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美咲の剣  作者: きりん
六章 守るべきもの
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二十九日目:あべこべな邂逅1

 行方不明になっていた村人たちを助け出した一行は、衛兵の詰め所を脱出していた。

 もちろん、魔法で村人たちも人間に化けている。

 もっとも、村人たちは人間に化けれるほど変身魔法に精通してはいなかったため、アズールが変身させた。

 死霊魔法一辺倒かと思いきや、案外アズールは多芸だ。

 アズールに言わせれば、昔取った杵柄に過ぎないらしいが、案外小器用な男である。


「で、これからどうするの? すっかり騒ぎになっちゃってるみたいだけど」


 呆れた様子でミリアンが尋ねる。


「ど、どうしてこんなことに……」


「まあ、予想はできてたことだけどね」


 ミアネラが頭を抱え、ジャネイロが苦笑する。

 今の状況を説明すると、助けた村人たちの脱獄がばれて、ヴェリートから出られなくなっている。

 出入口である外壁門は兵士たちで固められており、身分照会が行われている。

 人間に化けていても、人族領域における身分を誰も持っていないので、引っかかること請け合いだ。

 よって、通常の方法で出ることはできない。

 ならば外壁を飛び越えようにも、兵士たちが巡回していて目がなくなる時間がない。


「何を逡巡している。力づくで出ればいいではないか」


「そうですわ。華麗に、優雅に、わたくしたちの力を見せつけていくのです」


 ブロンとエルザナは今の状況を危険視していない。

 本気で、実力で強行突破すればいいと思っている。

 ちなみにここまで早く村人たちの脱獄が露見したのは、二人が暴れたせいである。

 本来ならもっと穏便に済ませ、脱出できるだけの時間を作っているはずだった。

 それが本来の計画だったのだが、こそこそ動くのをよしとしない二人が見事にぶち壊したのである。

 なまじ実力があるせいで、短絡的な行動を取っても大概成功してしまうため、二人とも道理などよりも自分のプライドを優先してしまうのだ。


「まさか、ここまでとはなぁ」


 さすがのブランディールも呆れているようだ。


「これは、昼間に動くのは無理そうですな。夜を待ちましょう」


 アズールは既に起きたことは仕方がないと切り替え、脱出方法を考えているようだ。


「あはは。面白くなってきたね?」


「これを面白いといえるお前が凄いと思うよ」


 ニコニコ笑顔を浮かべているクロムに、アリシャはため息をついた。

 とにかく、警戒が厳しい今は下手に注目を引くような行動は取れない。

 特に現在は村人たちも連れている。

 彼らは尋問で憔悴していて、今すぐ脱出するのでなければ少し休ませた方がいいだろう。


「とりあえず宿を取るか。このまま突っ立ってても仕方ないからな」


「大所帯ですな。別れることになるやもしれませんぞ」


「その時はその時でしょ。あ、私はアリシャと一緒ね。そこは譲らないから」


 ブランディール、アズール、ミリアンの三人は早くも気持ちを切り替え歩き出す。

 この三人は本当に切り替えが早い。


「ふん。人間の宿などに泊まらねばならんとは」


「わたくし、汚らしい宿は絶対に嫌ですわよ」


 続いてブロンとエルザナがその後をついていく。

 この二人に関しては、切り替えが早いというよりも、事態の深刻さを認識しておらず、何も考えていないが故の判断の早さである。

 いや、何も考えていないというわけではないのだが、それが基本的に自分たちを中心とした考えばかりなので、根本的に回りと噛み合っていない。

 それで何か失敗していれば性格矯正の機会があっただろうが、なまじスペックが高いために突き進めてしまうので、今に至っている。


(……この二人のどちらかが仮に魔王に選ばれたら、とんでもないことになりそうだな)


