表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
美咲の剣  作者: きりん
六章 守るべきもの
499/521

二十九日目:そこへ至る14

 魔王城で暮らすようになってからも、アリシャの日常はあまり変わらなかった。

 ミリアンを師に、ひたすら戦闘訓練の日々。


「そこっ! 脇のガードが甘い!」


「ぐっ!? くそっ……!」


 撃ち込まれるハンマーに大剣を合わせて辛うじて受け止めるものの、凄まじい膂力に受け止めた大剣ごと大きく弾かれ、アリシャは体勢を崩す。

 ミリアンが大きくハンマーを振り被る。

 予備動作の大きさから見ても、相当強烈な一撃であることは間違いない。

 これほど予備動作が大きければ、攻撃自体はとても読みやすく、万全な大勢ならばアリシャといえどもそうそう喰らうことはない。

 しかし、今は話が別だ。

 現在アリシャは大きく体勢を崩している。

 来ると分かっていても、身体がついていかないのだ。


「ぶっ飛べ──!」


「そう簡単に!」


 アリシャは敢えて逆らわず、直撃だけは大剣でガードし、衝撃自体は吹き飛ばされるに任せた。

 下手に打ち合ったところで、体勢が崩れた状態ではミリアンに競り勝てるはずもない。

 頭から地面に突っ込みそうになるのを、地面に手をついて身体中の筋肉に力を籠めることで強引に姿勢を入れ替え、四つん這いの形で着地する。

 対するミリアンは即座に追撃に移っている。

 着地したアリシャが顔を上げてミリアンの姿を探した時には、既にミリアンは跳躍してアリシャの真上を取っていた。


「死ぬ気で防ぎなさい! でないと本当に死ぬわよ!」


 ミリアンの声に、アリシャがようやく自分の頭上を見上げ、空中でハンマーを振り被っているミリアンに気付く。

 声を上げてミリアンが敢えてアリシャに気付かせたのは、アリシャに防御させるためだ。

 自分の実力だけでなく、アリシャの実力もよく理解しているミリアンは、不意打ちで完全に無防備なところに自分が全力の攻撃を当ててしまえば、アリシャといえども死にかねないことを知っている。

