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美咲の剣  作者: きりん
六章 守るべきもの
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二十八日目:やらかした1

 元はブランディールの私室だったという部屋は、内装もそのままだった。

 部屋に配置されている家具は案外お洒落で、そのまま美咲が使っても違和感がないものが多い。

 さすがにクローゼットの中に入っている服などは総取替えになるだろうが、それは仕方ない。


(残ってるブランディールの私物は、あとでバルトにあげようかな)


 入り口に立って部屋を見回した美咲は、現在混血の隠れ里を目指して、奴隷となっていた人族の女たちを乗せて飛んでいるバルトのことを考える。

 実際に渡すのはバルトが戻ってきてからになるだろうが、きっと喜んでくれるだろう。


「それじゃ、皆も入って」


 一足先に部屋に入った美咲は、振り返って皆を促した。


「私たちもいいの?」


 意外そうな顔をするルフィミアに、美咲はにこりと微笑む。


「もちろんです。ほら、遠慮せずに」


「ミーヤは入るよ!」


 ルフィミアを追い抜いて、ミーヤが一番乗りをした。

 美咲に対してミーヤは遠慮をするということは無いので、こういう時は素早い。

 出会った当初はまだ遠慮があったのだが、心の距離を詰めていくのに比例して、遠慮も消えていった。

 今では無遠慮を通り越して我がままになることもあるが、美咲はそれでもいいと思っている。

 子どもなのに変に気を使うよりは、我がままの方が健全だと美咲は考えているからだ。

 ただでさえこの世界は悲しいことが多過ぎて、子どももすぐに成熟して純真ではいられなくなってしまう。

 ミーヤも美咲に出会っていなければ今頃その境遇も大きく変わっていて、性格だって変化していたかもしれない。

 まあ、その前に死んでいた可能性も高いけれど。


「じゃ、じゃあ私も!」


 先陣を切ったミーヤの後ろに、ニーナがはにかみ笑顔で続く。


「どうでもいいけど何ではしゃいでるのよアンタら」


 呆れ顔で後に続きながら、エウートがミーヤとニーナがきゃっきゃと騒ぐ様を見て毒づいた。


「元は蜥蜴魔将様の部屋なのよね、ここって」


 エウートに続いて中に入ったルカーディアが、先ほどの美咲と同じように辺りをぐるりと見回す。

 恐る恐る、どこか遠慮がちに、ルカーディアに続いてカネリアが部屋に足を踏み入れた。

 元々ただの村人だったカネリアにとっては魔王城に足を踏み入れたこと自体が初めてで、見るもの全てが珍しく、目を丸くしてしばらく凝視した後、美咲に振り返る。


「もう模様替えとかしてるんですか?」


「ううん、そのままだから必要なら自分でしてくれって。とりあえず見て回るけど、使えるならそのまま使おうと思う」


(それほど長い時間滞在することになるとは思えないし)


 カネリアの質問に答えながら、美咲は内心そう思う。

 さすがに年の功というべきか、同じ村人ながらもカネリアとは違い、エリューナは堂々と中に入る。


「故人の部屋と考えると、ちょっとなんともいえない気持ちになるわね」


 家具などに目をやりながら、エリューナがしみじみと呟く。


「しかも次に使うのが先人を殺した相手なんだから、因果よねぇ」


 続いて中に入ったメイラがこぼした皮肉に、美咲は苦笑する。


「メイラちゃん、言い方……」


 ハッとした顔で美咲を振り向いたメイラは、どこか気まずそうな表情になると、目を逸らしつつおずおずと美咲に尋ねる。


「……怒った?」


「別に気にしてないからいいわ。事実だし」


 わざとでもないし悪意もないと分かっているので、美咲はこんなことで怒るつもりは毛頭無い。


「美咲ちゃんはどういう部屋にするつもりなの?」


「まだこれといって明確に決めてはいないんです。とりあえずは、見て回って変えるものと残すものを決めようかなって」


 ミトナの質問に美咲が答えると、ルゥが器用にジャンプして美咲の上半身にしがみ付く。

 貝殻に篭った女の子が美咲にしがみ付いている様はとてもシュールだ。


「ルゥ、プール置きたい!」


「あ、私も置きたいです」


 反射的にルゥが落ちないように手で支えた美咲に、おずおずとマリルも自己主張する。


(部屋にプール……まあいいけど。問題は湿気対策かな、その場合)


 本当に水が好きなんだなと、その微笑ましさに美咲は笑顔を浮かべた。



■ □ ■



 一息ついた美咲は、これからのことを考える。


(残り時間は少ない。何をするか、考えて動かないと)


 この世界に美咲が召喚されて、今日は二十八日目。呪刻の期限である三十日目まであと二日しか猶予がない。

 薬で抑えているから今は無いが、一時期は発作も出て危うい状態になりかけた。


(とはいえ、簡単に動ける状態でもないのよね……)


 何しろ、今の美咲には十人の部下がいる。

 そのうちの一人はルフィミアだからいいとして、他の九人は魔族だ。しかも、一度は美咲が助けた相手で、美咲としても大いに情が移っているし、本人たちも美咲のことを気に入ってくれている。

