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美咲の剣  作者: きりん
六章 守るべきもの
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二十九日目:そこへ至る3

 傭兵であることを止め、故郷に帰った二人が、今どうしてここにいるのか。

 それも、あまつさえアリシャとミリアンの前に現れたのか。

 それは、魔王からアリシャを連れてくるように命令を受けたアズールが、アリシャについて調べ上げたからに他ならない。

 アズールは外道と非道が服を着て歩いているような男だ。もしくは、この二つの概念が人の形を取ったか。

 あり得ないと思うような理由が本当に真実だと、思わず信じてしまいそうな不気味さがアズールにはある。


「何でよ……! どうしてここで出てくるのよ! あんたたち、故郷に帰るって言ってたじゃない!」


 張り付けたような微笑みを浮かべたまま佇んでいる魔族の女性に、ミリアンは叫ぶ。

 団長の妻である彼女は傭兵団の一員であると同時に一番の古株で、団長と同じ村の出身だった。

 いわゆる幼馴染というやつで、団長が傭兵団を立ち上げる前、故郷の村を出る時も一緒だった。

 だからこそミリアンは、二人が結婚すると聞いて、ようやくかと胸を撫でおろして祝福したものだ。

 一方で、アリシャは団長と妻である魔族の男女を凝視したまま絶句している。

 密かに団長のことを好いていたアリシャもまた、団長の幼馴染である魔族女性のことも、同じくらい好いていた。

 彼女は団長では教えれない女としての細々なことを、アリシャに教えてくれた。

 娼婦には必要ないと教えられなかった常識も、人間にしか見えないが故に教えられなかった魔族としての常識も、アリシャは全て彼女から教わったのだ。

 団長と同じくらい彼女のことも大切だったから、アリシャは団長と彼女の結婚を祝福し、自らは告白もせずに身を引いた。

 だというのに。


「何故、何故……! あなたたちが!?」


 二人は張り付いたような笑顔を浮かべたまま、黙して語らない。

 どちらも既に生物としては死亡しているアンデッドで、完全に死霊魔将アズールの制御下に置かれてしまっている。

 ……もし、この場に美咲がいたならば、二人を生き返らせることは不可能でも、アズールの呪縛から解き放つことは可能だったろう。

 同じように囚われていた、ルフィミアを取り返したように。

 だが、これは過去だ。

 全て既に確定した出来事であり、美咲が乱入する余地もなく、ただ淡々と起きた過去の事象を語っているに過ぎない。

 何より、これはアリシャが魔王になる前の話。

 ……全て、とっくの昔に終わっている話なのだ。


「駄目じゃないかアリシャ、アズール様の命令に従わないと」


「アズール様のために、抵抗は止めて、投降してちょうだい。ね? ミリアン」


 張り付いたような微笑みのまま、二人はアリシャとミリアンに武装解除を促してくる。


「アズール! 二人に何をしたっ!?」


 ミリアンが激高し、アズールに向かって走り出す。

 直情径行が強い彼女らしい動きだが、だからこそ予想しやすい。

 うっすらと不気味な笑みを浮かべるアズールが何をするでもなく、団長が割り込み、ミリアンの突進を止めた。

 団長の体格はミリアンほど立派ではないが、その代わり魔法がある。

 魔法で上乗せされた分のおかげで、団長はミリアンの筋力を上回っていた。


「くそっ」


 もっと強化魔法が使えればとミリアンは歯噛みするが、適正がないものはしょうがない。美咲に言わせれば、少しでも適正があって使えるだけマシと答えるだろう。

 だが正直、ミリアンはまだいい方だ。

 精神状態という意味であれば、アリシャの方がより深刻である。

 心より慕っていた二人が敵に回ったことに、アリシャは狼狽し戸惑っている。

 その手は懐にある団長と彼女から最初に貰ったプレゼントである、携帯用の砂時計を服の上から握り締めていた。

 砂時計はいうまでもなく、未来にアリシャから美咲へと渡されたものと同じものだ。

 あの時アリシャがどういう心境で美咲に砂時計を渡したのかは、アリシャ本人にしか分からない。

 しかしどちらにしろ、この砂時計がアリシャにとって大切なものであることも、事実なのだ。


「……二人とも、絶対に助けるから」


「クカカカカ。無理ですぞ」


 絶対に取り戻すと身構えるアリシャに、アズールは冷酷に事実を告げる。


「この死人人形どもは儂の傑作でしてな。なんと、生前の人格を残したままアンデッド化させることに成功したのです。本来ならアンデッドの衝動に呑み込まれ、生者を憎み、襲うだけのゾンビに成り下がるのが関の山なのですが、何せ、術者が儂ですからな。儂の手に掛かれば、この通り」


 アズールは無慈悲に命令を出す。


「さあ、儂の人形たちよ。次代の魔王陛下を捕まえるのだ」


「くっ、アリシャ、ここは引くわよ!」


「ミリアン姉さん!? だけどっ!」


 身を翻そうとしたミリアンにはアズールが、戸惑いと未練から行動が一瞬遅れたアリシャにはアンデッド化しアズールに洗脳された団長とその妻がそれぞれ捕まえようと迫ってくる。

