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美咲の剣  作者: きりん
六章 守るべきもの
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二十九日目:勇者と魔王6

 確かに、美咲は手を腹に押し当てたと思っていた。

 完全に魔王の意表を突いて大剣の間合いの内側に潜り込んでいたし、これ以上にないタイミングだったはずだ。

 だが。

 寸前で魔王はいつの間にか左手に持っていたナイフを、腹の前に滑り込ませていた。

 美咲が爆破したのは、そのナイフでしかなかったのだ。


「なんて、出鱈目……!」


「ふん。懐に入られたくらいで何もできないと、思ってもらっちゃ困る」


 刃が折れた大振りのナイフを投げ捨てた魔王が、今度こそ美咲を間合いに捉えて大剣を振るう。

 それを、美咲は必死に体勢を低くしてかわした。

 頭を下げた頭上を、分厚く重厚な大剣が通過していく。

 致命の一撃を回避できた感慨に浸る余裕もなく、ちょうど位置が下がっていい塩梅の位置にあるからとばかりに、無造作に美咲の顔面に魔王の靴の裏が迫ってくる。

 いわゆるヤクザキックのような、踏み潰す蹴りだ。

 当然喰らえばただでは済まないことなど分かりきっているので、美咲は横っ飛びに跳んで蹴りを回避する。

 蹴りの軌道としては真っ直ぐ正面に向かって放たれる直線的なものなので、反応さえできれば避けることは難しくない。

 ただ、美咲の耐久力では一撃受けただけでも勝負が決まりかねない。

 どんな攻撃も、物理的な攻撃ならば美咲にとっては即死級の攻撃であることには変わりない。


「中々良い反応を見せるじゃないか。以前とは見違えたぞ。地道に鍛錬を積んでいたようだな」


「いつのことを言っているのよ!」


 軽口を叩く魔王に斬りかかりながら、美咲はつい反応してしまう。

 当然魔王の大剣に受け止められ、鍔迫り合いになってしまう。

 体格差から既に予想はついていたが、やはり物凄い力だった。

 美咲は身体中の力を総動員して、両手で力んで勇者の剣を押し付けているのに、魔王は片手で余裕の表情で真っ向から対抗している。

 武器と武器が合わさることで自然と身体と身体も接触してもおかしくないのに、魔王の身体強化魔法が解けて均衡が崩れる様子はない。

 確実性を取るならば、直接魔王の身体に触れるべきなのだが、生憎鍔迫り合いの状況で片手を離すことはできない。離してしまえばそれだけかける力が減り、それは即ち美咲が押し切られることを意味する。

 とはいえ、美咲の不利は明白だ。

 最初から全力の美咲に比べ、魔王はまだまだ余力を残した状態でいる。むしろ様子を見ているのかもしれない。

 それが余裕や油断からならまだつけこむ余地があるが、何らかの逆転手段を警戒しているのだとしたら、美咲には万に一つも勝ち目などない。


(分かってたけど……強過ぎる!)


 このままだと鍔迫り合いに負けることが分かっている美咲は、自分から力を抜いて魔王のバランスを崩すことを期待したが、魔王は上体を流すこともなく、大剣を保持したまま鍔迫り合いしていた美咲を大剣と肉体の重量でもって突き飛ばす。

