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美咲の剣  作者: きりん
六章 守るべきもの
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二十九日目:勇者と魔王11

 ミーヤの魔物という援護を得て有利を取ったルフィミアだったが、思惑と反してその有利を広げることができずに決定打を奪えず攻めあぐねていた。


「ちっ、近接戦闘も不足なくこなせるなんて聞いてないわよ!」


 ルフィミアの誤算は、ニーナ、エウート、ルカーディアの三人が、魔物たちに肉薄されても焦ることなく強化魔法を用いて接近戦に切り替えたことだ。

 誰か一人が接近戦の技術を有していることは、ルフィミアとて予想していたが、三人全員ともが、距離を取っての遠距離魔法戦闘に迫るほど接近戦技術に精通していたというのは、いくらなんでも予想外だった。

 以前はそうではなかったからこそ、捕まった。

 だが、たった数日。その数日で、彼女たちは腕を上げた。

 可能なのだ。

 美咲がアリシャに貰ったような肉体の超回復を促す丸薬や、セザリーたちに施されたような肉体の限界を超えさせる肉体改造に、技術を直接脳に刻み込む方法が、この世界には存在するのだから。


「前にそれで人族騎士たちに不覚を取ったから、一生懸命鍛えたの! もう、あんな思いはしたくない!」


 飛び掛かってきた魔物に対し、強化魔法のアシストで増大した反射速度できっちりと反応したニーナは、魔物の動きをよく見て横にずれ、無防備な魔物の横っ腹に攻撃魔法を叩きこむ。

 閃光が魔物の身体をずたずたに引き裂き、肉が焼け焦げる臭いを漂わせる。

 その死を見届ける間もなく、ニーナは背中の外骨格の羽を展開して透明な飛行用の羽を展開し、跳躍する。

 一拍遅れて、地面から飛び出てきた魔物が空の空間を顎で噛み裂いた。

 獲物がいないことに気付き、探すかのように首を巡らせた魔物の頭上から、ニーナは魔法で風の刃を複数作り出し、撃ち込んで切り刻んだ。

 危なげなく魔物を屠っていくニーナだが、他の二名も決して負けていない。


「美咲の戦い方は明確なインファイト。身体が脆いくせによくやるわよ! そんなあいつについていくために、この力が必要だったのよ!」


 仁王立ちするエウートに、魔物の一匹が忍び寄ってくる。

 真っ直ぐ走ってくるのではなく、背後に回りエウートの視界に入らないように悪知恵を働かせ、近距離まで近寄って一気に捕食してしまおうという計算だ。

 しかし、そうは問屋が卸さなかった。

 魔物がさあ飛び掛かろうと足に力を籠め、身体中のばねを開放しようとした瞬間、足元の床が突然崩れた。

 バランスを崩した魔物の足元から、急激に石が円錐状にせりあがっていく。

 エウートの魔法だ。

 体勢を整える前に、魔物は石でできた円錐の槍に串刺しにされた。

 魔物の断末魔は、役目を終えて崩落する石の槍の落下音にかき消された。


「明確になった弱点をそのままにしておくはずがないでしょう? 同じ轍は二度と踏まないわ。……今度は必ず守ってみせる」


 瞳に激情を揺らめかせるルカーディアは、三匹の魔物に囲まれていても平然としていた。

 じりじりと間合いを詰められ、今や身体能力に優れている魔物なら一足飛びに飛び掛かれる位置にまで接近されてしまっている。

 絶体絶命と呼べる状況だが、ルカーディアは焦る様子を見せず、堂々とした態度で魔物たちを睥睨している。

 まるで、襲えるものなら襲ってみろと挑発しているかのようだ。

 その余裕な態度に魔物たちも少し警戒したようだが、結局焦れたのは魔物たちの方が先でルカーディアに向けて三方向から突進する。

 赤いルカーディアの唇が弧を描いた。

 突如魔物たちが突進する進行方向に展開される、水の壁。

 それ自体には何の脅威もなく、本当にただの水の壁でしかない。

 壁としても頼りなく、せいぜい弱い火を消すくらい程度の使い道しかなさそうだ。

 魔物たちもルカーディアが生み出した水の壁を脅威とは思えず、むしろその様にルカーディアに対する警戒を下方修正したほどだ。

 しかし、それこそが間違い。

 ルカーディアが魔法の選択を誤るわけがない。

 この状況で無害な魔法などを使う理由がない。

 よって、この魔法は、魔物たちを打倒し得る可能性を秘めている。

 そして、魔法の効果は正しく発動した。

 魔物たちが一定範囲内に近付くと、水の壁の表面が煮立ったかのように泡立つ。

 いや、違う。泡立っているのではなく、弾として凝縮され、装填されているのだ。

 水でできた無数の弾丸が発射される。

 凝縮されたことで鉱物と何らそん色ない硬度を得た水は、高回転しながら魔物たち三匹の肉を抉り、骨を砕き、破壊エネルギーを余すことなくその体内に炸裂させた。

 魔物たちが三匹とも悲鳴を上げて転び、ルカーディアを逸れて倒れ伏す。

 そしてそこへ、ルフィミアにとっては最悪のタイミングでディミディリアが到着した。


「……この状況は、そういうことなのね、やっぱり」


 ディミディリアががりがりと頭をかく。


「……牛面魔将か。蜥蜴魔将の時といい、私は絶望的な状況って奴に好かれているみたいね。くそったれ」


 ニーナ、エウート、ルカーディアの三人が相手だった時点で割と攻めあぐねていたというのに、ディミディリアに加勢されてはルフィミアは勝ち目がない。


「悪いことは言わないわ。今すぐ抵抗を止めて投降しなさい。この状況で勝てないことは、分かっているはずよ」


「冗談。私、そんなに諦めがいい方じゃないの。それに今の私は幸か不幸かアンデッドでね。生憎肉体的な死は既に迎えている身なの。例え首だけになったって、その喉笛に食らいついてやるわ」


