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美咲の剣  作者: きりん
六章 守るべきもの
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二十九日目:勇者と魔王12

 暴虐の塊が、空気を裂いて落ちてくる。

 振るわれたディミディリアのハンマーを、ルフィミアは大きく距離を取ってかわした。


「へえ。思ってたよりいい反応するわね」


 ほぼ全力で回避運動をしたルフィミアに対し、ディミディリアの表情は涼し気で、いかにも余力を残していますとでもいいそうだ。


(どいつもこいつも、魔将って奴は化け物ばかりなの!?)


 牽制に魔法を放ちながら、ルフィミアは心中で毒づく。

 ディミディリアが叩き込んだハンマーは床を大きくえぐり、周囲に瓦礫を巻き散らしていた。

 先ほどルフィミアが放った魔法は、ディミディリアに対する牽制だけでなく、自分に飛んでくる瓦礫を撃ち落とす意味もある。

 ハンマーの直撃地点はクレーターになっており、まるで小さな隕石が降ってきたかのような惨状だ。

 これがほとんど素の腕力で行われているのだから恐ろしい。


(こんなの、絶対に美咲ちゃんに近寄らせられないじゃない!)


 ルフィミアは敏感に察した。

 美咲にとって、ディミディリアは最悪の天敵となり得る。

 異世界人である美咲の一番の武器は何かと問われれば、美咲の事情を知る者なら美咲自身も含め、誰もが魔法無効化能力だと言うだろう。

 魔法無効化能力は異世界人にしか発現しない特異体質で、この世界の人間も魔族も誰も持っていない能力だ。当然、魔物の中にもいない。

 分厚い防御で魔法を防ぐ者はいても、魔法そのもの打ち消す者は存在しないのだ。

 だからこそ魔法を使える魔族が総人数では負けているのに関わらず人族に対して圧倒的優位に立ち、大きな勢力を築いていたのだし、人族も魔族との差を少しでも埋めようと魔法の習得に躍起になった。

 そんな魔法の大前提を覆す無効化能力があるからこそ、美咲は魔族やこの世界の人間に対して優位に立つことができる。

 魔法に寄らない飛び道具に関しては美咲は己の武器と技術によって何とかするしかないが、幸いこの世界に銃はなく、せいぜいが弓やその派生武器程度で、魔法を使えば美咲でも簡単に防ぐことができる。

 現に魔族の間では飛び道具はとうの昔に廃れており、魔法にその座を譲っている。人族の間ではまだまだ現役だが、今後魔法が広まるにつれ姿を消していくだろう。

 魔法に対する絶対的な防御性があるからこそ身体能力に劣る美咲でも戦えているのであって、そもそも相手が魔法に頼らないのなら、美咲は自分の身体能力と魔法の腕で戦うしかない。

 要した時間を思えば美咲の魔法の才能は悪くないどころか、この世界でも五指の指に入るかもしれないが、いかんせん時間が短過ぎた。

 美咲が魔法で行えることには限界があり、それは攻撃魔法に偏っている。

 一応治癒魔法や強化魔法も使えないこともないが、自分に効果がない以上練習に身が入るわけもなく、程度としてはかなり低い。

 攻撃魔法自体も激しく動き回りながら攻撃を仕掛けてくるディミディリアに当てる余裕などなく、そんな暇があるのなら回避や迎撃に回さなければ先に美咲が死んでしまうだろう。


「牛面魔将っていうのは、力に任せて突進するしか能がないの? なら私はさしずめ闘牛士ってとこかしら」


 相手は高過ぎる身体能力に、それに見合った戦闘技術を備えている。

 どちらも十全に使われたらいくらルフィミアでも勝ち目がない。

 勝ち目がない程度ならまだいいが、最悪すぐさま突破されてしまうかもしれない。

 いくらなんでもそれはまずい。


(挑発に乗ってくれれば、御の字なんだけど……!)


 頭に血を上らせて逆上してくれれば、攻撃は激しくなるだろうがルフィミアとしてはまだ攻撃を捌きやすくなる。

 氷上の上で踊るようなことには変わりないが、幸いルフィミアには奥の手がある。

 既にブランディール戦で使ってしまっているから奥の手とはいえないかもしれないが、今のルフィミアはアンデッドなのでデメリットもなくなっている。

 相応のダメージは受けるだろうが、あの時のように即死するようなことはないはずだ。


「わ、私たちも援護します!」


「いいですよね!?」


「攻撃命令をください!」


(……問題は、こいつらが死ぬかもしれないってことかしら)


 退路を断つかのように自分を取り囲むニーナ、エウート、ルカーディアの三名をちらりと見て、ルフィミアは唇を歪める。

 今でこそ敵対してしまっているが、一時は仲間だった身だ。

 特に美咲は彼女たちと仲良くなったことに喜んでいて、逆にそれが本来の目的の足枷になっていたくらいだった。

 彼女たちが死ねば美咲は悲しむだろう。かといって、ルフィミアがアンデッドのまま消滅してしまっても、美咲は絶対に悲しむ。


(そこは、こいつらの反応速度に期待するしかないか)


