二十九日目:あべこべな邂逅6
アリシャに協力を仰いだシェスト、ローキス、ルック、ウルス、アンナ、リュージェ、ミルア、リアの八人は、改めて話し合いを始める。
場所を移して、今いるのはヴェリートにある兵士たちの詰め所の一室だ。
いちいち正体を説明して歩くわけにもいかないので、余計な面倒を避けるため、彼らは最初に見せた以外は詰め所の中でもフードを深く被ったままだ。
凄く怪しいが、普通の傭兵の格好で顔を晒しているアリシャがいる分、多少不審さは和らいでいる。
「……今は私たちしかいないんだから、外套くらい脱いでもいいんじゃないのか?」
陰気で怪しいフード姿を八人分も見せられて、若干うんざりしながらアリシャがいうと、びくりと八人は揃って肩を震わせる。
「め、目障りじゃないですか? 私たち、余計なものがついてるし」
おどおどと上目遣いでアリシャを見てくるのはアンナだ。
フードに隠れて、しかも俯き気味なので、見えるのは二つに結ばれたオレンジ色の髪くらいだ。
「別に私は気にせんよ」
実際、アリシャは魔族の姿など見慣れているので、アンナたちを怖がることも偏見を抱くこともない。
それに、完全に人外の姿をしている者も多い魔族に比べれば、あくまで一部分に魔族の特徴が出ているだけのアンナたちは、魔族の中では人間に似ている方だ。
というか、むしろアリシャの方がアンナたちが人間なのだと強く意識していないと、つい見た目に引きずられて魔族として対応してしまいそうな予感がある。
(自爆で正体がばれるとか最悪だからな……)
ばれるにしても、村人たちを脱出させた後にしたいし、そもそもアリシャの心情的には、このまま親切な人間の傭兵としてフェードアウトしたい気持ちが強い。
(とはいえ……)
アリシャは彼らが人間という種全体に対して強い依存心と服従心を抱いていることに気が付いていた。
魔族側で人の姿を持って生まれたアリシャ自身も帰属意識は魔族のものだから、別に彼らが人の側に帰属意識を抱いているのは構わない。むしろ普通だろう。
だがアリシャは自分が魔族だという自覚があるからこそ他人に依存も服従もしてこなかったし、むしろ同じ魔族とはその姿故トラブルを抱えることも多かった。
自分を同じカテゴリーに入れているならば、種族として見た人間にそこまで依存心や服従心を抱くとは考えにくい。
(……まあ、向こうから話してくるならともかく、私からぶしつけに尋ねるわけにもいくまい)
「僕なんか、こんな髪だし……」
フードの上から自分の頭を押さえるのはシェストだ。
隙間から見える前髪の部分だけでも、うねうねと蠢いているのが分かる。
「気にせんといったはずだが?」
立ち上がったアリシャはシェストに近寄ると、無造作に彼のフードを取り払った。
慌ててフードを被り直そうとするシェストに、アリシャは告げた。
「他と違っていては駄目なのか?」
「えっ」
きょとんとした顔で、シェストがアリシャを見上げる。
アリシャはシェストの髪を撫でる。多少ごわごわしていてうごめくが、触った感触は普通に髪だ。
「お前のように、髪が勝手に動く魔族と戦ったことがある。奴の髪は完全に蛇の形だったが、お前も引き継いだ種族的特徴としてはその流れを汲んでいるだろう。人間だって髪の色の違いや肌の色の違いがある。それと同じようなものだ」
「僕たちの身体と、人種の違いを一緒にしないでください」
「一緒だよ」
ルックの反論を、アリシャは一蹴する。
「人間は見た目が単一だが、魔族は本当に姿形が多種多様だ。だが、見た目の違いという意味では、種族という括りの枠組みについて人間と魔族のカテゴリーに差はない。人間の肌の色、髪の色と同じカテゴリに、姿というカテゴリが新たに追加されたに過ぎん。それこそ魔族のように」
この考え方は、アリシャ自身にも当てはまる。
魔族という種の中で人間の姿として生まれたアリシャは、当然同じ魔族の中でも人間として扱われることがあった。
この場合人間として扱われるというのは、襲われる、あるいは不当な扱いを受けるのとイコールで繋がる。
それを仕方ないことだと考えていたアリシャに、姿が違うだけであることを教えてくれたのが、傭兵団での生活と経験だ。
傭兵団といってもそれは魔族であるから、同じような姿をした団員などいない。
全員が全く違う姿であり、彼らはアリシャの姿も同じ姿の違いの一つとしてしか扱わなかった。
能力的には、他の魔族と違わず潜在能力ではむしろ上回っていたということもあるだろう。
ルックたちも同じだ。
違うのは姿だけで、人間として能力に極端な差があるわけではない。
優秀なのは努力したからで、魔族としての姿に生まれ付いたからといって魔族の能力まで手に入れられるわけではない。
人間としての姿で生まれたアリシャが、長い寿命や子どもの生みにくさなど、魔族としての長所短所は変わらないまま生まれたように。
「こんな姿をしていても、私たちは人間だと……そう仰るのですか?」
