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美咲の剣  作者: きりん
六章 守るべきもの
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二十八日目:美咲の部下探し8

 美咲が用件を告げると、エリューナとミトナは顔を見合わせる。

 最初に答えたのはミトナだった。


「私は構わないわよ。今でこそ除隊してるけど、若い頃は元々軍人だったし」


 そんなことを言うミトナだが、見た目の容姿は精々二十代後半か三十代前半くらいで、まだまだ若々しく見える。


「うーん……。美咲ちゃんには恩があるし、協力してあげたいけど私みたいなお婆ちゃんでも役に立てるかしら?」


 それはエリューナも同じで、自分で自分をお婆ちゃん呼ばわりするには到底不釣合いな若さを保っている。

 こちらも精々ミトナと同じく、二十代後半から三十代前半くらいにしか見えない。

 細かい差異を上げるなら、エリューナの方がミトナよりも若干年上に見えるくらいか。

 エリューナは元の村では村長の妻だった。

 元々かなりの高齢だったが、魔族は見た目の年齢と実年齢が大きく乖離することも多いので、人間にはほとんど分からない。

 そのため、エリューナ自身も捕らえられて散々な目にあったのだが、それはもう美咲に助けられたことで解決している。

 夫であった村長は殺されてしまっていたが、その死を受け入れて前を向く程度の度量を、エリューナは備えていた。

 長く生きているのは伊達ではないのだ。


「お婆ちゃんになんて見えませんよ。まだまだ若々しく見えますよ」


「あら、ありがとう。お世辞でも嬉しいわ」


「お世辞じゃないんですけど……」


 見たままの感想を告げると、エリューナにやんわりと微笑まれて、お世辞だと思われたことに美咲は少し憮然とする。


「書類を書く必要があるわよね?」


 ミトナに尋ねられ、美咲はディミディリアに貰った親衛隊入隊関係の書類を渡す。

 ニーナやルカーディアの場合はこれに加えてアレックスの異動許可書類が必要だったのだが、今回は既存の隊から引き抜くわけではないので必要ない。

 魔族軍軍人になるならまたそれはそれで別の書類がいるが、エリューナもミトナもなるのは魔族軍軍人ではなく人魔将美咲の親衛隊員で、指揮系統が違うので必要ない。

 ニーナ、エウート、ルカーディアの三名も、まだ軍人としての心構えが強いが厳密にいえばもう軍人ではないのだ。


「あ、はい。これです」


 美咲が書類を取り出そうと自分の荷物を漁ろうとすると、ミトナがそれをやんわりと押し留める。


「ちょっと待っててくれる? 庭の手入れを切りの良い所まで終わらせてしまいたいから」


「ごめんなさいね。なるべく早く終わらせるわ」


 申し訳なさそうな顔のミトナとエリューナに、そういうことならと美咲は申し出た。


「手伝いますよ。皆でやれば早く終わるでしょうし」


「ありがとう。助かるわ」


「いいの? 悪いわね」


 素直に感謝するエリューナとミトナに微笑み、美咲は振り向いて他の皆に確認を取る。

 確認が事後になるのは申し訳なく思うものの、この状況で嫌という者もいないだろう。


