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美咲の剣  作者: きりん
六章 守るべきもの
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二十九日目:そこへ至る4

 浴場に案内されたアリシャが服を脱ごうとすると、女魔族メイドのマキリスに止められた。


「お召し物は私たちがお取替えいたしますので、お嬢様は楽になさってください」


 どうやらマキリスはアリシャについた女魔族メイドの中でも取り纏め役のようで、エオリナ、ピオリー、テンリメイ三名に指示を出しながら甲斐甲斐しくアリシャの服を脱がしていく。


(鬼族ばかりだな。和鬼に、吸血鬼、小鬼、そして幽鬼か)


 彼女たちの好きにさせつつも、アリシャはマキリス、エオリナ、ピオリー、テンリメイを観察した。

 和鬼とは、つまるところ美咲の世界でいう日本の伝承に出てくるような鬼のことだ。

 赤鬼や青鬼をイメージすれば、大体当てはまるだろう。

 和鬼族男性ならばまさにそっくりだ。

 おおよそであるが、和鬼族女性は和鬼族男性よりもほっそりしていて美人である。

 女魔族メイド四人の中では、マキリスが和鬼にあたる。

 日本の鬼によく似ているからといって、別に虎柄の腰蓑と胸覆い姿というわけではない。

 マキリスは赤銅色の肌の大部分を紺色のメイド服で包み、頭にはヘッドドレスをつけている。

 額からは二本の角が誇らしげに伸びており、彼女なりのお洒落なのか可愛らしい白いリボンが飾られている。

 メイド服はスカートの丈が長く袖もぴっちりとした長袖の本格的なものだ。

 それでも野暮ったく見えないのは、マキリス自身の華やかな容姿と、メイド服にふんだんに使われているフリルのせいだろう。

 服装に隠れているが、アリシャはマキリスの体格から結構身体を鍛えているのではないかと推測した。

 当然ミリアンのような規格外な体格ではないし、ミリアン曰く「とんでもない才能の塊」であるらしいアリシャ自身のように、凄まじい成長性を残している体格でもない。

 むしろ、体格的には恵まれていることが多い和鬼の中では非力な方ではないだろうか。

 もっとも、体格が貧相だからといって、それで強さが測れるかといったら全くそんなことはなく、ミリアンやアリシャなどの特殊な事情でない限り、魔族は体格を論じることにあまり意味はない。

 当然戦争などのことを考えれば、悪いよりは良い方がいいことに間違いはないものの、やはり魔族において一番重要視されるのは魔法である。

 例えば死霊魔将アズールは体格的にいえば今にも死にそうな枯れ木老人でしかないが、その実あらゆる死霊術に精通し、魔王の片腕を務める強大な魔族だ。

 しかも、元々は人間で死霊術でアンデッドとなり、後天的に魔族に転生したタイプ。

 アズール自身はそのことを隠している様子はなく、知ろうと思えば誰でも知ることができるだろう。

 現に、傭兵団の一員として戦場を転戦し、傭兵団が解散してからはミリアンと二人根無し草生活だったアリシャですら、旅の噂で耳にするほどだったのだから。

 体格的にはアズールを上回っているであろうマキリスだが、当然実力的にはアズールに遠く及ばない。

 というか、マキリスは単なるメイドであり軍人ではないので、アズールと比べること自体が間違っている。

 まあもっとも、相手が人間の軍人ならば、マキリスのようなメイドでも一度に数人を相手取って優勢に持っていけてしまうのが、魔族という種族の特徴であり強みなのだが。

 魔法というのは、それだけの差を生み出す。


「……立派なお身体ですね。綺麗」


「そんなことを言われたのは始めてだな。そう立派ではないだろう。まだまだ筋肉が少ない貧相な身体だ」


 裸になるとマキリスがうっとりした表情で見つめてきたので、アリシャは少し居心地が悪そうに身じろぎする。


「そんなことないと思いますよ。とっても美味しそうな身体ですもの。……血はどんな味なのでしょうか」


 微妙にアリシャに向け熱い視線を送っているのは、女魔族メイドの一人、エオリナだ。

 彼女は全体的に人に似ているが、やはり人間そのものの姿であるアリシャとは違い、明確な差異がある。

 目と背中、そして口だ。

 猫科の猛獣を思わせる金の瞳は辺りの明るさに合わせて大きく瞳孔が収縮し、暗闇でも視界に不自由しないことが分かる。

 この機能は多少なら人間にも備わっているが、エオリナのものは暗闇の中での黒目の拡大率、明るい中での黒目の縮小率の差が大きく、人間以上に僅かな光を捉えることができるはずだ。


