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美咲の剣  作者: きりん
六章 守るべきもの
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二十八日目:ディミディリアと2

 練兵場というからには、屈強な魔族兵たちが大勢集まって鍛錬しているような暑苦しい場所を想像していたのだが、辿り着いたその場所は美咲の想像とはいささか違った。

 中庭というだけあって、緑が豊かで、花壇や植木などが綺麗に整備されている。

 それらとは別に、何も植えられていない地面もあって、そこが練兵場として使われているようだった。

 現在使用しているのは一人のようで、練兵場は閑散としている。

 しかし、その一人がかなりの巨体なので、広々としていると表現するにはいささか不釣合いだ。

 はちきれそうな筋肉で、身の丈ほどもある巨大なハンマーを振り回す牛面人身の女魔族。

 言うまでもない。ディミディリアである。


「あら? 美咲ちゃんじゃない」


 練兵場にやってきた美咲にすぐに気がついたディミディリアが、鍛錬していた手を止めて振り向き、美咲に向かって手を振る。


「……凄い迫力ですね」


「そう? これくらい、何でもないわよ。美咲ちゃんでもできるでしょ?」


 まるで台風の暴風域のようにハンマーを振り回して暴力的な風を巻き起こしていたディミディリアに美咲が呆然として話しかけると、ディミディリアはそれが何でもないことであるかのように言葉を返してくる。


(できるとは思えないから言ってるんですけど……)


