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美咲の剣  作者: きりん
六章 守るべきもの
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二十七日目:ミーