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美咲の剣  作者: きりん
六章 守るべきもの
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二十九日目:終わりの始まり3

 相談した結果、美咲だけが入ることになった。

 何があるか分からないし、最悪の場合魔法で先制攻撃される恐れもないわけではない。

 美咲を魔将に据えた以上、殺そうとする可能性は低いだろうが、それでも警戒するに越したことはないはずだ。

 一度大きく深呼吸をした美咲は、扉の前でノックをしようとして、先んじてかけられた声に飛び上がった。


「用があるなら入れ。鍵は掛けていない」


 思わず美咲は振り向いて、仲間たちを凝視した。

 ミーヤが両手を握り締めて、口パクで『頑張れ!』と応援している横で、ルフィミアも壁に背を持たれて美咲に小さく手を振った。


「何かあればすぐに私たちも突入するから、行ってきなさい」


 虫娘のニーナも心配そうに美咲を見つめているし、狐娘のエウートもつんとそっぽを向きつつちらちらと美咲を窺っている。

 ルカーディアは目を細め、腕を組んで下半身でとぐろを巻いては少し移動してを落ち着きなく繰り返している。

 羊娘のカネリアと人魚娘のマリルがそわそわとし、年長のエリューナとミトナが泰然と構え、メイラは一人では動きが物凄い遅いルゥを抱えている。

 ルフィミアの言葉に背を押される形で、美咲は魔王の私室の扉を開いた。

 魔王の私室は、案外簡素だった。

 質実剛健とでもいうのか、華美ではないしおどろおどろしくもない。

 机とベッド、後は最低限の家具だけが置かれていて、宛がわれたばかりで殺風景な美咲の部屋といい勝負だ。

 いや、美咲の部屋はミーヤやルフィミア、ニーナ、エウート、ルカーディア、カネリア、エリューナ、メイラ、マリル、ミトナ、ルゥが必ず一人は入り浸っているし、皆が皆好き勝手に家具を置いたり小物を飾ったりしているので、殺風景な部屋とはいえない。

 何しろ美咲以外でも総勢十一人と中々の数だ。一人一個と考えても十一個。実際意識して思い出せば、美咲の部屋の華やかさはこの魔王の私室とは全然違った。


「何の用だ」


 俯きがちに魔王の私室に入った美咲は、かけられた声に顔を上げる。

 男の声のようにも聞こえるし、女の声のようにも聞こえる。

 性別というものが分からない不思議な声だった。

 中性的というよりも、男女別々の声が一度に同じ声として聞こえてくるかのような。


「……相談があります」


「言ってみるがいい」


 自らの服に手をかけて一瞬躊躇した美咲は、大きく息を吸い込んで上半身をはだけた。

 むき出しになった鎖骨や腹には、びっしりと黒い刺青のような死出の呪刻が刻まれている。

 胸はブラジャーで見えないが、乳房にももちろん死出の呪刻は刻まれている。

 顔以外は、手から足の先まで、死出の呪刻が刻まれていない箇所などない。


「この死出の呪刻を解除していただきたいのです。このままでは、私は明日までの命。魔将を拝命しても魔王陛下のお役に立つことができません」


 憎き魔王にへりくだるのは、憤懣やるかたなくて、美咲は臣下の礼を取りながら、歯軋りしそうになるのを堪えた。

 今すぐ斬り掛かりたい衝動を鎮める。

 美咲にとって、魔王はセザリーたちを殺した相手だ。

 セザリー、テナ、イルマ、ペローネ、イルシャーナ、マリス、ミシェーラ、システリート、ニーチェ、ドーラニア、ユトラ、ラピ、レトワ、アンネル、セニミス、メイリフォア、アヤメ、サナコ、ディアナ。

 彼女たちは、ヴェリートで美咲とミーヤを逃がすために戦い、死んだ。タゴサクも。

 そして今は、皆死体となって死霊魔将アズールのところにいる。

 思い出せば思い出すほど、美咲は己の表情が険しくなっていく自覚があった。

 憎悪、憤怒、殺意、そんなどろどろとした感情が、蓋をして閉じ込めた底から溢れそうになるのだ。

 けれどもう、感情に任せて魔王を恨んでいればいい時間は過ぎてしまった。

 魔王を倒せるか分からない。そもそも魔王を倒しても、呪刻が解除されない可能性だってある。

 まだまだ不透明な事実が多いのに、美咲の命は今日と明日で終わってしまう。

 例え憎い相手でも、可能性がある限り縋るしかない。

 憎い相手だが、美咲の今の仲間には魔王を慕う者もいる。

 今の美咲にはもう、感情に任せて魔王を殺そうとすることはできない。

 それが、死んでいった皆に申し訳なかった。


(……ごめんなさい)


 魔王を殺したいのではなく、美咲は死出の呪刻を解きたいだけなのだ。だからこそ魔王を殺そうとしていたのであって、殺さずとも解除できるなら無駄な危険を冒す必要はない。

 本当に、美咲にとっては憤懣やるかたないが。

 固唾を飲んで、美咲は魔王の返答を待った。



■ □ ■



 返ってきたのは、美咲にとっては意外で、でも既に告げられたのと同じ言葉だった。


「悪いが、それはできぬ」


「……どうして!」


「その呪刻は、私が刻んだものではない故に」


「……は」


 思わず、美咲は乾いた笑いを漏らしてしまう。

 またそれだ。

 自分は関係ない。何もしていない。そんな、知らん振りをする言葉ばかり。

 なら他に誰がいるというのだ。

 死霊魔将アズールか?

