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美咲の剣  作者: きりん
六章 守るべきもの
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二十九日目:勇者と魔王14

 しかし話を行う前に、まだやることがある。


「……さて。話を行う前に、表で戦っている奴らを止めなければならんな」


「あ」


 アリシャの第一声に、美咲はニーナ、エウート、ルカーディアと、彼女たちを足止めするために残ったルフィミアのことをようやく思い出した。


「ああ、じゃあ私が行ってくるわ。ミーヤちゃん、あんたも来なさい」


 引き受けたディミディリアが、ミーヤにも声をかける。


「やだ。ここで待ってる」


 だがミーヤは首を横に振ると、行くものかとばかりに美咲にひしとしがみついた。


「あんたねぇ……」


 呆れるディミディリアに対して、ミーヤは極めて真剣だ。

 子ども心にも必死に考えて、この場にアリシャと美咲を二人きりにして残しておくのは危険だと考えている。

 あらかじめ指示を出しておけばマク太郎が何とかしてくれるかもしれないが、やはり臨機応変に対処するためにはミーヤ自身がすぐ傍にいるのが一番いい。

 マク太郎もミーヤの意を汲み、さりげなくすぐアリシャに飛び掛かれる位置にいる。


「構わないさ。ミリアン、行ってくれ」


「はいはい。分かったわよー」


 ため息を一つついて、ディミディリアは来た道を戻っていく。

 ディミディリアがいなくなった後、見えなくなった姿をなおも見透かそうとするように視線を遠くに向けていた美咲が、不意にアリシャに振り返った。


「……本当に、ミリアンさんなんですか? アリシャさんも、魔王なんですか?」


 未だに美咲は半信半疑だった。

 なるほど確かに、よくよく考えればミリアンとディミディリアは、言動に似通っている箇所があるような気もする。

 だが、あまりにも荒唐無稽過ぎて信じられない。魔王の正体がアリシャだったということだってそうだ。

 というか、信じたくない。


「ああ、そうだよ」


 信じたくないのに、あっさりと肯定されて、美咲は俯いてしまう。

 遠慮がちに、アリシャが下がった美咲の頭に手を伸ばして、不器用に撫でようとする。

 それが無性に懐かしくて、同時に残酷だ。

 伸ばされた手を、思わず払い除けてしまうくらいに。

 仕方ないとでもいうように微笑むアリシャ以上に、払い除けた美咲の方が傷付いた表情を浮かべている。


「……わざわざ人間のフリをしてまで、どうして、ラーダンに?」


 美咲の声は震えていた。

 答えを聞くのが怖かった。

 最初からお前を絶望に突き落とすためだと言われたら、美咲は一体何を信じればいいのだろう。

 アリシャは質問に答える前に、美咲の勘違いを訂正する。


「ミリアンに関してはその通りだが、私はこの見た目が本当の姿だよ。魔法でそれらしく見えるように姿を変えていたんだ」


 それから、アリシャは自分がラーダンを訪れた理由を語る。


「旅の途中だった。元々、私は旅が好きだったんだよ。それが何の因果か、魔王に担ぎ上げられて魔族の命運の担い手にされた。魔王として働くのが嫌で、よく人族の勢力圏に逃げていたんだ。幸いこんな姿だからね。魔族の勢力圏にいるよりも、人族の勢力圏にいた方が目立たない」


 確かに、アリシャの姿は見た目が全くこの世界の人間と変わらない。

 多くの魔族のように身体に人外の特徴があるわけではないし、これなら確かに人間の中に自然に溶け込めるだろう。


「なんで、私を助けたんですか? エルナの召喚を妨害して私を召喚させて、死出の呪刻まで刻んだのに」


 それが美咲には分からなかった。

 同時に、アリシャの真意が分からない点でもある。


「今となっては信じてくれるか分からないけど、誓って言うよ。死出の呪刻を刻んだのは私じゃないし、エルナとやらの召喚も私は知らない。そもそも、初めて出会った時、私は美咲が異世界人だなんて思いもしなかったんだ。旅慣れてなさそうな子だとは思ったけど」


「ヴェリートでは、アリシャさんとミリアンさん、魔王、ディミディリアが同時に存在していたようにも思えます。あれはどう説明するんですか?」


「別に、同時に存在していたわけじゃない。アズールの奴を足止めするためにミリアンが残っただろう? 私たちが行った後でミリアンの奴は魔法を解いて元の姿に戻り、アズールに転移させて先回りしたんだ。それで今度はミリアンの足止めに私が残って、二人きりになったら今度は私が変身して先回りする寸法さ」


