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美咲の剣  作者: きりん
六章 守るべきもの
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二十九日目:あべこべな邂逅3

 ラーダンを経由してヴェリートに到着したシェスト、ローキス、ルック、ウルス、アンナ、リュージェ、ミルア、リアの八人は、慌ただしい街の様子に驚いた。


「変だな。何かあったのか?」


 一人でにうごめく黒髪縮れ毛をフードで隠したシェストが呟く。


「兵士の数が随分多いね」


 フードからオレンジ色の髪がちらちら覗いているアンナは、盛んに通り過ぎる兵士たちの様子が気になっていた。

 まるで今から戦闘をするかのように、皆完全武装しているのだ。


「ここが最前線に近いからじゃないのか? 今もじりじり人族軍は押されてて、このままだとこのヴェリートに籠って籠城戦をすることになるかもしれないって王都で聞いたぞ」


 外套にフード、手袋、マスクと目以外の隠せる部分は全て隠し、完全に不審人物と化したローキスが告げる。

 王都からヴェリートまでは距離があるので情報の伝達速度も遅く、最悪到着した頃にはヴェリートが最前線になっている可能性もあった。

 そうならないよう、なるべく急いできたのだが。

 とはいえ、実際は人族軍は戦況不利には違いないもののよく持ち応えており、美咲がこの世界にやってきた時の状況から分かる通り、最終的にはヴェリート近辺にまで押し込まれるものの、そこでまた長らく停滞状況を作ることに成功している。

