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美咲の剣  作者: きりん
六章 守るべきもの
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二十九日目:そこへ至る2

 アリシャとミリアンは、息の合ったコンビネーションでアンデッドの群れを倒していく。

 だが、対するアズールには焦りの表情はない。

 彼にとって、低位のアンデッドなど所詮いくらでも替えの利く、使い捨てが前提の雑兵に過ぎない。

 減ったなら補充すればいいだけのこと。


「……チッ。埒が明かんな」


「倒しても倒しても増援を出しやがる。どれだけ死体貯め込んでるのよ」


 そして何より、アリシャとミリアンは全くアズールに近付けていなかった。

 亡者の物量に圧し潰されるのを恐れ、最短距離を突き進むことができていないのだ。

 二人が取ったのは、亡者の群れを蹴散らしつつ、その外周部をぐるっと回り、術者であるアズールに辿り着こうとするルートだ。

 当然、真っ直ぐ向かうよりも距離があり、その距離の差は時間となってアズールに対処するだけの時間を与えてしまう。


「ホホホホホホ。先ほどの威勢はどうしたのですかな? 儂はまだこの場から一歩も動いておりませんが」


 それに加え、アズールは死にかけの病人のような容貌には不釣り合いなほど達者にアリシャとミリアンを煽る。

 既にミリアンは一度アズールに激高して危機に陥りかけているから、煽り耐性の無さがばれている。

 性格がいいとは口が裂けてもいえないアズールが、そこを狙わない理由がなかった。


「こいつ、さっきから……!」


「落ち着け。私たちから平常心を奪うための安い挑発だ。何も奴の思い通りに振舞う必要はないだろう」


 苛立つミリアンを、アリシャは宥める。

 感情を露にするミリアンに対して、アリシャの表情は静かだ。

 落ち着いて、己の感情をコントロールしている。

 直情径行が強いミリアンに対し、アリシャはマジックユーザーとして相応しいだけの冷静さを持ち合わせていた。

 むしろ直情径行が強すぎるからこそ、ミリアンは魔法使いに向いていないのかもしれない。

 何しろ、ミリアンは魔法を唱えようとする暇があれば、殴り掛かりに行くような女性である。

 本人の魔法に対する苦手意識もあって、圧倒的に体の反応の方が早いのだ。

 アリシャがいなければ、ミリアンはとっくに亡者の群れの中に呑み込まれていただろう。

 だがそれは、ミリアンが決して無力ということを示すわけではない。

 露骨に、アズールはミリアンに対して近付かれるのを嫌がり、距離を取っていた。

 己の前衛として亡者の群れを使役しているのもそうだし、ミリアンが距離を詰めようとすれば敏感に察し、すぐさま自分も彼我の距離を修正する。

 だがそれは、ミリアンの攻撃が届く距離にまで詰めれさえすれば、アリシャたちが有利に戦いを運べる可能性を示している。

 未来に魔王とその腹心、牛面魔将となるアリシャとミリアンであるが、この時点では二人ともまだ一介の傭兵に過ぎない。

 ミリアンはこの時点である程度実力が完成されていたものの、特にアリシャは豊か過ぎる才能が災いして未だ成長の途中にあり、その力は発展途上といってよかった。


「でも、このままじゃ一生辿り着けそうにないんだけど!?」


「それでもだ。奴がいくら無限に軍勢を展開しているように見えても、絶対にその数には限りがあるはずだ。在庫が尽きれば奴は動き方を変えざるを得ない。これは我慢比べだ。ミリアン姉さん、我慢できるか?」


「分かったわよ! 苦手だけど頑張るわよもう! ああもう、お嬢もしっかり育ってくれちゃって! これで実力的にもうちょっと上がってくれたら言うことないんだけどな!」


「私だって頑張ってるんだ。それでも一朝一夕に強くなれないことは、それこそ姉さんだって知ってるだろ。あとお嬢っていうな」


「あんたから振ってきたんでしょうが!」


 軽快に軽口を叩き合いながらも、アリシャとミリアンは最大効率で亡者の群れを倒し続ける。

 変わらず亡者の群れは補充され続けるが、補充された傍から同量が二人に退治されるので、結局トータルで見れば変わっていない。

 まさしく、この均衡が崩れるのはどちらが先かという話でしかなく、アズールが亡者の群れのために用意した死体と、アリシャとミリアンの体力、どちらが持つのかという話に過ぎない。

