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美咲の剣  作者: きりん
六章 守るべきもの
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二十八日目:前夜1

 アンデッド化は本当に最後の手段ということにした美咲だったが、問題はまだ山積みだ。

 残る一番の問題は、魔王と死霊魔将アズール、どちらが死出の呪刻を美咲に刻んだのかということ。

 正直に聞いてもはぐらかされることは、既に過去のやり取りで証明されている。

 確かめるには、倒すしかない。

 倒して呪刻が解除されれば術者ということになるし、そうでなければ無関係ということになる。

 当たっていればいいが、もし外れていたら大変だ。

 美咲は全くの見当違いで、魔将、あるいは魔王を手にかけたことになるのだから。


(魔王と、アズール。死出の呪刻の術者である可能性としては、どっちが高いかな……)


 既に時刻は夜。

 クイーンサイズのベッドに、ミーヤと二人で寝ている。

 本来ならミーヤにも部屋が宛がわれているのだが、肝心の部屋美咲の部屋とは正反対の位置で、遠過ぎてミーヤ本人が離れるのを嫌がったのと、美咲自身も自分の目の届かないところでミーヤに何かあったらどうしようという懸念があったので、ミーヤは本人の希望通り美咲の部屋で寝泊りすることになった。

 ちなみにルフィミアたちは隣の使用人控え室で休んでいるのと、部屋の前での夜番に務めているのとで別れている。

 交代制で寝ずの番をするらしい。

 そこまでしなくともと美咲は思ったのだが、全員表情が真剣だったので嫌とは言えなかった。

 実際、嫌というわけでもなかった。

 大切に扱われているというのが分かるからだ。

 だからこそ、魔王を倒すというのは多くのリスクが伴う。

 おそらく、賛同してくれるのはミーヤとルフィミアだけだ。

 他のニーナ、エウート、ルカーディア、カネリア、エリューナ、メイラ、マリル、ミトナ、ルゥの九人は猛反発するだろう。最悪敵に回るかもしれない。


(嫌だな……。それは、嫌だ)


 美咲は胸が縮み上がるのを感じた。

 少し可能性を考えただけでこれだ。

 皆に嫌われる。憎まれる。恨まれる。信頼の視線が侮蔑に変わる。

 それが、とんでもなく恐ろしい。


(だけど、魔王は皆の仇なんだから)


 魔王を殺せば反発は凄まじいだろう。

 そんなことは分かっている。

 しかし、美咲の中には魔王への憎悪と殺意が今もなお渦巻いているのも、確かだった。

 そして、双肩には死んでいった仲間の想いを背負っている。

 平和のために、戦争を終わらせてくれという願いが。

 人族の救世主、英雄になるという夢が。

 元は、ルアンのものだった夢。


(……ルアン。あなたなら、どうしたのかな)


