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美咲の剣  作者: きりん
六章 守るべきもの
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二十八日目:アズールに差し入れ1

 そんなわけで、まさかのアズールに対して差し入れを行うことになった。

 正確には、差し入れする名目でアズールと会って、色々情報を聞き出してしまおうという作戦だ。


「あいつ、あんななりして甘い物好きだから。菓子店で何か調達するといいわよ」


 ディミディリアが笑いながらアドバイスをする。


「前から思っていたけれど、あいつアンデッドなのに、どうして甘い物好きなのかしら。味なんてほとんど分からないはずなのに」


 訝しげな表情のルフィミアに、ディミディリアは皮肉げに肩を竦めた。


「さあ? 私は死霊術については専門外だから知らないわ。本人に聞いてみたらどう?」


 アズール自身に尋ねて果たしてどんな結果が出るのか、美咲には予想もつかない。


「答えてくれますかね……」


「答えないならミーヤがやっつける!」


 勇ましいミーヤは可愛いし、正直美咲もアズールに関してはやっつけた方が手っ取り早いのではないかと思う。

 とはいえ今の状況で本当にやっつけるわけにもいかない。

 そんなことをすれば美咲は魔王と戦う前にお尋ね者に逆戻りだ。

 そうなればもう一刻も猶予がないからそのまま魔王に挑まなければならない。

 一人だけでも勝てる見込みが薄いのに、二連戦。無理だ。


「いっそのことやっつけたいのは同意だけど、今は一応味方だから……」


 しゅしゅしゅと可愛らしくシャドーボクシングみたいな行為をしているミーヤに毒気を抜かれつつも、美咲は苦笑してミーヤを諌める。


「嫌われてるわねー。あいつ。いい気味だわ」


 にやにやと笑うディミディリアは、本当に嬉しそうだ。

 その態度に疑問を抱いたニーナが尋ねた。


「そういう牛面魔将様も嫌ってらっしゃるんですね」


「陰険な奴だからねー。他人が嫌がることをするのが大好きなのよ」


 辟易した様子を隠さず、ディミディリアは吐き捨てる。

 どうやら本当に嫌いらしい。


「それはとても良く分かります。……あいつ、私の死んだ仲間たちの遺体も全員分回収してました」


 死霊魔将の私室で安置されていた遺体を思い出した美咲は、人知れず拳を固く握り締める。


「早く取り返した方がいいわよ。あいつに弄ばれる前に」


「……はい」


 ディミディリアに言われるまでもなく、美咲はそうするつもりだった。

 懸念は既に弄ばれている可能性が高いことだが、だからといって今すぐ向かったところでアズールが美咲の言うことを聞くとは思えない。

 というか下手に弱みを見せれば何を吹っかけられるか分かったものではない。


「まあ、その時は私達も手伝うから、元気出しなさいよ」


 励ましを受けて、美咲の目が潤む。


「エウートちゃん……ありがとう」


「別に、礼なんて要らないわよ。今はアンタの部下なんだから」


 若干照れている様子のエウートに微笑ましいものを感じつつ、ルカーディアも協力を申し出る。


「そうね。私も力になるわ。人間というのが少し気に食わないけれど、美咲ちゃんのために戦ったのなら良い人間よね」


「……ええ。私なんかのために命を賭けてくれた、優しくて、それしか教えてあげられなかった悲しい人たちでした」


「えっと、どういうことですか?」


 直球に洗脳のことを言えなかった結果の不自然な言い回しに、カネリアがきょとんとした表情を浮かべる。

 軽く深呼吸をした美咲は、思い切って説明する。


「皆なら知ってると思うけど、隷従の首輪っていうのがあるでしょ?」


「まさか……」


 さすが年の功か、その単語だけである程度の予測がついたらしいエリューナが顔色を変える。


「皆、それで頭の中を滅茶苦茶にされた被害者だったの。記憶も何もかも全部書き換えられて、それが何度も行われてたから出会った時には皆酷い状態で。……何とか正常な状態に戻そうとしたんだけど、安定させるためには誰かに依存させるしかなくて」


