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美咲の剣  作者: きりん
六章 守るべきもの
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二十九日目:勇者と魔王10

 壁を壊しながら直進を続けていたディミディリアだったが、新たな妨害に見舞われていた。

 しかも、誰が行っているのかはっきりと分かる形で。


「ああもう! 美咲ちゃんが動いてるならあんたも動いてるわよね、そりゃ!」


 ディミディリアの歩みを妨害してくるのは、次々とあちこちから現れる魔物群れだ。

 そのどれもがこの辺りで見れる種で、ディミディリアはそれらに見覚えがあった。

 それも当然。

 この魔物たちは、ディミディリアが付き添ってミーヤの支配下に入れさせた魔物たちなのだ。

 美咲は一対一で蜥蜴魔将ブランディールを打倒した事実と、魔法無効化能力を有しているというこの一点だけで魔将になるに相応しい、少なくとも反対の声はディミディリアや魔王自身が揉み潰せるほどの相当性があるが、さすがに人族という点を差し引いても、ミーヤは幼過ぎた。

 その幼さを補うのがどれほどの魔物を魔王の呼び笛によって支配下に入れているかだが、魔王城に来たばかりのミーヤの魔物は質はともかく、量はそれほど多いとはいえなかった。

 魔族にとってもマクレーアは脅威だが、所詮一匹では足を止めてしまえばただの的だし、ベウの群れは大きな群れになれば魔族といえども警戒する対象だが、一度ヴェリートの戦いの際に大きく数を減らした群れは、未だ小規模だ。

