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美咲の剣  作者: きりん
六章 守るべきもの
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二十八日目:美咲の部下探し6

 カネリアがまず最初に扉をノックすると、穏やかな声でメイラの声が聞こえた。


「開いてるわよ」


「お邪魔します」


 一番最初に部屋に入ったカネリアを笑顔で出迎えたメイラは、カネリアに続いて部屋に入ってきた美咲を見て表情を引き攣らせた。


「げっ」


「……さすがに人の顔を見てその態度は傷付くんだけど」


 若干しょんぼりした様子の美咲に、メイラは焦った表情になり、助けを求めるようにカネリアを見る。

 カネリアは聖母のような微笑を浮かべ、カネリアを見ていた。

 まるで巣立ちをする若鳥を見る親鳥のような面持ちである。

 助けが来ないことを悟ったメイラは、引き攣った表情を引き攣った笑顔に変えた。

 あまり変わっていないが、一応笑顔ではある。


「こ、これはこれは、人魔将様がこのようなところに、ど、どのような御用でしょうか」


 どもりまくりのつっかえまくりの台詞は、メイラの焦り具合を良い感じに示している。

 しかし美咲はメイラの感情を察するより先に、言葉遣いそのものに反応した。


「……ここには知り合いしかいないから、今まで通りでいいよ」


 ここまでメイラが謙っているのは、自分が一時期美咲に辛く当たっていた自覚があったからである。

 もっともそれは途中までで、最後の方はメイラの態度も軟化して結構和やかな関係になっていたのだが、美咲が自分のことをどう思っているのかまではメイラも知らなかった。

 というか、辛く当たっていたのだから普通に嫌われているか、良くて苦手意識を持たれていると思っていた。

 一度別れてしまえばそれでもう二度と会わない関係ならばそれでも良かったかもしれない。

 助けられた恩返しとして助命嘆願はするつもりだったが、メイラはまさかまた美咲と関わることになると思ってもいなかったのだから。

 事態はメイラの予想を超えて大きく動き、何故か美咲が助命されたどころか魔王の腹心たる魔将の一人に納まり、権力を持ってしまったのだからたまらない。

 ここで、メイラの中に『美咲に嫌われている→美咲が権力を持った→復讐に来る』という謎の図式が出来上がったのである。

 他の、例えばエウートなどが知れば鼻で笑って否定するような杜撰な連想ではあったが、魔族兵であるエウートとただの元村人であるメイラでは同じ魔族とはいっても接点などほとんどなかったので、メイラの思い過ごしを指摘してくれる人物はいなかった。

 避難所で生活を始めてからもメイラは同居人であるカネリアたちに自分の心配を明かしていなかった。

 それは、プライド半分、仲間を無駄な問題に巻き込みたくないという思いが半分、あとはまさか美咲がこんな場所に来る筈が無いというほんの僅かな油断が関係している。

 そして予想に反して美咲が来てしまったので、メイラは取り乱したのである。


「い、今更何の用よ!」


「え? 何の用って、お願いがあって来たんだけど」


 ここでメイラの頭に電流が走る。

 自分は美咲に嫌われている。そんな美咲が自分にお願いに来る。そのお願いとは何だ?

 答え。死刑台の準備ができましたので上ってください。


「いやー!?」


「えっ!? ちょ、まだ何も言ってないのに!?」


 恐怖のあまり座っていた椅子から転げ落ちるように腰砕けになって蹲り、がくがくぶるぶる震えるメイラに、美咲はぎょっとして駆け寄る。


「ていうか、大丈夫!? どうしてそんなに怯えてるの!?」


 別に美咲としては魔族に邪険に扱われるのなんてエウートやルカーディア、あとは結局心を通わせられなかったがアルルグやクアンタといった魔族兵たちとのやり取りで慣れているので、メイラに多少ツンケンされたことくらいなんとも思っていなかったのだが、いかんせんきちんと言葉にして伝えていなかったので伝わっていない。