「そう。じゃあ、遠慮なく四肢を叩き潰してあげる。どうせ後で治せばいいんだし、心配する必要なんてないでしょ。……お前たちは魔物を掃討しろ。この女の相手は私がする」


 ディミディリアがニーナ、エウート、ルカーディアの三人に命令する。

 こうして、ルフィミアにとって絶望的な戦いが始まった。



■ □ ■



 戦いの最中、ミーヤが背後をしきりに気にし始めたことをに、美咲は気付いていた。


「……お姉ちゃん。もう時間がないよ」


 背後からは、広間からの戦闘音が響いている。

 かすかにだが、それなりに離れているはずの謁見の魔まで響くくらいなのだから、決して小さな音ではないはずだ。

 おそらくはきっと、広間では激闘が繰り広げられているのだ。

 広間が破られて、魔族兵たちがこの謁見の間に乱入してくるのも時間の問題だろう。

 そうなれば美咲にとってのタイムリミットだ。

 魔王一人だけでも苦戦しているというのに、援軍が来たら勝てるわけがない。


「ふむ。背後が気になるか?」


 美咲とミーヤの注意が一瞬自分から逸れたことを、魔王は見抜いていた。

 当然その隙を見逃すような魔王ではなく、踏み込んで大剣を振るう。


「わっ」


 慌てたミーヤの襟首をマク太郎がくわえて逃げ、魔王の突進から離脱する。

 魔王は追わない。魔王の狙いはあくまで美咲だ。ミーヤは後からでも殺せる。先に美咲を殺すべきだ。

 そう言わんばかりの選択だった。

 爆発音とともに、美咲の身体が大きく宙に飛び上がる。

 攻撃魔法の衝撃を利用して、跳躍力を補ったのだ。


「失策だな! 敵の目の前で動き辛い空に身を置くなど!」


 魔王は落ちてくる美咲を待ち受ける構えだ。

 空中にいるならば攻撃魔法で狙い撃ちするのが一番手っ取り早いし確実なのだが、美咲には魔法が効かない。

 ならばどうするかといえば、着地の隙を狙って大剣による一撃を叩きこむのである。

 美咲は攻撃魔法を利用して瞬間的な移動こそ可能だが、その身体能力はあくまで常人の域を出ない。

 それは身体を強化できない以上仕方のないハンデであり、美咲の近接戦闘能力の限界でもあった。

 つまりどういうことかというと、魔法が絡まない限り、物理法則はそのまま作用するのだ。

 着地の衝撃を和らげるため、美咲は身体中のクッションを使って着地時の負荷を分散させてやる必要がある。

 元来美咲は器用ではないし、この世界に来てから一か月も経たない時間しか鍛錬に当てられないから、着地の衝撃を和らげて魔王の攻撃を予測しつつ反撃するためにすぐ動けるようにするなどという超人的な真似はできない。

 それは言い換えれば、着地の瞬間はどうしても無防備になる時間が生まれるということだ。

 そして、それを見逃すほど魔王は甘くなかった。


「隙を晒した愚かさを悔やめ!」


 空中から勇者の剣を振り下ろした美咲だったが、その一撃は空を切る。

 魔王に避けられたのだ。

 滞空時間が長い跳躍では、魔王に対応する時間を与えてしまうといういい見本だった。

 着地して動けない美咲に魔王の大剣が迫る。

 美咲は静かな表情で己に迫る大剣を見つめている。

 そこで、魔王は違和感を覚えた。


(何故だ……? 表情が全く動いていない!)


 どう見ても、美咲は死ぬ寸前だ。

 次の瞬間には大剣の暴力的な質量によって薙ぎ払われ、胴体を上下に分断されるだろう。

 そうなれば、ちぎれた腸をぶちまけ、血を巻き散らして死ぬしかない。

 明日になればどのみち美咲は呪刻で死ぬのだから、この結末も同じなのかもしれないが、そもそも美咲は死にたくないがために魔王と戦っているのだ。

 だから美咲にとって、この終わり方は不本意といっていいはずだ。

 なのに、表情は凪いでいる。

 口惜しさも焦りも顔には出ておらず、美咲の表情はマネキンのように固まっている。

 予想外の状況に思考停止しているのか?

 それとも己の危機にこの期に及んで気付けないほど愚鈍だったのか?

 疑問が魔王の脳裏に渦巻き、全てが掻き消えた。

 耳に響く爆発音。

 同時に美咲の胴を大剣が薙ぎ払う。

 手応えがない(・・・・・・)

 目の前には、大剣に両断された美咲の姿があるというのに。


「……幻影魔法だと!?」


 同時に、腹に響く衝撃と痛みを感じ、魔王は慌てて視線を消え行く幻影から逸らす。


「私の仲間にね、得意だった子がいたのよ!」


 必死の形相で叫ぶ美咲がそこにいた。

 握る勇者の剣が、魔王の腹を貫いている。


「やっと、捕まえた……!」


 焦りを露にする魔王に、身体ごとぶつかりながら美咲は叫ぶ。


「フゥオマァウ(焔よ)レェアユ!」


 魔王を貫いた勇者の剣が、炎に包まれた。

 当然美咲や魔王の肉体にも火が燃え移る。

 美咲にとっては無害な炎だが、魔王にとってはそうではない。

 同時に、魔王は身体中から力が抜けていくことも感じていた。

 魔法無効化能力によって、身体強化魔法が無効化されたのだ。

 そして、もっと別の……魔王にとって、一番大事な魔法が、解けた。


「……え?」


 魔法が解けた魔王の姿を見て、美咲が呆けた声を上げた。


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