二十九日目:そこへ至る8
そしてようやく、本題が語られる。
「魔王様があなたを探していたのは、次代の魔王として迎えるためなのですよ。いかんせん、今の魔王様は高齢。未だにその力が健在だとしても、そろそろ後継者のことについては考えねばなりません」
「私が、次の魔王だなんて……」
戸惑うアリシャを庇うように、ミリアンが疑問を投げかける。
「待って。そっちの事情は分かったけど、それがどうしてアリシャになるの? 言っておくけどこの子、農村出身よ?」
その問いに答えたのはアズールだった。
「魔王様は他人の魔力量を測ることが得意でしてな。それで優秀な才能を持つ女子を見初めては子を作っていたのです。いわゆる庶子ですな」
「で、アリシャはその一人だったと。アリシャは知ってたの? それ」
「ううん、初耳。でも、それが本当だったら、母さんはどうして私を人買いに売ったんだろう」
当然といえば、当然の疑問である。
アリシャは家族の生活苦が理由で両親に売られた。
未来で美咲に語ったことは全てがでたらめというわけではなく、その多くの部分はそのままアリシャが経験してきたことだ。
場所が人族領ではなく、魔族領だったというだけで。
「ああ、それは本当の母親じゃないからだよ。お前の母親は、城でお前を生んですぐに亡くなって、お前は一度信頼できる筋に預けられたんだが、そこが襲撃に遭って行方不明になっててな。調べてようやく分かったんだが、巡り巡って農村の子として育てられていたってわけだ。何度も裏を取ったから間違いないぜ」
答えたのはブランディールだった。
この頃はまだバルトと出会っていないのか、それとも連れてきていないだけなのか、相棒の竜の姿はない。
「本当の、母親じゃない……?」
「でなけりゃ、人買いに売るより子どもの血筋を頼って魔王に援助を求めるだろ。ただ、奴さんたちはお前の血筋を知らなかったみたいだけどな」
「どうやって襲撃を逃れたのか疑問が生じますが、今のアリシャ殿を見れば容易に説明がつきますな。才能に愛されている。長じれば、今の魔王様をも上回る実力になりましょう」
アリシャ本人してみれば寝耳に水な話ばかりで、目を白黒させて新たに知った事実を理解しようと必死になっている。
「まあ、アリシャの実力に関しては私も異論はないわ。団長も、どうしてあんな子が娼婦になってるんだって、凄く驚いていたし。もちろん私もよ」
ひとまず矛を収めることにしたらしいミリアンだったが、すぐに別のことを思い出して気配を剣呑に尖らせる。
「って、そうだ。死霊魔将さん? 団長たちのこと、どう落とし前つけるつもりなのよ。幸せの絶頂だったはずなのに、アンデッドにしやがって」
ミリアンからははっきりとアズールに対する敵意が滲み出ている。
「仕方ないですぞ。儂はアリシャ殿の居場所を知りたいだけなのに、一切教えることはないと突っぱねられましてな。どうしても口を割らなかったので、一度殺してアンデッドにしてから聞き出すしかなかったもので」
「クソが……!」
苛立たし気にテーブルを拳で叩いたミリアンは、続いてアリシャの様子を窺う。
団長を慕い、恋心を抱いていたアリシャがどれほどのショックを受けたか心配したのだ。
現に、アリシャは涙を溜めて俯き言葉を発しない。
「スラングはともかく、心情的には嬢ちゃんたちに同情しちまうなぁ。黙秘されたからっていきなり殺してアンデッド化はねーだろ」
「なんと。まさか蜥蜴魔将殿に背後から撃たれるとは」
「意外そうな顔すんな。ドン引きするだろ普通は」
死霊魔将アズールに比べれば、蜥蜴魔将ブランディールは普通の感性をしているようで、同僚の悪行に辟易している様子だ。
それでも無理やりにでも止めようとしないのは、どうせ止めないと諦めているのか、それとも死んだ団長たちのことはどうでもいいと思っているのか。
「まあ、アズールにあっさり殺されるんじゃ、実力も期待できそうにねぇから俺としちゃどうなろうがどうでもいいが、爺さんはもうちょっと穏便な手段をだな……」
「団長は、凄く強いです……!」
ブランディールの言葉に突然アリシャが噛みついた。
アリシャにとっては許せない発言だったようで、ブランディールを睨みつけている。
「そ、そうか。わりぃ」
(……そっか。アリシャの奴、もう自分の方が強くなってることに、気付いてないんだ……)
ミリアンは胸が痛い思いでアリシャを見つめる。
それに、団長もその妻も、傭兵団が解散してからもずっと戦い続けてきたアリシャとミリアンに比べ、戦いから離れて久しい。戦いの感も、随分と鈍っていたことだろう。
現役であるアリシャとミリアンのコンビでさえ、最後はやられてしまったのだ。
全盛期ならばまだ団長も善戦できたかもしれないが、鈍った身体であの物量に攻められてはひとたまりもあるまい。
「まあ、そういうわけでして、アリシャ殿にはご息女として、魔王陛下に一度面会していただきたい」
話を戻したアズールに、アリシャは考え込んだ。
■ □ ■
結局、アリシャは魔王との面会を受け入れた。