 別にアリシャは自分が魔王になりたいとさらさら思っていないものの、誰が魔王になるのかは、少し気になってしまう。

 もっとも、現段階で一番有力な候補者は、魔王直々に指名されたアリシャ自身なのだが。


「というか、お前はどうしてまた女の姿なんだ」


 アリシャはクロムを軽く睨む。

 クロムは下働きの娘の姿は解除していたが、代わりに人間の街娘の姿を借りていた。

 どこにでもいそうな特徴のない娘である。

 強いていうなら、特徴がないために容姿が整っているように見えるという点だろうか。

 特にクロムは表情がにこやかによく動くので、愛嬌がプラスされて容姿以上に美人に見える。


「えへへー。可愛いでしょ?」


 無言でアリシャは眉間の皺を揉んだ。


「おい貴様、オレたちをじろじろと見て何のつもりだ」


「跪きなさい。頭が高いのよ」


 気付けば通行人にブロンとエルザナが絡みだしている。

 どうやら注目を集めているようだ。

 まあ、割と大人数だし、人間に化けていても明らかによそ者であること自体は隠せないので、仕方ない。


「お願いだから、もう騒ぎを起こすのは止めてちょうだい……」


「たぶん本人たちには伝わっていないんじゃないかな」


 哀愁漂うミアネラの肩を、ジャネイロが慰めるように叩いた。


「おいお前らいい加減にしろ」


「ほっほっほ」


 ブランディールとアズールが、それぞれ大剣の柄と手に持った杖でブロンとエルザナの脳天を殴った。


「な、何をする!」


「わたくしに手を上げましたわね! 何と無礼な!」


 頭を押さえて振り向く二人を、ブランディールとアズールは引きずる。


「さっさと行くぞ。時間は有限なんだ」


「ほっほっほ」


 引きずられるブロンとエルザナの罵声がむなしく響いた。



■ □ ■



 脱獄が発覚した後、詰め所内は大わらわだった。

 状況から手引きした人間がいる疑いが濃厚で、詰め所内に行方不明者が数名確認されたため、彼らが容疑者とされた。

 ……その彼らというのは、いうまでもなく一行と鉢合わせて気絶させられ、透明化の魔法をかけられて放置された者たちである。

 魔法が切れれば姿が見えるようになるので発見されるだろうが、それまではよほどの偶然がない限り見つかることはないだろう。

 あるいは魔物の鼻を借りるか。

 しかし魔物を使役するのはこの時代では魔族の専売特許であり、人間にその技術が伝わるのは美咲が召喚された時代にまで下るのを待たなくてはならない。

 最終的にミーヤに渡った魔王の呼び笛も、元を辿れば現魔王からアリシャに渡り、美咲に渡り、最終的にミーヤの武器となった。

 魔物使いという概念も、魔法と同じように元は魔族のものだったのである。

 故に、現段階では人間側に魔物を利用するという発想はない。


「くそっ、馬鹿者どもめ! この大事にな次期に何てことをしでかしてくれた!」


 詰め所の責任者が机を思い切り叩く。

 彼が激怒するのも当然だった。

 何しろ、もうすぐ捕まえた魔族の王都への護送が始まる予定だったのだ。

 魔族を捕虜にするというのはとても難しく、だが魔族は全員が魔法の使い手ということで、魔法の情報は喉から手が出るほど欲しい人族側としては、魔族を捕まえるのは急務だった。

 今までも戦争の最中で捕虜を取る機会がなかったわけではないが、多くは魔法について何も明かさずに自決してしまったし、拷問しても何も語らないまま、衰弱死してしまった。

 魔族軍の兵士を捕まえても何の情報も吐かないことに業を煮やした人族側は、ならば村人や街の住民といった、いわゆる一般人に当たる魔族を攫うことを考慮に入れ始めた。

 とはいえ、これも簡単なことではない。

 彼らは最前線に近い場所には住んでいないため、魔族領に侵入し奥にまで進んでいかなければならない。

 当然、人間がそんなことをすれば、生きて帰れる保証はない。

 そこで、人族側は自分たちの中に生まれた、異分子を利用することを思いついた。

 人族全体の認識でいえば、異分子というより異端、出来損ないの類だ。

 人間の両親を持ちながら、どうしてか魔族の特徴を持って生まれた赤子。

 それまでは生まれてすぐに殺されるだけだった彼らを、王命の下保護して密かに育て始めたのである。

 当然人道などという道徳心が働いたわけではない。

 魔族と同じ姿をしている彼らは、魔族の領域に入り込み、魔族を攫うにはぴったりだったのだ。

 故に洗脳とも呼べる教育を物心つく前から施すことにより、人間への帰属意識を強く植え付け、彼らを駒とする計画が始まった。

 計画の骨子は、主に飴と鞭方式が取られた。

 これは、肉体的、精神的なものが両方含まれる。

 肉体的な鞭はいうまでもなく、厳しい訓練だ。

 傍から見れば虐待ともいえる日々は、人間に対する恐れ、服従心をもたらす。

 さらに精神的な鞭として、魔族と同じ姿であることによる偏見があった。

 辛く苦しい日々は、彼らから反抗心を消し去り、自分が酷い目に遭っているのは自分が出来損ないで、人間の姿に生まれるほどの徳を持って生まれることができなかったからなのだという、行き過ぎた自罰心を生んだ。

 いうまでもなく、誘導されたものである。

 そうして、肉体的にも精神的にもボロボロになったところに、『飴』を投入する。

 理解者の登場と、状況の改善だ。

 彼らの扱いに憤った人間が、彼らを境遇から救い出す。

 家族、親友、恋人、親子……助けた者と助けられた者は、様々な形で、深い絆を育む。

 それすらも、計画の一つであると知らずに。

 助ける者の選別は、慎重に行われた。

 当然だ。彼らに感情移入するあまり、本来の目的を見失うようでは話にならない。

 故に、人格者であり、それ以上に国家への忠誠心や人族としての帰属意識が強い者が選ばれた。

 助けた者は絆を育んだが、それは計画の一環だと自覚しており、自分たちの関係に一線を引いた。

 助けられた者は、元の境遇に戻されることを恐れ、助けた者にどこまでも依存していった。

 そう、気付かないうちに誘導され、張り巡らされた蜘蛛の糸に絡め取られていった。

 そうして出来上がったのが、魔族の姿をしておりながら、誰よりも人族への忠誠と帰属意識を持った者たちである。

 魔族領に侵入し、村を襲い村人たちを攫ったのは、そうして生まれた集団だった。

 生まれから彼らは魔法こそ使えないものの、本物の魔族と比べても見分けがつかない容姿を持ち、怪しまれることなく魔族領を移動することができた。

 そして同時に、魔法を持つ魔族だからこそ発展することのなかった、持たざるものの戦闘手段……つまり、武術と遠隔武器を有していた。

 この組み合わせは、戦争という大人数の戦いでは何の役に立たずとも、奇襲による少数戦で、確かに威力を発揮した。

 魔法を使う魔族に戦闘員非戦闘員の区別は薄いが、それでも村人たちに戦闘経験が少なかったことも、襲撃を成功させた要因の一つだった。

 村人たちが攫われた裏側には、そんな経緯があったのである。


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