魔族の平均的な筋力は人とあまり変わらない。

 そして、三度状況が動く。


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