 明らかに、美咲に触れられることを警戒した動きだ。

 そこにつけこむべきだと理解していても、魔王の戦闘技術が高過ぎた。

 今も、たたらを踏んで後退し、何とか踏み止まった美咲へ、魔王が踏み込んで追撃の斬撃を放ってくる。


「ヘェアジィエ(爆ぜよ)ユゥ!」


 咄嗟に美咲は魔族語を用いて、自分の身体をさらに後ろへはね飛ばした。

 床にぶつけた体中の痛みと、回転して目まぐるしく回る視界の中、美咲は魔王の大剣が謁見の間の床を粉砕し、瓦礫に変えるのが見えた。

 あんなのを喰らえば間違いなく死ぬ。

 けたたましく危機感が警鐘を鳴らす。

 ようやく身体が止まった美咲は、痛む身体に鞭打って即座に身を起こした。

 目の前にいたはずの、魔王の姿が消えている。

 残っているのは、大きく陥没した床と、その少し後ろのそれよりは小さい陥没跡。

 大きい方は大剣が床を瓦礫に変えた箇所だ。

 ──ならば、もう一つの陥没は何だ。

 その答えが脳裏に浮かんで、美咲の血の気がいっせいに引いていく。

 もはや一刻の猶予もないかのごとき態度で、美咲は再び攻撃魔法で自分の身体をビリヤードの弾のようにはね飛ばした。

 その一瞬後、まさに間一髪のタイミングで、空中から降りてきた魔王が振り上げた大剣を美咲がいた場所に叩き込んだ。

 爆発が起きたんじゃないかと勘違いするかのような轟音に、巻き上がる粉塵、飛び散る瓦礫。

 粉塵に視界が覆われる前に、美咲は慌てて距離を取って体勢を立て直す。


(ダメだ……。直撃を避けるのが精一杯で、全く反撃に移れない!)


 体勢を立て直した美咲は、肩で息をする自分の状態に歯噛みしつつ、悔やんだ。

 初めから、苦戦するのは予想のうちだった。

 でも、美咲の予定では、苦戦しながらも何とか魔法無効化能力で勝機を見出して、自分が攻める時間帯を作り出す予定だったのだ。

 正直、今となっては考えが甘すぎたと言わざるを得ない。

 攻撃できたのは少しだけで、それすらあっさりと受け止められた。

 それ以外は防戦一方で、ろくに攻撃出来ないまま息が上がり始めている。


「……ふむ」


 汗一つかかないまま、魔王が美咲に掌を向けた。


「グゥオアゥケェ(業火よ)アユゥ」


 魔族語と共に、視界を埋め尽くす勢いで、紅い炎の波が押し寄せてくる。

 しかし、魔法は美咲には効果がない。

 召喚された異世界人である美咲は、魔法を無効化する体質なのだ。

 それは、魔王の魔法であっても同じこと。

 故に、避けるのではなく、美咲は突撃を選んだ。


「──そうくると、思っていたよ」


 炎の波を抜けた先には、大剣を振り被って魔王が待ち構えていた。


(誘われたっ!?)


 今まで最大の警鐘が脳裏をつんざく勢いで鳴らされる。

 咄嗟に魔族語を口にしようとする美咲よりも早く、魔王の大剣が振り下ろされた。



■ □ ■



 ニーナもエウートもルカーディアも、その三人と相対するルフィミアも、即座に戦闘態勢に入っていた。

 さすがに全員反応が早い。

 最初からそのつもりで待ち構えていたルフィミアはともかく、完全に予想外だったニーナ、エウート、ルカーディアの三人の切り替えの早さは、見事なものだ。

 彼女たちは魔族兵。当然戦闘経験も豊富であり、予想外の状況にも慣れている。

 だから突発的な事態への対応も問題なくできたし、そもそも今回の場合美咲が抱えている状況を思えば、可能性としては十分予測することができた。

 それでも事前に彼女たちが美咲を止めずに自由にさせていたのは、状況を見ると魔王が美咲に好きにさせているとしか思えない状態だったからだ。

 当然報告は上げられていただろうから、美咲の事情を魔王は知っていたはずだし、その上であえて助命嘆願を聞き入れ、美咲を助けた。

 助命嘆願によって為されたのはそこまでで、美咲とミーヤが魔将になったのは完全に魔王の独断だ。

 元人間ならばともかく、人間が魔将になること自体が青天の霹靂だというのに、美咲とミーヤは明確に魔王に敵対する理由を持つ、魔王にとってしてみれば潜在的な反乱分子だ。

 というか、事情が丸分かりな以上全く隠れられていないので、潜在的ですらない。


「アンタ、ルフィミアだったっけ? さっさと通して欲しいんだけど。急いでるのよ」


「ごめんなさいね。美咲ちゃんに、ここは誰も通すなって言われてるの」


 不機嫌な目で睨むエウートに、ルフィミアが笑顔で謝る。

 謝罪を態度で示していても、実際に立ち塞がっている事実と、他人を煽るような笑顔から、ルフィミアの敵意が透けて見えている。


「この先に、美咲ちゃんがいるの!? なんで邪魔するの!? 私たち、何が起きたのか確認したいだけなのに!」


 愕然とするニーナに、ルフィミアは杖を向けた。


「確認したいっていっても、予測はついてるんじゃない? この先の謁見の間には、美咲ちゃんと魔王がいる。そして謁見の間に繋がる唯一の通路であるこの広間を私が塞いでいるんだもの」


