二十八日目:美咲の部下探し3
こうしてエウートに加え、ニーナも仲間に引き入れた美咲は、次にルカーディアを尋ねることにした。
少なくとも見た目は同年代であるニーナやエウートとは違い、ルカーディアは外見年齢も実年齢も美咲より上なので、少し緊張する。
(最後はルカーディアさんもだいぶ打ち解けてくれていたし、大丈夫よね?)
まさか出会い頭に攻撃されたりはしないと思うが、三人の中では仲良くなるのが一番遅かったので、ちょっと心配になってしまう。
「そういえば、ルカーディアさんの部屋ってどこ?」
虱潰しに探すのは無駄が多いし、知らない魔族兵にばったり遭遇する可能性もある。
それに何より美咲に友好的なニーナとエウートという魔族兵二人がいるのだから、彼女たちに聞くのが一番いい。
「こっちだよ! 案内してあげる!」
「ここは主に若年兵の部屋が集まってるから、ルカーディアは別の階に部屋があるわ」
飛び跳ねるような足取りでうきうきと歩き出すニーナの後ろで、エウートがナチュラルにルカーディアのことを年増扱いした。
悪気はない。
魔族兵の女子寮は四階建ての建物で、かなり大きな建物だ。
元の世界の建造物と比べても、大きさでは遜色しない。
むしろ、土地をたっぷりと取れることを考えると、敷地面積自体はこっちの方が広いかもしれない。
まあ、その分元の世界では上へ上へと高層ビルや高層マンションが発展していったのだが、さすがにこの世界ではいくら魔法があるとしても、元の世界のようなビルやマンションは存在しない。
一応高層建造物としては塔があるのだが、住居用に作られたものではない場合がほとんどなので、やはりビルやマンションの代替物かというと違う。
ルカーディアの部屋は二階にあった。
ちなみにニーナの部屋は最高階である四階にあり、そこから二階下った先、廊下の一番右端に面した部屋がルカーディアの部屋になる。
いわゆる角部屋というやつで、他の部屋よりも少しだけ居住空間が良く設計されている。
チャイムを押すと、中から返事とずるずると何かを引き摺るような音が聞こえてきた。
「あら? 美咲ちゃんじゃないの。それにニーナとエウートまで。どうしたの?」
最初の険悪さが嘘のような穏やかな態度で、ルカーディアは美咲に接する。
捕まって魔都に着くまでの美咲の行動の数々が、ルカーディアの心を動かしたのだ。
ルカーディアは決して人族への憎しみを捨てたわけではないが、それをもう美咲に向けたりはしない。
美咲はルカーディアにとって特別とも呼べる例外になっている。
そういった意味では、魔族兵三人の中では、ルカーディアが最も美咲のことを特別扱いしているのかもしれない。
ちなみに足音が聞こえなかったのは、ルカーディアの下半身が蛇で、基本的に蛇体をくねらせて移動するからである。
そのためか、ルカーディアの部屋はニーナの部屋に比べると、驚くほど段差が少ない。
(お婆ちゃん……バリアフリー……)
脳裏を失礼な連想が過ぎり、美咲は反射的に噴出しそうになるのを堪えて澄ました表情を取り繕う。
迫力のある美人なので、ルカーディアを怒らせるのは少し怖い。
これがニーナなどなら、むしろ怒った顔も可愛いのだが。
一方エウートは、笑顔よりもむっとした顔や真顔、怒り顔などの方がしっくりする。どちらかといえば釣り目なせいだろうか。いや、エウート自身の性格もあるかもしれない。彼女は割とツンデレだ。
ツンデレといえばルカーディアもそうなのだろうが、彼女の場合はツンデレと表現するのが憚れるくらい怒った表情が普通に怖いので、その表現はしっくりと来ない。
「……美咲ちゃん? どうしたの? 百面相して」
(はっ!?)