 ペリ丸率いるペリトンの群れは数こそ多いものの、ペリトンでは何匹集まろうがたかが知れている。

 だからこそディミディリアは新しい魔物を手当たり次第にミーヤに懐かせて戦力に加えさせたのだが、ミーヤはよりにもよってそれらをディミディリアにけしかけたのである。


「恩を仇で返されるとはこのことかしらねぇ。あ、いや、元はといえばこっちのせいなんだから、単に貸し借りなしになっただけか」


 皮肉げに牛面を歪ませて笑うディミディリアは、振り向きざまにハンマーを振るった。

 巨大な金属の塊が、背後から忍び寄っていた蟷螂型の魔物を叩き潰す。

 すぐにハンマーを手元に引き戻すと、その場で後方に回転してもう一撃振り抜いた。

 ハンマーの柄を伝って、外骨格がひしゃげ砕け散る感触が手に伝わってくる。

 どうやら虫型の魔物をもう一匹仕留めたようだ。

 遅れて視線を向けて確認するが、ぐしゃぐしゃに潰れた魔物の死体は原形を留めず、元の形がどんなものなのだったのかは予想もつかない。

 しかも、二匹潰しているうちに廊下の奥から三匹新手が現れた。

 ディミディリアであっても、潰して進むより補充されるスピードの方が速い。


「なりふり構ってないわね……」


 思わずディミディリアは臍を噛む。

 魔物などいくら集まろうが、所詮ディミディリアには敵ではない。

 この場に蔓延る全ての魔物を皆殺しにすることだって難しくはないだろう。

 しかし魔法が不得手なディミディリアでは、魔法による広域殲滅ができないため全て手作業で行う必要がある。

 そんなことをしていたら、魔王の下へ辿り着く頃には既に致命的な時間が過ぎているだろう。決着がついていたっておかしくない。

 目の前の魔物にかまけて間に合わなくなるなど冗談ではない。


「……仕方ない。兵士を呼んでここは任せるか。私は先に進むのを優先しよう」


 ため息をついたディミディリアは腹腔を膨らませ、大きく息を吸い込むと吠えた。

 古竜の咆哮のように、聞くものに原始的恐怖を抱かせる大きな物理的圧力を伴った音が、魔王城に広がっていく。

 これは魔法ではなく、純然たる技術なのでディミディリアにも扱える。

 もっとも、古竜と同等以上の実力を持つことが知られていて、魔王に次ぐ名声を持つディミディリアだからこそただの咆哮がこれほどまでの効果を持つのだが。

 広がる音はびりびりと聞く者の鼓膜を震わせ、魔王城中に響き渡る。


「ご無事ですか!?」


 咆哮を聞きつけてディミディリアの居場所を知り、文字通りすっ飛んできた魔族兵たちに、ディミディリアは命令する。


「見ての通り、魔王城に魔物が放たれている。お前たちにはこれらの駆除を頼みたい。数は多いが、やれるね?」


「ハ! お任せください!」


 集まった魔族兵たちは連携して魔物を次々と処理していく。

 その場で魔物と魔族兵たちが戦う中、ディミディリアは先に進む。

 あともう少しで謁見の前に続く広間に辿り着くというところで、うつろな目の女たちが立ち塞がった。

 見覚えのある顔の数々。

 そして彼女たちから香る死の匂い。死臭をごまかす、甘い香水の香り。


「ああ、そういえばアズールの奴が回収してたんだっけか。……相変わらず、趣味の悪いことで」


「心外ですな。儂は仲間を失って悲嘆にくれる人魔将殿のために骨を折っただけですのに」


「あの人間の魔族語使いをアンデッドにしておいて、何しらじらしいことを。美咲ちゃんが異世界人でなければ間違いなく精神的に止めを刺していたわよ」


 ディミディリアの背後に現れたのは、死霊魔将アズールだった。


「やっぱり、あんた魔王様を裏切ってたのね」


 背を向けたまま目を細めるディミディリアに、アズールは笑った。


「裏切る? 先に我ら魔族を裏切ったのは、魔王陛下の方でしょうに」


 時間を稼ごうとしているのは丸わかりだったが、この話題を出されて無視することはできない。

 ハンマーを握る手に力が籠められ、ディミディリアは目を細める。


「……その根拠は?」


「魔族の不倶戴天の敵たる人族の勇者を殺さず助けるどころか迎え入れた。それを裏切りと言わずして何と言いましょう」


 答えを聞いて、ディミディリアは知らず入っていた力を抜いた。

 アズールの答えが、ディミディリアが危惧していたものとは違ったからだ。


「で、人族女のアンデッドを並べてどうしようってわけ? 私なら簡単にミンチにできるわよ」


「できることとすることはまた別問題でしょう。このアンデッドたちは、美咲殿に差し上げる予定のものですからな。何を隠そう、彼女たちは、美咲殿の仲間だったものたちなのです」


「……知ってるわよ。私もあの時は魔王様と一緒にヴェリートに来てたんだから」


「ああ、確かに二人ともおりましたな(・・・・・・・・・・)


「遺言はそれで終わり? なら、死ね」


 思わせ振りなアズールの言葉に目を細めたディミディリアは、即座に反転するとハンマーを振り被って突進した。



■ □ ■



 振り下ろしたハンマーの一撃は、空を切り廊下の床を盛大に陥没させるに留まった。


「このまま戦っても儂の勝ち目は薄いので、このまま撤退させていただきますぞ」


 ディミディリアから距離を取ったアズールの姿が掻き消える。

 転移魔法で移動したのだ。

 魔法の中でも高等魔法に属する転移魔法を、ディミディリアは使えない。

 よって、姿を消したアズールを追う術を、ディミディリアは持たない。


「あの野郎……! さんざん人の神経逆撫でしておいて逃げやがった!」


 残されたのは苛立たし気に拳で壁を叩くディミディリアと、どこを見ているかも分からない茫洋とした眼差しを向けてくる乙女たちのみ。

 いや、一人男性も混じってはいるが。


「ちっ。さっさとこいつらぶっ壊して、先に進まないと……!」


 アズールの置き土産たちと相対したディミディリアだが、脳裏に美咲の顔がちらついた。

 ディミディリアは、美咲が彼女たちを大切にしていたことを知っている。

 よく知っている(・・・・・・・)


「……くそっ。私もヤキが回ったわね」


 苦い表情で舌打ちすると、ディミディリアはハンマーを腰のフックに引っ掛け、素手で行動不能にさせていく。

 姿は綺麗でもアンデッドだから、とにかくしぶとい。

 腕の骨の一本や二本折った程度では止まらない。

 四肢をへし折っても地面を這って動き続けるほどだ。

 だから、ディミディリアは一人一人、丁寧に首の骨をへし折っていった。

 呼吸を潰すより、首の後ろに集中している神経の束を潰すのが狙いだ。

 元々呼吸をしていないから呼吸を潰すのは意味ないが、神経伝達構造はそのままなので、ここを狙って全身麻痺させてしまえば比較的短時間で無力化できる。

 事が済んだら治癒紙幣などで首の骨と神経を治療すればまた元通り動くようになる。

 美咲が触れれば、ルフィミアのようにアズールの支配から解き放たれるだろう。

 全てが済んだ後で、美咲が生き残っていればの話だが。

 全部で二十人。

 これだけの人数を一人一人無力化していくのは、さすがのディミディリアでも手間だった。

 彼女たちは元々体のリミッターを解除されていたから身体能力が高めだったし、アンデッドになったことでその反動だった、身体の壊れやすさを無視できるようになっている。

 それに、アズールに支配されているからといって、彼女たちは喋らないわけではない。アズールの支配を受けていた頃のルフィミアのように、普通に会話ができるのだ。


「全ては、アズール様のために」


「全ては、アズール様のために」


「全ては、アズール様のために」


 あまりの異様さに思わずディミディリアは叫んだ。


「アンタたち、美咲ちゃん以外にそんなことをいうタマじゃないでしょ!」


 三姉妹は生前の口調すら忘れ、ロボットのように同じ言葉をつぶやきながらディミディリアを攻撃してきた。


「全ては、アズール様のために」


「全ては、アズール様のために」


「全ては、アズール様のために」


「全ては、アズール様のために」


「全ては、アズール様のために」


「全ては、アズール様のために」


「全ては、アズール様のために」


「全ては、アズール様のために」


「全ては、アズール様のために」


「全ては、アズール様のために」


「全ては、アズール様のために」


「全ては、アズール様のために」


「全ては、アズール様のために」


「全ては、アズール様のために」


「全ては、アズール様のために」


「全ては、アズール様のために」


 全員無力化しても、同じ言葉をロボットのように繰り返してもがく様は、さすがのディミディリアにも異様さを感じさせた。


「……ちっ。胸糞悪い」


 かつて美咲が助け、命を賭して美咲を逃がした女性たちの成れの果てに背を向け、ディミディリアは先を急ぐ。

 少なくない時間を消費させられながらも、ディミディリアはついにルフィミアがニーナ、エウート、ルカーディアの三人と戦う広間への扉に手をかけた。


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