「……胸糞悪い話ね」


 顔を伏せて語る美咲の横で、メイラが舌打ちをする。


「それで、私に依存させたの。私も、魔王討伐を共にしてくれる戦力が必要だったから。故郷に返そうにも、その故郷がどこか本人たちすら分からない状態で、放り出すのも忍びなくて」


 マリルが美咲に尋ねた。


「ミーヤちゃんも、その人たちのこと、知ってるの?」


「うん。会ったことも、話したこともいっぱいあるよ。一緒に旅してた。ヴェリートまでだけど」


 返答したミーヤに、今度はミトナが質問をする。


「ヴェリートというと、最近人族軍に奪い返された街よね?」


「でも、ミーヤ達がヴェリートに入った後、魔王が現れて……ミーヤとお姉ちゃんを逃がすために、全員残って魔王と戦ったの」


「それで死んじゃって、その死体が死霊魔将様に回収された……そういうことなんだね」


 当時のことを思い出して涙ぐむミーヤを、ルゥがよしよしと軟体の腕というか触手を伸ばして慰める。

 湿っぽくなった雰囲気を吹き飛ばしたのはルフィミアだった。


「悲観することばかりじゃないわ。自分で言うのもなんだけど、私は今こうしてここに居る。その子たちだって、アンデッドになっても取り戻しさえすれば、美咲ちゃんならアズールの支配から解き放てるじゃない」


「でも……」


 まだどこか迷っている様子の美咲に、ルフィミアは笑いかける。


「確かに、アンデッドになって不便なことも増えたわ。味覚はほとんど無くなっちゃったし、痛覚も鈍くなって怪我をしても気付きにくくなった。でも、悪いことばかりじゃないのよ。こうしてまた、美咲ちゃんと会えたんだもの」


「……ルフィミアさん」


 目を潤ませた美咲に、ルフィミアは今更自分の言動が恥ずかしくなって顔を赤くした。


「ああもう、泣くんじゃないの! 湿っぽいのは苦手なのよ私! さっさと甘味買いに行くわよ!」


「話は終わった? じゃあ、行きましょうか」


 事態を観察していたディミディリアがそっとハンカチを己の懐にしまい、クツクツと笑った。



■ □ ■



 美咲は王都の甘味専門店には行ったことがないから比較はできないが、魔都の甘味専門店は元の世界と比べても遜色ない品揃えと盛況振りだった。

 ケーキに始まり、焼き菓子、ドライフルーツ、ジャム、ゼリーなど、異世界でも美咲が見てそれと判別できるものが多く、店内は終始甘い匂いで満ちている。

 一つの項目に絞っても種類が豊富で、ケーキだけでも色取り取りだ。

 ショーケースに並んでいるケーキの前にはどんなケーキか説明が書かれている札が置かれているのだが、当然魔族文字なので美咲には読めない。


「これ、何のケーキ?」


「ああ、それ? 生クリームのケーキだよ。上に乗ってるのはパーリンとビラネリとピエラだと思う」


 一つのケーキに目を留めた美咲に、ニーナが説明をしてくれる。


(ピエラは分かる。みかんみたいなやつだ。他二つは……なんだろう? 聞き覚えはあるんだけど)


 美咲は首を傾げてニーナが教えてくれたケーキを見つめた。

 パーリンは赤い果実で、綺麗にカットされている断面は僅かに桃色掛かっている。

 対するビラネリは親指の爪ほどの大きさの黒い粒々で、皺くちゃになった楕円形のドライフルーツだ。


(あ、分かった。これ、多分桃と干しぶどうだ)


 思い出した美咲は得心がいった。

 以前、パーリンは果実を絞ってジュースにしたのを飲んだことがある。

 濃厚な桃の味がするジュースだった。

 ビラネリの方はパンに練りこまれた状態で食べた。まんまレーズンパンだった。


「ところで、同じケーキが二つ並んでて、見た目全く同じなのに値段が違うっぽいんだけどどうして?」


「ああ、それ? 使ってるクリームが違うのよ。高いのはグルダーマの乳から作った生クリームで、安いのはグラビリオンの体液から作った生クリームだから」


 エウートの説明を聞いた美咲は凍りついた。


(聞かなきゃ良かった……)


