二十九日目:あべこべな邂逅8
結局、アリシャの協力を持ってしてもシェスト、ローキス、ルック、ウルス、アンナ、リュージェ、ミルア、リアの八人は王都に連れ帰るはずだった魔族を見つけ出すことはできなかった。
当然だ。
手伝っていたアリシャ自身が、裏で手を回してミリアンたちと共謀し脱出させていたのだから。
問題は、手ぶらで帰ることが確定してしまった彼ら彼女らの狼狽振りが、アリシャが予想していた以上に酷いことだった。
「ど、どうすればいいんだ……!」
「おおお、落ち着け、落ち着くんだ」
うろたえるシェストをなだめようとするローキスは膝が震え、どもりまくっている。
「君が一番落ち着いていないぞ、ローキス」
比較的冷静に突っ込みを入れるルックの後ろで、ウルスがしょんぼりと落ち込んでいた。
「……きっと、落胆させちゃうよね」
「ママに嫌われる……」
そんなウルスと膝を突き合わせ、同じようにしゃがんで体操座りみたいになっているのがアンナだ。
「おじい様をがっかりさせてしまうわ……」
「あの人に会わせる顔がないよ」
「お父様になんと説明すればいいのか……」
リューリが思いつめた表情を浮かべれば、ミルアは嘆き、リアも陰鬱げだ。
そしてそんな態度を見せられて良心をゴリゴリと削られるのがアリシャである。
同じ種族のよしみとして魔族を助けたという行動自体は間違っていないのだし、気にする必要もないといえばないのであるが、なまじ境遇に共感するものがあるだけに、感情移入して助けたくなってしまう。
とはいえ逃げてしまえとも言えない。
アリシャにとっての拠り所が傭兵団だったとするならば、彼ら彼女らの拠り所は宛がわれた家族だ。
傭兵団とは違い、彼らのそれが身を縛り付ける目的で作られた鎖でしかなかったとしても、それを自覚せず拠り所にしている今、指摘したところで意味はないし逃げるという選択肢自体があり得ない。
(仕方ない。乗り掛かった舟だ)
腹を括ったアリシャはミリアンたちに念話を入れた。
『力を貸してくれ。王都に乗り込みたい』
『……分かったわ。私もそっちに行く』
即座に合流を決めて返事を寄越したミリアンは、アリシャの心情に予想はついていた。
何しろ付き合いが長いのだ。
見かけに寄らず情が深い女性だということは重々承知しているし、それが自分と同じ境遇の子どもともなれば、助けたいと思うのはミリアンも同意できる。
師匠兼相棒として、アリシャが決めたのならとことん付き合う腹積もりでいる。
でなければ最初から人族領域にはいない。
しかしそうもいかないのが同行している他の魔族たちである。
『おいおい、正気か。やめておいた方がいいと思うが』
『ちとリスクが高すぎると思いますがなぁ。ここは引くべきですぞ』
蜥蜴魔将ブランディールと死霊魔将アズールは冷静にアリシャに再考を促し、
『……さすがに、そこまでは付き合えません。危険です』
『そうだね。私たちは先に戻らせてもらうよ』
『僕もついていかないけど、一応待ってるね!』
ミアネラ、ジャネイロ、クロムの三人は冷静に同行を拒否した。
まあ、アリシャと異母兄弟といえど出会ったばかりであるし、魔王候補というライバルでしかないのだから、これは仕方のない反応だ。
だが、残る二人が意外な選択をした。
『ふん。仕方ない。このオレがついて行ってやろうじゃないか』
『妹を一人で敵地に残すなんて心配ですわ。姉としてわたくしも同行いたします』
ブロンとエルザナの二人が、アリシャとミリアンと一緒に王都に潜入する選択をしたのである。
『……アンタら、正気? 何企んでるの?』
念話で伝わってくる向こうの会話では、ミリアンがものすごく二人を疑っているようだ。
思わずミリアンが勘ぐってしまうのも無理はない。
この二人は一際アリシャに対して態度がきつく、敵意を隠そうともしていなかったのだから、このタイミングでいきなり友好的になるのは不気味でしかない。
とはいえ、アリシャにしてみれば同行するメンバーは多い方がいい。
贅沢や無理を承知で言うなら、全員ついてきて欲しかったくらいだ。
『助かるが……いいのか? 私たちはあまり仲が良くなかったと記憶しているが』
『勘違いするな。万が一の可能性だが、貴様が王都で何か大きな功績を上げて帰るとも限らんからな。それで魔王後継争いに後れを取るなど許せんだけだ』
『まあ冗談はともかくとして。勝手に死なれでもしたらわたくしの気が収まりませんわ。わたくし風呂場での屈辱忘れておりませんの。あなたは私の手でギッタギタにされなければなりませんのよ』
完全に逆恨み全開なエルザナはともかく、ブロンは案外計算ずくの参戦のようだ。
そして、ブロンの発言は消極的だった他の三人を後に引けなくさせた。
『……卑怯よ、ブロン。そう言われたら、私たちも同行しないわけにはいかないじゃない』
『いや、ミアネラ姉さん、別についていく必要はないだろう?』