不思議そうな表情のルカーディアに首を傾げられて、美咲はようやく我に帰る。
小さく咳をして恥ずかしい気持ちを堪えた美咲は、担当直入に頼み込んだ。
「実は、部下になってくれる人を探していまして! アレックスさんの許可は取ったので、ルカーディアさん私の部下になってくださいませんか!?」
部下になれという割には思い切り下手に出る美咲だが、相手が年上なので当然である。
決して怖かったからではない。念のため。
「部下? どういうこと?」
決して怒っているわけではないのだが、僅かに眉を顰めるだけでも、ルカーディアの表情は迫力を増す。
鋭く尖った刃物のような雰囲気の美女なのだ。ルカーディアは。
「あー、美咲ね、実は助命された結果魔将に選ばれたのよ」
「お披露目もしたらしいですけれど、私は知りませんでした」
そんなルカーディアに、エウートとニーナが説明する。
「私、聞かされてないんだけど」
不満そうなルカーディアに、エウートが補足を行った。
「さすがに一般兵にまでいちいち知らせたりはしないわよ。私も異動命令を受けて初めて知ったクチだし。元から魔都にいた魔族兵ならお披露目を見に行ったかもしれないけど、私たちは色々手続きで忙しかったしね」
確かに急がしかったのは同意らしく、ルカーディアは小さくため息をついただけで流し、頷く。
「いいわよ」
意外にも、ルカーディアは美咲の頼みを快諾した。
それどころか、嬉しそうにくすくすと笑っている。
「遅くなったけど、魔将就任おめでとう。アレックス分隊長の部下のままでも良かったけど、美咲ちゃんと一緒にいるのも悪くないわ。これからよろしく頼むわね。これ、出世になるのかしら?」
「なるんじゃない? 分隊員から魔将の親衛隊員に格上げなんだから」
「そう聞くと、何だか格好良いですね!」
盛り上がるルカーディア、エウート、ニーナ三人の会話を聞いて、ミーヤが口惜しがる。
「ミ、ミーヤもそっちが良かった!」
格でいえば人魔将である美咲と従魔将であるミーヤは一応同格で、美咲の親衛隊員になった三人の方が格下になるのだが、ミーヤはどうやら美咲と一緒にいることの方が重要らしい。
「そういえばこっちの子はどうして美咲ちゃんと一緒にいるの?」
ルカーディアが今更ながら、遅れてミーヤの存在に気付く。
「ああ、ミーヤも魔将になったのよ」
どこかニヤニヤした笑顔を浮かべているエウートは、おそらくルカーディアの反応を予測しているのだろう。
「……は?」
案の定、ルカーディアはその冷たい顔をぽかんとさせた。
「え、何その顔! 失礼しちゃうよ!」
ぷんぷんと怒るミーヤと、やれやれとでもいうように肩を竦めるエウートを、珍しくおろおろとしながらルカーディアが見比べる。
「子どもで、しかも人間よね……?」
「美咲が魔将になった時点で人間だからっていうのは今更でしょ。それに美咲に懐いてるから問題ないんじゃない?」
エウートの指摘にようやくルカーディアはミーヤがバルトに乗って自分たちを、正確に言えば美咲のことを迎えに来たことを思い出した。
確かに、合流した時の様子は、美咲とミーヤはいかにも仲が良さげだった。
納得がいったルカーディアは、続いて顔触れを眺めて、一歩引いてやり取りを見守っていたルフィミアの存在に気がつく。
「そういえば、そっちにも人間がいるわよね……」
女性とはいえ、大人であるルフィミアに、ルカーディアは警戒の目を向ける。かすかに憎悪と嫌悪も滲んでいる。
個人限定で嫌わなくなっただけで、人間という種族全体への憎しみが消えたわけではないのだ。
「ルフィミアよ。私はアンデッドだから、人間じゃない。望んでアンデッドになったわけじゃないけどね。美咲ちゃんの味方だから、美咲ちゃんと友好的に接しているなら私からあなたたちにどうこうすることもないわ」
名前を告げるルフィミアからも静かな敵意がじわりと鎌首をもたげた。
険悪になりかけた両者の雰囲気を察知し、美咲は慌てて割り込んだ。
「あ、ルフィミアさんも私の部下になってもらう予定なんですよ」
笑顔を浮かべつつ、にへらとルカーディアとルフィミアの様子を窺う。
