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美咲の剣  作者: きりん
六章 守るべきもの
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二十九日目:勇者と魔王1

 謁見の間への行き方はいくつもあるが、結局最後は合流してしばらく同じ通路を歩くことになる。

 ルフィミアはそのちょうど合流地点で立ち止まった。


「じゃあ、私はここで見張ってるわ。頑張りなさいよ、二人とも」


「はい。勝ってきます。……できれば」


 凛々しい表情で答えるも、最後は弱気になる美咲に、ルフィミアが苦笑した。


「そこは絶対って言って欲しかったわねぇ」


 もっとも、ルフィミアも美咲の戦いが相当厳しいものになるであろうことは予測している。

 現時点での美咲の実力は、接近戦でルフィミアとほぼ互角だ。

 相性の関係上、二人が戦えば美咲が危なげなく勝利するだろう。

 しかし問題はそこではない。

 問題なのは、美咲の接近戦闘能力が、今もまだ魔族語使いであるルフィミアと同程度しかないということだ。

 接近戦が苦手な後衛型魔族語使いであるルフィミアと互角という事実は、不安材料になりこそすれ安心材料たり得ない。

 ルフィミアが後衛型魔族語使いにしては接近戦能力が高いという点を差し引いても、相手が相手なので全く楽観視できない。


(美咲ちゃんなら、魔王の魔法は無効化できるはず。問題は、魔王がどれほど接近戦をこなせるかよね)


 先へ進む美咲とミーヤを見送りながら、ルフィミアは心中で一人ごちる。

 一時期死んでいたルフィミアは、魔王の戦いを見ていない。

 それは仲間たちに逃がされた美咲とミーヤも同じで、三人の条件は対等だ。

 とはいえ、戦いらしい戦いはブランディールとの戦いが最後だったルフィミアにはブランクがある。

 また、アンデッドになった身体で前と同じ水準の戦いが出来るかという懸念もある。

 そもそも、以前と同じ強さでは不安が残る。

 ブランディールとの一騎討ちで負ける程度の実力では、果たして魔族兵たちを押し留められるかどうか。

 魔族兵は強い。

 人間のように弱いからこそ研鑽されて積み上げられてきた技術こそないが、魔族語による魔法のアドバンテージは絶大だ。

 自分の魔法にかなりの自負心を抱いていて、実際に経験豊富で人族の魔族語使いとしては優秀なルフィミアでも、魔族の基準で当て嵌めれば、おそらくは中堅どころで止まってしまうだろう。

 ルフィミアは自分の実力を過大評価しない。魔族語だけでいえば、ルフィミアよりも強い魔族はそれこそ美咲の部下になった魔族たちの中にもいるはずだ。

 だが、ルフィミアは悲観していなかった


(まあ、要は戦い方と応用力よね)


 敵の本拠地の真っ只中ではあるものの、待ち受ける以上、地の利はルフィミアの方にある。

 実際敵が現れるのにももうしばらく時間がある。

 小細工を仕掛けておくいい機会だ。


(魔法式の罠、使ってみたかったのよね)


 ニヤリと笑ったルフィミアは、魔族語を呟き準備に取り掛かる。

 そんなルフィミアをその場に残し、美咲とミーヤは先に進む。


「お姉ちゃんは、ミーヤが守る」


「頼んだわよ、ミーヤ。あなたの働きにもかかってるんだから」


 作業をするルフィミアに檄を入れられて、ミーヤは口をきゅっと横一文字に閉じた。


「……うん!」


 ミーヤは懐の魔王の呼び笛を無意識に握り締める。

 自分は弱い。それをミーヤは弁えている。

 魔王の呼び笛抜きでは、ミーヤはただの幼女でしかない。

 そして力の全てをアイテムに依存している以上、そのアイテムを奪われれば終わりだ。

 もちろんミーヤとて、そんなヘマをするつもりはない。

 しかし戦いでは何が起きるか分からないし、そもそもミーヤが手懐けた魔物たちで合流を妨害しきれるかどうかも微妙なところだ。

 魔族兵の方は何とかなるだろう。

 数には数を、物量には物量をという作戦が使える。そしてその手段をミーヤは持っている。物量に物を言わすのはミーヤにとっても得意技だ。

 問題はディミディリアの方である。

 生半可な魔物を多数出したところで蹴散らされる未来しか見えない。

 だからもし先に追いついてきたのがディミディリアだった場合、ミーヤは自分が持てる最高戦力を出さなければならないのだが、その筆頭であるバルトが帰ってきていない。

 いや、バルトは特殊な条件で仲間になっただけで、ミーヤの魔物というわけでもないのだが、一番ディミディリアと張り合える可能性があるのが、バルトなのだ。

 以前アリシャに全く歯が立たなかったとはいえ、その戦闘力は間違いなく高い。

 あれはアリシャがバグキャラ染みた強さだっただけで、バルトが弱いわけでは決してない。

 アリシャとミリアンがこの場にいれば普通にアズールもディミディリアも各個撃破してから魔王に決戦を挑めただろうが、いない者は仕方ない。

 それに彼女たちがヴェリートで残らなければ、美咲もミーヤも生きて魔王城まで辿り着けなかったかもしれない。


(……皆。お願い。お姉ちゃんを守る力を貸して)