「だったら、なおのこと! このままじゃ、美咲ちゃんが魔王陛下に今度こそ本当に反逆者として処刑されちゃうかもしれないんだよ!」


 ただ純粋に、ニーナは美咲のことを心配していた。

 ニーナは美咲に助けられてから、美咲のことをとても慕っていた。

 同時に、魔族兵らしく魔王を絶対視しており、その立ち位置は現在の役割である美咲の部下ではなく、あくまで魔族兵のままだ。

 だからこそ、今も魔王の無事を疑わず、それどころか美咲の試みが成功するなど思ってもいない。


「さあ、どうかしら? 確かに美咲ちゃんが魔王を倒すのはとても難しいかもしれない。でも、あの子もずっと努力を続けてきた。それこそ私が死んでからも、歩みを止めなかった事実を、今の私は知っている。だから、もしかしたら届くかもしれないわよ? 美咲ちゃんの勇者の剣が、魔王の首に」


 ルフィミアとニーナの問答の途中で、一人沈黙していたルカーディアが動いた。

 魔法を唱えて先制攻撃を仕掛けたのだ。


「デェアカァウモォ(毒水よ)イザユゥ!」


「フゥオヌウォヌケェ(炎の壁よ)アビィエユ、ハァウシィ(防げ)エギ!」


 発射された水弾は、ルフィミアが杖を振って生み出した炎にぶつかり、蒸発する。

 発生した水蒸気から嫌そうな表情で離れながら、ルフィミアは肩を竦めた。


「全く、嫌になるわね。私でも制御の難しい複合属性の魔法を、魔族ならそこらの雑兵がバンバン唱えてくるんだから」


 言葉とは裏腹に、ルフィミアの表情は余裕を保っている。


「全くだわ。私たちの魔法を、薄汚い人間風情が盗んで我が物顔で使っているんだから」


 ルカーディアがルフィミアにかける言葉には多量に毒が含まれていた。

 彼女は人間が嫌いだ。憎悪していると言っていい。

 美咲の努力によって美咲だけは例外になったが、それでも人間に対する感情自体が変化したわけではない。

 だからこそ、敵対したのならば、それはルカーディアがルフィミアを倒す十分な理由となる。

 ルフィミアがアンデッドだろうが、人間としての立ち位置を崩していない限りは人間と同じだ。

 そして例外だからこそ、ルカーディアは美咲を捕まえて、今度こそ荒っぽい手段を使ってでも心の底から魔王に忠誠を誓わせるつもりだった。

 自分の恩人が敵対するのが、ルカーディアには許せないのだ。だから、再び味方に引き入れる。そしてその行為に美咲本人の意思は関係ない。

 魔王にたて突くなど馬鹿な真似をやらかしたのだから、事情を酌んでやるつもりなど、ルカーディアにはさらさらなかった。

 身勝手な考えだが、ある意味では執念深く激情家のルカーディアらしいといえる。

 立ち位置は違えど過剰に美咲に入れ込むニーナとルカーディアという己の同僚に、エウートはため息をついた。

 入れ込んでいるのはエウートとて同様なのだが、隣に行き過ぎている奴が二人もいるせいで、妙に冷静になっている。


「……あー、つまり、美咲の奴は、呪刻の残り時間を考えて、一か八かの賭けに出たってこと? そう捉えて平気?」


「いいんじゃない? 呪刻がどうなるにしろ、どちらに肩入れするにしろ、けじめをつけないと、あの子も動けないでしょ。まあ、あの子の場合、明確にどちらかに味方するつもりは、もうないかもしれないけど」


「……ったく。破れ被れにもほどがあるってのよ。ますます先に進む必要が出たわ。悪いけど、押し通らせてもらう」


「できるものなら」


 ニーナ、エウート、ルカーディア、ルフィミアの全員の敵意が膨れ上がる。

 戦いが始まった。


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