 とはいえ、魔王に挑むからついてきてくれと言ったところで頷いてくれるわけがないし、そもそも許してくれるとも思えない。

 美咲の事情を知っている相手ばかりだが、それでも魔王の殺害には反対するだろう。そして、そんな手段よりも、魔王に謁見して解除を願うことを提案するはずだ。


(分かってるけど……一度しらばっくれられたし、相手にその気があるのかどうか。それに……)


 美咲自身の心が、魔王にへりくだることを拒否している。

 魔王は、美咲の仲間たちを殺した。アリシャを殺した。その事実が、何より許せない。

 もちろん、戦争なのだから仕方ないことも分かっている。

 それでも、まだ心の整理はつかない。


(もっとアズールの奴と話合う必要がある)


 気は進まないが、もう一度彼の私室に足を運ばなければならない。

 本当に、美咲としては気が進まない。


(ルフィミアさんとミーヤちゃんについてきてもらおう。他の皆に話を聞かれたらまずいし。……でも、皆ついていくって言いそうだよね……)


 慕われている自覚はある。だからこそ、美咲は悩む。


(隠し事はしたくない。皆事情は知ってるんだし、相談するだけしてみよう)


「私の目的についてちょっと話があるんだけど、いいかな」


「お姉ちゃん……」


「美咲ちゃん、いいの?」


 切り出すと、ミーヤとルフィミアは心配そうな眼差しを向けてきた。

 二人は美咲の事情を深く知っているから、何を言おうとしているのか予測できたのだろう。


「何となく、察しはつきますけど……」


 言葉を濁すニーナは不安げな表情だ。


「まだ以前と同じ考えならはっ倒すわよ。魔王様に直談判できる立場なんだから、解いてくれって頼めばいいじゃない」


 ニーナとは逆に、エウートはむっとした顔をしている。

 未だに美咲が考えを変えていないことが、気に入らないのかもしれない。


「そうねぇ。何なら、牛面魔将様にも口添えを頼んでみたら? 何でか分からないけど、彼女、美咲ちゃんに結構入れ込んでるみたいだし」


 仕方のない子ね、とでもいうように、ルカーディアが苦笑を浮かべた。

 三人とも、美咲が人族側として敵対していた頃からの付き合いなので、事情を知っているので今更驚きはしないようだ。

 しかし、そうもいかないのが元村人だった面々である。


「えっ? えっ?」


「私、元々は魔王を殺すために旅をしてたのよ。術者である魔王を殺して、死出の呪刻っていう呪いを解くために」


 驚いているカネリアに、美咲は申し訳なさそうに説明する。


「なら、どうして私たちを助けたの? 美咲ちゃんからしたら敵でしょう、魔族は」


「それがそうでもないんですよ。魔王は憎いけれど、それはこんなものを刻まれたからだし、仲間を殺したのも許せないけど、それは殺し合いである以上仕方ないことだし。私が敵だと認識している相手にはそれなりの理由があるんです。でも、ただ魔族であるっていうだけじゃ、理由にはなりません」


 疑問を述べるエリューナに、美咲は正直に己の胸の内を打ち明けた。


「積み重なった憎しみとか、先祖代々の恨みとか言われても、ピンと来ないんです。異世界人なので」


 今更隠し立てしても意味がない。

 彼女たちとは、死ぬまでか、そうでなくとも元の世界に戻るその時まで、長い付き合いになりそうだし、美咲の体質を知っている。


「そういえば、そうだったわね。この世界の人間ではないから、体質的に魔法が効かない。本当に、私たち魔族にとっての天敵ね」


 メイラが髪をかき上げ、ため息をつく。


「私たちも、人間は嫌いです。美咲ちゃんは別ですけど」


 おずおずとマリルが述べた。


「ありがとう。私も、皆のこと、好きよ」


 美咲も笑顔で感謝の言葉を口にする。

 少し、胸にじんとくるものがあった。


「嘆願するなら、私たちも口添えするわよ。一介の魔族の身でどこまで影響力が出るかは分からないけど」


 ミトナは美咲の考えを知ってなお美咲に協力することに決めたようだ。


「助命が通ったんだから、きっと解呪もしてくれるよ!」


 ルゥも前向きに、美咲を元気付けようとする。

 そんな彼女たちに、一番の問題を暴露するのは勇気がいるが、言わないわけにもいかない。

 隠し立てして後からばれる方がもっとまずい。


「でも、一度しらばっくれられてるんです。記憶に無いって」


「えっ」


 誰かが驚いた声を上げた。


「しかも、実は死霊魔将アズールに、魔王を殺すための協力を依頼してしまっていて、本人もその気になってて、いまさら止めたとか言ったら口封じに殺されかねなくて」


「えっ」


 また誰かが驚いた声を上げた。

 唖然としているいくつもの表情を見て、美咲は苦笑を浮かべる。


「どうしようかな、と」


 本当に、どうしようという思いだった。


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