二十九日目:そこへ至る11
ミアネラ、ブルン、クロム、エルザナ。
これで、アリシャは己の異母兄異母姉のうち四人に出会ったことになる。
長女であるミアネラがいうには、アリシャが見つかるまでは五人姉弟だったそうなので、後一人まだアリシャが会っていない人物がいる。
その人物は、最後に控室へやってきた。
「どうやら私が最後のようだね。待たせてしまったかな?」
涼やかな声が響き、麗人が一人控室に入ってくる。
彼は麗人としか表現のしようがないほど、容姿が整っていた。
もちろんミアネラ、ブルン、クロム、エルザナの四人も整った容姿であることに間違いはないのだが、最後に現れた一人は群を抜いている。
ゆったりとしたローブを纏っており、見た目からでは性別の判別がつかない。
容姿で判断しようにも、その容姿が美し過ぎて男か女か分からないのだ。
体格もおそらくは男性寄りか女性寄りかにきちんと偏っているのだろうが、服装がちょうど体型を隠すような作りのローブなので、身体の起伏が消えて分からない。
後は声だが、どちらかといえば男のように聞こえるものの、その声は高過ぎず低過ぎずアルトとテノールの中間程度の音域で、本当に男か女か判断が難しい。
当然だが、彼も魔族だ。
というか全員魔族で、身体の一部にそうと分かるほどはっきり人間と比べて差異がある。差異がないのは突然変異で人の身体を持って生まれてきた魔族であるアリシャだけだ。
「君がアリシャだね。私の他は、皆自己紹介を済ませたのかな?」
話しかけられた当のアリシャは、麗人に見つめられて緊張のあまり蛇に睨まれたカエルのように固まっていた。
「……何故か人に話しかけれて硬直されるのは度々見てきたけど、どうしてだい?」
不思議そうに振り向く麗人に、ミアネラは苦笑して告げた。
「あなたが美しいからよ」
「はあ。美しいねぇ。私はそんなことに興味はないんだが」
いまいち納得できていなさそうな麗人を見て、ミアネラの苦笑が深まった。
「そんなことより、あなたも自己紹介してあげたら?」
「ああ、そうだったね」
頷いた麗人は、改めてアリシャに向き直る。
「初めまして。私はジャネイロという。ミアネラ姉さんの弟で、一応長男でもある。これからよろしく頼むよ」
「……ア、アリシャです」
もしこの過去のアリシャを美咲が見ていれば、現在との落差に愕然としていただろう。
美咲が知る、普段から超然としていた態度を崩さなかったアリシャと、このアリシャは似ても似つかない。
とにかく、これで魔王の子どもが五人揃ったことになる。
アリシャを入れれば六人か。
長女ミアネラ。
長男ジャネイロ。
次男ブルン。
次女エルザナ。
三男クロム。
三女アリシャ。
実年齢順に表記すると、この順番になる。
しかしそれぞれの外見年齢を見ると全くあべこべで、これが魔族の面白いところだ。
一番若く見えるのは一番歳を取っているミアネラだし、エルザナは奥様とメイドたちに呼ばれているだけあって、六人の中で一番大人っぽい。
もっともこの世界では十五とかそういう年齢でも誰かの妻になっていることは、場合によっては十分にあり得ることなので、それがいけないというわけでは決してないが。
「あー、ハイソな空気ね。吐き気がするわ」
「ミリアン姉さんたら……」
密かに嫌そうな顔で吐き捨てたミリアンに、アリシャは苦笑する。
根っからの傭兵であるミリアンには、この空間の空気は気疲れするらしい。
とはいえアリシャだって、慣れているわけではない。
何でもないことのように振舞えるのは、正直娼館時代に受けた教育のおかげだ。
娼婦の格次第によっては地位のある人間を相手にすることも多いので、アリシャが身売りした娼婦たちは、皆一定の教育を受けていたのである。
生活苦から飛び込んだ苦界だが、その苦界で受けた教育が今になって生きているのだから、本当に人生何が吉と出るか分からないものだ。
少し疑問に思うのは、それぞれについているメイドや従僕たちの反応だ。
何故か互いに牽制し合っている。
アリシャについているマキリス、エオリナ、ピオリー、テンリメイの四人も、アリシャの後ろから他のメイドたちを睨みつけていた。
なまじ彼ら彼女らの主たちは、ブルンのような一部例外はいるもおの、概ね平和的な態度をアリシャに向けているのだから、なおさらメイドたちの敵意が目立つ。
はっきりと分かっているわけではなかったが、アリシャも若干居心地の悪さを感じているようで、時折窮屈そうに身じろぎしている。
やがて、新たに魔族メイドが一人控室に入ってきた。
「謁見の準備が整いました。これよりご案内いたします。他の方々はこの場に待機し、坊ちゃまお嬢様方のみ着いてきてください」
「えっ? 私、着いていったら駄目なの?」
ミリアンが驚いて声を上げる。
「申し訳ございませんが、謁見の許可が出ているのは坊ちゃまとお嬢様方のみでございます。お付きの方々はこの場にてお待ちいただけますようお願い申し上げます」
丁寧に、しかし明確に同行を否定され、ミリアンは心配そうにアリシャを見つめた。
■ □ ■
