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美咲の剣  作者: きりん
六章 守るべきもの
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二十七日目:帰ってきたルフィミア1

 アズールの部屋を出ると、そのままルフィミアが美咲とミーヤの後をついてきた。


「……ルフィミアさん? どうしたんですか?」


「どうしたも何も、完璧ではないけれど、一応の協力体制が整ったでしょ? 私はその報酬みたいなものよ」


 なんでもないことのように、ルフィミアは自分を物として扱った。


「でも、アンデッドなんだよね」


「ええ、そうよ、ミーヤちゃん。私は一度死んで、アズール様の手によってあの方の忠実な死人人形として蘇ったの」


 念を押すように確認するミーヤに、ルフィミアは微笑んで異常な台詞を吐いた。

 やはり、ルフィミアはヴェリートで別れた時のままなのだ。元のルフィミアに戻ったわけではない。

 アズールに命令されれば、再びあっさりと美咲たちを裏切るだろう。


(それは……嫌だ)


 美咲の心が軋む。

 無意識に手が動いて、美咲はルフィミアの腕を掴もうとした。

 さりげなく、ルフィミアがその手を避ける。

 そして、美咲とルフィミアの間に流れる、空白の時間。


「……どうして、避けるんですか?」


「別に、何となくよ」


 眉を寄せ、美咲はルフィミアを観察する。

 ルフィミアは笑顔だ。

 しかしよく見ると、彼女の目はじっと美咲の腕を見つめていた。

 試しに腕を伸ばそうとすると、すぐにびくりとルフィミアが反応する。


「触らせてくださいよ」


「人に触れられるのは、あまり好きじゃないのよ。ごめんなさいね」


 ずっとルフィミアは張り付いたような笑顔を浮かべている。

 ただ、そうしていろと命じられたからそうしているような、そんな顔。

 そこに彼女自身の主体性はない。

 そしてもし、美咲に触れられるのを嫌がる動作も、ルフィミア自身ではなく、彼女を操るアズールの意図が絡んでいるのだとしたら。


「……ミーヤちゃん、ルフィミアさんを捕まえて」


「任せて! やっちゃえ、皆!」


「えっ!? ちょっと!」


 美咲の頼みをミーヤは快く引き受け、辺りに忍ばせていた魔物たちを一斉にルフィミアにけしかける。 慌てたルフィミアは魔族語を詠唱しようとしたが、勢いよくボールのように突っ込んできたペリ丸に顔を強打されて中断させられ、顔を押さえたところで素早く飛び掛ったゲオルベルの群れに床に押し倒された。


「やったよ、お姉ちゃん」


「ちょっとちょっと! この扱いはないんじゃない!?」


 ケロリとした表情で捕獲完了を告げるミーヤと抗議するルフィミアの表情は対照的で、平然としているミーヤに対し、ルフィミアには強い焦りがあった。


「ありがとう、ミーヤちゃん」


「お安い御用だよ。お姉ちゃんはもっとミーヤのこと頼っていいんだよ?」


 えへと可愛らしく笑うミーヤに礼を言い、美咲はルフィミアに向き直る。


「そのままでいてください。ちょっと確認するだけですから。……ルフィミアさんに私が触って魔法無効化能力が発動したら、どうなるのか知りたいんです」


「だ、駄目よ! それは駄目!」


 美咲の意図に気付いたルフィミアは激しくもがき始めた。

 しかし、ゲオルベルたちはしっかりと協力してルフィミアのことを押さえつけており、拘束はびくともしない。


「これは私の予測なんですけど、もし今のルフィミアさんに精神汚染とか、精神操作とか、洗脳とか、そういう類の魔法がかけられているのだとしたら、私が触ることで解除されると思うんです」


「む、無駄よ! 私の身体にはアズール様が直々に魔族文字で支配を施しているもの! あなたの能力でもどうにもならないわ!」


「裸に剥いて確認します。ミーヤちゃん、お願い」


「任せてよ!」


「ちょっとぉ!?」


 じたばたと暴れるルフィミアだが、魔物たちの拘束は全く緩まず、テキパキとミーヤによって裸にされていく。

 裸になったルフィミアの身体を、美咲はマジマジと観察する。元々は死体だからだろうか、美咲自身やミーヤなどの生きている人間に比べれば、血色は悪い。

 それでも多少青白いくらいで、ルフィミアの身体は綺麗だ。白い肌には染み一つなく、美咲自身の身体のゆに、無粋な模様が描かれていることもない。

 結論から言うと、体中のどこを探しても、魔族文字は見つからなかった。


「ありませんよ、魔族文字」


「……クソッ」


 毒づくルフィミアの目は、ぎょろぎょろと回りを見回している。現状の打開策を探っているのだ。

 もちろん美咲は、そんな時間を与えるつもりなどない。


「それじゃあ、触りますね」


「や、止めなさい! 止めろ!」


 もがくルフィミアの手を、美咲は手に取る。すると、手に取った箇所から、はっきりと何か嫌な感じが抜けていくのを感じた。

 それが具体的に何なのかは分からない。

 でも、それは確実に、今のルフィミアに関係していることであり、昔のルフィミアを今のルフィミアに変えているものであるは確かだった。


「あがっ、ががが、あがががが」


 ルフィミアが白目を剥き、口からは言葉にならない言葉が流れ出す。

 握っている手とは違うもう片方の手で、美咲はルフィミアの頭を撫でる。

 撫でた箇所からも、何か悪いものが抜けていく手応えがあった。


(いける)


