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美咲の剣  作者: きりん
六章 守るべきもの
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二十七日目:アズールの企み1

 アズールの私室を見事探り当てたペリ丸に、美咲は衝撃を受けていた。


(ゆ、有能だわ……! 私よりもよほど有能だわ……!)


 闇雲に探した挙句現在地まで見失い、密かに迷子になりかけていた美咲は、思いがけぬペリ丸の能力に凹んでいた。

 いや、当然美咲とペリ丸ではそもそも求められる役割が違うのだから、美咲が凹むのは筋違いなのだが、ネガティブモードに入ってしまった美咲には理屈が通用しない。


(わ、私なんてペリ丸の代わりに鍋の具材になるべきなんだわ!)


 美咲の思考は中々愉快なものになっていた。

 そもそもペリ丸を鍋の具材にすることを前提として考えているあたり、よほど動揺していることが窺える。

 もし美咲がそんなことをすればミーヤが目を丸くして驚いた後必死に止めようとするだろうし、美咲も他の誰かがそんなことをしようとしている場面に遭遇すれば、顔を真っ赤にして怒るだろう。


「お姉ちゃん、入らないの?」


「ハッ!?」


 ミーヤに声をかけられたことで我に返った美咲は、自分がアズールの部屋の前で立ち尽くしていたことを思い出した。

 いざ入ろうとして、ルフィミアのこととかが頭を過ぎって色々不安になって考え始めたら、頭がぐるぐるになって気付けばあんな妄想が生まれていた。

 思考の変遷にしても本来の道を逸れ過ぎである。


(平常心、平常心)


 念仏のように心の中でぶつぶつと呟き、何とか冷静さを取り戻した美咲は、不安そうな顔のミーヤを見て安心させようと微笑んだ。


「大丈夫よ。何があっても、私とミーヤちゃんが二人揃っているなら、負けない。そうでしょ?」


「──うん!」


 明確な根拠があるわけではないけれど、それでもそう思えるくらいの困難な道を、今まで美咲とミーヤは歩いてきたつもりでいる。

 どこかで死んでいてもおかしくなかった。そう思えるくらい、強敵と戦った。


(勇気を出すんだ。踏み出して、一歩を)


 この先を見たくない、逃げ去りたいと思う弱気な気持ちを封じ、美咲はゆっくりと扉をノックする。

 静かに扉が開き、ルフィミアが顔を出す。


「いらっしゃい、美咲ちゃん。そこのちっこいのはミーヤちゃんだったかしら? アズール様がお待ちよ。ついてきなさい」


 笑顔のルフィミアは、美咲とミーヤを招き入れるとアズールの下へと誘った。


(アズール()、か……)


 思わず美咲は唇を噛み締める。

 今のルフィミアにはちゃんと感情があるようだが、あのアズールを様付けしている様子を見る限り、間違いなく何か悪い影響を与えられているようだ。


「……ルフィミアさん、あれからお変わりありませんか?」


「あれとは、どの辺りの出来事を言っているのかしら。それによって答えは違ってくるわ。死ぬ前の私と比べれば、今の私は大きく変質したと言えるわね。美咲ちゃんが言っている私が、あなたと再会した時の私なら、昼の間は変わりないけれど、今みたいな夜に訪ねるのはお勧めしないと答えるわ」


「ルフィミアさんは、生きたいですか?」


「生きたいも何も、私はもう死んでいるのよ」


 問答すればするほどルフィミアの現状がまずいことを思い知らされて、美咲は俯く。


「ミーヤも一つ質問をしていい?」


「何かしら」


「お姉ちゃんとミーヤが出会ったのはあなたが死んだ後だから、ミーヤはあなたのことを良く知らない。だから、ミーヤが一番知りたいことを聞く。今のあなたは、お姉ちゃんの敵?」


 静かに問い掛けたミーヤは、真正面からルフィミアを見上げる。

 ルフィミアは笑顔を消し、数瞬目を閉じて何かを考えていたようだった。


「それは、これからの美咲ちゃんの選択次第ね。それ次第では、私は美咲ちゃんの部下になることになっているわ」


「え?」


 驚く美咲と、どういうことなのかと表情を険しくするミーヤの目の前で、ルフィミアは肩を竦めた。


「詳しい話は、アズール様に直接聞いてちょうだい。私から詳しい話をすることは禁じられているの。さ、ここよ。ここから先は、美咲ちゃんだけで入って。ミーヤちゃんは私とお留守番ね」


「嫌だ」


 真っ向から拒否したミーヤに、ルフィミアは何かを言いかける。


「え? でもアズール様の──」


「嫌なものは嫌」


 全てを言う前に、重ねたミーヤの拒否に言葉を封じられた。

 そして、部屋の暗がりから小型の虫型魔物がわらわらと出てくる。

 一匹一匹は小さいが、数が尋常ではない。まるで絨毯のように、ルフィミア目掛けて集っていく。

 全て、ミーヤが従える魔物だ。


「!? 何時の間にこんなに忍び込ませて……!」


「どうせ聞いてるんでしょ? ミーヤは絶対に引かないから、さっさと通して欲しいな」


 何のことかと美咲が問いかけようとした瞬間、部屋の奥から声がした。


「カカカカカカ。仕方ありませんな。入りなさい。ああ、その死人人形は傷付けないことをお勧めしますぞ。場合によっては人魔将殿にお渡しするつもりなのは、本当ですからな」


