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美咲の剣  作者: きりん
六章 守るべきもの
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二十八日目:作戦会議1

 名実ともにようやくルフィミアが仲間として戻ってきて、美咲はホッとしていた。

 美咲の爪を肌身離さず身につけていれば、ルフィミアは死者故の衝動や死霊魔将アズールの影響から自分の身を護ることができる。

 あとは出来れば、アズールから他の仲間たちの死体も取り戻したい。爪を使えば敵に回る恐れがなくなったとはいえ、やはりアンデッドとして蘇らせることが果たして正しいことなのか、美咲には分からない。

 完全に蘇生させる魔法があればいいのだが、期待するのは夢物語だろう。

 そんなものがあれば、美咲はとっくの昔に誰かの口から聞かされているはずだ。

 今までそれなりの数の魔族と、美咲は出会ってきたのだから。

 一応アズールとは協力関係にあるはずなのだが、美咲はアズールのことをいまいち信用しきれない。裏表が読めないのだ。そういう意味でいうならば、牛面魔将ディミディリアの方が、美咲にはまだ分かりやすい。

 牛面魔将ディミディリアは、気さくな性格でいながら、魔王に対して確かな忠誠を抱いているように美咲には感じられる。

 腹芸が得意なようにも見えないし、見た目通りの武人なのだろう。

 敵味方が逆なのに、死霊魔将アズールよりも牛面魔将ディミディリアの方が信頼できて好意も持てるというのが困り物だ。

 しかし、牛面魔将ディミディリアが魔王に忠誠を誓っているからこそ、美咲と手を組むことはあり得ない。

 美咲は魔王を殺すためにここまで来た。

 当然、ディミディリアはそんなことを許しはすまい。

 だが、殺さなければ美咲が死ぬのだ。

 死にたくないから殺す。

 そしてもう一つ。

 背負った命と願いのために、魔王を倒して戦争を終わらせるのだ。

 それは、仮にも人類の希望として旅立った美咲の、義務でもある。

 もっとも、その割には自分の扱いが杜撰であることに、美咲は不満を抱いているのだが。

 エルナを死なせたのは美咲のせいだ。それは美咲とて承知しており、自分の責だと理解している。それでも、それ以来一切何のフォローも音沙汰もないのはどういうことなのか。

 いつも、美咲はそのことを考えるのが少し怖い。

 本当は、とっくの昔に自分は王子に見捨てられていて、だからこそ何の支援もされないのではないかと勘繰りそうになるのだ。

 それでも、美咲は何とかここまで来れた。

 多くの手を借りて、色々な出会いと別れを経験して、魔王のお膝元、魔都に聳え立つ魔王城にまで侵入を果たし、魔王との謁見を成し遂げた。

 そこで殺意全開で飛び掛らなかった自分を、美咲は今でも褒めちぎりたいと思っている。美咲にとって、自分がこの世界に召喚される理由となった諸悪の根源である魔王は、憎んでも憎み足りない宿敵だ。

 仲間たちも多くが殺された。たとえ蘇ることができたとしても、死んだという事実が覆ることはないし、死は常に一方通行で、死ぬ前と蘇った後は決してイコールにはならない。

 ルフィミアが、そうであるように。


「さて、と。美咲ちゃんたちは、これからどうする? こうなったら最後まで、とことん付き合うわよ」


 現在のルフィミアの表情が、かつて彼女が生きていた頃の表情と重なる。

 死者の衝動に囚われ、アズールの支配下に置かれていた時のルフィミアとは明らかに違う自然な表情は、まだ死者であるとしても、ルフィミアがそれらから解放されたことを示している。

 今のルフィミアの戦う理由は何だろうか?