 せっかく来たのだから、差し入れ用のものだけでなく、自分たちで食べる分も買いたい。

 とはいえ手持ちの金に余裕があるわけでもないから、美咲としてはわざわざ高いものよりも安いもので済ませたい気持ちも強かったのだが、グラビリオンが原材料と聞いて二の足を踏んでしまう。


「グラビリオン! 安いのは全部グラビリオンなの!?」


「そうよ。ミーヤちゃんはグラビリオンが好きなの?」


「うん! グラビリオン大好き!」


 目を輝かせたミーヤに、ルカーディアが尋ねて返ってきた元気な返答に表情を緩ませている。

 どうやら、人間が嫌いだったルカーディアは、美咲に続いてミーヤにまで絆されてきているらしい。

 美咲としては気持ちは十分分かるし、良い傾向だと思うので歓迎している。


「ところで、グラビリオンって文字はどれかな……?」


「甘味としてはポピュラーな材料ですから、そこら中にありますよ。あれとかそれとか」


 引き攣った笑顔で尋ねた美咲に、美咲がグラビリオンを苦手としていることに気付いていないカネリアが浮ついた笑顔で答える。

 どうやらカネリア自身も甘味を目の前にして舞い上がっているようだ。

 そんなところは完全に年頃の少女である。まあ精神的には年頃の少女そのものなので何もおかしくはない。


(待って。ちょっと待って。教えてもらった文字、本当にあちこちにあるんだけど)


 目を皿のようにしてショーケースの魔族文字を見る美咲は戦慄した。

 クリームを使っているケーキで安いものは全部グラビリオンクリームを使っている。

 クッキーなどでもクリームをサンドしているもので安いものは全部グラビリオンクリームを使っている。

 マドレーヌでクリームでデコレーションされているもので、安いものはやはりグラビリオンクリームを使っている。

 つまり、美咲が何を言いたいのかというと。

 クリームが使われている菓子で美咲が買えるものは全てグラビリオンが材料に使われているということだ。

 ふらっとよろめく美咲は、目の前のいかにも甘くて美味しそうなクリームが盛られたケーキが芋虫の体液を盛ったケーキだということを想像して、顔色を青くする。


「だ、大丈夫?」


 見かねたエリューナが近付いてくるのを手で制す。


「大丈夫です。ちょっと立ちくらみがしただけですから」


 グルダーマは牛のようなものだということを、美咲は知識として知っている。

 その乳から作る生クリームならば、美咲の知る生クリームとほぼ同じだろう。

 美咲はできればそっちがいい。

 でも、高い。同じケーキでも、クリームが違うだけで値段が倍近く違うのだ。

 実際、陳列されているケーキで数が多いのはグラビリオンクリームの方だし、次々買われていくのもグラビリオンクリームの方だ。


「とりあえず私達は買ったから、美咲も早く買えば?」


 メイラがいつの間にか紙箱を手にしていた。

 グラビリオンショックを受けている間に、他の皆は買い物を済ませていたようだ。

 見れば、美咲とミーヤ、ルフィミア以外の全員が自分の分の買い物を済ませているようだ。

 よく考えれば、美咲が買う必要があるのはアズールへの差し入れの分と、自分、ミーヤ、ルフィミアの分くらいである。

 他の皆は自分の手持ちの金があるのだ。

 全て自分で面倒を見なければいけないと思っていた美咲の早とちりだった。


「えへへ、奮発しちゃいました。シーフルーツのケーキ、大好きなんです」


「甘味なんて久しぶりだわ」


「早く食べたい」


 マリル、ミトナ、ルゥの三人も思い思いにケーキを購入したようで、満足げにしている。


「お姉ちゃん、ミーヤ、グラビリオンのケーキがいい!」


「別に私の分まで買わなくてもいいのに……でも、ありがとう」


 残るミーヤとルフィミアの分、そしてアズールの分のグラビリオンケーキを選びながら、美咲はこっそり自分だけグラビリオンでない方のケーキを買い込んだ。


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