二十八日目:美咲の部下探し5
避難所は、美咲としては元の世界のプレハブ小屋のようなものを想像していたのだが、実際に目にすると美咲の想像とは違い、立派な一軒屋だった。
良く考えたらそれは当然で、つい先日突貫工事で作ったわけではなく、大昔に建てられた建物をそのまま使っているだけなのだから、当たり前のことだった。
普段は管理人がいるだけの空き家らしいが、現在は人族との戦争中なので割と使用されているらしい。
玄関扉のノッカーを叩こうとして、美咲は玄関近くの窓越しに、見覚えのある姿を見つける。
白いふわふわの髪に、くるんとカールした二本の角。カネリアである。
「あっ、美咲さん。来てくれたんですね!」
同時にカネリアも玄関に立つ美咲を見つけ、美咲がノッカーを叩く前に玄関扉を開いて飛び出してくる。
カネリアはそのままの勢いで美咲に抱きついてきた。
美咲の身体はカネリアの体重を微動だにせず受け止めた。
今の美咲なら、このくらいで姿勢が揺らいだりはしない。鍛えているのは伊達ではないのだ。仮にも、魔王を討伐するつもりなのだから、この程度で体勢を崩すようではお話にならない。
「一日ぶりだね、カネリア。ここでの暮らしにはもう慣れた?」
「実はまだあんまり……。でも、村の皆と一緒なので何とかやっていけそうです」
「そっか。それは良かった」
そのまま雑談に花を咲かせそうになる美咲の脇を、エウートが肘でつつく。
「本題を先に話しなさいよ。旧交を温め合うのは後でもできるでしょ」
「おっと、そうだった」
ハッとした美咲は、居ずまいを正しカネリアに向き直る。
そんな美咲に、カネリアが問い掛けた。
「そういえば、美咲さんはどうしてこちらへ? いえ、来てくれたのは嬉しいんですけど、私が言うのもなんですけど、ここは魔将が来るような場所じゃありませんよ?」
「あれ? 私が人魔将になったの、知ってるの?」
「お披露目したじゃないですか。私たちも遠くから見てたんですよ」
「そ、そうだったの……」
カネリアたちにそれぞれ死霊魔将アズールを牛面魔将ディミディリアに抱え上げられるというこっぱずかしい場面を見られていたことを知り、美咲はかすかに赤面する。
羞恥心を堪えようとしたものの堪え切れなかったようだ。
下から見上げる形で見ている者がほとんどだっただろうから、美咲とミーヤが抱えられていたなんてことは気付かれていない可能性が高いとはいえ、恥ずかしいものは恥ずかしい。
美咲から他の面々に視線を移したカネリアが、ミーヤ、ニーナ、エウート、ルカーディア、ルフィミアと見ていく。
「ミーヤちゃんもいるんですね。昨日の魔族兵の人たちも。後は人間……ではないですね?」
「よく分かったわね」
自分の正体を当てられたルフィミアが、感心してカネリアを見る。
好きでアンデッドになったわけではないし、精神としてはまだまだ人間のつもりであるルフィミアは、それでも事実を否定するつもりは全くない。
肉体としては、完全に人間を外れてしまったことは理解している。
「だって、顔色が死体みたいですから」
「……間違ってはいないんだけど、何だかこう、言い難い感情が沸き上がるわね……」
そのものずばりな言い方をされ、ルフィミアはそれはそれは複雑な表情になった。
怒りたいけどこんなことで怒るのも馬鹿らしい、そんな葛藤が窺える。
きょとんとした表情で、ミーヤがルフィミアを見上げた。
「おばちゃん、おこりんぼ?」
まさかの暴言である。
「喧嘩売ってるのかしら?」
綺麗な笑顔を浮かべるルフィミアだが、その額には青筋が浮かんでいる。
ルフィミアはミーヤのことをなんとも思っていないのだが、ミーヤの方は敵視とまでいかないものの、ルフィミアに対し対抗心を抱いていた。
それは、自分こそが美咲を守るのだという、幼い自負心の表れである。
「ミーヤちゃん、今のは駄目な発言よ」
「そうなの?」
美咲がそっと窘めると、ミーヤは純真無垢な表情で首を傾げた。
やり取りを見たニーナが目を見開く。
「わざとじゃなくて、素なんだ……」
「いいえ、あれはきっとしらばっくれてるだけよ」
驚くニーナに対し、エウートが肩を竦めた。
「案外ふてぶてしいわよね、あの子。魔将になるわけだわ」
ルカーディアは謎の納得をしている。
「ところで、他の皆はいるかな?」
「今は皆いますよ。エリューナさんとミトナさんは庭の手入れしてますし、メイラさんは読書、マリルさんとルゥちゃんは水浴びして遊んでます」
美咲が尋ねると、カネリアからそんな答えが返ってきた。
ちなみにカネリア自身は、避難所の掃除をしていたらしい。
各々の行動に、特徴が現れていてちょっと面白い気がする美咲だった。
「なら上がってもいいかな。今日は皆に話があって来たの」
「もちろん構いませんよ。どうぞ上がってください」
許可を求める美咲に、カネリアは満面の笑顔を浮かべ、玄関扉を大きく開いた。
■ □ ■
