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美咲の剣  作者: きりん
六章 守るべきもの
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二十九日目:そこへ至る21

 何とかミアネラの勧誘を振り切ったアリシャとミリアンは、ミアネラが浴場に入っていったのを確認して安堵する。


「想像していたのと少し違ったな……」


「かなり、じゃない?」


「そうかもな」


 アリシャの呟きを聞いたミリアンが苦笑し、アリシャもミリアンを見て笑みを浮かべる。

 今までブロンやエルザナといったいかにも高慢な貴族らしい人物ばかり印象が強かったものだから、何となくアリシャはミアネラもそうなのではないかと先入観を抱いていた。

 しかし実際は、蓋を開けてみればどちらかといえばバトルジャンキーな気があるらしい。

 長子として弟妹をまとめる立場でありながらバトルジャンキー。

 いや、それ以外はいたってまとものように見えるし、実際物腰は落ち着いていてアリシャやミリアンに対する態度も柔らかいのだが、あれで性格がバトルジャンキーというのは、ちょっと詐欺である。

 王族専用の浴場にミリアンを入れていたことも、ブロンやエルザナなら激怒するだろうが、ミアネラはごく普通にスルーしていた。

 他に何もなければ形式的な注意くらいはしたかもしれない。

 実際はそれ以上にミアネラ自身にとって気になること、つまりアリシャとミリアンの実力がいかほどかということがあったので、ミアネラがミリアンが王族専用の風呂に入っていることについて触れることはなかった。

 案外適当である。


「おや、そこにいるのは私の新しい妹じゃないか」


 声をかけられ、アリシャは振り向く。

 そこにいたのは、魔王の長男でありミアネラの弟でもあるジャネイロだった。

 相変わらず、美男美女揃いの兄弟姉妹の中にあってさえさらに飛び抜けた容姿をしている。

 まさに麗人という表現が相応しい。

 まるで女と見紛うようなほどだが、案外体つきはがっしりしており、女だと見間違えられることはなさそうだ。

 もっとも、がっしりしているとはいっても男女の違いが分かるというだけで、決して鍛えられているというわけではない。

 そもそも体を鍛えるという行動自体が魔族の中では少数派で、ミリアンほどそれを究極的に行うレベルにまで達すると、ほぼ皆無だ。

 あのブランディールすら、トレーニングは必要最低限で、後は強化魔法でブーストをかけている。

 一般的な魔族にとっては、わざわざ多大な苦労をかけてまで肉体を虐めて鍛え上げるよりも、その持って生まれた魔族語の資質を生かして魔法で補った方がはるかに効率がいいのだ。

 それをしないのは、ミリアンのような魔族でありながらほぼ魔法の才能が壊滅的な異端と、アリシャのように高い魔法の才と同時に肉体にも恵まれ、そして肉体を鍛えることの大事さを知るミリアンという理解者が傍にいるアリシャだけだ。

 そして肉体を鍛えることの大事さは、未来において美咲とブランディールの戦いや、エルディリヒト率いる魔法を得た人族騎士団が魔族の村を襲い、村人や兵士たちを蹂躙した際の結果に表れている。

 魔族が人族を上回っているのは魔法という圧倒的なアドバンテージを得ているからであって、その点を抜きにしてしまえば総数で圧倒的に負けており出生率も低く肉体も貧弱という、欠点が三拍子揃った弱種族と化してしまう。

 とはいえ魔王やその配下である魔将たちのような化け物もいるから、彼らをどうにかしない限りは人族も有利とはいえないのだが。

 質の魔族、両の人族というのが、この時代の両種族を現す関係だ。

 美咲の時代でもそれは変わらないが、彼女の時代は魔法が人族の間にも徐々に浸透し始めたこともあって、変化が表れ始めた時代でもあった。

 そして、現在のアリシャやミリアンにとって、それは未来の話である。


「酒はいける口かな? これから新しいボトルの封を開けるつもりなんだ。一人で呑むのもつまらない。良かったら付き合ってくれないか」


 ジャネイロの申し出に、アリシャとミリアンは顔を見合わせる。

 そして自分たちに付き従うマキリス、エオリナ、ピオリー、テンリメイの四名を振り返る。

 注目されたことに気付いた四人は、表情を固まらせて首を横に振った。

 話を振ってくれるなということらしい。


「メイドがどうかしたのかい?」


 穏やかな表情で、ジャネイロは首を傾げている。

 そんな仕草ですら様になった。


(そういえば、彼のメイドたちは……ああ、あんなところに)


