二十八日目:やらかした3
昼食は、魔都で材料を買って避難所の台所で作ることになった。
各自好きな食材を調達して作るのだ。
食品を取り扱う店に着くと、各自買い物籠を手に店の中へ散っていく。
美咲はミーヤとルフィミアと一緒だ。
「ミーヤはグラビリオンにするー。あと串焼きー」
「あなた、グラビリオン好きなの?」
「うん! 大好き!」
「私も好きよ。甘くて美味しいわよね、あれ」
(理解ができない……)
ほんわかしている雰囲気を撒き散らしながら会話しているミーヤとルフィミアだが、話している内容はゲテモノである。
グラビリオンは白い体色の芋虫型の魔物だ。
元の世界では、カブトムシやクワガタムシの幼虫が一番似ているかもしれない。
食べるものも大体一緒だが、グラビリオンは食べたものを分解して糖分に変えて蓄える性質を持つ。
どう考えても糖にならないものを食べているはずなのだが、何故かグラビリオンは糖を作り出す。謎である。さすがは異世界といったところだろうか。
カブトムシやクワガタムシの幼虫は不味いらしいが、グラビリオンは身から体液まで全て糖塗れなので甘くて美味しい。特に体液は濃厚で、ケーキのクリームのような味だ。
ただ分解しないと糖にならないので、しばらく絶食させた方が雑味がなくて美味しい。まあミーヤに言わせれば、そのまま食べても十分美味しいらしいが。
どちらにしろ美咲には理解出来ない世界の話だ。
(美味しいっていことは分かってるんだけどね……)
一応、美咲もグラビリオンを食べたことはある。
味的にはまったく問題なかったが、やはり視覚効果というものが占める割合は大きく、いくら美味しくても生理的に美咲は受け付けなかった。
一度は食べたので、食わず嫌いではないと言い張れるはずである。
串焼きもまた、ミーヤの大好物だ。
最初の出会いからして、ミーヤは串焼きを食べようとしていた。
正確には、占領されたヴェリートから逃げてきたがラーダンで身寄りもなく、花売りで何とか小銭を稼ごうとするも上手くいかず、途方に暮れていたところに美咲が現れて思いも寄らない大金で花を買っていき、その金で串焼きを買って食べようとしたところで人攫いに攫われ、美咲に助けられた。
波乱万丈といっていい展開である。
でも、助けられてよかったと美咲は心底思う。
ミーヤが攫われたのは美咲がよく考えずに、目撃者が多数いる中で価値のある硬貨を渡してしまったせいだ。
美咲がミーヤに渡したのは一番価値が低い銅貨十枚分の価値である大銅貨だったが、それでも三食の食事を賄う程度の金額になる。
その程度の額でも当時の状況からすれば狙われるには十分で、しかも対象が幼い子どもであれば、誰もが絶対成功すると思うだろう。何せ子どもは非力だ。
しかも非合法であれば、子ども自身も金に変えられる。この世界での人の売買は大っぴらに行われているものではないが、需要はそれなりに存在する。
「そういえば、美咲ちゃんは何か嫌いなものとかある?」
「そうですね……」
ルフィミアに話を振られ、美咲はしばらく考える。
さすがに、ミーヤがグラビリオンが好きという話題の後で、グラビリオンが嫌いとは言い出し辛い。それに、ただ生理的に虫が苦手なだけで、グラビリオン自体の味は苦手などころか好きな部類に入るのだ。
何しろ美咲だって女の子。基本的に甘いものは大好きである。
女子だからといって誰もが甘いもの好きというわけではないだろうが、少なくとも美咲は大多数の女子の例に漏れず、甘いものを好む。
「苦いものは、あんまり好きじゃないですね」
「そっか……」
微笑んだまま、言葉を探している様子のルフィミアに、美咲はハッとする。
(そうだ……。ルフィミアさん、もう甘いものも、苦いものも、味が分からないんだ)
「私は、今は特に好き嫌いはないわね。昔は結構あったんだけど、治っちゃったわ」
「そうなの?」
「そうなのよ。羨ましい?」
「羨ましい!」
ミーヤとルフィミアのやり取りは平和でいたって普通で、だからこそ、美咲はルフィミアの心情を考えると、平静ではいられない。
好き嫌いが無くなったというのも、裏を返せば味覚が機能しなくなっているということと同義だ。
「こら。そんな顔するんじゃないの」
気分が沈んで俯きかけていた美咲は、ルフィミアに額を軽く小突かれ思わず顔を上げる。
日光の下で、太陽の光を浴びてルフィミアが微笑んでいた。
「美咲ちゃんには感謝してるのよ。まだ生きていられる。肉体的にはそうでなくても、こうして心は生きている。これって、凄いことよ」
ルフィミアの身体は常人より冷たく、その心臓ももう動いてはいない。今はアズールが施した防腐処理によって肉体の鮮度が保たれているからいいが、アズールとの協力関係が切れれば後は腐っていくだけだろう。
(……それは、嫌だな)
死霊術。
その三文字が、美咲の脳裏を過ぎる。
それが使えるようになれば、アズールの手を借りずとも、美咲だけでルフィミアの状態を保つことができるだろうか。