 もはやあり得ることのないイフを考えてしまう。

 もし、ルアンが死んでいなければ。

 もし、今も美咲の隣にルアンがいたならば。

 結末は、別の形を迎えただろうか。

 ハッピーエンドか、バッドエンドか。

 未来は不透明でまだ分からないけれど。

 美咲の旅の終わりは、確実に近付きつつあった。

 意識が闇に吸い込まれる。

 いつしか、美咲は寝息を立てていた。



■ □ ■



 同じ頃、牛面魔将ディミディリアは魔王の私室を訪れていた。


「……で、どうするのよこの状況」


 ため息をつくディミディリアは、呆れたように魔王を睨んでいる。


「何のことだ?」


 対する魔王は椅子に座り、ワイングラスを片手に匂いを楽しむ余裕を見せ付けている。

 己の獲物であるハンマーを腰に括りつけている以外は、ディミディリアの服装はラフだった。

 防具はつけていない。

 それが必要なほどの敵が魔王城にいるはずがないし、ディミディリアならば防具などなくとも頑強な肉体が天然の鎧となり得る。


「しらばっくれないで。美咲ちゃんのことよ」


 ディミディリアがその名を口にした瞬間、魔王の口元に浮かんでいた笑みが消える。


「放っておけば、あの子は絶対あなたを殺しに来るわよ。あなたを殺して、死出の呪刻を解除しに」


「無駄なんだがなぁ」


 嘆息した魔王の姿は、以前ヴェリートに現れたものとは違っていた。

 あの姿は変身した姿だ。むしろ、今の姿が本当の姿である。

 魔王と最も長い付き合いであるディミディリアは、魔王の本当の姿を知っている。


「殺しておけば良かったのよ。後腐れなく。そうすれば、こんなことにならなかったかもしれないのに」


 ため息をついたディミディリアに、魔王は愚痴っぽく言う。


「それが出来たなら、とうにしている。殺そうと思えばいつでも殺せたんだ」


「そうやって余裕ぶっこいて、気付いたら情が移って殺せなくなってるのが今じゃないの。どうすんのよ。状況こんがらがりまくってるわよ」


 ジト目を向けるディミディリアに、魔王は不機嫌そうに唸った。


「……何とかして、あの子の呪刻を解呪する」


「どうやって?」


「何とかは、何とかだ」


 苦し紛れに言っているのが丸分かりである。

 呆れた表情を浮かべたディミディリアは、魔王の額を小突いた。

 まだお互い魔王でも魔将でもなかった頃からの癖だ。


「そんなふわっふわな手段で上手くいくわけないでしょ。それに大体、どうしてヴェリートであそこまで殺したのよ。あれで余計に拗れてるじゃない」


「それはお前が情を捨てろというから……」


 暗に「お前のせいだ」とでも言いたそうに不服そうな顔の魔王に、ディミディリアの額に青筋が浮かぶ。


「ええ、そうね。取り返しがつかなくなるほど情が移る前に、情を捨ててあの子も含めて全員抹殺しろって私はアドバイスしたわね。……なのにあの子だけ逃がしたら意味ないでしょこのすっとこどっこいが!」


「分かっている。既に取り返しがつかなくなっていたことに気付かなかった私の落ち度だ」


 脱力して深いため息をついたディミディリアは、眉間の皺を揉みながら魔王に尋ねた。


「……これからどうするつもりなのよ?」


「ブランディールに殺された人間の女魔族語使いの件がある。ルフィミアと言ったか。彼女のように、あいつらをアンデッドとして蘇らせる」


「でも、術者のアズールは、あいつはあいつで腹に一物抱えてるわよ」


「承知の上だ。それに奴が何か細工をしていても、あの子が自分で何とかするだろうさ」


「……もう、いっそのこと後腐れなくあの子は殺しましょう。その方が絶対いいわよ」


「却下だ。私にあの子は手を下せない。誰かが下そうとすれば絶対に邪魔したくなる。代償は大きかったがようやく自分でも理解した」


 答える魔王には迷いがない。


「私達が何もしなくても、二日もすれば勝手に死んでしまうのに?」


「呪刻の期限が来る前に、全兵力を挙げてあの子を召喚した国を落とす。あの国のどこかに、呪刻を刻んだ術者が潜んでいるはずだ。見つけ出して必ず殺す」


「それ、公私混同な上に、砂漠の中から一粒の砂を探すようなものだってこと、分かってる?」


 魔王はそっと目を逸らした。

 さすがに自覚しているようだ。


「遠見の魔法であの子をずっと観察している者がいる。気付いているな?」


 話題を変えた魔王に、何か言いたげにしつつもディミディリアは従った。

 変わった話題事態も、無視できるものではなかったからだ。


「……そうね。出会った時から気付いてるわ。でも、あの子自身は全く気付いていないようだった」


「気付いて欲しくないんだろうさ。距離が遠過ぎて、私でもいまいち術者の居場所が掴めんからな」


 魔王であってもあまりにも遠い距離に手を焼かされている。

 相手も同じはずなのだが、それでも遠見の魔法で覗き見が出来ていることを考えると、何か媒介があるようだ。

 それも手っ取り早く魔法をかけるのではなく、美咲の魔法無効化能力に無効化されないように、魔族文字を刻むという手の込んだ方法で作られたものが。

 同時に、その事実は術者が美咲が異世界人であることを熟知している事実を指し示している。


「……いっそのこと、殺されてやるのもいいかもしれんな」


「止めなさい。あんたが背負ってる魔王って称号はそんなに軽いものじゃないはずよ?」


「好きで背負っているわけじゃない。あの人への義理で継いだだけだ。あの人も私も、そんな器じゃなかった」


 魔王のいうあの人とは、先代魔王のことだ。

 今代の魔王は先代魔王に見出され、魔王という称号を受け継いでいる。


「あの子の仲間を皆殺しにした。その時点で、後戻りは出来なかった。するつもりもなかった。時間稼ぎも許さなかった。バルトの奴も瀕死で満身創痍。追いかけようと思えば、簡単に追いつけたんだ。……だが、最後の最後で決心が揺らいだ」


 当時のことを思い出す魔王の口元に、明確な自嘲が浮かぶ。


「母親みたいに懐かれていたことを思い出したら、私自身が動けなくなってしまったよ。最後の最後でな。取り返しがつかなくなるまで自身の情の深さに気付かなかった」


 変身していた姿ならいざ知らず、本当の姿である今の魔王は人型だ。それも、女性。

 つまり、魔王は美咲に母性を抱いてしまったことになる。


「兆候はあったんだ。ブランディールの奴を助けなかった。あの子が勝てるはずがないと思って、直接手は出さなかった。しかしあの子は勝った。思えば、私は心のどこかで、この時既にあの子を殺したくないと思っていたのかもしれん。奴には悪いことをしたな。我ながら、愚かな女だ」


「あなた……」


「分かっている。分かっているんだ。既に行ってしまった過ちをやり直す術などない。中途半端な行いは、やがて私自身に刃となって帰ってくるだろう。だから、頼みがある」


 魔王は、ワイングラスを置くと真剣な表情でディミディリアに向き直る。


「もし、私が死んだ時は──」


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