「……はあ。小さな見た目と違って、過激な奴ね。いいわ、許可が出たし入りなさい」


 ため息を一つつくと、ルフィミアは扉を押し開いた。



■ □ ■



 死霊魔将アズールの私室は、意外にも居心地がいいものだった。

 地下室だというのに茶色系統の暖かい暖色で纏められた部屋には冷たいイメージがなく、むしろ来訪者を歓迎するかのような開けた空間で、アズールはよく磨かれた木のテーブルの前の椅子に腰掛け、優雅に美咲を出迎えた。


「カカカカ。不思議そうな顔をされていますな」


 思わずぽかんと口を開けてしまった美咲の表情を見て、骸骨のような様相のアズールが快活に笑う。

 絶望的なまでに、部屋の雰囲気と部屋の主の雰囲気が合っていない。

 元の世界で放送されていた女児向けのアニメに何食わぬ顔で、グロスプラッタ系のホラー映画の化け物がエキストラとして参加しているのを見つけてしまったかのような、不気味な違和感がある。


「こんななりですが、こう見えても辛気臭いのは嫌いでしてな。ああ、こちらに来て座ってください。そこにいる死人人形に茶でも淹れさせましょう」


 アズールの発言に肩を竦めたルフィミアが、部屋に備えつけの台所に移動して湯を沸かし始める。

 美咲はルフィミアが気になって、ちらちらとアズールから気を散らしていた。


「その死人人形がそんなに気になりますかな?」


 笑みを含んだ声が正面から聞こえ、美咲は憮然として振り向く。


「死人人形っていう名称、止めてもらえますか? 彼女にはルフィミアっていう名前があるんです」


「カカカカ。それは失礼を、失礼をいたしました。何しろ儂にとって、死人人形はただの道具ですからな。故に、手放すのも惜しくはありません」


「……どういうことですか?」


「彼女をあなたにお返ししましょう。その代わりに、ぜひ手伝っていただきたいことがあるのです」


「手伝って欲しいこと? 私に? 何をさせたいの?」


「ああ、心配しなくてよろしい。あなたの意に反するようなことを頼むつもりはありません。それどころか、あなたの目的にも沿うでしょう。何しろ、儂があなたに頼みたいのは、現魔王の殺害なのですから」


 美咲はぎょっとして思わずアズールを見つめた。

 まさか魔王の腹心である魔将の一人から魔王暗殺を頼まれるとは思わなかったのだ。

 ミーヤも驚いた表情で口をぽかんと開けている。


「確かに、元々魔王を倒すために私はここに来たから、引き受けても問題ないけれど。一つ聞かせて。どうして魔王を? 主君なんでしょ?」


「儂は元々死霊魔術を極めるために魔族軍に入りましたからな。カカッ。特別魔王に忠誠など抱いていないのですよ。特段人間の行く末にも魔族の行く末にも興味はありませんが、魔王の死体にはとても興味があります。ええ、白状しましょう。儂は魔王の死体が欲しい。彼女をお返しする代わりに、魔王を殺した後残った死体の処遇は、私に任せていただきたいのです」


「……ルフィミアさんみたいに、アンデッドにする気?」


「可能ならば、最終的には。しかしまずは研究が先ですな。あれほどの強さの源が身体のどこにあるのか、儂は今からでも興味が尽きません」


 慎重に、美咲は考える。

 別に美咲は魔王を殺せればそれでいいから、アズールの提案を受け入れても問題はない。

 アズールの提案を受け入れる最大のメリットは、やはりルフィミアが味方になることだろう。

 アンデッドのままなのが気に掛かるし、できることなら土に返してやりたいが、美咲は動いて普通に会話をするルフィミアを見てしまうと、彼女を再び殺すという選択肢を取れなくなってしまう。

 元々死んで欲しくないのに、どうして自らの手で殺せるだろうか。

 それに、美咲は魔王の死体がどうなろうと興味はなかった。

 そもそもこの世界に美咲が召喚される原因となった魔王が美咲は大嫌いだったし、セザリーたちを殺した仇でもあるのでますます大嫌いだった。

 結局この提案は、受けるデメリットが少ないうえにメリットが物凄く大きいのだ。

 何しろルフィミアが戻ってくるし、死霊魔将アズールが魔王に加勢する可能性がなくなる。

 美咲が魔王の他に警戒するべき者が牛面魔将ディミディリアのみになるし、何ならアズールにディミディリアを連れ出してもらえば、美咲とミーヤは誰にも邪魔されずに魔王に会うことができる。

 そうなれば、後はもう美咲とミーヤの頑張り次第だ。

 そこまで考えて、美咲は大事なことを思い出す。

 死んだセザリーたちまで、アンデッドとして蘇らされているのか、否か。


「一つ聞かせてください」


「答えましょう。何ですかな」


「あなたは以前、ルフィミアさん以外にも私の仲間だった死体を回収していると。それは本当ですか?」


「ああ、忘れていました。それについては直接目にしていただいた方が早いでしょう。着いてきてください。こちらです」


 アズールが席を立ち、部屋の奥へと歩いていく。

 その後を美咲とミーヤが追いかけると、アズールは部屋の奥の壁に手を当て、魔族語を呟いた。

 すると、壁が動いて中に隠れていた扉が出てくる。隠し扉だ。


「何かに使えると思って、回収しておいたのですよ。欠損状態が激しい死体ばかりでしたが、きっちり修復してあります。ただ、思っていた以上にそちらに手を取られたのでまだ蘇らせてはいませんが」


 隠し扉がアズールの手で開かれる。

 香だろうか。中には不思議な匂いがする紫色の煙が充満している。


「少し煙いですが我慢してください。死体の鮮度を保つために必須なのですよ」


 正体不明な怪しい煙の中に飛び込むのを美咲とミーヤが躊躇していると、アズールは一人でさっさと歩き出してしまう。

 仕方なく、美咲とミーヤは後を追った。


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