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美咲の剣  作者: きりん
六章 守るべきもの
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二十九日目:あべこべな邂逅4

 詰め所までの道を歩きながら、アリシャは内心頭を抱えていた。


(面倒くさいことになった……)


 ミリアンやブランディール、アズール、ミアネラ、ジャネイロ、ブロン、エルザナ、クロムといった面々と別行動してヴェリートを抜け出す方法を探っている間に、どう見ても魔族にしか見えない集団と出会えばそれが人族側の者たちで、しかも境遇が自分と全く正反対でありながら同じという者たちだった。

 これは、駄目だ。

 アリシャ自身が魔族のコミュニティの中で人族の姿として生まれ付いてしまったことで多くの苦労を背負ってきたから、彼らがどんな扱いをされているのか、何となく分かる。


(人間を恐れている……。それは間違いない。だが、盲目的な臣従心も見え隠れしている……。洗脳か? だが、魔法の気配はないな。というと洗脳といっても、魔法的なものではなく教育の類か)


 魔法というのは便利な反面魔族の闇という部分も十分に抱え込んでおり、後々美咲の時代で出てくる隷従の首輪や、記憶や人格の書き換え、洗脳など、他人を操り弄ぶ手段に事欠かない。

 同じく魔法に精通している人間ならば抵抗することは難しくないのだが、そうでない人間はどうしようもない。

 アリシャも傭兵として、操られて魔族側についている人間を見たことはある。

 まあ、戦場に出されるような人間は、大抵爆弾のような状態にされて使い捨ての兵器扱いされていたが。

 非人道ではあるが、そもそも人道という概念自体が薄いか無いに等しいこの世界では、関係がない。

 人族も魔族も憎み合うが故に捕虜になれば待っているのは地獄というのが、この世界の常識だ。

 だからこそ捕虜という概念はあっても、それは死んだ方がマシという扱いになるのが普通で、捕まる前に自死を選ぶ者も多い。

 そして何より困るのが、敵であるはずのシェスト、ローキス、ルック、ウルス、アンナ、リュージェ、ミルア、リアたちが、アリシャのことを人間だと思い込んでいて、親し気に接してくることだ。

