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美咲の剣  作者: きりん
六章 守るべきもの
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二十八日目:作戦会議2

 美咲とミーヤ、ルフィミアの前に、アズール自らの手によって血茶とショートケーキが並べられた。

 血茶は紅茶に似た味の、血のように赤いお茶だ。

 ショートケーキは見た目そのままだが、使っている材料は元の世界のものとはもちろん違う。

 クリームはグルダーマの乳から作る生クリームか、それともグラビリオンの体液を絞って作るクリームか。見た目では判別できないのが美咲的には恐ろしい。

 味的にいえば両者に明確な差があるわけではない。ただ、美咲の精神的にグラビリオンが苦手なだけである。逆にミーヤは大好きなので喜ぶだろう。ルフィミアがどう思うかまでは美咲も知らない。


「さあ、どうぞどうぞ。遠慮なく召し上がってください」


 アズールが勧めるが、当然誰も手をつけない。ミーヤですら我慢している。

 当然だ。何を盛られているかも分からない食べ物に、誰が手をつけるだろうか?


「うまいですぞ? 食べないのですか?」


 一人ケーキを食べ始めたアズールが甘味に髑髏顔を和ませる。甘いもの好きなのだろうか。

 目の前に美味しいものを並べられて、しかも目の前で食べている者がいれば、自分も食べたくなるのが人情というもので、一番最初にミーヤが我慢を抑えきれなくなってきた。

 じわりと涙が浮かび、ふるふると手が震えている。


「み、ミーヤちゃん、後で買ってあげるから、ね?」


「ミーヤ、我慢できるもん……!」


 言葉とは裏腹に、ミーヤの口元はへの字になっていた。


「ははあ、なるほど。警戒しているのですな。それも仕方のないことです。何しろ我々はつい最近まで敵同士、敵同士だったのですから」


 フォークを置くと、意外に品の良い動作で、アズールは血茶の入ったカップを持ち上げる。

 そのまま一口飲んで、カップをソーサーに戻した。

 美味しそうな食事風景に、自然と美咲の喉も鳴ってしまう。


(お、美味しそう……。でも、罠かもしれないし!)


 今は協力関係にあるとはいえ、最低限の警戒はしておくべきだ。遅効性の毒物でも仕込まれていたら目も当てられない。

 魔王を殺せばアズールにとって美咲たちは用済みなのだから、今のうちに準備をしておこうとアズールが考えていてもおかしくはない。

 疑心暗鬼と言われればそれまでかもしれない。

 しかし、やっとここまで来たのだから、美咲たちが油断からの失敗を警戒するのは当然だ。


「ふむ。では、これらのケーキは後で儂がいただくとして、皆さんのもてなし用の菓子でも全員で買いに行きますか。きちんとした店の売り物で、なおかつ自分で選んだ買ったものなら、問題ないでしょう?」


 意外な提案をアズールはしてきた。

 美咲はミーヤとルフィミアと顔を見合わせる。


「お姉ちゃん、ミーヤ、ケーキ食べたい」


「任せるわ。今の私には味覚がほとんどないから関係ないし、死んでるから毒物も効かない。だからどっちでもいいのよ」


 ルフィミアの台詞は重い。

 一度死んでアンデッドになっているルフィミアの心臓は今も止まったままで、肉体的には死んでいる状態だ。

 死体をアンデッド化する手法を主に三つの段階を踏み、一つは魔族文字を死体に彫って魂を呼び戻し、死体に封じ込めるのが一つ。

 次の一つが、死体の鮮度を保つためやはり死体に直接魔族文字を彫る。これは一度死体を腑分けにして、内側の臓器にも刻む必要がある。

 そうして再度死体を組み上げれば、新鮮さが保たれるアンデッドの肉体が完成する。

 この時点で、既にアンデッドとしてはかなり手が掛かっている。

 使い捨てのアンデッドならば、死体の新鮮さなど保たせず朽ちるに任せるからだ。

 アズールがヴェリートで大量に作ったゾンビたちが例に当たる。

 そして最後の一つが、そうやって蘇ったアンデッドの自我を死霊術で縛り、己に服従させることだ。その際生者を憎むよう、アンデッドには精神の変質が起きる。

 美咲はルフィミアに対して、三つ目の魔法的な精神の変化を己の体質で打ち消した。

 だから今のルフィミアは、死体が動くアンデッドであることには変わりないけれど、別に生者を憎む気持ちはないし、アズールに服従もしない。完全に元のルフィミアの精神を保っている。