 そしてアリシャはミリアンに守られて体力の消耗を最低限度にまで押さえており、ミリアンは体力お化けだった。

 均衡が、崩れた。



■ □ ■



 少しずつ、だが確実に、亡者の群れがその規模を減じていく。

 ついに、アズールが用意した死体が尽きたのだ。


「はんっ! もう打ち止めってわけ!?」

「他にどんな手を隠し持ってるか分からない。気を付けろ、ミリアン」


 勢い付くミリアンと、そんな彼女に自制を促すアリシャは、効率よくアンデッドたちを殲滅していく。

 当たるを幸いとばかりにハンマーで薙ぎ倒していくミリアンも大概だが、こと効率だけでいえばアリシャは圧倒的だった。

 正確にいえば、アリシャの魔法が。

 どれもが広範囲の魔法で、アンデッドたちを殲滅できるギリギリのラインで威力を抑え、その分生まれた余剰分をさらなる範囲拡大に当てている。


「フーム……。死体をかき集め、万を超える数を用意したのですが……。いやはや、まさか全て倒されるとは。さすが魔王陛下のご息女であられますな。その脳まで筋肉牛女はまったく魔法の才に恵まれていないようですが、あなたは素晴らしい才能をお父上から引き継がれたようだ」


 アズールはアリシャを褒め称えながらも、すかさずミリアンを煽る。


「しかしミリアン殿は、魔族にしては魔法がお上手ではないようですな。強化魔法もお粗末なようですし。いけませんぞ、身体を鍛えるなとまでは言いませんが、脳まで筋肉を詰めてしまっては魔法が入る余地が無くなってしまいます」


 隙あらば煽る。

 ミリアンを煽ることが己の使命だとでもいうかのように、大真面目な表情で煽りまくっている。


「うぜぇ……」


「だから落ち着け」


「分かってるけどさぁ……」


 イライラしている様子のミリアンの額にははっきりと青筋が浮かんでおり、頭にきている様子が見て取れる。


「とにかく、後もう少しでこのアンデッドたちも片が付く。新たに奴は行動を起こすはずだ。気を緩めるな」


「あーもう! この怒り、絶対アイツにぶつけてやるんだから!」


 吠えるミリアンが、ハンマーを振り回して三体のゾンビを纏めて粉砕した。

 腐った腐肉が衝撃で潰れ、得体のしれない液体が飛び散るが、ミリアンは器用にそれを避けた。

 イメージでは平気な顔して浴びそうではあるが、一応ミリアンも乙女である。

 仕方ない場合は諦めるとはいえ、進んで汚れたいわけではない。

 ミリアンが数体アンデッドを片付けている間に、アリシャは十数体のアンデッドを魔法で屠っている。

 近距離戦闘ならミリアンが圧倒的な実力差で勝つだろうが、遠距離戦闘のみを前提とするなら、ミリアンはアリシャに手も足も出ない確信があった。

 それに、アリシャはまだ技術が追い付いていないだけで、近距離戦闘においても非凡な才能を持っている。体格的にも恵まれており、きちんと鍛錬を続ければミリアンに迫る強さを手に入れるであろうことは間違いない。

 魔法の才能がないからこそ近距離戦闘に特化するしかなかったミリアンは、その近距離戦闘の才能に恵まれていたおかげでここまでこれたのだが、アリシャはどちらも高い水準で才能を有している。

 それこそ、後に魔王となるほどに。

 とはいえ、この時のアリシャにそんな気がないことも確かで。


「参りましたなぁ……。さすがの儂もこの手はあまりにもえぐいと思い、なるべく使わずに済めばいいと思ったのですが……。仕方ありませんな」


 仕方ないと言いながらも、アズールの態度は嬉々としていた。

 本当は使いたかったに違いない。

 アリシャとミリアンにそう思わせるほど、アズールは喜色を隠そうともしてない。


「それでは、感動の対面といきましょうぞ!」


 アズールが皺くちゃで骨ばった手を打ち鳴らすと、空から新手が二体降ってきた。

 精悍な面構えの男魔族と、たれ目が印象的で、優しそうな女魔族のペア。


「……は?」


「……え?」


 その二体のアンデッドを見たアリシャとミリアンが、小さく声を上げて動きを止める。

 共に顔に浮かんでいる感情は、驚愕だ。

 どうして二人がここにいるのかという疑問と、何故アズールの味方として今このタイミングで現れたのかという疑問。

 そしてその答えを、アズールは持っていた。


「当然、あなた方はこの二人を知っておりますな?」


 知っている。

 二人とも、誰よりもこの二人を知っている自信がある。

 彼は。

 彼女は。

 アリシャとミリアンが所属していた傭兵団の団長とその団員の一人であり、夫婦の間柄なのだから。

 二人は結婚を機に、傭兵稼業から足を洗って故郷に帰ったはずだ。

 そのために傭兵団は瓦解したのだから、間違いない。そうでないとおかしい。

 ならば、何故、ここに彼らがいるのか。

 あまつさえ、アズールに従っているのか。

 ……それは、この二人が、死んでいるからだった。


「団長……?」


「おいおい、マジなの……」


 呆然とするアリシャと、驚愕の表情を隠しきれないミリアンの、アンデッドを殲滅する速度が大きく下がる。

 特にアリシャは顕著だった。

 何故ならアリシャが団長と呼んだその男こそが、アリシャを娼館から連れ出し、戦いのイロハを叩き込んでくれた恩人で、アリシャが密かに思いを寄せていた相手だったのだから。


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