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美咲の剣  作者: きりん
六章 守るべきもの
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二十八日目:お買い物1

 聞き込みの結果、ディミディリアは魔都に出ていることが分かった。

 道理でいくら魔王城を探しても見つからないわけである。


「私たちも行こうか。居ないって分かった場所にいつまでもいるのも何だし」


 美咲がとりあえずの方針を告げると、ミーヤが真っ先に挙手をする。


「ミーヤ観光したい!」


 完全に遊び気分になっているミーヤを、美咲は微笑ましく思いながら見つめる。

 正直に言えば、美咲としては遊んでいる場合ではないのだが、それを口にすることはしない。

 それに、呪刻の期限のことを考えると気が滅入るので、少し現実逃避したい気持ちもあった。


「さすがにそんな時間はないんじゃないかしら」


 ルフィミアが、美咲に心配そうな視線を向ける。

 自分を気にかけてくれることを嬉しく思いつつ、美咲は笑顔で首を横に振った。


「観光だけっていうなら確かに時間がもったいないですけど、ディミディリアを探すついでなら構いませんよ」


 これは美咲の本心だ。

 逸る気持ちが無いといえば嘘になるが、観光したいという気持ちだってないわけではない。

 この心理は、テスト前それどころではないのに何故か遊びたくなる心理と似ているかもしれない。

 事の深刻さは段違いだが。


「あ、私もしてみたいです。初日は環境に慣れるので精一杯で、それどころじゃなかったですから」


 美咲本人が賛成したことで、様子を窺っていたニーナも諸手を挙げて賛成した。

 どうやら羽を伸ばしたかったようだ。


「まあ、美咲がそれでいいならいいんじゃない? 観光しながら探索で。のんびり行きましょ」


 エウートも皆が賛成している状況で異論を挟むつもりはないらしく、同調する。

 それでも迷っている者はいるようで、本当にいいのかと視線で問い掛けてくる彼女たちに、美咲は苦笑して肩を竦める。


「私の故郷のことわざで、急いては事を仕損じるとか、急がば回れとかいうのがあるんです。急がず焦らずじっくり準備するべきだとか、そういう意味だったと思います」


 美咲が口にした日本のことわざに、ルカーディアが食いついた。


「そうなの? 魔族の間にもそういうことわざはあるわよ。『魔法の詠唱は早口でいうべからず』。意味は美咲ちゃんがいったことわざと大体同じね」


 さすが年上なだけあって、ルカーディアは中々知識が豊富なようだ。


「何気に魔族のことわざって魔法関係が多いんですよね。『そよ風の魔法は死を運ぶ』とか」


 案外基礎教育はされているのか、カネリアも結構知識があるようだった。


「何よその不吉なことわざは」


 さすがのルフィミアも、魔族語は扱えてもことわざについては知らないらしく、唖然とした表情を浮かべている。


「何気ないことでも、後で大きな災いの原因となるというのを警鐘する例えよ」


 さらりとエリューナがカネリアが口にしたことわざの解説をする。


「詳しいねー」


 興味津々な表情で解説を聞いたミーヤが感嘆した。


「伊達に歳は取ってないってことよ、分かった? おちび」


「どうしてあなたが自慢そうな顔してるの……?」


 ドヤ顔のメイラへマリルが突っ込みを入れている。


「ミーヤちびじゃないもん!」


 ちび呼ばわりされてミーヤがむくれた。


「さて、どこに行く? 人を探しながら観光するにしても、何か手掛かりくらいは欲しいものだけど」


 それかけた話題をミトナが元に戻し、行き先の相談を再開させた。


「身体を動かす施設とかありませんか? やっぱりあの体躯だし、トレーニングとか日常的にしてそうですし」


 美咲も元の話題に軌道修正して、ディミディリアの行き先を予想できないか考える。


「ルゥね、水に入りたい!」


「……お風呂?」


 元気よく意見を表明したルゥに、美咲はきょとんとした顔を向ける。

 苦笑して、ルフィミアが首を横に振る。


「それはもっと日が傾いてからにした方がいいでしょ。まだ明るいわ」


「だよねー」


 ミーヤも同意見なようで、少しおしゃまに同意する。


「とりあえず歩きながら考えませんか?」


 ニーナがひとまず行動することを提案した。

 美咲としても異論はない。

 このまま立ち止まって話していても、時間は流れていくのだ。

 同じ意見らしいエウートも賛同した。


「そうねえ。適当でも歩いて、気になった店とか施設があれば覗いてみるとかでもいいんじゃない?」


 反対する理由もないようで、エウートに続きルカーディアも同調する。


「行き当たりばったりだけど、その方がいいかもね。まずはとにかく情報が欲しいわ」


 軍人組の三人が話し合っている間、そわそわしていた様子のカネリアが思い切って手を上げた。


「わ、私お買い物したいです! 魔都で流行してるファッションとか興味あります!」


 苦笑したエリューナがカネリアを窘める。


「カネリア、遊びじゃないんだから……」


「構いませんよ。それなら私も興味ありますし」


 美咲は笑ってカネリアとエリューナに話しかける。

 今までそれどころではなかったし、今もそれどころではないのだが、美咲だって女の子だ。