心情的には突っぱねたい気持ちはもちろんあったし、ミリアンはむしろその気持ちを隠そうともしていなかったが、さすがに死霊魔将と蜥蜴魔将という二人の強者を前にして拒否するには、今のアリシャはまだ未熟過ぎた。
「それでは、こちらは魔王陛下へのご報告と面会の段取りをしてきます故、引き続きごゆるりとなされよ」
「邪魔したなぁ、嬢ちゃんたち」
アズールとブランディールが去り、その場にはアリシャ、ミリアン、マキリス、エオリナ、ピオリー、テンリメイの六人が残される。
「……格好良かったなぁ、蜥蜴魔将様……」
ぽつりと熱の籠った吐息を出したのは、ピオリーだった。
ブランディールは魔法と大剣で戦う魔法剣士で、さらにはバルトという名の古竜をも従える竜騎士だ。
魔法と大剣で戦うというスタイル自体はアリシャと同じだが、いざとなれば人竜一体となって戦うという手段を取れる点がアリシャとは明確に異なる。
蜥蜴顔なので分かり辛いが、魔族の美観では整った容姿のハンサムである。
強化魔法で補うこと前提ではあるが、魔族にしては肉体もそこそこ鍛えられている方だ。
まあ、ミリアンのように極限まで肉体を絞り上げて、ほぼ純粋な身体能力だけで並の術者を瞬殺するような状態に持って行くことの方が異常なわけで、普通はブランディールのように近接戦闘が得意な人物でも、戦い方には魔法の使用が前提にある。
未来で美咲がブランディールに勝利できたのも、魔法を美咲によって無効化されたことによる身体能力の落差に、ブランディールが対応し切れなかったことが原因の一つとして挙げられるだろう。
魔族に対して異世界人が強いという理由の一つでもある。
「……ピオリーは、案外面食い」
「だって、格好いいじゃん。魔将だってことは高給取りだろうし。私玉の輿狙っちゃおうかなぁ」
「……たぶん、眼中にない」
「そこは私の魅力で!」
くねくねと身体をくねらせて悶えるピオリーに、冷静な表情でテンリメイが突っ込んでいる。
「……あんたら、蜥蜴顔のどこがいいのよ」
呆れた様子のミリアンが思わず突っ込むと、さらにそのミリアンへエオリナが突っ込みを入れた。
「牛顔が何言ってるのよ」
もはや突っ込みというよりただの悪態である。
「ああ!? ぶっ飛ばすわよメイド」
「お嬢様と引き離されて牢屋で一人過ごしたいのなら、どうぞご自由に」
額に青筋を浮かべるミリアンに対し、エオリナはにっこり笑顔で優雅に微笑む。
魔将二人が去った反動か、一気に規律が緩くなった同僚たちに、マキリスは思わず頭を抱えた。
ああ見えても、魔将と出会うということは、ただのメイドでしかないマキリス、エオリナ、ピオリー、テンリメイの四名にとっては、とんでもない出来事なのだ。
というか、このメイドたち、マキリスを除いて特にエオリナなのだが、アリシャにはきちんと礼節を以て接しているものの、ミリアンに対する態度は割と適当だ。
もしアリシャが本当に魔王として後を継ぐのならアリシャは自分たちの未来の主であり、アリシャにその気があればミリアンもそれなりの地位に着く可能性があるのだが、それに思い至っているのはマキリスだけのようで、他三人のミリアンに対する敬意は限りなく低い。
「け、喧嘩は良くないんじゃないかな、ミリアン姉さん」
「私、売られてる方なんですけど!?」
「無様ね」
「ププー。怒られてやんの」
「……滑稽」
「三人とも、いい加減にしなさい!」
さすがにメイドとしての立場を逸脱した行動を取る同僚たちをこれ以上野放しにしておくわけにもいかず、マキリスは大声でエオリナ、ピオリー、テンリメイの三人を怒鳴りつけた。
ミリアンに向き直ったマキリスは、深々とお辞儀して謝罪を行った。
魔族領では、比較的礼儀作法は美咲の世界と共通している。
これはおそらく、種族ごとの多様な文化を内包していることと、ワノクニなどの東方を征服し、その文化を吸収していることが理由だろう。
「ミリアン様、同僚たちの無礼、深くお詫び申し上げます」
苛立っていたミリアンも、面と向かって真摯に謝罪されては許さないわけにもいかず、困った表情になった。
「まあ、別に実害があったわけじゃないからいいけどさ。メイドとしてやばいんじゃないの、あの子たち」
当の本人であるミリアンにまで心配され、マキリスは物凄い渋面になった。
マキリスもエオリナもピオリーもテンリメイも、メイドとしての格はともかくメイドの間での主要派閥からは外されている。
和鬼であるマキリスは既に種族でハンデを背負っているし、エオリナとピオリーは家柄はともかく性格的に難ありで孤立している。
テンリメイは他人など気にせず我が道を行くタイプで、こっちもやはり孤立している。
一応後継者であるはずのアリシャについているメイドがどうしてここまで問題児揃いなのかというと、単純にアリシャが庶子で、魔王にはきちんとした家柄の妃や王子、王女たちきちんといるからである。
よく考えれば当然で、いくら何でも魔王が本来の世継ぎを設けていないなどということはあり得ない。
つまり、アリシャとミリアンは、後継者争いに巻き込まれたのだった。