二十八日目:人魔将美咲1
その後、美咲はアズールと詳細な打ち合わせを行い、彼の私室を出た。
ミーヤとルフィミアを連れて、魔王城の中を歩く。
決行は明日。
アズールがディミディリアを連れ出し、その隙に美咲、ミーヤ、ルフィミアの三人で魔王に戦いを挑む。
当然戦いになればディミディリアも異常に気付くだろう。
その間、アズールは自分が取れる限りのあらゆる手を使ってディミディリアが魔王の下へ向かうのを妨害する。
連絡はアズールからは念話で、美咲たちからはミーヤのフェアの力を借りて行う。
美咲は無効化能力が発動してしまうので又聞きするしかないが、ミーヤかルフィミアならば普通にアズールの念話を受け取れるし、フェアリーであるフェアはテレポートや念話といった特殊能力に優れ、さらに今はミーヤがつけている翻訳サークレットによって意思伝達を肩代わりすることができる。
ディミディリアのように近接戦闘が得手ではないアズールは、いつまでもディミディリアを引き止めておくことができない。
よって、この作戦の成否は、アズールがディミディリアの合流を遅らせている間に、美咲、ミーヤ、ルフィミアの三人がいかにして魔王を倒すかにかかっている。
セザリーたちが総出で戦っても勝てなかった相手だ。甘く見積もってもまだ勝算が薄いことには変わりがない。
そのことは美咲やミーヤ、ルフィミアたち自身も承知だし、アズールも戦力の少なさを気にしてセザリーたちもアンデッドとして蘇らせて戦力に加えることを提案してきた。
でも、美咲はそれを拒否した。
(……当然よ。ルフィミアさんも、蘇ったことがいいことばかりじゃない。まともに残ってるのが視覚や聴覚ぐらいで他はほとんど磨耗しちゃってる。それに、アズールの奴に何を仕込まれるかも分からない。皆をそんな状態に置くのは嫌だ)
アズールに対して、美咲はセザリーたちの死体をアンデッドにしないよう確約させた。アズールはのらりくらりと返答をはぐらかそうとしたが、こればかりは美咲も一歩も引かずに言質を取った。
もし約束を反故にされたら、魔王を倒した後でもう一戦も辞さない覚悟だ。
ルフィミアが蘇ってくれたのは嬉しいし、皆が蘇れば美咲はきっと泣くだろう。けれども、やはりそれが正しいことだと美咲は思わない。
今までたくさんの人に助けられて、たくさんの人の死を見てきた。
そして仲間になってくれた人たちから、たくさんの願いと想いを託されてここまで来た。
皆を蘇らせてしまったら、それは美咲が背負ってきたものを背負いきれなかったのと同じだ。まるで、受け取った荷物を重いからとつき返すようなもの。
美咲を信じて託してくれた人たちに、そんな真似はできない。
もし生き返らせるなら、全てが終わった後だ。
魔王を倒して、戦争も終わらせて、平和になった世界を見せて「私、頑張ったよ」と胸を張りたい。
そしてそのためにも、こんなアンデッドのような中途半端な蘇生では駄目なのだ。
生き返らせるのならば完全蘇生以外にはない。
そういう意味でなら、死霊術を研究する価値はあるかもしれない。
この世界の地に美咲が骨を埋める覚悟を決めればの話だが。
当然美咲はそんなつもりはない。
元の世界に帰りたいけれど、帰っても死出の呪刻を解かないと死んでしまうから、美咲は魔王を倒すために旅に出たのだ。
帰れるものならすぐに帰りたい。ずっとその気持ちは変わらない。
ミーヤやルフィミアなど、この世界で大切な人が増えれば増えるほど気持ちは揺らぐけれど、それでも最初の思いは変わらない。
それに、もう美咲はミーヤをこの世界に置いていくつもりはなくなっている。
他でもないミーヤ本人がついていきたいと言ったのだ。
たくさんの苦労があるだろう。
この世界で美咲が異邦人だったように、元の世界ではミーヤの方が異邦人だ。
何なら、帰る前に自分が送還魔法を覚えたっていい。
いや、むしろ召喚魔法と合わせて両方覚えるべきだ。そうすれば、元の世界とこの世界を行き来できる。
この世界で出会った人たちとも今生の別れにはならない。
(うん。そのためにも今は頑張ろう。……絶対に、魔王を倒すんだ)
どんなに幸せな未来を思い描いたところで、魔王を倒さなければそんな未来は絶対にやってこない。
美咲は人知れず決意を固めた。
■ □ ■
アズールの部屋を辞した後、美咲がミーヤ、ルフィミアと連れ立って歩いていると、通り掛かったディミディリアに呼び止められた。
「ああ、いたいた。探したのよ」
表情豊かな牛面と表現するといかにもおかしいような気がするものの、美咲の目にはディミディリアがそうとしか見えない。
それにはディミディリア自身の気質も多いに関わっているかもしれない。
武人肌で姉御肌で、でも大らかさや気の良さもあり、親しみやすい。