「……酷過ぎます。ふざけてる。皆、死んじゃったのに」


「ふざけるつもりなんかないさ。本気だった。あそこで、私はお前たちを皆殺しにしようとしていたんだ」


 その言葉は、美咲の胸に鋭く突き刺さった。



■ □ ■



 謁見の間に、ミリアンに連れられてルフィミア、ニーナ、エウート、ルカーディアの四名が戻ってきた。

 そのことにも気付かず、美咲はアリシャを見つめている。

 アリシャの腹に勇者の剣が突き刺さっているのを見て、ニーナ、エウート、ルカーディアの三人は血相を変えた。

 美咲に飛び掛かろうとするのを、ミリアンが手で防いで押さえる。

 続いて、ミリアンは背後にも声をかけた。


「あなたも止めておきなさい」


 ミリアンの後ろでは、反応してルフィイアも戦闘態勢に入ろうとしていた。


「悪いけど、アリシャを回収させてもらうわよ。治癒紙幣で応急処置したとはいえ、貫かれたままだし多分治癒魔法が得意な奴に見てもらわなきゃどうにもならない傷よ、それ」


 アリシャを貫いた勇者の剣は、胃や腸を切断し背中へと抜けている。

 即死していないだけで重症であることには変わりない。元の世界なら即入院即手術になってもおかしくない、むしろそれが当たり前の傷である。


「いや、まだいいさ。美咲に話してやらなきゃならないことが残っている。それまで待ってくれ」


 ミリアンの申し出を、アリシャは断った。

 そうして、美咲に再び向き直る。


「……本当に、アリシャさんが魔王なら、私に語った過去も、この砂時計ことも、全部嘘だったんですか?」


 美咲が懐から取り出したのは、以前ラーダンでアリシャが預けた砂時計だった。

 これを、美咲は今でも大事に持っていたのだ。

 肌身離さず、もはや持ち主に返すことが叶わなくても、形見だからと。


「いいや、多少違うこともあるけれど、それについては概ね本当のことだ」


 震える声で口にした美咲の疑念を否定すると、アリシャは己の過去を語り出す。


「私は魔族領にある寒村の生まれでね。父親は分からなかったけど、私の母親には遠い先祖に人間の血が混ざっていたらしい。私は見ての通り、見た目には全く人間と変わらない姿で生を受けた」


 美咲は黙って話を聞いていた。

 問い詰めたいことは色々ある。しかし、アリシャの表情を見ていると、話を聞いていなければいけないと思ってしまう。


「でも私が生まれた村は貧しく、口減らしが必要だったんだ。だから私が売られた。人間の姿をしていたからという理由も、もしかしたらあったかもしれないね」


 アリシャの話を聞いて、美咲は思ったことがあった。

 どこか境遇が似ている気がするのだ。混血の隠れ里で出会った、治療院の兄妹の妹の方に。

 マルテルとリーゼリットは、今も元気でやっているだろうか。

 バルトに乗せて送った妊娠している人族女性たちを、きちんと保護してくれただろうか。

 ふとそんなことを想う。


「その後は概ね君に語ったこともある通りだ。逃げ出すことができても、姿が違う私には働き口なんてなかったから、生活のために娼館に身売りをするしかなかった。当時は魔族領じゃ人間の娼婦なんてどこにでもいたからね。人間の女性がつける一番の職業が娼婦だったんだ。というか、それくらいしか選択肢がなかった」


 魔族領でも人族領でも、何故か性関係とはやたらと関わりがあるなと、美咲はどこか感情が麻痺した頭で思った。

 衝撃的な事実が明らかになり過ぎて、ちょっと頭がついていけていないようだ。


「暮らしは楽じゃなかったけど、幸い私は人間なのは見た目だけで、魔法で色々できたからそれほど酷い暮らしじゃなかったよ。その時から身体は大きかったし、魔法の腕も村じゃ大人を含めても一番だったから、いやなことは魔法で誤魔化すこともできた」


 どうやら、アリシャはリーゼリットの症例を反転させたような存在らしい。

 人間の中から生まれた、魔族の姿をした突然変異で、能力的には人間のリーゼリット。

 魔族の中から生まれた、人間の姿をした突然変異で、能力的には魔族のままのアリシャ。

 当然、力を持っているという意味では、アリシャはリーゼリットよりもはるかに恵まれている。


「ミリアンと一緒に傭兵団に所属していたのも本当だよ。魔族領の娼館で団長に身請けされて、色々なことを学んだ。誤魔化していたのは、場所だけだ」


 この話は、まだ美咲が何も知らなかった頃に、ちらりと聞いたことがあった。

 全てが偽りだったわけではない。

 そのことが知れて、美咲は少しだけホッとする。


「団長が引退して傭兵団が解体されて、ミリアンと一緒にしばらく魔族領の各地を放浪した。楽しかったよ。私の旅好きの原点だ」


 話を聞いて、美咲も確かにそれは楽しそうだと思った。

 同時に美咲も、死出の呪刻を解呪できたら、一度旅をしたいと思ってしまうかもしれない。

 それくらい、旅を語るアリシャの表情は柔らかかった。


「ある時、魔王城から使者が来た。私の父親を名乗る男からの使者だ。ずっと私を探していたらしい。まあ、言うまでもないと思うが、先代の魔王だね」


 とうとう、美咲が知りたい話が出る。

 思わず身を乗り出す美咲の前で、アリシャはゆっくりと語り始めた。

 彼女が魔王に至る物語を。


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