二十九日目:あべこべな邂逅5
シェスト、ローキス、ルック、ウルス、アンナ、リュージェ、ミルア、リアの六人は焦っていた。
せっかく捕まえた魔族を逃がしてしまった。
もしこのまま見つからなかったら、どうなるか。
自分を保護してくれた人たちに見限られるかもしれない。
それは八人にとって、明確な恐怖だった。
「ちくしょう! 何でだよ! ここまで上手くいってたのに!」
吐き捨てたのはシェストだ。
眼鏡の奥の瞳が潤み、震えている。
噴き出しそうになる感情を堪えているのだ。
「き、嫌われないよね……? 私たち、捨てられたりしないよね……?」
アンナもオレンジ色の髪を振り乱して怯えている。
取り乱し様が少し尋常ではない。
その様子は、怯えていると言って良かった。
「くそっ! とにかく動くぞ! 兵士たちが言っていたことが本当なら、ヴェリートのどこかにはいるはずなんだ!」
とにかく動こうとするのはローキスだ。
しかし、彼にも明確なビジョンがあるわけではない。
ただがむしゃらに行動しようとしているだけで。
「隠れるとしたらどこかしら……。私たち、この街に詳しいわけじゃないし」
リュージェはどうやって探し出すか、早くも考え始めている。
だが落ち着いているとは言い難く、声が震えているし、目線も忙しなく動いて一定しない。
「……とにかく、どこかで一度気を落ち着けよう。このまま動き出したって、いいことはなさそうだ」
その中でも、ルックは冷静だった。
おそらく他の皆と同じように焦りや恐怖を抱えているだろうに、それを押し隠して今後の対応を決めようとしている。
「大丈夫か? お前たち。凄い取り乱し様だが……」
縁起でも何でもなく、八人の尋常じゃない怯え振りに目を白黒させたアリシャが、気遣う。
アリシャとしては、敵だということは分かっているものの、なまじ魔族の姿なので敵対心を抱きにくいのだ。
それに、皆まだ幼いということも理由として挙げられる。
こう見えてもアリシャは姿が人間なだけで魔族だから、見た目よりも長生きしている。
しかし彼らは見た目が魔族なだけなので、年齢は見た目相応のはずだ。
(やり辛いな。情緒不安定の子どもと接しているようだ……)
そんなアリシャの感想は、決して的を外してはいない。
人間に奉仕することを当然と教育され、厳しい環境の中人間に依存している彼らは、人に見限られることを極端に恐れる。
何故なら、そうなるように育てられたからだ。
ミルアがアリシャの前にやってくる。
「お願いします、手伝ってください……」
「僕からもお願いします! 何でもしますから……!」
「私からもお願いします。虫の良い頼みであることは承知しています。私たちに差し出せるものは何でも差し出しますので、どうか私たちに協力をしていただけないでしょうか」
ウルスとリアにまで懇願されて、アリシャは困惑した。
(ある意味、願ったり叶ったりなんだろうが……)
状況としては、悪くない。
アリシャが魔族側であることは、アリシャ自身の容姿もあって全く疑われてすらしていない。
ならば協力してさり気なく一か所の注意を逸らさせ、そこからミリアン達を脱出させてしまえばいい。
『どうすればいいと思う? ミリアン』
『受けなさいよ! アリシャ! ちょうどいいわ!』
ミリアンからは興奮気味の念話が伝わってくる。
どうやって見つからずに脱出するか悩んでいたところに、降って沸いた好機である。
利用しようと思うのは当然だ。
「関係のない人間を巻き込んじゃいけない。魔族と戦いになるかもしれないんだぞ」
「で、でも……」
「だからこそ、戦力が必要だと思うよ」
「ルックの言いたいことは分かります。でも、そう言っていられる状況でもないと思うの」
ミルア、ウルス、リアは考えを変えない。
「僕もミルアたちに同感だ。ここは協力を仰いだ方がいいと思う」
それどころか、シェストまで賛成を示してくる。
「仕方ないんじゃないかな……巻き込んじゃって、アリシャさんには本当に悪いと思うけど」
「構わない。気にしてないさ」
申し訳なさそうにちらりと見てくるアンナに、アリシャは首を横に振った。
「なら決まりだ。手伝ってくれないか」
ローキスもその気になって、アリシャに協力を求める。
「私からもお願いします」
手を後ろで組んで片足を引くベルアニア式の動作で丁寧に礼をして、リュージェも頼み込んでくる。
『これは受ける以外に選択肢はないだろ』
『ホッホッホ。渡りに船というやつですな』
魔将二人は受けろ受けろと念話で急かしてくる。
『……ミアネラ姉さんたちはどう思う?』
アリシャは自分の異母兄弟姉妹である五人にも意見を求めた。
『……私は、あまり受けるべきではないと思うわ。一人で人間たちに囲まれるあなたが危険過ぎるもの。いくら魔族といったって、多勢に無勢だわ』
『僕も姉さんと同じ考えだね。せっかく苦労して村人を助けたのに、君が捕まったら結局意味がない』
『そいつたちを助けなくても、ほとぼり冷めるまで待てばいいんじゃないかな。いつまでも厳戒態勢敷いていられるわけじゃないだろうし、捜索の手を外に広げなきゃいけない時が絶対来るから、その時に脱出するチャンスはあると思うよ』