 つまり死なせないために、自分の攻撃をアリシャに教えたのである。


「まずっ!?」


「歯ァ食い縛れ! そぉら!」


 アリシャは大剣を己の頭上に掲げ、ミリアンに対して防御姿勢を取る。

 ミリアンのハンマーほどではないが、アリシャの大剣も重量武器としては十分な重さを誇る。

 それをアリシャはしっかりと保持し、ハンマーを迎え撃つ。

 それでも、ハンマーと大剣が接触した瞬間、大きく火花が飛び散り衝撃でアリシャが立つ地面が陥没した。

 しかし陥没した地面の中心にアリシャはいない。

 受け止めた瞬間かかった力の負荷に危機感を覚え、咄嗟に自らの身体機能を強化し、地面が陥没する前に強引にその場から抜け出したのだ。


「おおー、良い反応じゃない。今の一瞬でそこまで選択するなんて。あのまま受け止め切っていたらそこで勝負決まってたわよ」


「さすがにミリアン姉さんを相手に、あんな場面で力比べを挑もうとは、思わないさ!」


 平静を崩さずまだまだ余裕があるミリアンに比べ、アリシャは汗をかいているし呼吸も荒く、極度の緊張状態にあることが分かる。

 そこへ、陽気な声がかけられた。


「おー、やってるなー、お前ら!」


 アリシャとミリアンが同時に振り向き、快活な笑顔の蜥蜴顔を見つけて別々の表情を浮かべる。


「あなたは……」


「あん? ブランディールじゃない。何? 一緒にやる?」


 驚くアリシャに対し、ミリアンの反応は気さくで、友人か同僚に対するそれのようだった。


「ミリアン姉さん、蜥蜴魔将様に対して、その口の利き方は……」


 さすがにアリシャは無礼だと思って窘めるが、当のミリアン本人は割とどうでも良さそうに耳をほじっている。

 くくっと、ブランディールはおかしそうに喉の奥で笑った。


「構わねえよ。お前のダチ兼師匠なんだろ? お前自身、もしかしたら俺たちの新しい上司になるかもしれないんだ。だとしたら俺たちの地位はそんなに変わらないだろ」


 魔将に褒められて悪い気はしないらしく、アリシャが見ている中ミリアンは牛面にくすぐったそうな表情を浮かべた。


「あら、そう思う?」


 問い返すミリアンはどこか得意げである。


「思う思う。アンタ、すげえ強いだろ?」


「へえ、分かるんだ?」


 そこで否定しないのは、ミリアンが己の実力を正しく評価できているからだ。

 根拠のない自信ではない。実績に裏打ちされた確信なのだ。

 ミリアンはそれだけの努力をしてきたし、傭兵団時代に努力に見合う結果を出してきた。


「分かるさ。俺だって一応魔将だからな。驚いたぜ、民間に魔将級の人材が転がってるとはよ」


「あら、そこまで言ってくれるの? 嬉しいわね」


 蜥蜴男と牛面女は快活に笑い合う。


「まあ俺の方が強いがな!」


「寝言は寝て言えクソ蜥蜴野郎!」


 はっはっはとブランディールが己の実力を誇示すれば、笑顔でミリアンもブランディールに対し悪態をつく。

 そして二人同時にキレた。


「てめえ上等だぶっ飛ばしてやる!」


「やれるもんならやってみな!」


「どうしてそうなる……!」


 一気に一転触発になり、アリシャは頭を抱えた。



■ □ ■



 魔王の子どもたち、つまりミアネラ、ジャネイロ、ブロン、エルザナ、クロムに加え、アリシャの六人は、食事は同じ食卓を囲むことになっている。

 これはアリシャが来る前からの慣習なのだそうだ。

 ちなみに魔王は食事を共にしない。

 これは別に魔王が除け者にされているのではなく、単に執務のため時間がずれているだけだ。

 人間の王と同じく、魔王も君臨していればそれでいいだけではなく、国家運営というものをしなければならない。

 もっとも多種多様な国家が乱立しがちな人類と違って、魔族は単一国家なので、運営規模はともかく内容は人族国家ほど複雑怪奇になりはしないが。

 魔族と人族の国家の数に差があるのは、単純に総数の差だ。

 圧倒的に数は多い人族は、その数故に纏まりにくく、分裂しやすい。

 一時的にたくさんの領土を抱えることはあっても、その維持が長続きせず、すぐに内部分裂を起こして独立し、いくつもの小国に分かれてしまうのだ。

 それに比べ、魔族の国は元々魔族の総数が少ないことと、姿形が違っても同じ魔族として帰属意識が強いということが理由として挙げられる。

 いくら魔族語というアドバンテージがあろうと、膨大な数の差を埋めるのは簡単なことではない。

 言葉というツールを介する以上、魔法の行使にはある程度の時間が必要であり、それはタイムラグという形で実際に現れている。


「ねえ、アリシャ。最近はどうかしら? 風の噂では、随分と頑張っているそうじゃない」


 笑顔でミアネラが話しかけてきて、アリシャは内心「ついに来たか」と身構えていた。

 一応半分とはいえ血縁関係があるのは確かなようだし、この五人の中ではミアネラは性格も温厚で、比較的話しやすい人物であるが、そんな彼女も、先日魔王が告げたアリシャが次期魔王に近いという言葉に驚いていた人物の一人だ。

 というか、五人とも驚いていたので、その中では比較的驚き方が穏やかだったというべきか。

 ちなみに驚き方が剣呑だったのは、ブロンとエルザナの二人である。

 プライドが特に高いこの二人は、完全に態度を変え、今ではやたらとアリシャに対し敵対的な態度を取ってくる。


「ふん。働かずに食べるものは食べて、いい身分だな」


「今でも不可解ですわ。お父様は、どうしてこんな筋肉女を後継者に指名しようとしているのでしょう」


 食事くらい静かに取らせてくれよとアリシャは思わなくもないが、二人が憤慨する気持ちも分からなくもないので、アリシャは何も言えない。

 二人の立場になって考えれば、突然降って沸いた父親の隠し子に、相続財産を横取りされたようなものだ。

 不平不満を通り越して、殺意を抱いていてもおかしくないレベルである。


「やめなさい、ブロン、エルザナ。二人とも、皮肉なんて言って見苦しいわよ。どんな理由があれ、お父様がお決めになられたのだから、私たちに文句を言う資格はないわ。お父様にそう判断させてしまうくらい、私たちは不甲斐なかった。その事実を心に刻みなさい」


 ミアネラも二人を窘めているが、アリシャに対するフォローには全くなっていない辺り、本音はミアネラも不満を抱えていそうだ。


「でも意外だったねぇ。今までたくさん見てこられた私たちの誰かが魔王になるとばかり思っていたのに、まさか来たばかりのアリシャとは。さすがの私も、父上に聞かされたあの時は耳を疑ってしまったよ」


 笑顔で冗談のように言うジャネイロだが、実はよく見ると、目だけが笑っておらず、氷のように尖っている。


(滅茶苦茶根に持ってるな、これは)


 性格がきつくプライドも高く、しかし割と単純なブロンとエルザナに比べ、ミアネラとジャネイロは立ち居振る舞いがしっかりしていてそつがない代わりに、感情が外に出にくく隠し通す技術に長けているので内心を推し量りにくい。

 一見好意的に接されていても、実は内心ヘイトがたまりまくっている可能性があるのが、怖いところだ。

 ブロンと、エルザナ、ミアネラとジャネイロ。

 主に二種類の性格に分類されるが、アリシャにいわせればどちらも面倒くさいことには変わらず、勘弁してくれと言いたい状況だ。


「アリシャ、美味しいかい? うちのコックは腕がいいんだよ!」


 そんな中、クロムは癒しである。

 よく言えば無邪気、悪く言えば危機感も王位継承問題に対する意識も低いクロムは、それ故にアリシャにとって接してもあまり問題がない安牌として存在していた。

 ちなみに食事の内容は、和食に近い内容だ。

 これは、文化が昔の日本に近いワノクニという国が魔族領と接していることが影響していて、ワノクニの文化が魔族国家に流入しやすいことが原因である。

 元々魔族の国の食事といえば煮る、焼くが主な調理法で、魔族の国はこの状態から侵略戦争を繰り返して文化を発達させていった側面がある。

 未来にはこのワノクニも魔族に攻められ滅ぼされてしまうが、今はまだ国として存続している。


(……一緒に食べるのは、ミリアンと、クロムだけでいいな、うん)


 やたらとギスギスした空気の中食事を済ませたアリシャは、現実逃避気味にそんなことを考えた。

 魔王の血縁ではないミリアンとクロムが食卓を囲むことは、いくら本人たちが良くてもあり得ないのだが、そんなことは思考の外に投げるアリシャだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