 ミーヤは自分が連れている魔物を見る。

 ペリ丸、マク太郎、ゲオ男、ゲオ美、ベウ子、フェア。

 他にも連れている魔物は多種多様だが、初期からずっと行動を共にしてきた彼ら彼女らを、ミーヤは一番信頼している。

 絆の深さで言うならベルークギアの幼体であるベル、ルーク、クギ、ギアの四匹もそうなのだが、この兄弟姉妹は幼すぎて戦力としては心許ない。

 自分たちも戦えるという意思が、鳴き声からミーヤの額につけられた翻訳サークレットにより伝わってくる。

 それでもミーヤは戦わせるつもりはなかった。

 この四匹にとっては、ミーヤがママで、美咲がパパなのだ。

 いわゆるすり込みという奴なのだが、だからこそミーヤは戦わせるのは嫌だった。

 本当は、実際に戦うわけでもないミーヤ自身も怖いのだ。

 魔物が全部蹴散らされて、最後にはミーヤ自身も殺されるかもしれない。その恐怖はいつだってミーヤの脳裏に付き纏っている。

 その恐怖を、美咲がいつも振り払ってくれていた。

 ミーヤの前で、ずっと戦い続けてくれていたのだ。

 あの、ヴェリートでの戦いで全てを失うまでも、失ってからも。

 美咲の前にミーヤが出たのは、美咲が気を失いバルトも墜落して彷徨っていた数時間に過ぎない。

 あの時のように、勇気を振り絞るのだ。力を搾り出すのだ。

 決戦の時は、近い。



■ □ ■



 魔王はまるで美咲が来ることを待っていたように、謁見の間にいた。

 玉座を背にして仁王立ちしている。

 人間からかけ離れたその顔からは、何を考えているのかは読み取れない。


「……何かを相談に来た、というわけではなさそうだ」


 低い声が魔王から紡がれた。

 何かの予感でもあったのだろうか?

 あるいは、美咲が知らないだけで、美咲の行動を監視する術でもあるのかもしれない。

 可能性としてはあり得ない訳ではない。

 何しろここは魔王城だ。

 美咲の知らない仕掛けがある可能性は十分にある。

 ミーヤが立ち止まり、魔王の呼び笛を懐から取り出した。

 それだけで、魔王は美咲とミーヤが来た理由を察したようだった。


「本来の責務を果たさんとするか。それも良かろう」


 ゆっくりと、魔王が玉座がある段上から降りてくる。

 同じく美咲も歩き出しんながら、最後の会話をかわした。


「命を救ってもらったのは、本当に感謝してる。それだけの恩を背負ったことも分かってる」


 魔王が美咲を助命した目的は、未だに分からない。

 まさか本当に命を助けようとしたり、戦力として欲しているわけではないだろう。

 もしそうならば、真っ先に美咲の身体の呪刻を解除するはずだ。

 あるいは魔王が下手人ではない可能性だが、それでも他に可能であるのはアズールしかいない。この場合も、アズールに命じて解除させていないとおかしい。

 魔王でもアズールでもない可能性を一瞬考えて、美咲はすぐにその可能性を否定した。

 本人たちが言っていたではないか。魔族で呪刻を刻める条件に該当するのは、魔王とアズールの二人だけだということを。


「でも、本来の目的を果たさないと、私は先に進めない」


 生きるために、ここまで来た。

 生きて元の世界に帰るために、今まで苦しみに耐えてきた。

 やっと終わるのだ。

 この、戦いに勝てば。

 帰れる。


「仲間の多くが死んだ。私を助けるために死んだ。魔王討伐に繋げるために死んだ」


 帰りたい。それは本当だ。

 でも、それは今言うべきではない。

 それよりも、他に相応しい言葉がある。

 美咲のために命を投げ出した者たちがいる。

 自分が生き残るよりも、美咲が生き残るべきだと判断して死地に残った者がいる。

 彼ら彼女らに託された願いを、果たす時が来ている。


「あなたが憎いとはもう言わない。ただ、犠牲に報いたい。それだけ」


 魔族にも、善人はたくさんいた。

 魔族軍の軍人とも、もう随分仲良くなった。

 気心の知れた、魔族の部下もできた。

 それでも、死者の願いは、下ろせない。


「だから、あえて恩を仇で返す。決着をつけよう、魔王」


「いいだろう。これもまた、身から出た錆ならば」


 段上から下りても、魔王は美咲よりも随分と背が高い。

 同じ床で向かい合っても、美咲が見上げ、魔王が見下ろす構図は変わらない。

 静かに美咲を見下ろす魔王は、組んでいた腕を解き、玉座に立てかけてあった武器を取る。

 それは大剣だった。

 かなりの大きさのはずなのに、大柄な魔王が持つと普通の剣に見える。


「……思えば、お前のことは始めに会った時に殺しておくべきだったな。見逃したのが、間違いだった」


「皆の献身に救われた。皆が時間を稼いでくれたお陰で、私は今ここに居る。間違いなんかじゃないわ。私が歩く道を、皆死に物狂いでここまで切り開いてくれた。ただの、必然よ」


 美咲の言葉に、魔王は小さく喉を鳴らして笑う。


「必然、必然か。ならば、私とお前がこうして出会い、すれ違ったのも全ては必然だったのだな。ままならぬものだ」


 魔王の言葉に、美咲は少し眉を寄せた。

 何を指して言っているのか、よく分からなかった。

 抱いた疑問は、魔王の身体から膨れ上がる闘気にたちまち消し飛ぶ。


「いいだろう。私も魔族の命運を背負う者。選ぶ道など、始めから決まっていた。お前を殺そう。私の、全霊を賭けて」


 こうして、勇者と魔王は激突する。

 戦いの火蓋が斬って落とされた。


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