 お洒落にはそれなりに気を使いたい。

 気持ちは分かるつもりだ。


「じゃあ決まりね。私も実は服が欲しかったからちょうどいいわ。避難所でいくらか支給されたけど、ダサいのよ。何で魔都なのにあんなダサい服着なきゃならないのかしら」


 メイラが髪をかきあげ、満足そうに笑う。

 どうやらメイラは元々服装にこだわる性質のようで、避難所で手に入れた私服はお気に召さないらしい。

 異世界人である美咲は知る由もないが、確かに避難所で配られる服は古着ばかりで、一昔前に流行した、今となっては古臭いデザインのものばかりだった。


「ただで貰えるものなんだから仕方ないと思うけど……」


 それでも支給されるだけありがたいと思っていたマリルが、文句たらたらなメイラに苦笑する。

 マリルはお洒落に疎く、服のセンスも皆無だったので、そもそもデザインの良し悪しが分からない。

 そもそも下半身が人間から魚に変化するからそれだけで着る服が限られるし、鰓も変化に合わせて出し入れするので、服を着ていると呼吸がし辛くなるのだ。


「でもまあ、私服を揃えるのには賛成だわ。今の私たち、避難所で渡された服と支給された軍服しか持ってないから」


 ミトナが自分の服装を見下ろし、呟く。

 魔族の中でもかなりの老齢であるミトナにしてみれば、今の私服は古いとはいってもミトナが若い頃に流行ったもので、ミトナ本人にしてみればそれほど違和感はない。

 年齢による外見の老化も魔族は個人差があれど途中から止まるので、ミトナは今でも若々しい姿のままだ。


「ルゥが着れるお洋服、あるかなぁ?」


 そもそもルゥの身体は不定形で服を着るという習慣が無いのだが、だからこそルゥは服を着てみたかった。

 今の服装も、布で胸を覆っているだけだし、その布ですら何かの拍子にすぐ失くす。

 不定形というのも難儀なものである。



■ □ ■



 最初に目に付いた店に入る。

 入った店は服飾品の店だった。

 ラーダンでも似たような店に入ったことがあるが、あの時の店はオーダーメイドが主で、既製品は展示用の数点しか置いていなかったのだが、この店は多くの既製品が商品として置かれている。

 当然オーダーメイドと既製品ならば既製品の方が安いのが普通なので、例に漏れずこの店の服の方がラーダンの店の服よりも安い。

 とはいっても、美咲の金銭感覚からいえばどちらも高いことには変わり無いので、正直五十歩百歩感もあったけれども。

 店内は暖色系統の色彩で纏められており、並べられた服も合わせてカラフルさに溢れ、それだけで見る者を楽しませる。


「いい店ね」


 美咲の記憶に残る元の世界の店と比べても遜色無いほど店内は洗練されている。

 敷地面積は圧倒的にこの世界の店の方が大きいから、むしろこっちの方が高級に見えるほどだ。

 試着室がいくつもあるし、広さを生かしてちょっとした休憩スペースまで設置されている。

 客の入りは上々で、たくさんの魔族が買い物を楽しんでいる様を見ることができる。

 やはり二足歩行をしている人型の魔族が多いが、中にはそうでない者もごく少数見かけることができた。

 一行の中ではルカーディアやマリル、ルゥなどが該当する。


「お洋服がいっぱい! きらきらしてる!」


 店に入ってからミーヤは騒ぎっぱなしで、今にも走り出していきそうだ。

 実際に一度逸れそうになって、慌てた美咲に取り押さえられている。

 それからは美咲にしっかりと手を握られているので、ミーヤはずっとにまにましていた。

 逃げないように見張られているのだが、それはそれで嬉しいらしい。

 構って貰えれば嬉しい子供心である。


「いい店だけど、それだけに期待はできないわね」


 ルフィミアはそう言って苦笑を浮かべる。


「……確かに」


 暗にルフィミアが何を言おうとしているのかを察した美咲は思わず同意してしまった。

 本人には悪いと思うが、確かにそう思ってしまったのだ。

 この場合、本人というのは、いうまでも無くディミディリアである。

 ガチムチの牛面筋肉女であるディミディリアがこんなお洒落な店で買い物している姿がちょっと美咲には想像できなかった。

 服? 着れればいいでしょとばかりに無頓着な方がよほどそれらしい。

 とはいえ、美咲はディミディリアのことをそこまでよく知っているわけではないし、どの道ディミディリアについて詳しい人物も一行の中にはいないので、可能性がゼロだとは言い切れないのが面倒くさいところだ。

 どんなにいなさそうに思えても、実はいましたなんてこともありうるのである。


「まあ、いい機会ですし、私たちも楽しみましょうよ」


「そうね。こんな風に買い物するのって本当久しぶりだわ」


「そういえば、お金って大丈夫なのかしら……」


 ニーナ、エウート、ルカーディアの三人のやり取りを聞いた美咲は気持ちを切り替えてショッピングを楽しむことにした。

 ディミディリアだって、いれば見つかるだろう。

 軍資金はいくらか持っているし、何なら嫌がらせ代わりにアズールのツケにしてやってもいい。

 美咲はアズールがルフィミアをアンデッドにしたことを未だに根に持っている。

 だからこそ、今こうしてルフィミアと過ごせているのだが、それはそれ、これはこれだ。


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