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美咲の剣  作者: きりん
六章 守るべきもの
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二十八日目:人魔将美咲3

 心に重いものを引き摺りつつも、美咲は気を取り直しミーヤ、ルフィミア、エウートの四名を伴って魔族軍駐屯地に向かった。


「そういえば、えっと、アンタ名前なんだっけ。私はエウートっていうんだけど」


 道中、エウートが名乗りつつルフィミアに尋ねる。


「ルフィミアよ。一応まだ意識的には人間のつもりだけど、アンデッドだから実質的には魔族の括りに入るのかしらね」


 答えるルフィミアの表情は何ともいえない。

 本来ルフィミアは人間側で、美咲に協力したい気持ちは強いものの、魔族に肩入れするにはまだ躊躇いがある。

 アズールの操り人形だった時はどちらに協力しようが構わなかっただろうが、今はルフィミアにも自由意志があるので、魔族に対する隔意は比較的大きい。

 もっとも、美咲が心を許しているエウートに対しては、ルフィミアも警戒心を緩めてはいる。

 あっちこっち警戒していても気疲れするだけだし、美咲が心を許しているなら、ルフィミアもある程度信用することにしているのだ。

 何しろ魔族との付き合いは美咲の方が深い。

 あくまで敵としてしか接してこなかったルフィミアと違って、美咲は一部の魔族と心を通わしている。

 今回仲間に加わったエウートなどもいい例だろう。


「どっちでもいいわよそんなの。ねえ、美咲、彼女は選択肢に入れないの?」


 エウートは今度は振り返って美咲に話を振ってきた。

 どうやら切り出そうか迷っていたようで、美咲はもじもじしながらルフィミアに申し出る。


「……えっと、いいですか? ルフィミアさん」


「むしろ、最後まで誘われなかったらどうしようかと思ってたわ。誘ってくれてありがとうね」


 微笑んで快諾したルフィミアに、美咲もようやくホッとして笑顔を浮かべた。


「いえ。また一緒に戦えて、嬉しいです」


 美咲としては、あのルフィミアが自分の部下になるというのは恐れ多い気がするものの、自分の成長が形になったようにも思える。


「むうー。また勝手にいい雰囲気になってる」


 そんな美咲とルフィミアのやり取りを、ミーヤが不満そうに頬を膨らませて見つめていた。

 まだ幼いミーヤは精神的に成熟しているといっても、子どもの域を出るわけではない。

 子どもらしく美咲には自分を一番に見てもらいたくて、でも聡い子だからそれを我慢している。

 でも、ぽろりと文句が漏れてしまうことはあるのだ。


「いい雰囲気っていっても、歳の離れた姉妹みたいに見えるけど。ねえ、あの二人ってどんな関係なの?」


「ミーヤも詳しくは知らない。ミーヤがお姉ちゃんと出会う前に死んじゃった人だから」


 今までのように、不満だからといってミーヤが我がままをいえない理由がそれだった。

 美咲の気持ちを、ミーヤは痛いほど理解出来るのだ。

 失った人が戻ってくる喜びは、ミーヤも想像することは容易い。ミーヤにとっては、両親が生きて目の前に現れるようなもの。

 もちろん、その可能性が無いに等しいこともミーヤは理解している。だから、祝福するべきなのだ。本当は。


「アイツも魔族語が堪能なのね。人間にも魔族を喋れる奴が増えてきて嫌になるわ」


 純粋に魔族兵としての観点から、エウートはため息をついた。

 先の戦いでも、エウートは魔族語を操る人族騎士たちに不覚を取った。

 彼らが人族たちにとっても切り札的存在であることは、エウートにとっては慰めにはならない。

 魔族語は素質ではなく知識なのだ。

 教え伝えるのは難しいが、ノウハウさえ知っていれば誰だって学ぶことはできる。

 だからこそ魔族側も厳しく管理しているが、一度漏れてしまえばじわじわと広がっていくことは避けられない。

 幸いなのは、人族側と魔族側では同じ魔族語でも習熟度に大きな差があることだ。

 物心つく前から魔族語に慣れ親しんできた魔族と、成長してから学び始めた人族とでは比べるべくもない差がある。

 人族側には教材となる正しい魔族語知識も少ないから、幼い頃から教育しても魔族のような実力には至らない。少なくとも今はまだ。

 魔族軍駐屯地に着いた。


「私が手続きして入場許可を取ってくるから、少し待ってて」


 エウートが一足先に駐屯地に入っていく。

 軍人であるエウートは顔パスで入れるが、他はそうもいかない。

 実は美咲とミーヤならば魔将としての権力で無理やり入れなくもないのだが、ここは魔族軍の面子を建てた形にした方がいい。

 少しして、エウートは三枚のカードを持って戻ってきた。

 紐がついていて、首からさげられるようになっている。また、邪魔にならないようにピンで服に留められるようにもなっているようだ。


「はい、許可証。失くさないでね」


 カードは薄い金属の板でできていた。

 相変わらず魔族語の文字は読めないので、何て書いてあるのかは分からない。エウートに聞けば分かるだろうが、聞くほどのことでもないだろう。

