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美咲の剣  作者: きりん
六章 守るべきもの
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二十九日目:終わりの始まり6

 アズールは自室にいないようだった。


「どうしてこのタイミングでいないのよ……」


 地下室の扉をノックしたのだが、返事はないし中も静まり返っていて物音一つ聞こえない。

 居留守をしているわけでもなさそうだ。

 思わず不平不満を漏らした美咲を、ルフィミアが慰めた。


「日時を指定して約束してたわけじゃないし、仕方ないわよ。待つか探すかしましょ」


 ルフィミアはドライだ。

 いないものはいないと割り切り、次はどうするべきかに思考が移っている。

 ぷんぷんとミーヤが怒っている。


「お姉ちゃんのために全裸待機してないなんてなってないよ」


 本気なのか冗談なのか、子どもなせいもありミーヤの発言は真意が分かりにくい。

 とりあえず明らかに突っ込み待ちらしい箇所を美咲は指摘してみることにした。


「全裸である必要はどこにあるの……?」


「言葉のあやだよ」


 ミーヤはとても嬉しそうな表情でドヤ顔をした。

 思わず美咲は苦笑する。

 子どもであるミーヤがやっているから微笑ましさの方が勝っているが、もしこれをしているのが大人だったら、美咲はイラッとしていたかもしれない。

 それでも、気付けば美咲の気持ちは浮上していた。

 もしかしたら、ミーヤは美咲を元気付けるために、あえて道化を演じたのかもしれない。

 そこまで気が回っているとも思えないが、幼い割に聡い子なので、可能性としてはある。

 ルフィミアが扉の取っ手を掴んで回し、手応えがないことに眉を跳ね上げた。


「ねえ、この扉、鍵が開いてるみたいなんだけど」


「そうなんですか? 案外無用心なんですね」


 どうでもいい会話を交わしつつ、美咲はルフィミアと視線を交わす。


「……開けちゃう?」


「さすがにそれは」


 無断侵入をほのめかすルフィミアを、美咲は苦笑して留める。


「何か、私たちが知らない事実を知ることができるかもしれないわよ?」


「それってつまり、家捜しするってことですよね……。さすがに怒られますよ」


 怒られるだけで済めばいいのだが、相手はアズールである。

 見つかったら無断侵入の対価に何を要求されるか分からない。


「おや、儂の部屋に何か御用ですかな」


 背後からしわがれた声をかけられ、美咲は吃驚して振り向いた。

 ルフィミアも先ほどの会話を聞かれたかと心配したようで、気まずそうな顔だ。


「例の件についての打ち合わせだよ」


「おお確かに。時間がありませんからな。そろそろ来るとは思っておりました。ささ、中へどうぞ」


 ミーヤが上手く取り繕って事なきを得る。

 扉を開いたアズールに中に先導されて、美咲とルフィミアは内心胸を撫で下ろした。


「先に皆の顔を見ていい?」


「ええ、構いませんとも」


 本題に入る前の美咲の我がままを、アズールは機嫌よく承諾する。

 部屋の奥の扉を開け、美咲は安置室へ向かう。

 温かな雰囲気であるアズールの私室とは一転して、安置室は寒々しい。

 安置している遺体を保存するためという理由もあるのかもしれない。

 そこには、二十体の遺体が安置されている。

 どれもが見知った顔だ。

 セザリー、テナ、イルマ、ペローネ、イルシャーナ、マリス、ミシェーラ、システリート、ニーチェ、ドーラニア、ユトラ、ラピ、レトワ、アンネル、セニミス、メイリフォア、アヤメ、サナコ、ディアナ、タゴサク。

 誰もが眠っているかのような穏やかな表情で、でも呼吸をしていない。

 明らかに胸は上下していないし、そもそも触ればその肌は冷たい。


「……皆」


 美咲が何も言えないでいると、ミーヤが呟いてぐすっと鼻を啜った。

 彼女たちが美咲にとって大切な存在であると同時に、ミーヤにとっても彼女たちは仲間だ。美咲が悲しんでいて、ミーヤが悲しんでいないわけがない。


「儂の死霊術を継いでくださるなら、あなたをアンデッドにして差し上げますぞ。そうすれば、彼女たちもあなたの手元に戻ってくるでしょう」


 ここぞとばかりに、アズールが売り込みをかけてくる。

 反射的に、美咲は頷きそうになった。

 承諾したくなるのを堪え、首を横に振る。


「駄目です。まだ選択肢が他にあるうちは選べません」


 アンデッド化は本当に最後の手段だ。

 呪刻を解呪できなくて、刻限を迎えざるを得なくなった時のための。

 安易に決断するわけにはいかない。


「カカカカ。それもよろしいでしょう。手段を模索するのは大事なことです」


 骸骨のように落ち窪んだ顔をカタカタ震わせて、アズールが笑う。


「……今日、魔王に挑む。アズール、あなたにはディミディリアが魔王に合流できないよう押さえて欲しい」


「承知しておりますぞ。ただし、戦いになれば相性の問題でいつまでもはお引き受けできません。良くて一レンディアといったところですな」


 久しぶりに出てきた異世界独特の単位を、美咲は頭の中で元の世界の単位に置き換える。


(三時間と二十分……。戦ってこれだけだから、穏便に引き止めたりするのも考えると、四時間くらいはあるかな)