 地形的にも部隊が展開するには守りやすく攻めにくい要衝なのだ。

 ゴブリンの洞窟の抜け道さえなければ。

 今の段階ではゴブリンの洞窟にまだゴブリンは住み付いておらず、無人の洞窟なのでラーダンとヴェリートをこの洞窟で行き来できる事実は知られていない。


「でも、街の人たち自体はそんなに慌ててる様子はないわよ? 人通りは少ないけど……」


 手足の甲殻を手袋で隠したリュージェは、フードから大いに乳白色の髪を覗かせて辺りを見回す。

 頭に人外のパーツがあるわけではないリュージェは別にフードを被る必要はないのだが、精神的な強迫観念があった。

 どうしても、目立ちたくないと思ってしまうのである。

 実際、このヴェリートの牢にいる魔族を引き取り、王都まで護送するという任務を帯びているので、目立つと困るという事情もある。

 既に全員フード姿の時点で怪しいが、女性であれば、性別を隠すためにフードを被っているということも珍しくないため、それほど奇異には思われていない。

 この辺りの感覚の違いは、やはり常識の差だろう。

 もし異世界人である美咲が見れば不審人物の集団にしか見えずとも、この世界の人間ならば、ただの旅人たちである。

 なるべく肌を晒さないようにするのも、旅をしているのならば間違っていない。


「でも確かに、ちょっと変だな。誰かに聞いてみようか」


 頬から鎖骨、上半身から下半身にかけて金色の鱗に覆われているルックは、フードを深く被って見知らぬ他人に顔を見られないように気をつけながら提案する。

 特に兵士に見咎められたら面倒この上ない。

 牢がある詰め所に着けば、さっさと正体を晒した方が話が早いのだが、ルックたちのことを出歩いている一兵卒の全員が知っているとは考えにくい。

 それに、ルックを含め、全員が下手な騒ぎを起こしたくなかった。


「でも誰に聞くの? 兵士にはあんまり関わりたくないなぁ」


 ミルアはあまり気が進まない様子だ。

 フードの下で栗色の髪のポニーテールも、心なしかへにょっとしており、熊耳も伏せられていた。

 実際はフードで隠れていて分からずとも、表情で嫌がっているのは十分に察せられる。

 ヴェリートの空気はかなりピリピリしており、ミルアたちの他にも旅人らしき姿の人物が、兵士に絡まれ誰何されている。

 当然人間なので何事もなく解放されるのだが、ミルアたちが誰何されれば大騒ぎになるのは避けられない。

 詰め所に着くまで無駄な時間を浪費したくはなかった。


「酒場とかどうかな。酒が入れば注意力も散漫になるし、口も軽くなるよ」


 四本あるうちの二本の手を外套の下に隠しつつ、ウルスが言う。

 ウルスの外套は他の七人よりもゆったりとした作りで、体型が分かりにくくなっている。

 それがウルスの性別迷子に拍車をかけていたりするが、本来の狙いは二本の手を隠すことにあるのだ。


「でも、建物に入ったらフードを取らないわけにもいかないんじゃない?」


 手足の水かきをピンク色の手袋で隠し、外套自体も桃色系統でピンクピンクしているリアは、全力で女の子女の子している。

 旅の常識に正面から逆らっているが、今は旅の埃でピンク色が隠れているため、あまり目立っていなかった。

 もちろん、相対的な意味でだが。


「とにかく、詰め所に急ごう。話もそこで聞けばいい」


 最終的に、最年長であるルックが方針を決め、シェスト、ローキス、ルック、ウルス、アンナ、リュージェ、ミルア、リアの八人は、足早に歩を進めた。

 なるべく人通りが少ない路地を選び、人目に触れないように進んでいたのだが、角を曲がろうとしたところで向こうから来た通行人と、シェストがぶつかってしまった。


「わっ!?」


「むっ? すまん」


 角から出てきた銀髪の女性は女にしては恵まれた体格で、男だが線が細いシェストの方が倒れてしまう。

 銀髪を短く刈り込んだ女性がシェストに手を伸ばそうとした。

 その動作が、シェストの髪を見て止まる。

 女性の目が見開かれた。


「ちょ、シェスト! フード! フードが!」


 アンナの慌てた声が響く。

 弾かれて倒れたシェストのフードが取れ、うごめく縮れ毛の黒髪が露になっていた。



■ □ ■



 シェスト、ローキス、ルック、ウルス、アンナ、リュージェ、ミルア、リアの八人が考えたのは、まず目の前の銀髪の女性について、どう対応するべきかということだった。

 女性の表情から見て、シェストのうごめく黒髪が見られたことは間違いない。

 シェストは髪がうごめいていること以外は人間と変わりないが、さすがにこの髪が普通だとは言い繕えない。

 こんな髪をしている人間などいないからだ。

 そういう意味では、間違いなく魔族の特徴であるといえる。

 人間ならば、そう考える。

 口を開いたのは、リュージェだった。


「あのっ、私たちこんな姿ですけど、敵じゃありません! 人間の味方です!」


 銀髪の女性が目を丸くする。


「おい、リュージェ!」


 ルックが制止しようとするが、リアがそれを止める。


「仕方ないわよ。見られちゃったんだから。全部話して協力してもらうか、始末するしかないじゃない」


 後半は銀髪の女性のことを慮ってか、小声だった。

 さすがに自分を殺すという言葉を聞かれたら、協力的になってはもらえまいという判断からだ。

 それに、リア自身が人間を手にかけるということをあまりしたくないという心境もある。

 人族への傾倒度により大なり小なりの差こそあれど、シェスト、ローキス、ルック、ウルス、アンナ、リュージェ、ミルア、リアの全員が、人間へ崇拝と恐怖の感情を併せ持っている。


「始末するのは穏やかじゃないし、やだよ。人間を手にかけるのは……」


 アンナも始末するという意見には消極的なようだ。


「ごめん……。僕がヘマしてなければ……」


 慌ててフードを被り直したシェストだったが、時既に遅く。

 さすがに見られていないと判断するのは、無理がある。


「気にするな。それよりこれからどうするかを考えよう」


 ローキスは最悪の選択肢を選ばなければいけない可能性も考えているようで、表情が硬い。


「どうするっていったて、どうすればいいの……?」


 若干ミルアは混乱しているようで、行動を決めかねているようだ。


「リュージェの言う通りだよ。全部説明して、口止めと協力の約束を取り付けるしかない。……もし、それを拒否されるなら。嫌だけど。本当に嫌だけど」


 ウルスが隠していた二本の腕を外套から覗かせる。

 いざとなれば、飛び掛かって殺すつもりなのだ。

 腕が四本あるウルスは、当然だが押さえ込みなどは得意である。

 押さえつけて、締め上げて、窒息死、あるいは首の骨を折って殺す。

 最後の手段だが、いつでもその選択肢を取れるように心構えだけはしておくのだ。

 銀髪の女性はウルスが身じろぎした瞬間、視線をウルスに向けた。

 目が合って、ウルスの心臓が跳ねる。


(この人もしかして……僕たちより強い……?)


 厳しい訓練を積んできたウルスたちは、こう見えて人間の中ではかなりの強者に位置する。

 それは自惚れではなく事実だ。

 そうなるように、育てられているのだから。


「ここは人気がないけれど、一目につくかもしれない。とりあえず詰め所へ急ごう。この人も連れて」


 最年長であるルックが最後に纏め、方針を決めた。

 そのやり取りを逃げも狼狽もせずに、興味深そうに観察していた銀髪の女性は、冷静な態度を崩さずにシェスト、ローキス、ルック、ウルス、アンナ、リュージェ、ミルア、リアの八人へ、順繰りに視線を移す。


「……魔族かと思ったけど、そうでもないみたいだね。君たち、何者だい?」


「……驚かないんですね」


 ルックの声に、銀髪の女性は苦笑を浮かべた。


「驚いたさ、とても。でも、魔族を見たのは初めてじゃないしね。一瞬忍び込んだっていう魔族なのかと思ったけど、それも違うようだし」


 肩を竦めた銀髪の女性に、恐る恐るといった様子で、ミルアが尋ねる。


「魔族を見たことがあるんですか?」


 ミルアの目には、恐怖や畏敬の他に、好奇心が見え隠れしている。


「そりゃあるさ。私は傭兵だ。戦うのが仕事だよ」


「よ、傭兵として人族軍に参加しているのですか!?」


 リュージェが驚いて声を上げる。


「……魔族と戦った経験もあるよ。君たちみたいな姿をしている奴ばかりだ」


「ぼ、僕たちは人間です! 魔族と一緒にしないでください!」


「おい、止めろ」


 気色ばんだシェストが、ローキスに諫められる。


「……とりあえず、移動しようか。金髪のお兄さんの言う通り、このままここにいても仕方ないしね」


「あ、ありがとうございます! 詰め所に着いたら、事情を説明いたしますので!」


 改まった態度で、リアが銀髪の女性に頭を下げる。


「あ、あの、私アンナっていうんですけど、よろしければお名前を……」


 恐る恐る名乗るアンナに、ウルスも乗る。


「僕、ウルスです!」


 二人に続けて残りの七人にも名乗られ、銀髪の女性も名乗り返した。


「丁寧にどうも。私はアリシャっていうんだ。さっき言った通り、しがない傭兵だよ」


 名乗ったアリシャは、にこりと微笑みかけた。

 魔族の姿で生まれた子どもたちと、人間の姿で生まれた魔王の後継候補。

 あべこべな姿をした者たち同士が出会った、運命の邂逅だった。


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