 そもそもにして、ディミディリアと美咲とでは体格が違うから、ついている筋肉の量も違う。

 もしも美咲はディミディリアが使っているのと同じような重量武器を使おうとすれば、逆に振り回されるのがオチだろう。


「できませんよ。そんな重そうなもの持てないですし」


「そう? ならちょっと手を出してみて」


「え? あ、はい」


 あっけらかんとしたディミディリアの言葉に、美咲は反射的に利き腕である右手を差し出す。


「片手だけじゃなくて、両手にした方がいいと思うわよ。ほいっと」


「は?」


 ニヤッと笑うディミディリアの表情に、美咲が僅かな警戒心を抱いたその瞬間、ディミディリアは何気ない仕草で己が持っていたハンマーの柄を美咲の右手に握らせた。

 そしてそのまま手を離す。


「ちょっ、ちょちょちょちょちょ!」


 慌てて左手も添えて柄をしっかりと握る美咲は、顔色が真っ赤になるまで力んで寸前のところで取り落とすのを免れた。


「お、おもっ! 重過ぎですって!」


「ほらー、きちんと持ててるじゃない」


 ディミディリアが言う通り、美咲は何とかハンマーを床に着けずに保持することが出来ていた。

 だがそんな美咲を見るニーナ、エウート、ルカーディア三名の表情は生暖かい。


「持ててるだけですね」


「手が凄くぷるぷる震えてるわね」


「涙目になる美咲もいいわぁ」


 美咲は持ててはいるが、あくまでそれだけだったのである。

 まず振り上げることができない。重過ぎるのだ。

 それにハンマー自体が重心が上の方に来るので、遠心力が掛かるから余計に振り上げにくい。

 振り上げたら、今度はそれを保持するためにまた余計に筋力がいるのだ。

 その分一撃の破壊力は剣などよりもはるかに大きいが、それは扱えることが前提である。

 そもそもにして、美咲が普段使う武器は勇者の剣だ。

 これは金属からして軽く、美咲のようなろくに武器を使ったことのない人間でも振り易く作られている。

 文字通り羽のような軽さなので、全く取り扱う感覚が違う。

 普通の剣も使ったことがあるし使える程度の筋力も美咲はつけたが、さすがにハンマーは重過ぎる。


「ほら、振り上げてみなさいよ」


「む、無茶言わないでくださいよ!」


「魔法でアシストすれば美咲ちゃんなら簡単でしょ?」


「そりゃ出来るかもしれないですけど、そのまま肩が外れる予感しかしないんですが!」


 ディミディリアが言う魔法によるアシストとは、強化魔法ではなく攻撃魔法の瞬発的なパワーを使って攻撃や移動に瞬間的な増幅を加えるというものだ。

 これは通常の強化魔法が異世界人特有の魔法無効化体質のせいで効果が無い美咲が編み出した技術であり、手段である。

 ただしこれは諸刃の剣でもある。

 掛かる力の負荷に耐えることができなければ逆に怪我をしてしまう。

 ただでさえ遠心力が掛かるのを耐えることができないのに、ディミディリアのハンマーを攻撃魔法で無理やり振り上げようとした日には、まず間違いなく身体を壊すだろう。

 それを防ぐためにはそれこそディミディリアのような屈強な肉体が必要であり、そんな肉体を手に入れるには美咲には時間が足りない。

 そもそもそんなにムキムキになるのは女性としてどうかと思うので、美咲としてもそこまでやりたくはない。

 力はあるに越したことはないというのは、美咲とて分かってはいるのだが。

 どの道、美咲の感情がどうあれ純粋に時間が足りないので仕方ない。無い物強請りだ。


「むう……ノリが悪いわねぇ」


「ノリの問題なんですか!?」


 コントのようなやり取りを繰り広げるディミディリアと美咲を見て、あまりディミディリアと親しくない元村人の魔族たちは驚いている。


「はわわわわ。美咲ちゃん、牛面魔将様と普通に会話してる……! 凄い」


 驚き以上に興味と感心に満ちた視線を美咲に注いでいるのはカネリアだ。

 美咲を見つめる視線はキラキラと輝いている。


「人魔将だものね。戦えば互角に戦えるくらい美咲ちゃんも強いわよ、きっと」


 エリューナは美咲の力の限界を知らないが、それでも人族騎士に占領された魔族の村で、人族騎士たちを相手に戦う姿は見ている。


「現に、蜥蜴魔将様を倒してるのよね。美咲って。それで今私たちの味方になってるっていうのが不思議だわ」


(それは私も凄く思うよメイラちゃん!)


 若干頬を染めながらそっぽを向いて言うメイラに、美咲は心の中で勢いよく同意した。

 美咲としても、後はどうやって魔王と戦うかに思考を絞っていたから、こんなことになって驚いた。

 偶然かわざとかは知らないが、ただ魔王に戦いを挑めばそれで良かった段階を過ぎてしまっている。

 ただ単純に戦うにはしがらみが増えてしまった。


「そんなに凄い人だったんですか? 美咲ちゃんって」


 きょとんとした表情のマリルに、ミトナが目を丸くする。


「あら、知らないの? 私は昔の伝があるから噂話くらいは聞いてるけど」


「美咲ちゃんは強い! ルゥの自慢!」


 篭っている貝殻から顔を出して笑顔を浮かべるルゥに、ミーヤも負けじと対抗した。


「ミーヤも強いんだよ! だってお姉ちゃんのあいぼうだもん!」


「だってさ。愛されてるわねー」


「か、からかわないでください」


 見下ろしてにやにやと笑うディミディリアに、美咲は顔を真っ赤にしてハンマーを持った状態のまま文句を言った。



■ ■ ■



 改めて、美咲は部下の件について、選別が終わったことを報告する。


「うん。それにしても、見事に魔族ばかりね。美咲ちゃん自身が人間なんだし、もっと人間が主体になるかと思ってたんだけど」


 ルフィミア、ニーナ、エウート、ルカーディア、カネリア、エリューナ、メイラ、マリル、ミトナ、ルゥの十人を順繰りに見ながら、ディミディリアは感心したように漏らす。


「知り合いがいたらそうしたかもしれませんけど、生憎誘える中に人間はいませんでしたし。それに、私にとっては魔族も人間も同じですし」


「そう思うのは多分美咲ちゃんだけよ」


「分かってます。それに、私の考えを他人に押し付けるつもりもありません」


「なら良し。今日はもう解散でいいわ。明日の朝になったらまた呼ぶから」


 他に改めて魔将の部屋などを含めた様々な説明をすると、美咲の肩を軽く叩いて、ディミディリアは去っていく。

 ディミディリアの姿が見えなくなって、美咲は叩かれた箇所を手で押さえた。

 端的に言えば、痛かった。大して力を篭めているようには見えなかったし、美咲に触れたことで強化魔法だって解除されていたはずなのに、ディミディリアは素の腕力だけで美咲に痛みを与えていた。