呼びに来た魔族メイドの先導で、アリシャたちは歩く。
アリシャは最後尾だ。先頭はミアネラで、その後にジャネイロ、ブルン、エルザナ、クロム、アリシャと続く。
そうと決まっているのかどうかはアリシャには分からないが、自然と並び順はそうなっていた。
(ミリアン姉さんと離れるのは、少し不安だな……)
見知った姉貴分が傍にいないことに、アリシャは心細さを覚えた。
普段とは違い、服装がドレスのままなせいもあるかもしれない。
せめて手元に剣があればいいのだが、それも気絶して魔王城に運ばれた際に取り上げられてしまったようで、手元にはない。
一応徒手格闘術もミリアンから習っているものの、習熟度で言えばミリアンの足元にも及ばない。
アリシャも未来ではミリアンに負けず劣らずの戦闘技術を身に着けてはいるが、この時点ではまだまだ粗削りなのだ。
「そういえば、魔王陛下はどうして今回あなた方を呼び集めたのでしょうか。それに、私まで……」
思い切ってアリシャが口を開くと、全員の視線が向けられて、アリシャがびくっとした。
「そうね。私たちにとっては昨日今日の話ではないから予想がつくけれど、あなたはここに来たばかりだものね。……今のうちに少し、話しておきましょうか」
ミアネラの言葉に、先導していた魔族メイドが僅かに振り返ると歩調を緩めた。
話をするミアネラに対する配慮のようだ。
「私たちの父である今の魔王陛下は、御年四千三百歳。私たち魔族としての常識でも、かなりの高齢になるわ」
「それは、知っています」
「常識だものね?」
今更なことを言われて困惑するアリシャに、ミアネラはくすくすと笑う。
「だからか、最近の魔王陛下は自らの後継者についてよくお話になるの。多分今回の件もそのことについて話されると思うわ」
「今回は新たに君も呼ばれているからね。あの方が、直系である僕たち以外の庶子を呼び寄せるなんて、前代未聞だよ。君が初めてなんじゃないかな」
ジャネイロも話に混ざってくる。
浮かべた表情は親し気な笑顔だが、それすら美し過ぎてアリシャには作り物臭く見えた。
(……美し過ぎる、というのも考え物かもしれないね)
アリシャはそんなことを想う。
「まあ、万が一にも庶子のお前が選ばれるなどあってはならんがな。次代の魔王はこのオレ以外有り得ない」
「まあ、ブロンの大言壮語はいつものことだから置いておくとして」
「誰が大言壮語でいつものことだ! おい姉上、弟に対する扱いがずさん過ぎるぞ!」
自信過剰なブロンの発言はミアネラの言葉通りいつものことなのか、食って掛かるブロンをフォローするような言葉は誰からも出ない。
(……ちょっと可哀そうかも)
密かに憐れんでしまうアリシャだった。
まあ彼の性格では敵も多く作ってしまうだろうし、それが魔王に相応しいかといえば、判断が難しいところだが。
「自分の扱いを改善したいなら、もう少し殊勝になさるとよろしいですわよ、お兄様」
にっこりと大輪の花を思わせる艶やかな微笑みを浮かべ、エルザナがブロンにアドバイスをする。
体はアドバイスだが、その言葉にはしっかりと嫌味が含まれていた。
「お前に言われたくはない! この性悪妹め!」
「あら、実の妹に向かって性悪とは酷いですわ。アリシャ、お兄様がわたくしのこと虐めますのよ」
悲しいですわーと、わざとらしい鳴き真似でアリシャに話を振ってくるエルザナに、アリシャは困惑する。
「い、虐めは良くないと思います」
「あら可愛い」
咄嗟に出た言葉のへんてこさにアリシャは内心凹んだが、エルザナは目を丸くするとブルンに向けたのとは違う無邪気な笑顔を浮かべた。
「うん、こういう妹もいいですわね。今までは弟しかいなかったから新鮮ですわ」
大人らしい容姿のエルザナは、アリシャの腕を掴むとぐいぐい引っ張って自分がいた場所まで連れて行く。
「あ、いいな! ボクもやる!」
何故かそれに目を輝かせたクロムが、反対側の腕を掴んで引っ張る。
(これ、どういう状況なんだ……)
両腕を反対方向にそれぞれ引っ張られながら、アリシャは戸惑って視線を彷徨わせる。
「驚いた? 私たち、基本的には競い合う間柄だけれど、存外仲は悪くないのよ」
アリシャの視線が微笑むミアネラと合う。
「そういうわけだから、これからよろしくね?」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
降って沸いた姉と兄たちにアリシャは戸惑いながらも、それを受け入れる。
少なくとも、この段階では皆善人のように思えたのだ。
ブロンは少し性格に難があるようだが、それでも特筆するほどのことではない。
こうして、アリシャは謁見の間に到着した。
この扉の向こうに、魔王がいる。
アリシャを、魔王城に連れてきた原因である魔王が。
(私が後継者とか、今考えても意味が分からないけど、とにかく、付き合うだけ付き合ってみよう。……どうせ、私は人数合わせか何かだろうし)
五人も血筋的に問題がない子がいるのだから、庶子である自分にお鉢が回ってくることはないとアリシャは考えていた。