剣呑な表情だったルカーディアが、先に表情を穏やかなものに戻した。
「……まあ、いいわ。美咲ちゃんが信用するなら、私も信用することにしましょう。でも、美咲ちゃんを裏切るような真似は許さない」
「……肝に銘じておきましょう」
ルフィミアも敵意を抑え、友好的に笑顔を浮かべる。
美咲はルフィミアが裏切らないと言い切らなかったことが少し悲しかった。
(断言できないのは、私の爪のお守りを持っていないとアズールの影響を受けちゃうからかな)
こればかりは仕方ないことだと美咲も分かっている。
死者としての衝動と精神支配は、死霊魔将アズールの死霊術によって仮初の蘇生を果たしたルフィミアにとっては、本来切っても切れないものだ。
美咲が自分の爪にも宿っている魔法無効化能力で干渉を跳ね除けている事の方が反則的な行動であり、ルフィミアが自らの意思を正しく維持できている今の状態の方が特別なのだと、美咲とてよく理解している。
この方法以外にルフィミアの状態を安定化させようと思うならば、美咲自身が死霊術を学び、アズールから支配権を奪い取るしかない。
しかしこの方法は実質的に不可能だ。
永い時を死霊術の研究と研鑽に当ててきたアズールに対し美咲がにわか仕込みで死霊術を学んだところで美咲に勝てる可能性など万に一つもない。
例外は、アズールの後継者として美咲自身が死霊術の全てを受け継ぐことくらいか。
しかしそんな方法は美咲自身がどうなるかも予想できなくなるので、本当に最後の手段になる。
それにそもそも、道義的にいえば、死者であるルフィミアは蘇っている現状こそがおかしいのであって、本来ならばルフィミアはもう一度死ぬべきなのだろう。
その道理を正しいと思いつつも受け入れられないのが、今の美咲だった。
(ええい、やめやめ。こんなの、悩んだって答えなんて出ないんだから。それよりも考えなきゃいけないことがあるでしょ、私)
両頬を軽く手で叩き、美咲は気持ちを切り替えて気合を入れる。
突然の美咲の行動に、ルカーディアが目を丸くした。
ルフィミアは少し心配そうな表情を見せる。
ミーヤがそっと美咲に寄り添って美咲の服の袖を握り、自らの存在を美咲にそれとなく示す。
エウートが美咲の背中を思い切り叩いた。
乾いた破裂音が響き、美咲は思わず悲鳴を上げる。
「うわひゃ!?」
「何辛気臭い顔してんのよ。次行く場所決めるわよ。私とニーナ、ルカーディア、ルフィミアのまだ四人しか決まってないんだから。美咲は誰か候補者を決めてあるの?」
「一応は……。ていうか、魔族の知り合いは少ないから、ほとんど選択の余地がないっていうか」
「じゃあ、まずは美咲の希望を当たりましょ。魔族兵の中から探してもいいけど、人間の下につくことを良しとする魔族はそうそういないし。私だって、美咲じゃなかったらごめんだしね」
鼻を鳴らして腕を組むエウートに、ミーヤが不思議そうに尋ねる。
「じゃあ、エウートはミーヤの下につくのもイヤなの?」
「人間以前の問題で、誰がアンタみたいなガキの下につくか馬鹿」
「むきー! ミーヤはガキじゃないし、馬鹿でもないもん!」
エウートの暴言にミーヤが怒って地団駄を踏んだ。
「ミ、ミーヤちゃん抑えてください……。み、美咲ちゃん、人間の子どもの扱いってどうすればいいの!?」
ニーナがミーヤの機嫌を取ろうとするものの、種族の違いからどうしていいのか分からず、おろおろと美咲に助けを求める。
「……イイかも」
「え?」
ミーヤを宥めに向かおうとした美咲は、ぼそりと呟かれたルカーディアの言葉に思わず足を止めた。
見れば、ルカーディアの顔色は赤く、だらしなく口元は開かれ、赤い二股の舌がちろちろと除いている。
我に返ったルカーディアは慌てて回りを見回し、美咲に見られていることに気がつくと、真顔で美咲に凄んだ。
「何でもない。ちょっと母性を刺激されただけだから。我ながら血迷ってしまったわ。忘れて」
「は、はぁ……」
案外可愛いところもあるんだなぁと、美咲はルカーディアに対して苦笑して、ミーヤを宥めに今度こそ向かった。