リュージェが外套を脱ぎ捨て、甲殻に覆われた肌を見せた。
「ああ、そうだ」
躊躇わず、アリシャは頷いた。
■ □ ■
それから、八人はアリシャに対する好意を隠さなくなった。
今までも人間と思っているアリシャ相手に好意的に接してはいたが、どこか一線を引いている風があったのに対し、今ではぐいぐい心の距離を距離を詰めようとしてくる。
「あの、アリシャさんは逃げた魔族を追うために、これからどうすればいいと思いますか?」
きらきらした瞳で自分を見上げ、尋ねてくるミルアに、アリシャはため息をつきそうになるのを堪える。
熊のような耳がミルアの頭上でまるで機嫌の良さを表すかのようにぴこぴこ揺れている。
目が合えばにこーっと笑うことからも、アリシャに心を許していることが窺える。
「そうだな。兵たちが門と外壁を固めて見張りを置いているか、まずはそれを確認しよう。きちんとそれが行われているなら、外に脱出したというのは考えにくい。いくら魔法といえども、全く何の痕跡も残さず見つからず逃げるというのは難しいからな。まだ街に潜伏しているはずだ」
「なるほど。確かに一理ある」
ローキスが頷き、尊敬に満ちた眼差しを向けてくる。
毛皮のような白い体毛と表皮に、口元から覗く牙と人間にはない特徴を比較的多く備えているローキスは、八人の中で一番の体格の持ち主だが、頭脳戦は得意ではない。
根が単純で、アリシャを疑う様子は微塵もない。
「ねえねえ、その後は?」
ウルスがきゃぴっ☆ という擬音が立ちそうな笑顔とわざとらしい仕草で腕に抱き着いてくるのを、アリシャはもう片方の腕で引きはがした。
一応抱き着かれる側が女で抱き着いてくる側が男なのだが、ウルスの容姿がどう見ても女にしか見えない可憐さを誇っているため、身体を鍛えているアリシャはどちらかといえば男の方に見える。
もっとも、美咲と出会う頃に比べればまだ肉体は鍛え切っていないし、顔つきなどにも幼さ、甘さが残っているので、一人でいれば女に見えないわけではない。あくまで相対的な話だ。
ちなみに美咲と出会った頃はミリアンとタメを張るほど肉体を鍛え上げていたアリシャだが、だからといって女を捨てていたわけではない。
顔立ち自体はアリシャは端正であるため、可愛らしさはなくなっても凛々しさが残る。
「ヴェリートを虱潰しに探せるならそれが確実だが、可能か?」
「そうですね……兵士を動員してもいいのなら可能だと思います」
少し考え込んで答えたリアに、アリシャはさらに質問を重ねる。
「具体的に何人出せる?」
「私たちに与えられている権限なら、二十人ほどかと」
返ってきた答えに、アリシャは眉間に皺を寄せた。
「足りんな。少なくともその倍は欲しい」
『おーい、アリシャ。あんた自分が魔族だってこと忘れてないわよね』
真面目に捕縛手段を考えるアリシャに、念話でミリアンからツッコミが入る。
現在進行形で、アリシャが会話の内容をミリアンたちに念話で飛ばしているのだ。
『当たり前だ』
『本気で捕まえようとしてないわよね? ガチ包囲網敷こうとしてない?』
どうやら一時的に話を合わせて別れるのではなく、本格的にアリシャが行動を共にし始めたので、確認したくなったらしい。
『下手に手を抜くと怪しまれるだろう。こうやって情報は流し放題なんだから、そっちで何とかしろ』
『私、頭脳労働苦手なのよねー』
ミリアンからは念話に合わせて目を逸らし、口笛を吹くイメージが伝わってきた。
『ならアズールにでも頼め。適任だろう』
『嫌よ。隊長たちのこと、私許してないから』
『私も同じだが、それとこれとは話が別だろう』
アズールの話題になると、どうしてもアリシャもミリアンも気配が剣呑になる。
大きな恩があり、家族同然でもあった傭兵団の団長と、その団員の一人であった妻がアズールに殺され、死体を使役されているのだから、二人が敵意を持つのは当然だといえよう。
とはいえ、今は味方だというのも確かで、魔王になれば部下となる。
けじめは必要だろうが、感情に任せて始末するわけにもいかないのが現実だ。
というか、現状は実力的な意味でも戦うこと自体が不利益しかない。
話題がアズールに移った時点で、アリシャもミリアンも念話の対象をお互いに絞って秘密でやり取りをしている。
本人に聞かれても他の人物に聞かれてもまずいからだ。
確執があること自体は隠していないので知られても構わないが、実際にそういう会話をしていれば見咎められるだろう。
今は余計な問題を起こすべきではないのだ。
「倍ですか……あまり引き抜いても見張りに穴が空いたら本末転倒ですよ?」
「分かっている。だが、そうならないなら人数は多いほどいいんだ。少数だと魔法で誤魔化されてしまう恐れがある」
指摘してくるルックに、アリシャは答えた。
言っていること自体は本当だし、どっちに転んでも魔族側としては薄くなった方を選択すればいい話なので、アリシャも隠さない。
ルックは深く考え込む様子を見せた。