「ゆ、許して! 助命嘆願には私もきちんと参加したからそれで許して!」


「許すって何を!?」


「し、しらばっくれるの!? もう死刑台に上るしかないの!?」


「い、意味が分からないんだけど!?」


 目をぐるぐるにさせて盛大に取り乱すメイラに、そんなメイラの態度に混乱している美咲は完全に振り回されている。


「とりあえず落ち着きなさいよ、二人とも」


「あいたっ」


「はぅっ」


 呆れ顔のエウートに頭を叩かれ、同じ仕草でシンクロして頭を押さえるメイラと美咲は、案外息が合うのかもしれない。

 メイラをカネリアが、美咲をルカーディアが、それぞれ慈母のような微笑みを浮かべて見守っている。


(頑張れ、メイラちゃん。美咲ちゃん、別に怒ってないから!)


 カネリアは心の中で思っているだけなので、分かってるなら教えてやれよという突っ込みを行う者は誰もいない。


(ああ、やっぱり美咲ちゃん可愛いわ。食べてしまいたいくらい)


 アレックス分隊の女性陣としては一番美咲に対して敵対心が強かったはずなのに、占領された魔族の村で助けられたことを切欠にすっかり感情が反転してしまったルカーディアは、もはや美咲にデレデレである。

 地味に考えていることも少し怖い。

 少し冷静に戻ったメイラが、怯えた目で美咲を見る。


「や、やっぱり、し、死刑台に私を送るつもりなの?」


「え? そんなつもり全然ないけど……?」


 苦笑した美咲が、何故そうなったんだと不思議に思いながら答えると、メイラの表情がみるみるうちに赤くなっていく。

 元々メイラはプライドが高い女性である。自分の一方的な勘違いで醜態を晒していたという事実に気がつき、盛大な羞恥心に襲われた。


「そ、それならそうと言いなさいよ! 無駄に怖がっちゃったじゃない!」


「ええええ!? 何で私怒られてるの!?」


 恥ずかしさを隠すために怒鳴るメイラと、困惑する美咲のやり取りを身ながら、すっかり蚊帳の外に置かれていたミーヤがジト目になりながら呟いた。


「またお姉ちゃんにラブコメを仕掛ける奴が現れてる……」


「一応、あいつら女同士なんだけど。ていうかまたって何よ」


 おませな人族の子どもに、エウートが律儀に突っ込みを入れた。



■ □ ■



 本題に入るまでに一騒動あったものの、落ち着いたので美咲は改めてメイラと向かい合った。

 対するメイラの方はまだ僅かに頬が赤い。

 これはすぐに平静に戻った美咲とは違いメイラの方はまだ騒動を引き摺っているからであり、また、肌が美咲よりも白いので赤くなれば顔に出やすいせいもある。

 元の世界でいうなら、メイラは白人の容姿に近いのだ。


「それで、話があるそうだけど、何かしら」


 何事もなかったかのようにツンと澄ました態度を取るメイラであるが、先ほどのメイラの醜態を見ている美咲は、何故かそれがツボに入ってしまい、笑いを堪えるのに苦労した。


「えっとね、今日はメイラにお願いがあって来たんだ」


 居ずまいを正した美咲は話を切り出すと、メイラは途端にそわそわし始めた。


「私に? まあ、あなたには色々世話になったし、聞くだけ聞いてあげてもいいけど」


 興味がありませんという顔でそっぽを向きながらも、メイラの視線はしっかり美咲を捉えている。


「ありがとう。私が魔将になったことは知ってるよね?」


 美咲が念のため確認を取ると、メイラは視線をそらして冷や汗を滲ませた。


「そそそそれはもちろんよ。……過去の行いはノーカウントよね? そうよね?」


 顔を寄せて潜めた声で尋ねてくるメイラに、美咲はにこやかに答えた。


「さっきも言ったと思うけど、別にメイラに酷いことしようと考えてるわけじゃないからそこは安心して」


 メイラの態度があまりにも微笑ましかったので美咲は思わず笑ってしまい、美咲の笑顔を見たメイラは頬を蒸気させる。


「べ、別にもう心配してはいないわよ!」