 美咲はふと、そんなことを思う。


「お姉ちゃん?」


 上の空だった美咲は、ミーヤからも不思議そうに声をかけられ、ハッとして我に返った。


「凄く気が進まないんですけど、アズールのところに行って打ち合わせですね……」


 何しろ、美咲たちとアズールは、現在魔王を倒すという目的が一致しており、協力体制を取っている。

 一ミリ足りとも信用出来ない相手だが、魔将という地位にあるだけあって実力は確かだし、彼の助力無くてはそもそも魔王と戦うことすら出来ない。


「あー、あいつのところか……気が進まないけど、そんなの言ってられないわね」


 ぼやくルフィミアは、明後日の方向を見つめてぽりぽりと頬をかく。


「別行動するとか、部屋の前で待つとかでもいいんですよ?」


「ありがとう。でも、気遣いは無用よ」


 美咲の申し出に、ルフィミアはいつも通り勝気な表情で笑みを浮かべてみせた。



■ □ ■



 アズールの私室がある地下は、相変わらず陰気でじめじめとしていた。

 悪人が住む場所としてはこれ以上なく似合っていると、美咲はやや失礼な感想を抱く。

 前回通った時も思ったのだが、魔王城とはいえどおどろおどろしいわけではないのに、アズールの私室がある地下に近付くにつれて、雰囲気が悪くなっていくのは何故なのか。

 空気の通りが悪いためだろうか? 確かにそれもありそうだ。 地下室には窓らしい窓はなく、明り取りになるような隙間が一切ないので、空気が淀んでいる。

 それでいて湿気だけはしっかり通っているので、美咲としては少し腑に落ちない。


「これはこれは、よく来てくださいました」


 美咲が訪れるのが分かっていたかのように、扉が開いて中からアズールが顔を見せる。

 死霊魔将アズールは、今日もホラー感満載の髑髏顔だった。

 暗い地下室の奥から、髑髏のような顔がぬっと現れるのだ。普通にホラーである。


「おやおや、さっそく死人人形を使ってくださっているようで。作った冥利に尽きますな」


「ルフィミアさんのことをその名称で呼ぶのは止めて」


 硬い声と尖った眼差しでアズールをねめつける美咲に、アズールは肩を竦めて謝罪する。


「おやおや、これは失礼」


 謝ってはいても、本心からでないことは明白だった。

 アズールと美咲の価値観は根本的に違い過ぎるのだ。


「美咲ちゃん、私は別に……」


「私が嫌なんです」


 気にしていない、と言おうとしたルフィミアに、美咲は(かぶり)を振った。


「もっとも、もっともですな。私にとってはただの死人人形に過ぎずとも、生前を知っている者にとっては確かな個人。これは私の方が浅慮だったと言わざるを得ますまい。謝罪しましょうぞ、人魔将殿」


 まるで役者のように、アズールは長々しい台詞を仰々しく言い切った。

 今回の言葉には、上辺だけではない謝罪が篭められているように感じた。

 しかし、あまりに真に迫っていたので、かえって胡散臭くなっている。

 元人間で現在はアンデッドであるアズールという男が、そう簡単に自らの考えを変えて改心するはずがないのだ。


「して、今日は何用ですかな。いえ、もちろん人魔将殿と従魔将殿の来訪とあらば、儂はいつでも歓迎いたしますぞ」


「私たちは魔王を殺すことで目的が一致している。それは間違いないのよね?」


「その通りですな。まあ敢えて訂正を入れるというなら、儂の目的は魔王の殺害ではなく、魔王の死体を手に入れることです。殺害は目的を達成するための手段の一つに過ぎません」


 答えたアズールは、開きかけていた扉を大きく開け放ち、美咲とミーヤ、ルフィミアを中へと誘う。


「戸口で立ち話をするような内容でもありますまい。中へどうぞ。何分、儂の部屋を訪れてくれる者は本当に稀でしてな。たっぷりおもてなしをしましょう」


 アズールのもてなしという言葉を聞いて、美咲の内心では胡散臭さが大爆発していたのだが、辛うじて表情に出すのは堪えた。

 だが、美咲が我慢していてもルフィミアが我慢しきれなかったようで、物凄く胡乱げな視線をアズールに向けている。

 ちなみにミーヤは警戒を保ちつつも、もてなされること自体は素直に受け入れ喜んでいると態度に見せていた。

 案外、美咲やルフィミアよりも、ミーヤの方が腹芸に長けているのかもしれない。

 それでも不思議はない。

 ミーヤは年齢こそ幼いが、性格はかなり大人びている。今までも、子どもっぽさや大人っぽさを状況に応じて使い分けてきた節がある。

 美咲が弱っている時は子どもっぽさを見せて美咲の心を和ませるとともに、責任を自覚させて心を奮起させ、美咲が悩んでいる時は大人っぽさを見せて決断に導いた。

 きっと、ミーヤ自身狙ってやっていることではない。さすがにませているミーヤといえど、それは無理だ。まだミーヤは子どもなのである。どんなに心遣いができても、その枠からは外れられない。


「前に来た時も思いましたけど、趣味が良い部屋ですね」


「ホホ、ありがとうございます」


 お世辞でも何でもない賛辞を述べた美咲に、アズールもまた髑髏に皮を貼り付けたような顔に微笑みを浮かべてみせる。

 アズールの場合はそんな微笑でも不気味過ぎるのがたまに傷だろうか。

 それでも、本当に美咲にとって、アズールの居室の居心地の良さは意外だった。

 暖色に纏められた部屋は視覚的に暖かく、暖炉も備え付けられており今も火が点されているので気温的にも暖かい。

 窓はないが煙突はあるようで、暖炉の煙が部屋に充満することもなく、部屋の空気も綺麗だ。

 とても複雑な気分になるが、魔王城のどこよりも、このアズールの私室は居心地が良いかもしれない。


(この人さえいなければいいのに……)


 あまりに部屋の居心地がいいので、美咲は思わずそんな感想を抱いてしまう。

 そう思ってしまうくらいには、部屋の雰囲気とアズールの姿はミスマッチなのだ。

 寒色の部屋の中に棺があって、その中から出てくるくらいの方がまだ似合っている。

 というか普通に怖そうだ。


「それではこちらへどうぞ」


 案内されて、美咲とミーヤ、ルフィミアは席に着き、テーブル越しにアズールと向かい合った。


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