「皆もそれでいい?」


 新しく美咲の部下になったばかりのカネリア、メイラ、ニーナ、エウート、ルカーディアはそれぞれの顔を見合わせ、口々に答えた。

 初めに口を開いたのはカネリアだ。


「構いませんよ」


 元々カネリアは気遣いができる性格なので、美咲が言い出さなくても時間が空けば手伝いに行っていただろう。

 実際、カネリアの服装は汚れてもいいように実用性重視のものだった。

 それとは正反対に、お洒落に目いっぱい気を使った服装をしているのがメイラだ。

 読書していただけだというのに物凄い気の入りようである。

 庭弄りを手伝うと聞いてメイラは最初こそ微妙な顔をしていたが、美咲に視線を向けられると慌ててそっぽを向く。


「あまり好きじゃないけど、どうしてもっていうなら手伝ってあげるわよ! 待ってなさい、準備してくるから!」


 嫌だけど、美咲がやるならといった感じだろうか。何だかんだ、メイラも律儀である。

 ただ、このままでやるのはメイラもごめんだった。

 するならまず着替えに行く。

 足早に自分の部屋に戻ろうと中に戻っていくメイラを見送り、ニーナが振り返る。


「軍人は汚れるのには慣れてるからー。ね? エウートちゃん」


 名指しされたエウートは、半笑いを浮かべてニーナを軽く睨む。


「間違ってないけど、どうしてそこで私に話を振るの?」


 ここだけの話だが、エウートはまだ新兵だった頃、汚れるのを嫌がって当時の上官にどやされたことがあった。

 ニーナはこの話を知っているので、暗にその件でエウートをからかっているのだ。

 当然美咲は知らない話である。


「これだけ人数がいれば、すぐ終わりそうね。いいわ。皆でやりましょうか」


 この場に居る全員を見渡し、ルカーディアも賛成した。


「ミーヤも手伝う!」


 元気よく、ミーヤも手伝いを申し出る。

 身体の小さいミーヤにできることは限られているものの、こういうのは手伝いたいという意思表示が大事なのだ。自分の気持ちを他人に伝えるというのは、コミュニケーションの基本中の基本である。

 そんなわけで、避難所の庭の整備はエリューナとミトナが驚くほど、あっという間に終わったのだった。



■ □ ■



 庭弄りの手伝いを追え、エリューナとミトナの二名を新たなに仲間に加えた美咲は、残るマリルとルゥのところへ向かうことにした。


「マリルちゃんとルゥちゃんは何してるんだっけ?」


 尋ねる美咲に、カネリアが笑顔で答えた。


「水遊びですよ。二人とも、魔族の中でも水が好きな種族ですから」


 話を聞いて、美咲はなるほどと思う。

 確かに、マリルとルゥは見た目からしてそんな感じだ。

 下半身が魚で人魚のようなマリルに、貝に篭った女の子のルゥ。

 どちらも一応人型ではあるものの、人間とはかなり骨格からして違っている。そもそもルゥは骨格があるかすら怪しいし、マリルは下半身を魚と人間の両方に変えられるので、その都度骨格そのものが変化している可能性がある。

 どちらも美咲からすればあり得ないことだが、そのあり得ないことが日常茶飯事なのが異世界たる所以で、美咲の常識で決め付けるわけにもいかない。そんなことをすれば足元を掬われる。