「血の味を聞かれたのは初めてだな。考えたこともない」


「あら、お知り合いに吸血鬼はいないのですか?」


「生憎な。傭兵団にも色んな奴らがいたが、吸血鬼はいなかった」


「まあ、どちらかといえば貴族的な生活をしている方が多いですからねぇ。かくいう私も、一応父親が爵位を持つ貴族なんですよ」


「というか、魔王城に勤めるメイドは皆そうです。魔王城に勤める以上、メイドにも格というものが求められますから」


 アリシャとエオリナの会話に割り込んできたのは、ピオリーだった。

 ピオリナは、頭一つ分抜けているアリシャはもちろん、身長高めなマキリスとエオリナと比べても背が低い。

 まるで子どものようで、童顔なのがまた拍車をかけている。

 ピオリーも魔族であるが、その中でも種族としては小鬼に分類される。

 小鬼はグレムリンとも呼ばれ、肉体的なハンデの代わりに魔族語に対する大きな親和性を獲得している種族だ。

 グレムリンは皆成人しても子供の姿で、子どもの姿のまま歳を取り、子どもの姿のまま死ぬ。

 これだけ聞くと世界中のロリコンショタコンな皆さんが喜びそうな種族であるが、グレムリンの場合精神も永遠に子どもなので、文字通り永遠のロリショタである。

 問題なのはその成長しない精神性そのままに悪戯が大好きで、歳を経るごとにエスカレートしていくことであり、老境のグレムリンの悪戯は命の危機をもたらすものが多い。

 ピオリーが今どれくらいの年齢なのかは分からないが、魔王城に勤めるだけはあるのか、グレムリンらしからぬ落ち着きを見せている。


(エリートってやつか?)


 そんなことを思うアリシャだった。


「……というか、基本的に魔王城に勤めるメイドは貴族の中でも一定の家格を有する家の子女に限られています」


 最後に口を開いたのがテンリメイだ。

 彼女は幽鬼という鬼族の一種である。

 幽鬼が何なのかというと、誤解を恐れずに言うなら鬼版の幽霊だと思えばいい。

 だがもちろん人が幽霊になるように死んだ鬼が幽鬼となるのではなくて、幽鬼は幽鬼として生を受けたれっきとした種族である。

 その一番の特色は、魔法の中でも種族的に姿を消す系統の魔法と相性がいいということだ。

 幽鬼として生まれた者は、本来なら発動しない程度に崩れた魔族語でも、それが姿を消すものであれば発動してしまう。

 これにはいい面も悪い面もあり、その系統の魔法が扱いやすくなる代わりに、普段使いの魔族語会話に余計に訛りを入れなければならなくなる。

 故に、テンリメイの言葉も魔王城のメイドであるからか露骨な訛りこそ隠されているものの、微妙にマキリスたちとはイントネーションが違っている。

 魔族によってはそのイントネーションの違いを田舎者などと馬鹿にしたりするが、マキリスもエオリナもピオリーもそんな女性ではないようだ。

 アリシャはテンリメイに問う。


「ほう。それはどうしてだ?」


「行儀作法を学ぶ場として、魔王城はもっとも格が高いところですから、男爵や子爵のような爵位が低い子女はメイドにはなれません。最低でも伯爵からです」


 すらすらと説明するテンリメイの態度には、事実を語っているだけにしては強過ぎる自負心が見え隠れしていた。

 そんなすごいところに私はいるんだぞ、とでも言わんばかりだ。

 実際、幽鬼は訛りがちな言葉が災いして、貴族としての位はそれほど高くない家が多い。

 ただし、一族は諜報向きに一点特化された魔族語の才能を備えている者が多いので、部下として幽鬼を召し抱えている者は数多くいる。

 実際に幽鬼は一族で固まるよりも散らばっていることの方が多く、それでいて一族の結束が固いので、彼らは独自の情報ネットワークを形成している。

 アリシャにテンリメイがついているのも、ただ単にメイドだからというわけでもないのだろう。


「なら、魔王城でメイドを務めるのが許されない家の子どもはどうするんだ?」


「公爵家などの、貴族としての家格がもっとも高い家でメイドをするのですよ」


 再び答えはマキリスへと戻り、一周する。


「お前たちは全員、貴族の子女なのだな」


「その通りでございます」


「それが、魔王陛下のご命令とはいえ、傭兵風情に遜るか。結構なことだ」


 表情を穏やかなまま変化させずにいたマキリスが、ぴくりと一瞬表情を変化させた。

 一瞬その顔に浮かんでいたのは、苛立ち。


「……アリシャ様は、魔王様自らがお招きされたご客人ですので。礼を尽くして接せよと命じられております」


 すぐに取り繕われたその表情は、アリシャの無礼ともいえる発言に対する反応だった。


(まあ、今のは私が言い過ぎたか)


 無理やり魔王城に連れてこられた鬱憤を、彼女たちで晴らしても意味がない。

 アリシャは当たってしまったことを少し反省する。


「すまん。今のは私の失言だったな。謝罪する」


「いえ、お気になさらず。もし私があなたの立場だったならば、きっとあなた以上に取り乱していたかもしれません。お気持ちお察しいたします」


 メイドとして完璧な所作は、アリシャにマキリスの内心を悟らせない。


「そういえば、魔王城のメイドは皆家格が高い貴族の子女ばかりだと言っていたな。具体的に、お前たちはどのくらいなんだ?」


「そうですね。私はエメンバリー公爵家の四女です」


「エメンバリーというと、軍閥か」


「はい。私の家は代々軍人を輩出することでも有名ですね。お嬢様は知っておりますか?」


「ああ。傭兵団時代はお得意様だった。何度も雇われたよ。まあ、私が実際に出陣し始めたのは傭兵団解散の十年ほど前だが」


 アリシャの脳裏では当時の思い出が懐かしく蘇っていた。


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