 ルフィミアはディミディリアだけを仕留められればそれでいい。

 三人が魔王に加勢しても美咲にとっては苦しいだろうが、ディミディリアが加勢するよりかはずっとマシなはずだ。


「離れていなさい! こいつには自爆っていう手段もあるのよ!」


 読まれていた。

 そう気付いたルフィミアは、歯を噛み締めディミディリアを睨みつけた。



■ □ ■



 思えば当然のことだった。

 ルフィミアは一度蜥蜴魔将ブランディールとの戦いで、既に自爆魔法を見せている。

 あれは初見だからこそ意味があるのであって、手の内がばれているのでは最大火力を叩き込むのは難しい。

 自爆魔法と一見格好良く言っているが、その実自爆魔法とはつまり威力のみを重視してコントロールその他については一切制御を放棄し、暴発させただけだ。

 つまりは欠陥魔法なのである。

 それでも美咲がやれば本人は一切影響を受けない広域殲滅魔法と化すし、今のルフィミアでもそれによって受ける身体の損傷度にさえ目を瞑れば、連発することは難しくない。

 もっとも、美咲ならばともかくルフィミアは痛みに対して極めて鈍いだけでダメージはきっちり受けるので、下手をすると身体が消し炭になって動けなくなるだろうから、別の意味で博打になってしまうが。


「あーあ。どうせ勝てないんだったら、あの時切り札を切るべきじゃなかったわね」


 逆転の秘策も、相手に手の内がばれているのでは意味がない。

 それに自爆魔法だろうと何だろうと、それが魔法である以上発動には発声が必要だ。

 息を吸い込み、声を発する。

 言葉にすればそれだけだが、ディミディリアなら間違いなくその前に距離を詰めて攻撃を仕掛けてくるだろう。

 ディミディリアは強大な身体能力を自前で備えているが、反面魔法についてはお粗末だ。

 強化魔法を使えはするものの、その練度はルフィミアに及ばず、もしかしたら美咲にすら負けるかもしれないというレベルで、使ったところで気休めレベルでしかない。

 だからこそ美咲にとっては天敵なのだが、それは魔法に対する防御手段が限られていることを意味する。

 既に一度見せてしまっているルフィミアの自爆魔法でも、それなりのダメージを負わせられるはずだ。

 発動させることが出来ればの話だが。


「観念したの? だったらさっさと通してくれると嬉しいんだけど。ここで余計な体力使ってられないのよ」


 己のハンマーの柄でとんとんと肩を叩きながら、ディミディリアがルフィミアに問う。


「冗談。私、諦めの悪さには定評があるの。死んだって諦めてやらないわ」


 自分で言って、何だかおかしくてルフィミアは笑いを堪えた。

 現状はまさにその通りだ。

 ルフィミアは既に死んでアンデッドになった身だが、それでもこうして戦っている。

 アンデッドになっても、生への執着自体を捨てたつもりはない。

 もう既に死んでいるのだからその表現は適切ではないかもしれないが、他にしっくりくる表現がルフィミアには思いつかないのだから仕方ない。


「そんなこと言ってる場合なの!? 早く美咲ちゃんを止めないと、本当に取返しが付かなくなっちゃうかもしれないんだよ!? それでもいいの!?」


 ニーナが憤慨した表情で叫ぶ。

 魔族の癖に、というのは大いに魔族に対する人間としての偏見があるだろうが、ルフィミアはよく魔族がここまで美咲を好いてくれたものだと感慨深く思う。


「いいも何も、最初から、それがあの子の望みよ。あの子は死出の呪刻を解呪する、その一念でここまで来たの」


「……魔王陛下は否定されたんでしょう。人違いじゃないの?」


 大いに美咲に入れ込み、何とかお咎めなしで引き戻そうとするニーナに対し、エウートは冷静だった。

 エウートとて美咲には死刑になどなって欲しくはないが、現状行っているのは明確な反逆行為だ。

 魔王自身が許すのならともかく、結局はただの魔族兵でしかないエウートにはどうすることもできない。

 せいぜい美咲の罪が取返しがつかないものになってしまう前に、こうして捕まえようとするのが精いっぱいだ。

 まあ、エウートにしてみても、現状が既に取返しがつかないんじゃないかと不安に思うところではあるが。


「そうかもしれないし、そうでもないかもしれない。だってそれが本当のことかは、本人にしか分からないでしょう?」


「陛下の発言を疑うというの!? 怪しさで言ったら死霊魔将の方だって同じでしょう!」


 ルフィミアの返しに、ルカーディアが噴火した。

 三人の中では最も魔族兵らしい思考回路を持ち、明確に人間を嫌っているのがルカーディアだ。

 情が深いがその分恨みつらみも深い精神の持ち主であり、美咲に対していい意味でも悪い意味でも執着している。

 ルカーディアにとって、美咲は人間でありながら初めて特別になった存在だ。

 その美咲が魔王への反逆に走ったことは、多いにルカーディアを逆上させている。


「そうね。それについては私も否定しないわ。むしろ同意する。でも、同じだからこそ、一つ一つ確かめて可能性を潰していかなければならない。本人は認めない。かといって解除もできない。それじゃ、事の真偽を見分ける方法は」


 言いかけて、ルフィミアは素早く横に飛んだ。

 しかし、それより先に眼前に躍り出る影一つ。


「殺して確かめてみるってこと? ──余計押し通らざるを得なくなったわ」


 回避し切れなかったルフィミアの片腕が、振り抜かれるディミディリアのハンマーに巻き込まれた。

 異音が、響いた。


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