 確信を抱いた美咲は、もはや遠慮しない。ルフィミアに抱きついて、身体全体を密着させた。


(戻ってきて、ルフィミアさん)


 もはやルフィミアの身体から抜けていく何かは、美咲の目に黒い霞となって見えていた。

 黒い霞はそのまま消え去り、後には何も残らない。

 それでもルフィミアの身体が漏れ出る霞はかなりの量で、美咲はそれなりに長い間、ルフィミアに抱きつき続けた。

 やがて、ルフィミアの身体から出るものが何もなくなった頃、不意に美咲の背中に手が回される。

 たおやかな手は、ルフィミアのものだった。


「ルフィミアさん!?」


「……ああ、もう相変わらずね、美咲ちゃん」


 目の端に涙を滲ませて、ヴェリートで美咲を命掛けで守った時と同じ、再会して美咲に逃げるよう告げた時と同じ、本当のルフィミアが美咲を見つめていた。



■ □ ■



 美咲は震える手で、自分を見つめるルフィミアの頬を撫でた。

 一度死に、アンデッドとなり血が通わなくなったルフィミアの肌は、今も冷たいままだ。

 恐らく胸に手を当てても、心臓の鼓動を感じ取ることはできないだろう。

 でも、もう死霊魔将アズールの精神的支配からは抜け出した。

 身体は死んでいるけれど、心は生きている。

 それだけでも、美咲は嬉しい。


「良かった……。本当に、良かった……」


「もう。泣き虫ね、美咲ちゃんは」


 苦笑したルフィミアが、自分に抱きついて涙を流す美咲の頭をそっと撫でる。

 その一部始終を、ミーヤは何ともいえない表情で見つめた。

 物欲しそうに、親指をしゃぶる。

 ルフィミアと美咲の再会に、ミーヤも感情を触発されたのかもしれない。

 そんなミーヤの様子を見て取ったルフィミアは、穏やかに微笑むと優しく美咲に離れるよう促した。


「ほら、立ちなさい。もう、あの頃の美咲ちゃんじゃないんでしょ?」


 あの頃という言葉が何を指しているのかを、敏感に感じ取った美咲の身体が震える。


「当然です……! あの頃より、いいえ、一度ルフィミアさんを見つけた時よりも、今の私はずっと強くなってるんですから……!」


 美咲は身を起こし、ルフィミアに手を差し出した。

 その手、ルフィミアが手に取る。

 もう、それでルフィミアが苦しむことはないし、美咲の身体に触れることも嫌がりはしない。

 完全に、ルフィミアの正常な意識が戻ってきた。


「もう……。本当に、頼もしくなっちゃって」


 アンデッドとして蘇ってからのルフィミアの記憶は途切れ途切れだ。

 完全に残っているのは、ヴェリートで美咲に救出されてから、夜になるまでの間のみ。

 それ以前とそれ以降は記憶も感情も混濁状態で酷く曖昧となっていて、自分が何をしていたのかが分からない。ただ、断片的な映像が残っているだけだ。

 ただ、ヴェリートでの最後の記憶は残っている。

 夜になって、明瞭としていた意識も霧がかかったようになって、心の奥底から尋常ではない憎しみが沸き上がってきた。

 それは生者に対する憎しみであり、そしてアズールの命令に従えという声であった。

 噴き出る感情と声の束縛にルフィミアの意識は絡め取られ、そして今に至るというわけだ。

 美咲がいなければ、本当にどうなっていたか分からない。

 というか、今もアズールの影響下にあったことに、間違いはない。

 つい数週間前、ルフィミアの認識では数日前まで護られる側だった美咲が、ここまで成長を遂げたということが、ルフィミアにとっては驚きだった。

 そして、もう一つ、ルフィミアには大きな驚きがある。


「ミーヤはね、お姉ちゃんの一番のあいぼうなの」


 ルフィミアへの対抗心をむき出しにして美咲に抱きついてきたミーヤのことだ。

 他の人間ならば鼻につくような態度でも、まだ幼く可愛らしいミーヤがやると微笑ましいだけである。

 しかし、微笑ましいと感じるだけでは、ミーヤの本質を理解していない。

 今のミーヤは、魔王の呼び笛によって無数の魔物を従えている。

 ついさっきも、魔物を使ってルフィミアの詠唱を邪魔し身体を拘束したばかりであり、本人自身に特別な力はないといっても、魔王の呼び笛で従えた後のコミュニケーションで築いた絆はミーヤの努力の賜物だ。

 美咲から借りている翻訳サークレットの効果も相まって、ミーヤは魔物使いとしては誰よりも図抜けているといえるだろう。

 そしてその実力は、これから成長するにしたがってさらに高まっていくに違いないのだ。

 当然ルフィミアにもプライドがあるから、魔法さえ使えれば魔物を一掃してみせるだけの自信はあったが、生憎前衛がいない状態ではどうしようもない。

 その辺り、後衛魔術師というのはどうしようもなく脆いのだ。

 ルフィミアは冒険者だったから不測の事態には慣れているし、接近戦も場数を踏んでいて凌ぐのは得意だったけれど、さすがに限界がある。

 結局ブランディールとの一騎討ちには勝てなかったし、魔物の群れの前には魔法を撃つ前に襲われればひとたまりもない。


(美咲ちゃんも、元気そうで良かった……)


 かつて美咲を逃すために死んだ女魔術師は、あの頃と変わらない微笑を、美咲に向けるのだった。


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