ミアネラ、ジャネイロ、クロムはアリシャの身を案じて反対している。
しかし、ブロンとエルザナは違った。
『構わないのではないか? 本人がやりたいと言っているんだ。捕まれば自決する程度の覚悟はできているだろう』
『わたくしもブロン兄さまと同じ考えですわ』
『……まあ、そんなわけでこっちも見事に意見が割れてるから、アリシャの好きにしなさいよ。何なら私も手伝ってあげるわよ』
纏まらない意見に呆れているような声音で、ミリアンが纏めた。
■ □ ■
結局、アリシャは彼らを手伝うことになった。
いわばアリシャ自身が犯人のうちの一人なので、本当に手伝うわけにもいかないのだが。
(どうしてこうなった……)
心中頭を抱えたい気持ちでいっぱいのアリシャだが、シェスト、ローキス、ウルス、アンナ、リュージェ、ミルア、リアの七人は喜んでいるので態度にも出せない。
ルックのみが、アリシャを巻き込むことに申し訳なさそうな顔をしている。
とはいえ、こうしてすぐに関わることができたのは幸運ともいえる。
『ホッホッホ。では、用済みになればどこかに誘い出して始末しますか』
いきなり死霊魔将アズールが不穏なことを念話で伝えてくる。
『やめろ。なるべく穏便に済ませたい』
当然、アリシャにしてみれば却下だ。
『だがよ、放っておくわけにもいかないだろ。生かしておけば、また魔族領に忍び込まれるかもしれないぞ』
『顔は割れた。手配書を回しておけばいいだろう』
ブランディールの指摘に、アリシャは答える。
『末端の村まで回りますかのう?』
くつくつと喉の奥で笑うようなイメージを念話に乗せて送ってくるアリシャは、少しむっとする。
まだ、アリシャはアズールのことを許したわけではない。
団長とその妻のことに対しては、きちんと代償を支払わせるつもりだ。
元々なる気はなかった魔王の候補者として、本格的に争うことに決めた理由の一つでもある。
性格が最悪な悪人でも、実力は確かで魔将であるから権力もある。
それこそ魔王にでもならなければ、アリシャがアズールに対して責任を取らせることはできないのだ。
そもそも、実力的に今行動に及ぶのは不可能である。
普通に返り討ちにされかねない。
『今殺しても、他に似たような境遇の奴らが出てこないとも限らない。そうなれば私の正体が知れる分こちらが損だ』
『つまり、アリシャはどうしたいわけ?』
好意的な笑みを含んだミリアンに尋ねられ、アリシャは念話の返答に迷った。
考えがないわけではなかったが、今の時点では荒唐無稽であることも確かだ。
『……仲間に引き込んでみようと思っている』
しばらく沈黙があった。
誰もそんなことを思っていなかったようで、念話を通じて息を飲む気配がアリシャに伝わってくる。
『……可能なの?』
そっとミアネラがアリシャに尋ねた。
『やってみる価値はある』
ミアネラは長女であるだけのことはあり、五人の中でも理性的で公平な立場を取っている。
過度に人間を蔑んだりせず、ただ敵として見ている感じだ。
とはいえ魔族自身が人間を対等に見ないことが普通なため、ミアネラにもそれが当てはまってしまうのだが。
他の魔族よりはマシなことは確かである。
『勝算があるのかい?』
ジャネイロについては、まだアリシャはよく知らない。
印象は、ミアネラと立場が近いということくらいか。
だがミアネラよりは人間に対する偏見や嫌悪感が深そうだ。相応にプライドも高そうである。
まあ、ブロンやエルザナほどではないだろうが。
『ああ。だが、もう少し事情が知りたい。人間として、踏み入ってみる』
アリシャにとって、この二人は魔王の後継争いという点では敵なものの、ある程度信用しても良さそうな魔族に見える。
同族とはいえ、姿が人間だからアリシャには個人的に魔族と敵対した経験もないわけではない。
大抵相手に突っかかられるのが、頭の痛いところだ。
『いいのではないか? 人間に身をやつすなどオレは御免被るが、お前の好きにすればいい。必要なものがあれば言え。用意してやろう』
『わたくしもせいぜい吉報を祈って差し上げますわ。差し入れしてあげてもよろしくてよ』
予想外だったのは、ブロンとエルザナにまで好反応を得られたことだ。
『……幸い、こんな見た目だからな。感謝する』
何を考えているのか分からず若干警戒するアリシャだが、礼だけは忘れずに伝えておく。
『あ。お礼言われて姉さん固まってる。照れてるよ』
『こ、こらクロム! 余計なことは言わないの! 魔法の制御が甘くなってるわよ!』
『それはエルザナ姉さんもじゃないか』
笑い混じりのクロムの感情が念話に乗って伝わってきて、顔を真っ赤にするイメージと焦りの感情が念話越しに感じ取れてしまう。
ミリアンのような補助手段に頼らない念話はコントロールして声のみを届けているため、集中力が乱れると余計なものまで送信してしまう。
これはいい例だ。
(……まあ、なるようになるか)
前向きな気持ちになって、これからのことを考えるアリシャだった。