 明らかにブランディールとは違う、それ以上の怪力の持ち主。

 ブランディールが魔法によってあれほどの力を得ていたのに比べ、ディミディリアは魔法にはさほど頼らずに同等の実力を得ているのだ。

 どう考えても、美咲にとって相性は最悪である。

 魔王を倒すというだけで難題なのに、ディミディリアとまで戦うことになったら勝ち目はない。

 そもそも、今のこの状態で魔王と戦うというのが既にハードルが高い。

 部下になった皆を裏切ることになってしまうからだ。


(とはいえ、死出の呪刻を解呪しないと私が死ぬ。……解呪してくれるのかな。一度しらばっくれられたし)


 わざわざ人間である美咲を魔将に据えたのだから、殺そうとしているのとは違うのだろうが、魔王の意図がいまいち掴めない。

 取り込もうというのなら、死出の呪刻をそのままにしておく意味はない。

 これがある限り、美咲は生き残るために魔王を殺す以外選ぶ道がないのだから。


(とりあえず、後でアズールに相談するか)


 正直にいうと、あの死霊魔将に対して信用なんて一ミリたりともできないししていないのだが、現状腹を割って話せるのが彼しかいないのも事実なのだ。

 現状、美咲とアズールは共に魔王の殺害を目指す共犯者の状態にある。

 少なくとも少し前まではそうだったのに、美咲が部下を得たことで状況が少し変わってしまった。


「それで、美咲ちゃん、これからどこ行くの?」


「うん。とりあえずは、宛がわれた部屋に行くよ。皆は併設されてる待機部屋に住み込みになると思う」


「要人警護とかちょっと憧れてたから、楽しみ」


 尋ねられたので美咲が答えると、エウートが眦を吊り上げる。


「ニーナ。遊びじゃないんだけど」


「本来なら私たちみたいな一般兵より魔将の方が圧倒的に強いから、警護なんて名ばかりになりがちだけど、美咲ちゃんは特殊だし私たちがしっかりしないとダメよ」


 嘆息して、ルカーディアもニーナの浮ついた発言を窘める。

 確かに気が緩んでいたのも事実なので、ニーナはしょぼんとした。


「はわわわわ、今から緊張してきました。私にできるかな」


 軍人としての経験がないカネリアは、今から既に緊張している。


「私たちは私たちでベストを尽くしましょう。とはいえ、わざわざ魔王城の奥深くにある魔将の部屋まで忍び込むような人間もいないだろうし、可能性としては美咲ちゃんを良く思わない魔族がちょっかいかけに来る方が高そうね」


 カネリアに比べ、さすが年の功というべきか、エリューナは泰然としていて軍人たち三人と比べても落ち着いたものだ。


「まあ、私たちも実際に美咲に助けられてなければどうして人間なんかが、って思ったに違いないものね。気持ちは分からないでもないわ」


 メイラがエリューナに同意する。


「水が……無い。泳げないなぁ」


 マリルが回りを見回してしょんぼりとしていた。どうやら泳ぎたいらしい。


「そりゃ無いでしょう。魔王城の水源は井戸だし。魔法で出すにしても場所が無いわ。後、美咲ちゃんにも許可を取らないと」


 ミトナが肩を竦めマリルに助言する。


「ルゥはお姉ちゃんに引っ付いて身辺警護するよ!」


「それ、魔法使えないんじゃないの?」


「そうだった!」


 元気よく宣言したルゥは即座にルフィミアに突っ込まれ、ハッとした顔をした。


「ミーヤの部屋、お姉ちゃんの部屋から遠い……。ミーヤ、お姉ちゃんの部屋に泊まる!」


「何かちびっ子が無茶なこと言ってるんだけど、叱った方がいい?」


 判断を仰いでくるエウートに、美咲は笑って首を横に振る。


「ううん、いいよ。私もミーヤちゃんには側にいて欲しいし。離れてる方が少し不安なの。私が目を離してる隙に何か起きそうで」


 いまや美咲にとってミーヤは大切な存在で、相棒だ。でもまだ子どもであることも事実で、一人にしておくのは不安の方が大きい。特に魔王城の中は、何が起きてもおかしくはないのだから。


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