二十九日目:あべこべな邂逅7
アリシャはあくまでアドバイザー的なものでしかなく、方針を決める主体はシェスト、ローキス、ルック、ウルス、アンナ、リュージェ、ミルア、リアの八人にある。
この八人の中では、一番年長のルックが取り纏め的な役割を果たしているようで、まずは何人兵士を借りられるか調べることになった。
結果は、何と驚きのゼロ。
別に借りられる余地があるのに貸してもらえないわけではなく、ただ純粋に兵士の数が足りないだけだ。
普段の巡回だけでなく、要所に見張りも置いているため、こちらにまで回す余裕がないとのことだった。
「兵士を借りられなかったのは残念ですけど、これなら確実に街のどこかにいそうですね」
思い通りにはいかなかったものの、ルックの表情はそれほど暗くない。
魔法で奇襲を受けても確実に連絡ができるように、兵士たちは一網打尽にされない程度の距離を取り、お互いの無事を確認し合っている。
ミリアンたちなら脱出するのは難しくないだろうが、おそらく気付かれずにというのは無理だろう。
そして気付かれれば当然追撃がかけられる。
個人戦力は魔族側が過剰ともいえるほど優勢とはいえ、次期魔王候補が全員この場に集まっている以上、危険はなるべく減らす必要がある。
万が一次期魔王候補全員死ぬようなことがあれば、次世代の指導者を失った魔族側は荒れるだろう。
「探せば目撃者が見つかるかもしれません。当たってみる価値はあると思います」
冷静に、リュージェが意見を述べる。
八人の中ではお姉さん的な立ち位置を取ることが多いリュージェは、話し合いでも口火を切ったり、ルックの取り纏めを補佐するように動くことが多い。
率先して発現したのも、後に続く者たちが口を開きやすくするためだ。
「ふむ。なら散開して聞き込みをするか」
続いて、ローキスが情報収集の具体的な手段を模索する。
体格が良く、いかにも脳筋といった風貌だが、案外ローキスは理知的だ。神経質な一面もあるが。
おそらく聞き込みは、目についた者を片っ端から行うだろう。
拘るあまり、そのうち目的と手段が逆転しそうなタイプである。
「具体的にはどうやるの? 一人で行動するのは恐いんだけど……」
オレンジ色の自らの髪の先を弄りながら、もじもじとしてアンナが目を泳がす。
これは別にアンナが過度の怖がりというわけではなく、容姿が完全に魔族なので、下手に単独行動しているとトラブルが起こった時に対処し切れない可能性があるためである。
知らない人間にしてみれば、街にいきなり魔族が現れたようなものだ。
なるべく目立たないように動くとはいえ、姿が姿である以上、魔族に悪意を抱く者に付け狙われる危険性もないとはいえない。
それどころか、良く知らない者が逃げている魔族と間違えるかもしれない。
八人の存在はあまり公にするようなものでもないので、周知させるという方法も使えないのだ。
「半分に分けるのはどうだ? 僕たちならちょうど四人ずつに分けられるだろう。アリシャさんもいるからどちらかは五人になるだろうが」
シェストが眼鏡をくいと押し上げる。
この世界では美咲の世界のように鼻当てがあるタイプの眼鏡はまだ普及しておらず、シェストがつけているような鼻当てがないタイプのものが主流だ。
そのため蔓の部分についているチェーンでずれないようにするのだが、シェストのものはチェーンがついていないタイプであり、ずれやすい。
「わ、私、アリシャさんと一緒に行きたいっ」
熊耳をピンと立てて、ミルアが自己主張する。
普段はあまり自己主張せず皆の後ろに立っていることが多いミルアだが、この時は両手を上げて精一杯アピールしていた。
よほどアリシャと行動したいようだ。
そもそもそれはミルアに限ったことではなく、洗脳に近い教育によって人間に好意の感情を抱くようになっている彼らは、何だかんだいってアリシャと組みたがっている。
そわそわしているのが傍目に見てアリシャにも分かるくらいで、態度に出ていないのはルックぐらいのものだ。
「僕も一緒がいい! 連れていって!」
天真爛漫に可愛らしい笑顔でおねだりするのはウルスだ。
とても少女らしい。だが男である。
彼の場合完全に性別が迷子になっているので、振舞いで女に見えたり男に見えたりして完全に性別不詳だ。
まあ男に見えても枕詞に可愛いとついてしまうのだが。
「わ、私もい、一緒に行ってもいいですよ?」
若干顔を赤くして、何故か上から目線でアリシャに同行を呼び掛けているのはリアである。
やっちまったとリア本人も思ったらしく、顔色が赤くなったり青くなったり忙しい。
ふるふると身体が震え、じわっと目に涙が浮かぶ。
リアは身を寄せている人間が割と上流階級なので、普段の気位は割と高い。
それでも人間に対しては頭が下がってしまうのが、闇の深いところである。
「結局全員アリシャさんと組みたいんじゃないか……」
呆れた表情で、シェストが嘆息する。
しかしそういう彼こそ、先ほどからずっとちらちらアリシャの顔を窺っている。
彼自身の顔にアリシャと組みたいと大文字で書かれているようだ。