 まあ、これについては懐を開いて彼らを受け入れてしまったアリシャの自業自得な面もある。


「あのっ! アリシャさんはどちらのご出身なんですか!?」


 アンナがキラキラした目で尋ねてくる。

 好奇心いっぱいの目だ。


「田舎の農村だよ。魔族との戦争でもうなくなっちまったチンケな村さ」


 間違いではない。

 かつで魔族国家同士の戦争で、アリシャの出身地がなくなったのは確かだ。

 当然人族領の村ではなく、魔族領の村なのだが。


「だから魔族と戦おうと?」


 リアには尊敬の眼差しを向けられた。

 彼女の中では、今の話だけで故郷を失って魔族に復讐するため傭兵になった女傑としてアリシャへの好印象が早くも固まりつつあった。


「それもあるけど、それより前に私は飢饉で売られてね。娼婦だったんだ。その境遇から拾い上げてくれた人が傭兵だったから、っていう理由の方が強いかな」


 嘘は言っていない。

 相変わらず『どこで』という情報が意図的に省かれているのを除けば、全て本当の話だ。

 未来で美咲にした身の上話と同じロジックである。

 あえてある程度情報を出すことで、足りない部分は本人も気付かないうちに『そうに違いない』と思い込ませることで補正させる。


「しょ、娼婦……!?」


「……そこに食いつくか」


 顔を真っ赤にさせたシェストに、アリシャは呆れた眼差しを向ける。


「娼婦にしちゃあ、ガタイが良すぎないか?」


 疑念というより、純粋な疑問を抱いた様子で、ローキスが首を傾げる。


「まあ、昔は今よりもっと体格が貧相だったからね。今も鍛えている途中ではあるが」


 ちなみに今の時点で、アリシャの体格はローキスとほぼ同じである。

 そしてアリシャの体格は現時点ではまだまだミリアンの足元にも及ばず、美咲と出会う未来にならないと並ばない。

 だが、ローキスも決して体格が貧相というわけではなく、それどころか人間としての括りで見るなら恵まれているのは間違いない。

 実際シェスト、ローキス、ルック、ウルス、アンナ、リュージェ、ミルア、リアで比べれば、ローキスが群を抜いて良い体格なのだ。

 ちなみに、男の中で一番線が細いのはシェストである。

 見た目が完全に男の娘であるウルスよりも細かったりする。


「ぼ、僕も鍛えればアリシャさんみたいになれますか!?」


 シェスト自身もモヤシみたいに細い身体はコンプレックスのようで、尋ねる剣幕は割と必死だった。


「あ、ああ。少なくとも女の私よりは筋肉が付きやすいはずだし、難しくはないと思うが」


 若干仰け反りながら返答するアリシャだった。



■ □ ■



 詰め所に着いた。

 見た目が完全に人間であるアリシャはともかく、シェスト、ローキス、ルック、ウルス、アンナ、リュージェ、ミルア、リアの八人は人間と言い張るには無理があり過ぎる。

 当然誰何されるのだが、八人は一斉に外套のフードを取り払った。


「『忌み子隊』……!」


「た、隊長をお呼びしろ! 今すぐだ!」


 兵士たちの反応に、アリシャは首を傾げる。


「有名なんですよ、俺たち」


 ルックが苦笑しながらアリシャに説明する。


「魔族領に侵入して魔族を捕まえるなんていう、難しい任務を達成して以来、名前と顔が知れ渡っちゃいまして。まあ、魔族側に知られていなければ問題ないんですけど」


 さすがに今知られたとはアリシャは言い出せない。

 今すぐにでも念話でミリアンあたりに伝えようか、アリシャはかなり迷った。

 彼らの存在は魔族にとってもかなり危険だ。

 何しろ、見た目が完全に魔族なので、混じっていても分からない。

 判明しているこの八人はともかく、もしまだ判明していない者たちがいて、それらが魔族領に入り込んでいるのなら、一刻も早く狩り出さなければならないだろう。


(さすがに人間に魔法が渡るのを見過ごすわけにはいかない。戦争が泥沼になりかねん)


 人間の姿をしているアリシャだが、その帰属意識ははっきりと魔族へ向いている。

 これは生まれ育った環境が大きい。

 とはいえ、シェスト、ローキス、ルック、ウルス、アンナ、リュージェ、ミルア、リアの八人と、アリシャが生まれ育った環境は全く正反対だ。

 彼ら彼女らが、洗脳に限りなく等しい教育によって人間側に服従して自分たちを下に置いているのに対し、アリシャはあくまで自分を通常の魔族と同格だと思っている。それどころか、現在でいえば限りなく頂点に近いといえるだろう。

 これは傭兵団に拾われた経緯が大きく関係している。

 回りに自分たちの仲間として対等に扱う者が多いか、明確な上下関係を強いてその関係を強要したかの差だ。

 いうまでもなく、前者がアリシャである。


「も、もう到着したのですね……」


 やってきたヴェリートの兵士隊をまとめる隊長は、物凄い下手に出ていた。


「当然です。せっかく捕まえた魔法への足掛かりですもの。一刻も早く、陛下にお届けしなければなりません」


 アリシャは一瞬誰だお前と口走りそうになった。

 今口を開いたのは、ミルアである。

 熊の耳を生やした少女だが、今まではどちらかといえばのんびりとした言動をアリシャに見せていた。

 しかし変化はミルアだけではない。


「さっそく捕虜を引き取りたいのだが。案内してもらおう」


 だからお前も誰だと言いたいアリシャである。

 ちなみに今の発言をしたのはリュージェだ。

 どちらかといえば頼れるお姉さんといった感じの性格で、口調ももっとやわらかかったのだが、今の彼女は冷たく硬い印象を与える。


「……僕たち、こんな形だから舐められるわけにはいかないんだよね」


 戸惑っているアリシャに気付いたか、ウルスが背伸びしてそっとアリシャに耳打ちする。

 身長差があるので、アリシャが多少屈まなければならなかったのはご愛敬だ。


「じ、実は……」


 口を開こうとして、隊長は言い淀んだ。


(……まあ、私たちが連れ出した後だしな)


 逃げられたとは言い出し辛かろう。


「魔族の襲撃を受けまして、現在行方不明に……」


「……逃がしたと?」


 ルックの口から、一オクターブ低い声が紡がれる。

 いわゆるドスが利いた声という奴だ。

 アリシャやミリアンも良く使う。傭兵なら大体が標準装備している。

 他の七人も明らかに表情を変えていた。


「で、ですが! ヴェリートの外壁門は既に押さえております! 外壁も死角を埋めるよう兵士を立たせておりますので、まだ街の中にいるはずです!」


 やり取りを眺めながら、アリシャはミリアンに念話を繋げた。

 この時代、人間側は魔法に対する防御がまだ全くと言っていいほどなされていないので、やりたい放題である。


『おい、そっちはどうなってる。無事脱出したか?』


『あんたがまだ来てないのに出れるわけないでしょ! どこにいるのよ!』


 即座にミリアンから返答が来た。

 ミリアンはあまり念話の魔法が得意ではないので、きっといちいち口に出ししてるのだろうなと思いつつ、アリシャはさりげなく服の内側に縫い込まれた魔族文字を触った。

 これが、念話を行う際の触媒として機能し、本来なら発声しなければならない念話の発動を無声化させることができる。

 縫い込んであるのは他人に見えるような場所ではないので、傍から見ればちょっと服に触った程度にしか見えない。


『兵士の詰め所にいる。……人間側の鬼札とお互い気付かずに接触してしまってな。ややこしいことになった』


『……どういうこと?』


『村を襲った人間の正体が分かった。……いや、正確に言えば人間とは言わないのかもしれんが。人族側は、私のような存在を飼い慣らしている』


『詳しく』


『要は、人間でありながら魔族の姿で生まれた者たちが、人類側についているということだ』


『魔法は?』


『使う様子はない。魔族から魔法を得るのに躍起になっているようだからな。そもそも魔族の姿として生まれたところで、環境が人間と同じなら出来上がるのは魔族語を話せない魔族だ。それに私と同じということは、肉体の形が違うだけで、肝心の中身は人間と同じだろうよ』


 ミリアンと念話を交わしながら、アリシャはある意味自分の同胞でああるかもしれない八人を見る。

 皆、今度は慌てて詰め所を飛び出そうとしていた。


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