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美咲の剣  作者: きりん
六章 守るべきもの
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二十九日目:勇者と魔王9

 その戦いは、まさにこの世界の歴史を動かす一ページといえる戦いだった。

 挑むのは美咲。

 紅蓮の炎を纏い、足跡に爆発を伴い勇猛果敢に斬りかかる。

 迎え撃つのは魔王。

 魔族を束ねる王であり、強力な魔法を扱うマジックキャスター。

 勇者の剣を己の大剣で受け止め、弾き、隙あらば多様な魔法を美咲に打ち込んでいく。

 炎、氷、雷、岩。

 四元素、火水風土に属する上級魔法が美咲を滅ぼさんと乱れ飛ぶ。

 しかし、その全てを美咲は意に介さない。

 己には通用しないと分かっているからだ。

 自らの世界から、この世界へと渡った異世界人にのみ発現する、魔法無効化能力。

 相手の魔法がいくら強力であろうと、どれほど高精度に展開されていようと、それがただの魔法である限り、この力を突破することはできない。

 それは、異世界人がある意味ではまだ元の世界の理に縛られているからだ。

 魔法とは、言葉を通して世界の理に干渉するもの。

 しかし、すでに元の世界の理を有する異世界人には、魔法による直接的な干渉はできない。

 可能なのは起点を用いた空間に効果を及ぼす結界や、手作業で肌に刻み込む呪刻など、間接的な干渉のみ。

 圧倒的に有利かと思える戦いは、しかし、蓋を開けてみれば互角の戦いだった。

 魔法が炸裂した余波で砂埃が舞い、塞がれた視界の中、影が揺らめく。


「くっ」


 それが何であるかなど、考えるまでもない。

 美咲が横っ飛びに跳ぶと同時に、砂埃を吹き散らして薙ぎ払われた大剣が、それを証明している。

 魔法は無視できる。

 魔王と戦うにあたり、ずっと、美咲はそう思っていた。

 実際それは間違いではなかったし、その通りだった。

 発動した魔法のダメージそのものだけでなくそれによってもたらされた衝撃によるダメージも、美咲の魔法無効化能力は無効化する。

 つまり、魔法で巻き起こった風で吹っ飛ばされて谷底から落ちたとしても、美咲はその墜落の要因が魔法である限り、ダメージを無効化してしまえるのだ。

 しかし、衝撃そのものは残っている。

 それを利用して、美咲は攻撃魔法を瞬間的な移動速度増加や攻撃力増加に繋げて使っているのだが、それは言い換えればつまり、現象そのものは美咲にもきちんと適用されるということだ。

 つまり魔法で起こされた現象で視界を塞がれれば、美咲はそれを魔法無効化能力で取り払うことはできない。

 対抗するためには美咲が自分で視界を取り戻すための魔法を選択して使う必要があるのだが、ここで経験の差がものをいう。

 視界がない中で攻撃を仕掛けられると、防戦に回らざるを得ないのだ。

 敵の姿が見えず、攻撃の予兆も掴めないのだから、美咲にしてみれば、どうしても対応が一瞬遅れてしまう。

 その一瞬が、美咲の反撃を封じていた。


(どうする、どうする、どうする! このままじゃ、いつか避け切れなくなる!)


 振るわれた大剣をすんでのところで回避して、美咲は歯噛みする。

 髪が数本、宙をぱらぱらと舞うのが見えた。

 ぎりぎりとはいえ完全に回避していたはずなのだが、余波だけで持っていかれたらしい。笑えない。


「くっ、マク太郎、頑張って!」


 焦っているのはミーヤも同じだった。

 美咲とマク太郎で圧倒できるかと思われた序盤の戦いは、魔王が魔法の照準を美咲からマク太郎に変更した時点で根本から崩れ去った。

 異世界人である美咲と違い、この世界の魔物であるマク太郎には魔王の魔法は十分すぎるほど脅威だ。

 直撃ならば大ダメージは免れず、そうでなくともじわじわとダメージは蓄積していく。

 火による熱傷、氷による凍傷、雷による感電、岩による打撲。

 余波の多くはマク太郎が有する分厚い毛皮によって防がれるが、防ぎきれなかったものがマク太郎を傷つけるのだ。

 そして、傷つけば傷つくほど、体力は失われる。

 体力が失われれば動きに影響が出て、俊敏に動くのが難しくなる。

 そうなれば当然、被弾の可能性はますます高まる。

 攻撃も精彩を欠くようになり、簡単に対処されてしまう。

 悪循環に陥ってしまうのだ。

 他の魔物をけしかけようにも、最低でもマク太郎くらいの戦闘力がなければ魔王の前に立たせるなど自殺行為でしかないし、一人で謁見の魔までの道を塞いでいるルフィミアのためにも、戦力を残しておかなければならない。

 ルフィミアが倒れるのは、魔王に大量の援軍が現れるのと同義で、そうなればもはや美咲に勝ち目など万に一つもなくなってしまう。


(それは、駄目。それだけは、絶対に駄目)