 くすくす笑いながら、美咲は本題を口にする。


「それならいいけど。でね、今日ここに来た目的は、上から親衛隊を作れって命令されちゃって、その隊員を探してて、良かったらそれにメイラに加わって貰いたいなぁって」


 どうやらメイラは耳にした情報を実際に理解するまで少し時間が掛かったらしく、しばらくきょとんとした顔で固まると、ぎょっとした顔で身を乗り出してきた。


「ちょ、ちょっと! 人魔将なんでしょあなた!」


「うん、そうだけど?」


 笑顔を浮かべたまま美咲が頷くと、メイラは愕然とした表情を浮かべる。


「上って言ったら、魔王陛下しかいないじゃない!」


「そうだね。遺憾ながら上司だね。私にとってはクソ上司だけど」


 冗談めかしているが、これは美咲の本心だった。

 まさかの倒すべき対象が上司になってしまっている。

 部下も持つことになって、逆に魔王討伐がやりにくくなってしまった。

 本当は断りたかったけれど、魔王直々の命とあらば受けるしかない。

 必然的に彼女たちを裏切ることになるので、正直美咲としては心苦しい。

 何かいい方法はないものかと思うが、今のところは思いつかない。


「ま、ま、魔王様になんていこというのよ! ふ、ふ、不敬だわ!」


「だって敬意とか抱き様がないし。私にとっては仲間を殺した仇だし。まあその件は戦争中のことだから割り切ってはいるけど」


 憎いのは本当だし、仇を取りたいという欲求を否定はしないけれど、敵討ちを果たしたところで心が晴れるかどうかはまた別の話なのだと美咲は学んでいる。

 それに人族と魔族の両方を守りたいと思い始めた美咲にとって、憎いから殺すのでは憎み会うこの世界の人族魔族と何も変わらないという思いもある。

 ただ、魔王を殺すことだけは譲れない。そうでなければ死ぬのは美咲なのだから仕方ない。

 魔王が解呪してくれるならそれが一番いいのだが。


(直談判してみるって手もあるか。……嫌だけど)


 もしかしたら。味方になっている今ならあっさり解呪してくれるかもしれない。

 皆の仇を取れなくなってしまうのは業腹だが、死者の慰めなど所詮は生きている者の自己満足だ。美咲が仇を取ったからといって、皆が死んだ事実は覆らない。

 ならば、やはり今の関係を大切にするべきだろうか。しかし分かっていても割り切るのは難しい。

 魔王が誠心誠意謝ってくれるのならば、あるいは。


「き、決めたわ! やっぱりあんたみたいな人間は野放しにしてはおけない! 魔将として相応しく振る舞うようにこの私がしっかり見張ってあげるから、覚悟しなさい!」


「ありがとー! やっぱり持つべきものは友達ね!」


 そう思っているからこそ、美咲はこうして明るく振る舞っている。


「ハァ!? と、友達!?」


「嫌だった? なら取り消すけど」


「ちょっと驚いただけよ! べ、別にいいんじゃない!? 私はどうでもいいけどね!」


 別れがあれば、新たな出会いもある。


「メイラちゃんてば、凄く分かりやすいなぁ」


 カネリアがメイラの慌てぶりを見てほっこりし、ニーナがエウートを見て笑う。


「あの子、エウートみたいだよね」


「私はあんなんじゃないんだけど!?」


 愕然とした表情で否定するエウートに、ニヤニヤ笑いながらルカーディアが追撃する。


「そう思ってるのは多分あなただけよ」


 横からぼそっと据わった目でミーヤが暴言を吐いた。


「おばさんも多分同類だよ」


「お、おば!? と、取り消しなさい! 私まだそんな歳じゃないわよ! まだ二百歳ちょっとしか生きてないんだから!」


「おばさんどころかお婆ちゃんだったね」


「だーかーらー!」


 美咲が人気者で嬉しいのだけれど美咲を取られたような気がして妬ましく思うミーヤに八つ当たりされ、ルカーディアが蛇の下半身をくねらせて器用に地団駄を踏んだ。


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