今のルフィミアの状態が正しくないことが分かっていても、美咲はそう考えずにはいられなかった。
■ □ ■
昼食が済み、ディミディリアを探す。
まず向かうのは私室だ。
おそらくは活動的であろうディミディリアが、休みでもないのに自分の部屋に篭っているとは考え難いが、されど他に心当たりがあるのは以前行った中庭の練兵場くらいしかない。
いくらなんでも活動範囲がこの二つだけなわけないので、美咲が知らないだけなのだろう。
なので、とりあえず心当たりをまずは潰すことにしたのだ。
魔王城の廊下はそれなりに広いが、やはり入り組んでいる。
城の廊下といえば普通は防衛のことを考えて狭くなっているのが普通なのだろうけれど、さすがは魔族というべきか、同じ魔族でも個人によって大きさが違い過ぎるので、広めのスペースが取られている。
また、防衛する側もある程度の広さがないと戦い難いという理由もある。
何しろ魔族の主な攻撃手段も、防御手段も魔法だ。
狭い空間内では爆発系統の魔法がクリティカルだし、防御側はかわすことも出来ず、防ぐしかない。
防御側の取れる手段を増やすためにも、それなりの広さが必要なのである。
魔法が無ければ、元の世界の西洋や日本の城のように、侵入側が攻め難い作りになっていただろう。
ディミディリアの私室の前に着いた。
魔将の私室なのだから警護している魔族兵がいてもおかしくないが、その様子はない。
(そういえば、私やミーヤちゃんの部屋にも、アズールの部屋にも無かったっけ)
どうやら、魔将は強いから自分の身は自分で守れということらしい。
確かに、誰かに守られるよりも、ディミディリアやアズールならば自分から戦った方が早いし確実だろう。
ミーヤ自身は非力だし、美咲も襲撃を返り討ちにする自信はあまりないので、警護の兵がいないというのは不安だが。
そういう意味では、部下を持てたのは悪くない。
美咲の行動は制限されてしまったけれども、その代わり身の安全度はぐっと上昇している。
(よし、ノックしてみよう)
何故か緊張して意味もなく辺りをきょろきょろ見回してから、美咲はディミディリアの私室の扉を軽く叩く。
返事は無い。
しばらく待ってみても、部屋の中から物音がすることは無かった。
「……やっぱり、部屋には居ないのかな?」
結局ディミディリアが中から出てくる気配は微塵も無く、美咲は眉をひそめる。
カネリアが美咲に尋ねた。
「鍵は掛かってますか?」
掛かっていれば確実に居ないだろうし、掛かっていないのならディミディリアが気付いていないだけという可能性もある。
居留守はないと美咲は思いたい。自分に対してディミディリアが居留守を使う理由を美咲は思いつかないし、居留守だったらそれはそれで凹む。美咲に会いたくないという意思表示に他ならないからだ。
「ミーヤ確かめてみる!」
子どもの行動力というべきか、無遠慮さというべきか、ミーヤが躊躇せず扉の取っ手を掴んで回そうとした。
ガチッという硬い手応えが返っただけで、取っ手はびくともしない。
「掛かってるみたい」
美咲たちを振り向いたミーヤが言った。
さすがに、非力すぎて鍵は掛かっていないが回らなかったなどということはないだろう。
「まあ、まだ昼過ぎだしね。どこかで仕事してるんでしょ」
エウートはこの状況を予想していたようで、驚きもしない。
というかエウートに限らず誰も驚かない。
何しろ今日は平日である。普通に仕事中だと考えるのが普通だ。
もっとも、この世界に召喚されてからの美咲は、平日とか休日とか全く関係なくなっていて、意識すらも薄くなっているのだが。
呪刻が起動するまでの残り時間を気にはしても、今日が何の日かなんて考えもしない。
そんな余裕は無かったし、必要だとも美咲は思わなかった。
「探しに行きましょうか」
ルカーディアが蛇体をくねらせて方向転換をする。
「中庭の練兵場に行ってみましょう!」
魔王城を歩くこと自体が新鮮なカネリアは、無駄足を踏んでも気にせず元気だった。
観光しているような気持ちなのかもしれない。
浮つきすぎるのも困るが、気持ちは美咲も十分理解できる。
「そこしか心当たりがないから、居てくれるといいのだけれど」
頬に手を当て、艶かしいため息をつくエリューナはとても老人の域に達している年齢だとは思えない。
年齢詐欺が多い魔族だが、その中でも断トツだ。
「居なかったらどうするわけ?」
美咲に向けられたメイラの返答には、美咲が答える前にマリルが答えた。
答えたというか、答えを予想した。
「手分けして探すとか?」
敢えて訂正するほど間違ってはいないので、美咲は頷いて合っていることを示す。
マリルの提案通り手分けして探してもいいし、通行人を片っ端から捕まえて居場所を尋ねてもいい。
「とりあえず、中庭に行きましょう。居なかった時のことはそれから考えるべきだわ」
ミトナが冷静にまずは行動することを申し出る。
「歩くの面倒臭い……」
身体の構造的に歩行には適していないルゥが軽くぶーたれた。