 気になったアリシャが見回すと、大勢のメイドたちが壁際に並んで控えている。

 おそらく、あれらがジャネイロのメイドたちなのだろう。

 他と同じく大量のメイドたちだ。

 まあ、アリシャが異常に少ないというだけなのだが。



■ □ ■



 アリシャにとって、ジャネイロという魔族は正直いうと良く分からないというのが正直な感想だ。

 一応自分の義兄らしいが、当然アリシャにその自覚は薄い。

 そもそもにして、アリシャ自身が両親の顔など覚えていない。

 これは別にアリシャの記憶力が悪いわけではなく、単に離れた後の出来事に対する印象が強過ぎて、霞んでしまっているだけだ。

 いうまでもなく、その出来事とは人買いに売られて魔物に襲われて逃げ延び、結局娼館に身売りし、そして傭兵団に身請けされてからの生活に他ならない。

 それに、そもそも、アリシャが自覚する両親というのは、当然ながら魔王とその妻ではなく、魔族領の田舎で暮らす極貧の魔族夫婦だ。

 その夫婦たちも、今となっては生きているのか分からないし興味もない。

 ただ、どういう過程を経て一応魔王の娘らしい自分が魔族夫婦に引き取られることになったのか、少し興味がないわけではないが。

 もっともそれも、アリシャ自身の容姿を思えば『どうやって』は分からずとも、『どうして』に関しては理解できる。

 アリシャの容姿は人間によく似ている。というかそのものと言っていい。身体の一部とかそういう次元ではなく、人間の街に容易に溶け込めてしまうくらい酷似している。

 幸い能力は魔族としての水準を備えているため、力は他人と比べて劣るどころかむしろ上回ることの方が多いほど恵まれていたが、やはり容姿による偏見というのは根強い。

 人間の姿をしているというその一点だけで、生まれてすぐ魔王城の外へ出されたと言われても、アリシャは全く驚かない。


「紅と蒼があるんだけど、どちらがいいかな?」


 ジャネイロが言う紅と蒼というのは、ワインの種類のことだ。

 美咲の世界でいえばワインといえば赤と白が定番で、むしろそれ以外のワインなんてあるのかという感じだが、さすが異世界というべきか、この世界ではワインといえば赤と青のワインが定番になっている。

 紅というのはその名の通り、赤ワインよりも発色が鮮やかで、まるで血の色のように赤みが強く、ワインレッドという色の名前で示されるような暗い赤ではない。

 とはいえ発色が違おうが赤は赤であり、そうである以上紅ワインはワインとして見てもそれほど違和感を覚えることはないだろう。

 蒼ワインはその逆の典型であり、鮮やかな蒼い発色は食べ物として致命的に噛み合わず、食欲を減衰させる。

 とはいえそれは現代人の、それこそ美咲のような元の世界の人間が抱く感覚であり、この世界の住民に関していえば、大した問題ではない。

 何故なら、彼らにとって青いワインというのは、当たり前なのだから。

 要は、『青は食欲がわかない色だ』という感覚が、この世界の人間にも魔族にもないのである。


「……では、蒼の方で」


 なので、アリシャは蒼のワインを選ぶのも、全く不思議ではなかった。


「じゃあ、私は紅ね。マキリスたちはどうする?」


 当たり前のように自分の希望を告げたミリアンは、背後を振り向き控えるマキリスたちメイドに尋ねた。


「えっ」


 何故かジャネイロが酷く驚いた顔をしている。


「あの、さすがにそれは」


 ジャネイロが驚く理由を察しているマキリスが、困った表情で断ろうとした。


「遠慮しなくていいわよ。どうせ私の酒じゃないし」


「どういう理屈ですか……」


 エオリナが呆れた表情でため息をつく。


「さすがにこの流れで同席を打診されるとは思わないよね」


「ねー」


 ピオリーとテンリメイはどこか楽しそうだ。

 実際状況を楽しんでいるのかもしれない。

 何かあった時表に出るのはマキリスかエオリナであることが多いので、今回もそうだとたかを括っているのだろうか。


「いや、兄妹水入らずの団欒なんだ。部外者は控えてくれないか」


 僅かに不愉快さを滲ませて口にしたジャネイロの言葉に、アリシャの眉がぴくりと動いた。


「別に、ミリアン姉さんは部外者ではありませんが」


 アリシャはジャネイロのミリアンに対する扱いが気に入らないらしく、不愉快気に口を挟む。


「私にとって、ミリアン姉さんは本当の姉のように慕う存在です。部外者ではありません」


 どうやら、ミリアンが軽く見られたような気がして、そういう意味でもアリシャは気に入らないようだった。


「……そうか。まあ、アリシャがそれいいなら構わないよ。参加するかい、レディ」


「あら、女扱いしてくれるの?」


「もちろんだとも」


 ジャネイロと軽口を叩きつつ、ミリアンは希望を伝えた。


「紅をいただくわ」


 なおもミリアンはメイドたちにも進めていたが、さすがに本人たちは固辞した。

 当たり前である。


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