二十八日目:ディミディリアと1
エウートが帰ってきて、無事ディミディリアの情報を教えてくれた。
「今は私室の方じゃなくて、魔王城の中庭にある練兵場にいるみたい。場所を聞いてきたから行きましょ」
どうやら、ディミディリアは私室にはいなかったようだ。まあ、昼間から私室に篭っているほど暇ではないということだろう。現に、人魔将である美咲も、従魔将であるミーヤも、こうして出歩いている。
「うん。行こうか。悪いけど、案内してくれる?」
美咲が頼むと、エウートはつんとした表情で目を逸らした。
「元からそのつもりよ」
見せないようにしているようだが、エウートの口元は僅かに綻んでいる。
本当は、役に立ったことでガッツポーズくらいは取りたい気分なのだ。
でも表に出すのは恥ずかしい。
それがエウートの心境である。
だが、残念ながらというべきか、エウートは無意識に美咲にちらちらと視線を送ってしまうので、褒めてオーラが駄々漏れていた。
当然それを見咎められる。
「何か、エウートちゃん嬉しそう」
にこにこ微笑みながらそんなことを口にしたのはニーナである。
ニーナは同期であり元々同じ分隊所属だったエウートと仲が良く、常日頃から顔を会わせているので、エウートのことを良く知っている。
エウートが仏頂面をしていても、裏の感情を見抜くくらいには付き合いが長い。
「そ、そんなことないわよ!」
図星を突かれ否定するエウートだが、その顔は真っ赤だ。
明らかにそのものずばりなことを言われて慌てている。
なのでムキになって否定すると余計に怪しく見えるのだが、慌てるあまりそこまで頭が回っていないようだ。
「あれは、美咲ちゃんの役に立てて嬉しがってる顔なのよ」
エウートの反応を面白がって、ルカーディアがさらに煽る。
冷たい冷徹な印象を見る者に与えるルカーディアだが、こう見えて素は案外他人を弄るのが好きな少々困った性格の持ち主だったりする。
当然仲の良い間柄の相手や心を許した相手にしか見せないので、ルカーディアがこんな態度を取っているということは、少なくともルカーディアにとってこの居場所は居心地が良いということなのだろう。
「違うってば!」
現に、ルカーディアは尻尾の毛が逆立ててフーッと声を荒げるエウートを見て、その蛇のような目を嬉しげに細めて機嫌良くしている。
こう見えて、ルカーディアはサドっ気がある。
いや、ある意味ではルカーディアらしいともいえるかもしれないので、あまり意外性はないかもしれない。
「むむむ……ミーヤだって役に立てるもん。おいで、マク太郎!」
エウートの活躍に対抗心を燃やしたミーヤが魔王の呼び笛を吹いてマクレーアのマク太郎を呼び寄せた。
「クマー」
しばらくして、柱の影からのっそりとマク太郎が姿を表す。
ただの魔物なら魔王城を守る魔族兵に倒されているが、マク太郎はミーヤの、つまり従魔将が従える魔物であることが分かっているので、排除されないでここまで来れたのだ。
「ほら、お姉ちゃん、マク太郎を足に使っていいよ!」
美咲としては別に自分の足で歩けるし、特にマク太郎に騎乗する必要性は感じていなかったのだが、期待に満ちた表情で自分を見上げるミーヤの気遣いを無碍にもしたくない。
「え? あ、ありがとう……」
なので困惑しながらも、美咲は状況に流された。
「そしてミーヤもお姉ちゃんの後ろに乗る!」
マク太郎の背中に美咲が乗ると、すぐ後ろにミーヤが飛びついてしがみ付いてくる。
まるでコアラの親子みたいな格好になった。
むふんとその態勢のままドヤ顔になるミーヤを見て、カネリアが少し羨ましそうな顔をする。
「あっ、いいなぁミーヤちゃん」
唇を不満げに尖らせてその光景を見つめるカネリアに、エリューナが苦笑した。
「カネリアはああいうのが好きなの? 私はちょっと恥ずかしいわ」
微笑ましいものを見るかのように相好を崩しているエリューナだが、同じ立場に自分が置かれるのは嫌なようだ。
まあ、こういうのは子どもだから微笑ましいのであって、見た目は完全に大人であるエリューナがやっていたら完全にちょっとアレな人である。
「私も断固拒否する。ていうか、美咲も顔が赤いし。恥ずかしがるならやめればいいのに」
若干赤い表情で笑顔を浮かべている美咲を見て、メイラが呆れたようにため息をついた。
ミーヤにしがみ付かれている美咲は、そのこと事態が恥ずかしいというよりも、この状況で皆に注目されていることの方が恥ずかしい。
元々が注目されるような性格でもなかったし、そういう状況に置かれることが多かったわけでもないから、慣れていないのである。
元の世界では、ごく普通のどこにでもいるような女子高校生に過ぎなかったのだ。本当に。
当然クラスの人気者でもなく、リーダーシップを発揮するような人間ではなかった。
それが、今では十人もの部下を率いる身で、美咲自身もそれをこなすことを苦とは思っていない。
人間、変われば変わるものだ。
異世界に召喚されてから今までの経験で、美咲は肉体的にも精神的にも強くなった。