 それが些細な物事ならまだいいが、大事な場面だったら目も当てられない。


「ところで、水遊びしてるのは分かったけど、どこでやってるの?」


 些細な疑問を口にするミーヤに、にこにこと笑顔でカネリアが答える。

 カネリアは性格が良く子ども好きでもあるので、ミーヤに対しても親切だ。


「プールですよ。この避難所、小さめだけどプールがあるんです」


「えっ!? マジで!?」


 反射的に美咲が叫んだ。

 日本ではプールがついている一般家屋なんてほとんどなかった。

 避難所とはいえ、カネリアたちが今住んでいる家もまた、異世界基準ではあるが一般家屋だ。

 大きくはあるが、特別な建物ではない。

 今の美咲にはその認識があるが故の驚きだった。


「魔族の中には水が好きな人って結構多いんですよ。同じくらい嫌いな人も多いんですけど。だから、結構プールがある家って多いですよ?」


 美咲の驚きようがおかしかったか、くすくす笑うカネリアに美咲は若干恥ずかしくなる。

 よく考えれば、元の世界でも外国ならばプールのある家はテレビや映画などでそこそこ見かけた気もする。

 要は、敷地面積の差なのかもしれない。

 敷地面積が十分に取れるのなら、この避難所のように建物の他にも立派な庭やプールなどが作れる。

 広大な土地がある魔族領ならではだろう。

 その多くが侵略によって得た土地とはいえ、土地は土地だ。

 それに、似たような歴史など、この異世界だけでなく、元の世界だって探せばいくらでもあるはずだ。

 植木で遮られて見えなかったが、プールは美咲たちが作業をしていたすぐ隣にあった。


「こんな近くにあったんだ……」


「ちょうど、植え込みで目隠しされてるのよね。覗き防止かしら」


 唖然とする美咲の横で、エリューナは上品に笑う。


「ねえ、見て! 二人とも楽しそう!」


 いいなーと、ニーナが羨ましそうな表情でプールを見た。

 プールではマリルが自由に泳ぎ回り、ルゥが楽しそうに潜水している。

 広さはそれほど広くはないが、それでも小学校のプールくらいはありそうだ。


「ねえ、エウートちゃん! 私たちもちょっとだけ泳ごうよ!」


「え!? 何で私まで!」


「いいわね。たまにはちょっと羽目を外しましょうか」


 表情を輝かせたニーナがエウートを引っ張り、ルカーディアがそれに悪乗りした。

 すぱぱぱぱっとエウートの服を剥いだニーナとルカーディアは、自分たちも全裸になると三人でプールに飛び込んだ。

 笑顔のニーナとルカーディアに比べ、エウートの表情は引き攣って狐のような黄金色の尻尾の毛がぶわっと箒の穂先のように広がっていたが。

 ざぶんと大きな音を立てて、水しぶきが三つ上がる。

 音を聞きつけたのか、あるいは元から姿に気付いていたのか、それまで思い思いに泳いでいたマリルとルゥが寄ってくる。


「あら、皆さんも遊びに来たんですか?」


「ぶくぶくぶく」


 上半身を出しているマリルに対し、潜水状態のルゥは何を言っているのか分からない。


「本当は違うんですけど、お二人を見てたら私たちも少し泳ぎたくなりまして」


「つ、冷たい!」


「そりゃ水なんだから当たり前でしょう」


 尋ねてきたマリルににこやかに答えるニーナの横で、水の中から勢いよく上半身を出したエウートが身を震わせた。

 そのまま歯を鳴らすエウートに、ルカーディアが呆れたようにいう。

 ルカーディアは存外水が平気なようだ。下半身が蛇だからだろうか。


「楽しそうねぇ。私も泳いじゃおうかな」


「えっ!? ルフィミアさんまで!?」


 のほほんとした口調で呟き、おもむろに服を脱ぎ始めた美咲は驚き、思わずルフィミアを見て息を飲む。

 血の気が引いたルフィミアの裸体は青白く、生気が感じられない死体でしかなかったのだ。


「こら。そんな顔するんじゃないの。私は気にしてないわ」


 振り向いたルフィミアが、苦笑して軽く美咲の額を小突いてくる。


「美咲ちゃんに貰ったこれもあるし」


 そう言って、首から下げたままのお守りを大事そうに胸元にしまい込むルフィミアの仕草に、美咲は赤面した。

 その横で、すぽぽぽーんと躊躇い無く服を脱ぎ捨てたミーヤがプールに飛び込む。


「ミーヤも泳ぐ!」


 小さな飛沫と共に、案外器用に泳ぐミーヤを見て、エリューナ、メイラ、ミトナの三名も服を脱いだ。


「私たちも入りましょうか。水浴びも兼ねて」


「まあ、身体動かした後だしちょうどいいかしらね」


「あつらえたように女しかいないし、水着は別に必要ないわね」


 残された美咲は何時の間にか一人になったことに気付く。


「あれっ? 皆もう入って……。み、水着もないのに!」


「そんなの裸でいいよ! お姉ちゃんも来なよ! 気持ちいいよ!」


 焦ってきょろきょろと回りを見回す美咲に、ミーヤが手を振る。


「も、もう、仕方ないなぁ」


 少し恥ずかしいけれど、自分ひとりだけ見ているのも何だし、何だかんだプールで遊びたい気持ちもあるので、美咲は苦笑しつつ服を脱いでプールに飛び込んだのだった。


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