避難所の中は、穏やかな空気が流れていた。
数年ぶりに、田舎の実家に戻ってきたかのような空気間とでもいえば、その雰囲気が一端だけでも伝わるだろうか。
(何ていうんだろう……。こう、流れる時間が違うみたいな感じ)
実際に流れる時間が違うわけではなく、あくまで体感的なものだが、時間に縛られ忙しなく動いている普段と、時間に囚われないゆったりとした空気の違いとでもいうべきか。
今でいうなら、魔王討伐のために突き進んでいた時に、不意に穏やかな時間に引き戻されたようなもので、美咲自身上手く言葉にすることができないが、なんともいえない寂寥感と郷愁を覚えた。
それは、避難所の建物が元の世界にある建物と似通っていたからかもしれない。
これが竪穴式住居とかだったりしたら、さすがに郷愁など覚えるべくもないだろうけれど、この世界は人間よりも魔族の方が魔法を使える分建築技術が優れている。
魔族の領域には、ちらほら元の世界の民家と比べても遜色ない建物が存在している。
さすがに高層ビルなどはないけれども。
「結構広いでしょう? 五人で生活していても、不満なんて出ないくらいの広さなんですよ。ありがたいことです」
廊下を歩く途中で、カネリアが振り返って美咲に微笑みかけてくる。
「うん。それに、この建物、東方風?」
「よく分かりましたね。私も詳しいわけじゃないですけど、東方の建築様式で建てられたそうですよ」
郷愁を覚えた理由は、ただ穏やかな空気が懐かしかっただけではない。
避難所の建物は、屋敷なのだ。東方風とはいっても、それは美咲にしてみれば『和風』でしかない。
(板張りの廊下に、障子にふすま。……懐かしいな。お爺ちゃんお婆ちゃんの家が、こんな感じだったっけ)
懐かしい光景は、懐かしい記憶を刺激する。
泣くほどではないけれど、それでも涙腺が刺激されて、美咲は少しだけ瞳を潤ませた。
まさか魔都でこんな屋敷を見ることになるとは思ってもいなかったので、少しだけ胸がつんとした。
「魔都って、こういう建物は多いの?」
美咲が尋ねると、カネリアは困った表情で首を傾げた。
「ごめんなさい、私も魔都に来たのは今回が初めてなので、そこまでは……」
どうやら、カネリアはあまり魔都については詳しくないようだ。
こういっては悪いが、田舎娘なので仕方ない。
カネリアの代わりに、エウートが美咲に解説してくれる。
「そんなに多くはないけど、比較的最近に建てられた建物は、そこそこ東方風の建築が多いわね。少なくとも、東方征伐が終わってからはそうよ」
「へえ、そうなんだ。詳しいのね」
感嘆して美咲が目を丸くすると、ちょっと照れた様子で赤面したエウートは、自分の赤面顔を隠すかのように怒り顔になると、咳払いをした。
「詳しいも何も、魔都は私の地元よ」
美咲が反応するよりも早く、カネリアが驚いた声を上げる。
「エウートさん、都会の人だったんですか!」
「都会の人って、アンタね……」
呆れ顔のエウートに、美咲はふと頭に浮かんだ疑問をぶつけた。
「魔都出身なのに、あの魔族の街に駐屯してたの?」
「そりゃ、魔族兵の出身地がどこだろうと駐屯地は変わらないもの。魔都で生まれ育ったからって魔都の魔族兵になれるわけじゃないわ」
良く考えれば、エウートの主張は当然だ。
そもそも人口密度だって魔都の方が地方の魔族都市よりも多いのだから、魔族の出身地で魔族兵の駐屯地が決まるなら、大きな兵力格差が出てしまう。
納得した美咲は質問を変えた。
この際だから、小さな疑問は全て解消してしまうことにする。
別に疑問のままで困るようなものではないから放っておいても構わないのだが、雑談代わりにはちょうどいい。
「そういえば、東方って魔族から見ても東方なの?」
エウートが再び口を開こうとしたが、先にニーナが口を出す。
「うん。魔族領は元々人族圏に挟まれた小さな領土しかなかったんだけど、最初に東方を征服して領土に組み込んで、西方に進出したんだよ」
にこにこ笑顔を浮かべながら話すニーナの裏で、エウートが不満そうに口を尖らせている。
ツンデレなエウートなので、密かに美咲に説明するのが楽しかったのかもしれない。
続いてニーナの説明をルカーディアが引き継ぐ。
「とはいっても、今の魔王陛下が即位する前のことだけどね」
一番年上なのがルカーディアなので、当然歴史知識もルカーディアが一番深い。カネリアやニーナ、エウートが知らないことも、ルカーディアは知っていた。
まあ、この程度の知識は調べようと思えば誰でも調べられるし、軍属になれば学ぶ知識なので、当然ニーナとエウートも知っている。
一般人であるカネリアも知っているくらいだ。もちろん内容は、一般人の範疇を出ない程度でしかないが。
先頭を歩いていたカネリアが、ある襖の前で立ち止まる。
「着きました。メイラちゃんの部屋です」
何故よりにもよって一番最初がそこなのか。
過去にメイラにツンツンした態度を取られていた美咲は、密かにそう嘆いた。