『でも何か収穫があったら、確実に僕らは継承争いから脱落するんじゃないかな。父上にも怖気づいて身の安全を取ったって思われるかもしれない。僕も行く』
ミアネラが同行を決め、慌てるジャネイロにミアネラと同じくクロムが意見を翻す。
『……やれやれ。仕方ない、私も行くよ』
ため息をつき、ジャネイロもアリシャへの同行を決めたのだった。
■ □ ■
王都に向かうにあたって、アリシャはミリアンたちとルックたちを引き合わせることにした。
当然ミリアンたちは人間に化けた状態であるが、馬車で王都まで行くとなるとそれなりの距離になるので、顔合わせを行った方がいいと判断したのだ。
ちなみにどさくさに紛れて助けた魔族たちを逃がすことは完了している。
なのでもうルックたちに付き合う義理はないといえばないのだが、ここまで首を突っ込んだのだからということでアリシャは関わることに決めた。
「アリシャさんのお仲間ですか?」
「ああ。古い馴染みでね。傭兵団なんだ。こっちに来ているそうだから、どうせなら顔を見せておこうと思って?」
ルックとアリシャはこれからのことについて話す。
「はいはいはい! 私ついていきたいです!」
ミルアが真っ先に手を挙げた。
「ぼ、僕も……!」
シェストも負けじと同行を表明する。
「なら私も行っちゃおうかしら?」
どこかそわそわしながらリュージェが首を傾げ。
「俺が行っても構わないよな?」
ローキスがやたら真剣な表情で確認を取り。
「私もついていってあげてもいいのよ?」
別に興味ない風を装いながらちらちらっとアリシャを窺うリアの態度には「連れて行ってほしい」という意思が隠れておらず丸出しになっている。
「ボクも行こうかな?」
くすくすと面白そうにウルスが笑う。
「わ、私も行きますっ。行きたいですっ」
若干顔を赤くしてアンナが希望する。
「……なんだかすみません」
代表してルックがアリシャに頭を下げた。
「ははは。構わないよ」
元よりそのつもりだったので、アリシャにしてみれば快諾するだけだ。
兵士の詰め所を出て、ミリアンたちとの合流に向かう。
『ということなので、協力してもらいたい』
早めに念話で相談を持ち掛けると、真っ先に笑みを含んだミリアンの念話が返される。
『何か面白いことになってきたわね。私は構わないわよ』
続いて苦笑するイメージとともにブランディールから念話の返事があった。
『やることは済んでるからな。付き合ってやるよ』
『儂も構いませんぞ』
アズールも特に反対意見はないようだ。
『まあ、いいでしょう』
熟考の末、ミアネラも協力することに決めた。
『ミアネラ姉さんがいいなら私も構わないよ』
ジャネイロからも色好い返事が返ってくる。
『オレが承諾するなど珍しいのだぞ。感謝しろ』
『特別に、特別に協力して差し上げますわ』
ブロンとエルザナは本当にいつも通りである。
『できることはするよ』
最後にいたずらっぽくクロムが笑った。
『ところで皆は今どこにいるんだ』
『仕事が片付いたから酒場で飲み中よ!』
『何やってるんだ……』
何気なく尋ねたところミリアンからあっけらかんとした思考で返事が返ってきて、アリシャは思わず苦笑する。
「どうしましたか?」
「ああいや、何でもない。全員で行こうか。皆ついてきてくれ」
不思議そうなルックに返事を返し、アリシャは歩く。
酒場に入ると、赤毛の美女が酒を一気飲みしている姿が目に入る。
いうまでもなくミリアンだった。
よく見れば、同じテーブルに人化したブランディール、アズールの姿があり、その隣のテーブルにはミアネラ、ジャネイロ、ブロン、エルザナ、クロムの魔王後継候補たちが座っていた。
「アリシャ、久しぶりじゃない!」
「お前こそ!」
気付いたミリアンが立ち上がり、アリシャに飛びついて抱き着く。
いかにも今久しぶりに会いましたとでもいうような態度である。
合わせるアリシャも再会したかのような態度を取っている。
当然二人とも演技だ。
さすがに念話で打ち合わせをしている前提で進めてしまうと一発で怪しまれるため一芝居打ったのだ。
ミリアンが相手ならば即興でも完全に阿吽の呼吸で合わせられる自信があるアリシャだが、さすがに他の面々とはそうもいかない。
『すみません、付き合わせてしまって』
『構わねぇよ。やることは終わったしな。嬢ちゃんはもしかしたら俺たちの上司になるかもしれないんだ。それに敵情視察っていう意味じゃ悪くねえ』
『ホッホッホ。中々愉快で有意義な試みだと思いますぞ』
謝るアリシャにブランディールは気さくに笑い返し、アズールも好々爺然とした念話を返す。
アズールに対しては団長とその妻の件があるのでアリシャはちょっと、いやかなり隔意があるものの、それをルックたちがいる現状で見せるわけにもいかず隠した。
「紹介しよう。私の親友であるミリアンだ」
「よろしくね。で、アリシャ、私たちにもその子たち紹介してよ」
念話で大体のことを把握していても、それを表に出さず、ミリアンはにこりと微笑みアリシャに紹介を迫った。