 アリシャは、二人に抗うことができなかった。

 どちらも、命の恩人であり、第二の家族とすら思い心を許していた相手なのだ。

 見捨てて逃げることも、戦ってアンデッドとして第二の死を与えることもできない。

 妹分であるアリシャが捕まってしまえば、ミリアンも逃げることができない。

 こうして、アリシャとミリアンの二人はアズールの奸計を打破することが出来ず、捕らえられたのだった。



■ □ ■



 死霊魔将アズールに捕まったアリシャとミリアンは、魔都へと連れていかれた。

 そしてアリシャとミリアンは魔王城に着くと別々の場所に連れていかれる。

 見えなくなるミリアンを不安に満ちた表情で見送ったアリシャは、歯を噛み締めてうつむいた。


(私のせいだ……。私が動けなかったから……)


 アリシャは責任を感じていた。

 ミリアンだけならば、確実に逃げおおせることが出来ていたはずだ。

 現に、ミリアンは一度逃げ出そうとして、アリシャが立ち竦んでいるのに気付いて戻ってきた。

 アズールはミリアンには用はないみたいだった。

 殺されたり、あの場に捨て置かれて離れ離れにならなかったことはいいが、これからミリアンがどうなるのか、アリシャには気が気でならない。

 自分自身の境遇も心配だが、こっちはまだマシだろう。

 少なくとも魔王自ら用があるというのなら、すぐに殺されるということはあるまい。

 魔王が何故元傭兵風情に用があるのかは、未だに分からないが。


「アズール様、アリシャ様をこちらへ」


「おお、お願いしますぞ」


 魔王城に詰める魔族のメイドたちが、アリシャの身柄を引き取る。

 団長とその妻のアンデッドを引き連れ、アズールはもう用はないと言わんばかりに来た道を引き返した。


「まっ……待て!」


「はて。何か用ですかな?」


 思わず呼び止めたアリシャに、アズールは振り返る。

 団長と妻もアズールに倣い歩みを止めるが、二人は前を向いたままだ。


「二人を開放しろ……!」


「これはおかしなことを言う。アンデッドが制御下を外れれば、どうなるかは知らないわけでもないでしょうに」


 ふてぶてしいアズールの態度だが、彼の言うことにも一理あった。

 アズールの制御下にあるからこそこうして二人は大人しくしているのであって、死霊術師の制御から外れれば、アンデッドは本能のまま暴走して生者を襲い、同じアンデッドに引き込み始めるのだ。

 そうなれば起こるのは広範囲のパンデミック。

 これを防ぐためにはアズールのように完全に自意識ごと制御下に置くか、未来に美咲がルフィミアに行ったように、魔法無効化能力でアンデッドとしての本能を抑制するしかない。

 美咲が魔法無効化能力で無効化したのは、アズールの支配術だけではなかったのだ。

 同時に、ルフィミアのアンデッドの本能すら打ち消していたのである。

 それから分かるのは、死者の暴走自体も魔法の影響を色濃く受けているということ。

 より正確にいえば、そのメカニズムが魔法に酷似しているということだ。

 でなければ、いかに魔法無効化能力といえども、打ち消すことはできない。


「まずは自己紹介が必要でございますね。わたくしどもは、魔王陛下よりあなた様の世話を任されましたメイドです。私はマキリス」


「エルミナです、アリシャお嬢様」


「ピオリーですよー、アリシャお嬢様」


「テンリメイと申します、アリシャお嬢様。以後お見知りおきを」


 口々に自己紹介をしてくるメイドたちだが、残念ながらアリシャは彼女たちの名前を覚えるどころではない。


「ちょっと待って。えっと、その」


 尋ねたいことが多過ぎてかえって咄嗟に質問が思い浮かばず、アリシャは辛うじて質問を絞り出した。


「……お嬢様って、誰?」


「アリシャお嬢様以外におられませんが?」


 真顔のまま、マキリスは小首を傾げて不思議そうな表情を浮かべる。


「待って。えっと、どうして私がお嬢様?」


「わたくしどもは魔王陛下にあなたをそう扱えと命じられただけに過ぎませんので、その理由までは存じ上げておりませんが」


 もはやアリシャの開いた口は塞がらない。

 どうして自分が魔王にそんな扱いをされるのか、これが全く分からない。

 元傭兵風情に一体魔王は何を望んでいるのか。


「これより魔王陛下との謁見が予定されておりますが、その前に謁見するに相応しい状態に御身を整えなければなりません。湯浴みの用意をいたしましたので、まずは旅の汚れを落とし下さいませ」


「あ、ああ」


 疑問は尽きなかったが、確かに身体の汚れが気になるのも事実で、アリシャはひとまず用意してくれるのだからと身体を洗うことにした。

 どの道、ここでごねたところで彼女たちを困らせる以上の効果を得ることは出来なさそうだ。

 マキリスと名乗った女魔族のメイドを先頭に、アリシャの両脇にエオリナとピオリーという女魔族、そして後ろからテンリメイという女魔族がメイドとして付き従う。

 だが四方を囲まれているアリシャにしてみれば、彼女たちは付き従うというよりも、アリシャが逃げ出さないよう警戒しているといった風が正しく思えたが。


(仕方ない。まずは魔王の目的を知らなければ始まらないか)


 ミリアンのことも気がかりだが、アリシャはまず事の事態を把握することから目指すことにした。


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