 技術的には可能だと聞いている。

 しかし彼は現在美咲の協力者だ。

 魔王を討つために利害が一致した仲。

 自分が刻んだのなら、今になってまでそれを隠し通すとは思えない。

 用済みになったら始末するためといえば理屈は立つかもしれないが、美咲はアズールから死霊術の継承を持ちかけられている。

 始末するのを前提とした者にそんなことをするはずがない。


「なら、他に誰がいるっていうんですか。それともあれですか。部下にやらせたから自分は違うなんて、そんな虫唾が走ることでも言うつもりですか」


 沸き立つ美咲の内心を反映して、美咲が魔王にかけた言葉はかなり攻撃的だった。

 ピリピリとした敵意を向けられて、魔王がため息をつく。


「敵対心に任せてものを言うのはやめろ。見えるものも見えなくなるぞ」


 歯を食い縛った美咲に、魔王は挑発するように嘲笑する。


「それとも、私が元凶だと決め付けて、殺して確かめるか。命掛けで守った主君がこれでは、死んでいった者たちも浮かばれまい」


 もう、美咲は我慢出来なかった。


「お前が、それを言うの……?」


 苦労して紡ぎ出した声は震えていた。

 胸の底で、灼熱のマグマがぐつぐつと煮え滾っているのを美咲は感じた。

 激しい怒りが、激情となって荒れ狂おうとしている。

 よりにもよって、皆を殺した張本人である魔王に、そんなことを言われる筋合いなど、ない。


「殺してやる……!」


「百年早い」


 溢れ出した怒りに任せて抜剣し、駆け出した美咲を、魔王は悠然と迎え撃った。

 たった、指一本。

 それだけで、美咲の剣は固い金属音と共に弾かれ、唇を噛んで二撃目を繰り出そうとして──美咲の視界が回った。

 遅れて、身体全体に衝撃。

 何かを勢いよく床に叩き付けたかのような、大きな音がした。

 視界がちかちかと明滅し、一瞬意識が遠くなり、すぐに覚醒して身体全体に痛みが走る。

 肺から空気が搾り出され息が詰まって、美咲は身体をくの字に折り曲げて激しく咳き込んだ。


「頭を冷やせ。今のお前では、話にならぬ」


 響いた音に驚いたのだろう。扉が開いて、ニーナたちが慌てて部屋の中に飛び込んできた。

 倒れた美咲と悠然と立つ魔王を見比べ、彼女たちは戸惑った表情を浮かべる。


「へ、陛下! ご無事ですか!? 一体何が!」


「何もありはしない。彼女を連れて帰れ」


 ニーナたちは美咲ではなく、魔王の身を案じ、説明を求めた。

 それが、美咲に現実を突きつける。

 部下になっても、仲良くなったように見えても、彼女たちにとっては、結局美咲よりも魔王の方が優先順位が上なのだ。

 美咲を抱き上げたのは、ルフィミアだった。


「……ごめんなさい。やっぱり、一人で行かせるべきじゃなかったわ」


「何があったの!? 何でお姉ちゃんが倒れてるの!?」


 ミーヤが子どもらしい向こう見ずさで、魔王に詰め寄る。


「私は身を守っただけだ。彼女が攻撃を仕掛けてきた。事情が事情故咎めるつもりはないが、お前たち、彼女を一人で行動させるなよ」


「ハッ!」


 魔族兵らしく、ニーナ、エウート、ルカーディアの三名は打てば響くような反応の早さで魔王の指示を受け入れる。

 従軍経験があるエリューナとミトナもほぼ変わらない態度だ。

 さすがに、カネリア、メイラ、マリル、ルゥの四人はおろおろとして他の五人の真似をしているだけなのが丸分かりだが。

 ミーヤを摘み上げた魔王が、美咲の側に放る。

 目を丸くしてころんと転がったミーヤが、驚いて泣き出す。

 ルフィミアに抱えられ、美咲は魔王の私室から廊下に出る。

 ぐすぐす鼻を啜るミーヤが美咲とルフィミアの後を追いかけ、ニーナ、エウート、ルカーディア、カネリア、エリューナ、メイラ、マリル、ミトナ、ルゥの九人がそれに続く。


「頭を冷やしたらまた来るがいい。次は建設的な話が出来ることを期待する」


 そんな魔王の言葉を最後に、扉が閉まった。


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