 一度腑分けされているにも関わらず、ルフィミアの身体は綺麗なものだ。

 以前アズールの部屋で見た、セザリーたちの死体も綺麗だった。

 死霊術師は、死体の修復に長けている。そしてその技術は魔法に寄るだけのものではないから、美咲の体質で打ち消されることはない。


「今日は天気もいいですし、散歩がてら出掛けるのもいいですぞ。こう見えて、儂は太陽の下を散歩するのが好きでしてな」


 好々爺のような雰囲気を醸し出して、アズールは腰を上げる。

 絶対嘘だと美咲は思った。しかし嘘ではないのであった。

 別にアンデッドであるからといって日光に弱いという弱点はない。

 いや、防腐処理を施されていないアンデッドなら、日光を浴びることで腐敗が加速するという可能性はゼロではないから、そういう意味では弱いと言えるかもしれない。

 しかし、アンデッドだから日光の光を浴びて苦しむなどという事実は全くないのだ。

 だからこそ、ルフィミアは大手を振って太陽の下を歩ける。

 仕方なく、美咲は立ち上がった。

 既にアズール本人が行く気になっているのだ。ついていかないと話が進まない。


「あなたと一緒に散歩とか、物凄くシュールな気がする」


「これは酷いお言葉」


 言葉とは裏腹に、美咲の台詞を聞いてアズールは機嫌よく笑っている。


「あんたは自分がしてきたことを自覚した方がいいわよ。まあ、自覚した上での行動なんでしょうけど」


 美咲に続いて立ち上がったルフィミアは不機嫌そうにアズールをねめつける。

 出されていた血茶とケーキにはもちろん手をつけていない。

 警戒しているだけでなく、アンデッドにとっては単純に味がしなくて不味いのだ。

 蘇ったことの是非についてはともかく、この味覚の変化だけは、ルフィミアにとって少し辛い。

 元々ルフィミアは、食べること自体は好きでも嫌いでもなかったが、感じられた味が感じられないというのは、どうしたって不可逆的な喪失を自覚させられる。

 他にも痛覚の消失や感覚の鈍化など、アンデッドになったことによる変化は多々あるが、それについても慣れるまでにはもう少し時間が掛かるだろう。

 心がささくれ立つルフィミアの手を、美咲とミーヤが握る。

 両手が塞がったルフィミアはきょとんとした表情を浮かべると、気遣われていることに気付いて穏やかな微笑みを浮かべた。


(まあ、降って沸いた死後の生。いつまで続くか分からないけれど、せいぜい楽しんでやりましょうか)


 持ち前の勝気な性格で、ルフィミアは気持ちを奮い立たせ笑みを浮かべた。



■ □ ■



 改めて魔都の商店で血茶とお茶受けを買い込んだ美咲、ミーヤ、ルフィミア、アズールの四人は、再びアズールの私室に戻り作戦会議を行った。


「それで、具体的な話題に移るのですが。前提条件として、魔王様との一対一、あるいは多対一でなければ、まず勝ち目はありますまい。まずは魔王様との戦いの前に、牛面魔将をどうにかせねばなりませぬ。美咲殿はどうなさるおつもりですかな?」


「え?」


 完全に魔王の方に意識が行っていて、牛面魔将については全く考えていなかった美咲は、虚を突かれたように呆けた。


「お姉ちゃん……大事なことだよ。ちゃんと考えなきゃダメ」


 ミーヤに窘められ、美咲はしゅんとする。

 普段の役割が完全に逆だった。


「あなた、小さいのに随分としっかりしてるのねぇ」


 驚いた表情で、ルフィミアがミーヤを見つめる。


「当たり前だよ! なんたってミーヤは、お姉ちゃんのあいぼうだからね!」


 ここぞとばかりにミーヤは己が美咲のパートナーであることを強調した。

 新参の癖していきなり美咲にとってかなり深い立ち位置に食い込んでいるルフィミアを威嚇している。


「そっか。相棒か。可愛らしくも、頼れる相棒なのね。私が死んだ後でも、あなたみたいな子が美咲ちゃんの力になってくれてたのよね。ヴェリートで一回見てたのに、すっかり忘れてたわ」


 ルフィミアは安心したように笑顔を浮かべてみせる。

 ミーヤの威嚇が全く効いていない。それどころか、ミーヤの行動が自らに対する威嚇だということすら気付いていない節もある。

 ジト目をルフィミアに向け、ミーヤがむくれた。

 そんなミーヤに笑顔を向けながら、ルフィミアはどうしてミーヤが不機嫌になったのか分からず、きょとんとして疑問符を飛ばしている。


「仕方ありませんよ。ルフィミアさんもあの時は自分に起こったことと事態の把握だけで手一杯だったででしょうし、その後すぐにあんなことになっちゃいましたから。全部死霊魔将と魔王が悪いんです」


 あの時のルフィミアは目覚めたばかりだったし、美咲もすぐに離れてしまったから、ルフィミアはすぐに死霊魔将アズールの影響下に置かれてしまっていた。

 最初の方のルフィミアは、美咲たちを必死にヴェリートから遠ざけようとしていた。

 おそらくはその時のルフィミアは、きちんと自我を保てていた状態だったのだろう。

 しかし、すぐに意見を翻し、ヴェリートに留めようとした。

 その時には既に、死霊魔将アズールの手によって、自我が囚われてしまっていたのだ。


「ホッホッホ。さらりと儂も貶されておりますな」


 そしてそれらの行動と、それから起こった戦いで出た死者たちが美咲にとってどのような存在だったか知っているだろうに、アズールは全く悪びれる様子がない。

 実際悪いことだとは微塵も思っていないのかもしれない。

 あるいは、悪いことだと知った上で、好んで行っているのか。

 アズールは元々人間だが、アンデッドになって長い年月を生きている。

 アンデッドが歳月を過ごすのを生きていると表現するのが正しいかどうかはともかく、アズールが長寿な魔族と比べても遜色無い年齢であることは確かだろう。


「牛面魔将ディミディリアは、あなたが押さえるのが一番だと思うんですけど? 死霊魔将アズールさん」


 さん付けしたのは嫌味である。

 美咲はにっこりと笑顔を浮かべてアズールに「お前がやれよ、役目だろ」と迫った。


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