 ミーヤもそれが分かっているから、個体としては自分の最大戦力であるマク太郎を魔王に当てて、残りの魔物たちはルフィミアの増援として待機させているのだ。


「どうした、最初の勢いが無くなってきているぞ!」


「うるさい、黙れ!」


 横薙ぎに振るわれた大剣を跳躍してかわし、真下を通り過ぎる瞬間左手で大剣の腹を叩いて大剣の勢いを自分の身体に伝わらせ、かかる力を利用して身を捻る。

 軽業的な動作。

 その動きは、勇者の剣を振るう前動作に他ならない。


「ぬっ!?」


「間に合えええええええ!」


 慌てて大剣を引き戻そうとする魔王の脳天目掛け、美咲は勇者の剣を振り下ろした。



■ □ ■



 ルフィミアとニーナ、エウート、ルカーディアの戦いは、次第にニーナ、エウート、ルカーディアの三名が押す状況に推移していた。

 これは当然の結果だ。

 個々の実力を抜きにしても、単純計算で一対三である。

 一度に三人を相手取らなければならないルフィミアに対して、ニーナたちはルフィミアだけに集中すればいい。

 この時点で、ルフィミアにとっては大きなハンデだ。

 人間としては類稀な才能と実力を持つルフィミアだが、人間である分本領である魔族たちには劣る。

 後れを取っている人間の魔族語使いがどうやって魔族との差を埋めているかといえば、それは一点特化に他ならない。

 例えば、ルフィミアなら火属性。

 ただ愚直に火属性のみを極め、それだけに関していえば魔族でも上位に食い込む実力を得た。

 その選択は間違っていない。

 学ぶ土台も学習にかけられる時間も人間と魔族では圧倒的に魔族の方に軍配が上がるのだから、取捨選択をしていかないと一生かけても魔族を上回れない。

 一点特化の魔族語使いでも、人間と魔族では総数の分母がそもそも違うから、人間の総数と比べた割合は低くとも、魔族の総数と比べれば、決して低くはない。

 誰もが魔族語に堪能で、簡単に魔法を使える分、それでもまだ魔族の方が魔法を運用するという点では有利だろうが、魔族とで一つの戦場に過剰に人員を配置するわけにはいかない。

 あちこちで戦端が開かれているのだから、適切に戦力を割り振る必要がある。

 そのおかげで、いつか美咲がルフィミアと参加した戦争のように、一時的に人族が魔族を上回る場面も出てくる。

 しかし質という点では魔族は人族を凌駕しており、そういった戦線には虎の子の質が出張ってくる。

 そう、魔将だ。

 美咲がこの世界に召喚される以前、魔将は四人いた。

 蜥蜴魔将ブランディール。

 死霊魔将アズール

 牛面魔将ディミディリア。

 馬身魔将バザルダ。

 誰もが高い実力を持った実力者だったが、このうち馬身魔将バザルダは美咲がこの世界に召喚される前のかなり早い段階で、ベルアニア第二王子エルディリヒトに一騎討ちで敗れ、討ち取られている。

 ベルアニア第二王子エルディリヒトは、羊という名の人類の中に紛れた、突然変異のライオンのような存在だ。文武両道に優れ、肉体的な才能に恵まれただけでなく、捕虜や奴隷として手に入れた魔族を通じて普段使うベルアニア語とはまったく異なる言語体系である魔族語を学び、ネイティブ顔負けの発音と知識を得るほどの知能的才能を併せ持つ。

 人類の守護者としても申し分のない人類への帰属意識を持つ人物で、彼の存在がベルアニアを魔族の侵略から持ちこたえさせ、国の命運を繋げていたことに間違いはない。

 エルディリヒトが英雄的な存在だったならば、その兄フェルディナンドはどうだっただろう。

 ベルアニア第一王子フェルディナンド。

 弟であるエルディリヒトほど戦いの才能もなく、かといって魔族語を扱うほどの知能的才能もない。

 どちらも容姿的には美男子と言っていいが、エルディリヒトの方が武人然としていて積み上げた武功もあって人気が高い。

 そして、国が攻められている状況が状況なだけに、貴族も民衆も武力のあるエルディリヒトを支持した。

 だからこそ、美咲はこの世界に呼ばれた。

 フェルディナンドが己の王位継承の正当性を示すため、誰もが無下にできず、彼を王と認めるだけの功績を打ち立てる剣として。

 本当は呼びたかったのが美咲でなかったとしても、その思惑の下、召喚が実行されたのは事実だ。

 蜥蜴魔将ブランディールを倒し、そして今魔王と戦っている美咲だが、別に美咲自身にはフェルディナンドの思惑など関係ない。

 それはルフィミアも同じで、彼女の場合成り行きと己の身に起こった変化によるものが大きい。

 所属していた冒険者パーティは壊滅してしまったし、自分自身も死んでアンデッドになった身だ。

 どうせ今までと同じ生活などできるはずもないのだし、ならば一度首を突っ込んだのだから美咲の生末を見届けることにした。

 元々が義理堅く、ルフィミアは一度抱え込んだ責任を放り出したりしない女性だ。

 故にこの戦いに臨むにあたり、当然自分が防戦一方になることは想定した。

 というか、そうなると確信していた。

 いくら何でも、人間の身で魔族軍軍人を対複数で押し留められると思えるほど、ルフィミアは自信過剰ではない。

 だからこそ、事前に手は打っている。

 大量の羽音と、足音が聞こえた。


「うん、ナイスタイミングよ、ミーヤちゃん」


 一方的にルフィミアが押されていた状況が変わる。


「えっ」


「嘘」


「こんな……」


 ほくそ笑むルフィミアとは対照的に、ニーナ、エウート、ルカーディアの三名は驚きを隠せない。

 ルフィミアの増援に現れたのは、ベウ子率いるベウの群れを筆頭とした、ミーヤが手懐けた魔物の大群だったのだから。


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