(……なんだろう。ミリアンさんに似ている気がする)
思わず浮かんだ連想に、美咲は思わず吹き出してしまった。
元の世界の人間である美咲の目で見ても、ミリアンはとても美人だった。
当然鍛えているのだからモデルなどのような線の細い美人とはまた違う系統なのだが、それでも美しいことには変わりない。
同じような系統の美人だったアリシャともまた違う、より親しみやすい美人とでもいうべきか。
親しみやすいという点ではディミディリアはミリアンによく似ている。
(ミリアンさんにそう思ってるの知られたら、怒られそう)
自分の想像に自分で笑いそうになった美咲は、すぐに笑顔を萎ませる。
そんなミリアンはもう死んでいるのだ。二度と会えない。
実際に怒られることはできないのだ。
もちろんアズールの力を借りればアンデッドとして蘇らせることはできるだろう。
しかし美咲はあの死霊魔将に借りを作るなんて真っ平だし、ミリアン本人もアンデッド化してまでの蘇生など望まないと思っている。
そしてそれは、アリシャもまた然りだ。
本音をいえば、生き返って欲しい。生き返らせたい。アンデッドでもいいから、殺された仲間たちを全員蘇らせたい。
そう美咲は思っている。今更否定はしない。
でも、それは美咲の自分勝手な願望だ。生き返らせられる側のことを一切考えない、醜く甘えた欲望だ。
視覚と聴覚以外がほとんど潰れた状態で、いつ死霊魔将の支配下に置かれるかも分からない状態で蘇らされて、誰が喜ぶだろうか。
ルフィミアのように、美咲の爪や髪といった身体の一部をお守りとして持っておけば、干渉を防ぐことができるとはいえ、死霊魔将アズールはどんな手で裏をかいてくるか分からない。
正直、ルフィミアを護るだけで今の美咲は精一杯なのだ。
「おーい、美咲ちゃん?」
「ひゃっ、ひゃい!?」
いきなり目前に牛の顔がぬっと突き出てきて、驚いた美咲は仰け反りながら返事をした。
もちろん、顔を突き出してきたのはディミディリアである。
「あら、驚かせちゃった? ごめんね」
謝りながらも全然悪びれずにからからと笑うところも、どこかミリアンに似ている。
(……びっくりした。似たような性格の人っているんだなぁ)
これだから、敵同士なのに美咲はディミディリアのことを嫌い切れない。
「で、どうしたの? 牛面魔将って昼間からうろつけるくらい暇なの?」
「言うわねおちび。まあいいけど」
喧嘩を売るようなミーヤの物言いに、美咲はハラハラしながらやり取りを見つめる。
(ど、どうしてそんなに喧嘩腰なの!?)
ミーヤが外敵に対して毛を逆立てて唸る母猫のようにディミディリアを警戒していることに、美咲は気付かない。
もちろん美咲とてミーヤが自分のことを守ろうと思ってくれていることは承知しているし理解もしているのだが、やはり見た目のイメージというのは拭い難いもので、ついつい美咲はミーヤのことを自分が護るべき側に置いてしまうのだ。
明らかに美咲よりも年下、というかそんなレベルではなくはっきりと言ってしまえば幼女なので美咲がそう考えるのも仕方ないと言えるだろう。
「魔族軍の方で人事異動があったから、その伝達よぉ」
「軍の人事異動が美咲ちゃんに関係あるの? 魔将は軍とは命令系統が別でしょ?」
「あら、詳しいじゃないの。人間の癖に」
「元、よ。何の因果か今はアンデッドだわ。括り的には今の私は魔族ってことになるのかしらね」
「まあ、そうなるわね。でもあなたに魔族に協力するつもりがないと魔族とは認められないわよ」
「別に魔族に認められたいわけじゃないし結構よ。それに、美咲ちゃんが魔族軍に協力している限りは私もあなたたちに協力するわよ。美咲ちゃんの力になるって決めてるから」
「あら奇遇ねぇ。私も美咲ちゃんが魔将として魔王様の下についている限りは、面倒見てあげるつもりよぉ」
「うふふ」
「あはは」
(……あれ? この二人、ひょっとして相性悪い?)
笑顔を浮かべたまま睨み合うルフィミアとディミディリアを見て、美咲はたらりと冷や汗を流した。
厄介なのは、どちらも美咲に対して好意的だということだ。
しかも、アズールのような裏がない。
「ねえ、また話がずれてるよ」
ミーヤの冷静な指摘に、ルフィミアとディミディリアが笑顔のまま押し黙った。
(だから何なのこの空気!)
美咲が一人で戦々恐々としていると、ふっとルフィミアとディミディリアが二人とも表情を苦笑に変えた。
「まあいいわ。認めてあげる」
「一応ありがとうと言っておくわ」
何かが解決したらしいが美咲には何が何だか分からない。
ミーヤがドヤ顔で「一件落着だね!」などと言っている意味も分からない。
(深く考えないでおこう)
最終的に、美咲は考えることを放棄した。
棚上げしたともいう。