本来はあまり他人に心を許すタイプではないのだが、自分の髪を受け入れてもらえたのが嬉しかったらしい。
八人全員がさあ選べとばかりにアリシャを見る。
アリシャは思わず頭を抱えたくなった。
■ □ ■
結局、アリシャがどちらの班と同行するかで話し合いは揉めた。
余計に時間がかかるのはアリシャの立場からすれば時間が稼げるのでむしろ願ったり叶ったりなのだが、シェスト、ローキス、ウルス、アンナ、リュージェ、ミルア、リアの七人からは大なり小なりアリシャと一緒に行きたいという願望が透けて見えてとてもやり辛い。
そんな態度を見せないのはルックくらいのものだ。
他の七人はもう態度から『一緒に行きたい』という意思が透けて見えて、実際行動を共にすれば舞い上がって全く調査どころではなくなりそうで、アリシャとしては大丈夫かと心配してしまう。
魔族のことを考えればむしろそれを利用して進んで引っ掻き回すべきだが、こういうところでアリシャの八方美人な人の良さが出る。
できる範囲で何とかしてやりたいと思ってしまうのだ。
(……まあ、露骨に不利になるよう誘導しても不自然だしな……)
そんな自らの人の良さに、アリシャ自身があまり気付いていないのも問題である。
もっとも、それが未来における美咲にも利益をもたらすことになるので、美咲にとっては悪いことだともいえないが。
「ずるい」
「は?」
ぼそりとアンナがこぼした言葉に、ルックが振り向き、唖然とする。
アンナは唇を噛んでいかにも不満そうだった。
「私もアリシャさんと行きたい。ルック変わって」
「いや、全員で公平に決めたことだろ」
結局話し合いではアリシャが誰に同行するか決まらず、最後にはくじで決めることになったのだ。
その結果、アリシャはルック、シェスト、ミルア、リアの四名と行動することに決まり、ルックは素直にそれを受け入れ、シェストは何でもないことのように眼鏡のレンズを拭きながらにやけ、ミルアは素直に喜び、リアは思わず小躍りし仲間の恨めしい視線を受け咳払いして誤魔化した。
外れた方も外れた方で、アンナはこんな感じだし、ローキスはむっつりした顔ながら眉が不服そうにぴくぴく動いているし、リュージェは暗い表情で自分が引いた外れくじを見つめている
そしてウルスは引いた外れくじを真顔で叩き折っていた。
「アンナ。結果は結果だ」
ローキスは不平をこぼすアンナを諫めるものの、いかにも結果に不満がありそうである。
「あの時、迷わずあのくじを引いていれば、今頃私は勝ち組だったのに……」
さんざん悩んだ挙句に手をかけていた当たりくじから外れくじに変えてしまったリュージェが暗い影を背負っている。
どうやらリュージェにとっては逃した魚が大き過ぎるようだ。
叩き折ったくじをさり気なく捨て、ニコニコ笑顔でルックに近寄る。
「ねえ、ルック。僕、くじ引いてなかったみたい。もう一度くじ引いていいよね?」
「いや、お前さっき折っただろう。それに他は結果が決まってるんだからどうせ変わらないぞ」
さすがに呆れた声音ルックがいうと、可愛い顔で無害そうな表情を浮かべたまま、ウルスは露骨に舌打ちした。
「ふふふ……普段の行いの結果だよ。この結果はね!」
そして舞い上がったシェストが外れくじを引いた皆を煽っている。
「わーいわーいやったー!」
ミルアは熊耳をぴこぴこ上機嫌そうに動かしながら、無邪気に喜んでいる。
「私ならこの程度の幸運を引き寄せることなんて、簡単よ!」
くじを引く前は鬼気迫る表情だったリアは品よく振舞おうとしているが、ドヤ顔になっているのを隠し切れていない。
よほど嬉しかったらしい。
(ここまで好意を隠さずに接されると、騙しているのに罪悪感が沸いてしまうな……)
アリシャが悪いわけではないのだが、居心地の悪さを感じてしまう。
「で、肝心のどこに行くかを決めよう。皆、心当たりはあるかい?」
ルックが本題に入った。
「私、アリシャさんとご飯食べたい!」
さっそく元気よく手を上げて希望を述べたミルアの頬を、シェストが抓る。
「今は捜索のための話し合いであって、遊びに行くための話し合いじゃないからな!? あ、ちなみに僕もアリシャさんとはご飯を食べたいです」
「シェスト……」
ちゃっかりアリシャにアピールしたシェストを見て、ルックが微妙な表情を浮かべている。
「私はまず大通りで聞き込みをしようと思うのですが、アリシャさんはどう思いますか?」
ちらちらと何か期待する様子のリアに、アリシャはため息をついた。
「……まずはヴェリートの地図を持ってきてくれ。話はそれからだ」
今度はアリシャに誰が地図を渡すかで揉め、アリシャは念話でミリアンたちに助けを求めた。
『おい、この状況どうにかできる知恵をくれ』
『それよりアズールの奴がそれ見てクソ爆笑しててウザいんだけど』
『いやあ、好かれてるじゃねえか』
『ごめんなさい。笑ってはいけないと分かっているのですが……』
ミリアン、ブランディール、ミアネラから笑い混じりの念話が返ってきて、アリシャのため息は深くなった。