成長したと言ってもいい。
一ヶ月にも満たない期間だから、まだまだ成長途中ではあるけれども、濃い経験は美咲を劇的に変化させた。
もし今の美咲が元の世界に帰れば、良くも悪くも人々の注目を集めてしまうだろう。
以前の美咲とは、存在感からして違うのだ。
美咲自身は、まだその事実に気付いていないが。
「以前も思いましたけど、美咲ちゃんってミーヤちゃんに甘いですよね」
のほほんとした表情で、マリルが美咲とミーヤの移動風景を見ながら言う。
マク太郎に乗る美咲とミーヤはまるで姉と甘える妹の関係のようで微笑ましい。
これでいて、二人とも自分のようなただの村人とは無縁だと思っていた魔将だというのだから、マリルは今でも信じられない。
人間が魔将に選ばれたというだけでも驚きなのに、その二人がすぐ側にいて、しかも自分がその部下になっているのだから、マリルとしては驚くばかりだ。
正直に言えば、マリルは戦いが好きではない。そんなことよりも、泳いでいる方がよほど好きだ。
それでもマリルが美咲の誘いに応じたのは、美咲という存在と、その人柄に惹かれたからだ。
人間でありながら、魔族に偏見を持たず、態度を変えない稀有な人間。
それが、マリルから見た美咲への評価である。
そして何より、捕まっていた自分たちを助けてくれた。
それだけで、マリルにとって美咲への評価は鰻上りである。
「ミーヤに限らず、年下全般に甘いみたいね。ニーナちゃんとか、カネリアやルゥもそうだし」
物珍しげに美咲とミーヤのやり取りを眺めながら、ミトナが抱いた感想を口にする。
ミトナは元軍人で、今は退役した身だ。
魔族の村でも年長者で、実年齢はエリューナとそう変わらない。
二人とも、寿命で言えば老人といってもおかしくない。
しかし、魔族は見た目の年齢と実年齢が一致しないので、エリューナと同じくミトナも見かけは二十代後半から三十代前半くらいの美女にしか見えない。
そして、実は美咲の甘さを指摘しているミトナも、無自覚だが年下に甘かったりする。
ミトナが美咲の部下になったのも、年下なのに頑張っている美咲の力になりたいと思う気持ちが大きいからである。
当然、助けて貰った恩を返すという意味もあるが、それ以上にその根底には前途有望な若者の力になりたいという年長者としての思いがあった。
今までのミトナなら、同じことを思いはしてもそれを人間にまで向けはしなかっただろう。
もちろん、今も人間ならば誰でもとは思いはしない。
あくまで美咲限定だ。
美咲を人間という種族としてではなく個として見るというのは、そういう意味である。
「実年齢はルゥたちの方が年上なんだけど……」
一緒くたにミトナが自分たちを子ども扱いしたことに、ルゥは若干不満そうだった。
魔族の村ではルゥは一番若く、いつも子ども扱いされていた。
事実だし、それはそれで仕方がないことだと理解していたのだが、そこへ来て自分よりも明確に若い美咲やミーヤの登場である。
ルゥがお姉さん風を吹かせたくなるのも仕方がない。
しかし蓋を開けてみれば、ルゥに与えられたのはいつも通りの妹ポジション。
姉ぶりたいルゥにしてみれば、不満たらたらである。
「私は別に年下扱いでもいいですけど」
どこかそわそわするカネリアは、若干挙動不審である。
「実年齢と精神年齢は別。これ魔族兵の間じゃ常識だから」
エウートが半笑いで皆の態度にケチをつけた。
「軍人じゃなくても普通に常識でしょう」
目を細めて楽しそうに、ルカーディアが混ぜっ返す。
「でも、ちょっと羨ましいかも」
美咲とミーヤを見ていたカネリアがぽつりと言った。
きょとんとした表情で、エリューナがカネリアに振り向く。
「羨ましいの? カネリアもやっぱり美咲ちゃんに甘やかしてもらいたい派なの?」
「さすがに引くわ」
真顔でカネリアから距離を置こうとするメイラに、慌ててカネリアが言い訳をする。
「そうじゃなくて! 魔物に乗って移動するとか、楽そうだなぁって」
「飛べばいいじゃない」
呆れるメイラに、カネリアは頬を膨らませた。
「そうだけど、それじゃ風情がないよ」
カネリアとメイラのやり取りを見て、マリルが微笑む。
「ちょっと分かるかも。私も自分で泳げますけど、泳ぐ動物に乗って水中を移動したりするの、憧れますもん」
水が好きで魔法を使わずとも水中で長時間過ごせるマリルは、地上や空中よりも水中を移動することの方が好きらしい。
「自分でするのと誰かにしてもらうのとではまた違うものね。分かるわ」
魔法があるのでやろうと思えば地上でも水中でも空中でも、魔法の腕にもよるが移動できるのだが、ミトナがいうには話が違うらしい。
「むしろルゥは誰かに運んでもらいたい派……」
貝殻に引き篭もるルゥは、確かに自分では動き辛そうだった。
実際その歩みは亀よりも遅いので、ルゥはマク太郎の背に乗せられてディミディリアのところに行くことになった。
何気に役得で、美咲の後ろでミーヤと一緒にルゥはドヤ顔で運ばれていったのであった。