 美咲は大事に首から下げた許可証を服に留めた。


「とりあえず、先にアレックス分隊長に話を通しておいた方がいいわね。私にとってはもう元だけど。さっき聞いたけど、幸いまだいるみたい。こっちよ」


 どうやらエウートは許可証を取りに行ったついでに必要な情報も入手していたらしい。

 エウートに案内され、美咲たちは歩き出した。



■ □ ■



 久しぶりに会ったアレックスは、書類仕事に追われていた。


「ああ、美咲か。昨日ぶりだな。少し座って待っててくれ」


 来客用だろうか、空いているソファーを示されて、美咲はミーヤ、ルフィミア、エウートと一緒に腰掛けた。

 ちょうど四人掛けのソファーなので、全員同じソファーに座れる。

 美咲が一番左で、その隣がミーヤ、さらに隣がルフィミア、右端にエウートという席順になった。

 ミーヤは美咲の隣なので機嫌がいい。ルフィミアはいつも通りで、エウートはそっぽを向いていて分かり辛いがちらちらと美咲をたまに見る辺り何だか残念そうである。

 書類仕事を終わらせて、アレックスは美咲たちに向き直る。


「待たせたな。用件を伺おう。たがまあ、エウートがいる以上大体検討はついているが」


「えっと、ニーナさんとルカーディアさんを、本人たちが望むなら部下として迎え入れたいんですけど……」


「構わんぞ。欠員が出た以上どの道人員構成は俺の隊も大幅に変更になる。むしろ今申し出てくれて助かったよ。今ならどうとでもなるからな」


 アレックスは書類を二枚取り出すと、自らの名前を魔族語で記入して印鑑を押し、美咲に渡した。


「二人に会って、記入と捺印をしてもらえ。そうしたら事務に持っていけば手続きを行ってくれる」


「あ、ありがとうございます!」


「アルルグとクアンタの分もいるか? どうせ選ぶなら、面識がある方がいいだろう」


「……あの人たちは、ちょっと」


 曖昧な笑みを浮かべて美咲は辞退する。

 気を使ってくれたのは嬉しいが、敵意バリバリなあの二人を部下に迎えても苦労するだけだとしか思えない。

 口を濁した美咲の言いたいことを察して、アレックスは苦笑する。


「まあ、そうなるか。あいつらももう少し頭が柔らかくなれば化けると思うんだがなぁ」


「私も、もうちょっと信頼してくれてもいいとは思いますけど、こればかりは個人の問題ですし」


 個人で嫌われているのならばまだしも、種族が理由で嫌われているのならば美咲にはどうしようもない。美咲は人間であることをやめるつもりはないからだ。

 別に人間が特別とかそういう思いはないものの、やはり元の世界に帰るつもりなので、人外になってしまっては後々困るのは美咲自身である。


「ニーナとルカーディアは兵士用の宿舎にいるだろう。男女で分かれているから間違えないようにな。ああそうだ。昨日買ったものの余りなんだがやろう。女なら甘味は好きだろ?」


「甘味!」


 机の引き出しを漁り始めたアレックスに、美咲は表情を輝かせる。

 別に女だから甘味が好きというわけではないけれど、美咲もミーヤもルフィミアも甘味は好きだ。もちろんエウートも同じである。ただ彼女の場合、表情には出さずにそわそわしだすので少し面白い。


「ああ、あった。これだこれ。ほれ」


 アレックスが紙袋を取り出して、美咲に向けて放ってきた。

 反射的に美咲がキャッチすると、それなりの重みが伝わってくる。


「ああ、これは美味しそうな……美味しそうな……」


 笑顔で中を確認した美咲が笑顔のまま凍りつく。


「わあ、グラビリオンがいっぱい!」


「グラビリオンの干物だ。甘みが凝縮されているから生よりも美味いぞ」


「おやつにちょうどいいわねぇ」


「分隊長にしては気が利くじゃない」


 素直に喜ぶミーヤを見て、アレックスは表情を綻ばせる。

 ルフィミアもニコニコしているし、エウートも悪い気はしていなさそうだ。


(よりにもよってグラビリオン……。でも文句なんていえない……)


 甘くて美味しいことは知っている。

 しかし虫だ。

 美咲としては、いくら甘くて美味しいとはいっても、虫食は勘弁してもらいたい。


「いっぱいあるし、どうせならニーナとルカーディアの奴も誘ってから食べましょ」


「さんせー!」


「いい茶葉も探さないとね。市場にあるかしら?」


 エウートとミーヤとルフィミアが嬉しそうに食べることを前提に予定を立てている。


(ああ……悪意なく外堀が埋められていっている……)


 引き攣った笑顔を浮かべて、美咲は袋の口を閉じた。

 グラビリオンの干物が詰まった袋というのは、つまるところ干からびた芋虫の死骸が無数に詰まった袋と同義だ。元の世界ならば確実に嫌がらせの類である。


(大丈夫……見た目さえ気にしなければ美味しいんだし……)


 内心で呟く言葉には全く説得力がない。

 たしかに美味いことは食べたことがある美咲はよく知っている。

 でも見た目のインパクトというのは中々侮れないもので、美咲は未だに慣れない。

 美咲は引き攣った笑顔を浮かべ、アレックスの下を辞した。


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