 四時間。

 多いのか短いのか微妙なところだ。


「まあ、一レンディアもあれば十分でしょう。というか、一レンディアかけて仕留められないってことは私たちが負けているも同然だと思った方がいいわ。魔族兵だって来ないとは限らないし、そっちの押さえも必要よ」


 ルフィミアの指摘に美咲はハッとする。

 今までディミディリアの介入ばかり考えていたが、いざ戦い始めれば魔族兵だって来る可能性が高いのだ。


「……ま、そっちは何とかしてあげる。実はこう見えて、魔族と純粋な魔法の撃ち合いで勝負してみたかったのよね、私」


 魔族兵の対応に、ルフィミア自身が志願した。

 こうして、魔王に挑むのは、美咲とミーヤに決定した。



■ □ ■



 アズールにディミディリアへの対応を任せ、美咲はミーヤとルフィミアを連れて魔王城を往く。

 向かうは謁見の間、そして魔王の私室だ。そのどちらかに魔王はいるだろう。

 というかいてくれないと美咲としてはちょっと困る。また探し回らなければならないからだ。

 計画としては、まず魔王を見つけ、アズールの準備が整うまで時間稼ぎをし、アズールがディミディリアと接触したら、その隙に魔王に戦いを仕掛ける。

 美咲とミーヤが魔王と戦う間、ルフィミアはやってくるであろう魔族兵を迎え撃ち、魔王との戦いに邪魔が入らないようにする。

 騒ぎに気付けばディミディリアも魔王の下へ移動する可能性が高いので、その際はアズールが足止めをする。

 大体こんな感じだ。

 いくらアズールが魔将でも肉弾戦特化のディミディリアをいつまでも足止めできるとは思えないし、アズール本人もそれは無理だと明言しているので、美咲とミーヤはディミディリアが来るまでに決着をつけなくてはならない。

 また、ルフィミアも大勢の魔族兵を一人で相手取るには限界があるだろうから、こちらが決壊するのも実質的な時間切れである。

 アズールとルフィミア、どちらが先に抜かれるかは判断が難しいところだ。

 まあもっとも、距離の関係で時間が同じなら、より近い場所で足止めをするルフィミアの方から魔族兵たちが雪崩れ込んでくるだろう。

 この予測は、美咲、ミーヤ、ルフィミアの三人が共有している。

 まずは謁見の間に向かうことにした。

 謁見の間に向かう途中で、ミーヤが足を止めた。

 振り返る美咲とルフィミアに、ミーヤはどこか悄然としながら告げる。


「……魔族兵の足止めに回るの、ミーヤの方がいいと思う。お姉ちゃんと一緒に戦うの、ルフィミアの方が向いてるよ」


 きょとんとした表情を浮かべたルフィミアは、首を横に振ってミーヤの提案を却下した。


「別に、私の魔法なら敵が多数でも纏めて焼き払えるし、魔王城だけあって城自体に対魔法効果が付与されてるみたいだから、私の全力でも壊れる心配はないと思うわよ。さすがに試したわけじゃないから、断言はできないけど」


「でも、ミーヤはこれで魔物さんたちをけしかけることしかできないし、お姉ちゃんの援護もできない。でも、手数だけはあるから防衛戦ならできる」


 どうやら、ミーヤは自分がパートナーとして美咲と一緒に戦うことで、負けてしまわないか心配になったらしい。


「私とルフィミアさん、相性が悪いわけじゃないけど、良くもないと思うよ」


「……え?」


 美咲の言葉に、ミーヤは驚いて俯きがちだった顔を上げた。

 ルフィミアも意外そうに美咲を見る。


「支援魔法は私には効果ないし、移動も小回りが利かないから、攻撃ならともかくルフィミアさんをピンポイントで庇うのは難しいと思う。それに、ルフィミアさんに失礼なこと言いますけど、魔王にとってはミーヤちゃんもルフィミアさんも、倒そうと思えば簡単に倒せてしまうと思う」


「まあ、不本意だけど、ブランディールの奴に負けた私に反論はできないわね……」


 苦い表情で、ルフィミアは自分の髪の毛を手で払い、苛立たしげに舌打ちした。


「身体能力はどうか分かりませんけど、少なくとも魔法の腕は今までの敵の中で間違いなく一番凶悪なはずです。むしろ、いったん私と一緒に動いておいて、ミーヤちゃんはルフィミアさんかアズールのどちらかが突破された時にそれを押さえる方に回った方がいいかもしれません」


「ああ、そうか。その方が確かに時間は稼げるわね……」


「もちろん、ミーヤちゃんが納得できればだけどね」


「……ミーヤ、やる。魔物さんを足止めに振り分ければいいだけだから、それくらいなら簡単にできる」


「うん。もしもの時は、お願いね。死んだら元も子もないから、無理しないように」


 美咲が最後にそう締め括ると、何故かミーヤとルフィミアに何か言いたげな視線を向けられた。


「……それ、お姉ちゃんにブーメランしてるよ」


「そうね。魔王と戦うって時点で、一番無理するのが確定してる立場よね」


 ジト目のミーヤと苦笑するルフィミアに、美咲は曖昧に笑って誤魔化すしかない。

 魔法が効かない体質故に魔法を恐れる必要はないとはいえ、魔王は身体能力も未知数だ。

 強化魔法を打ち消した後で、どれだけ素の身体能力が残るか、それが問題だ。

 それでも、ここを乗り越えなければ先には進めないのだ。


(……行こう)


 決意を新たに、美咲は歩みを進めた。


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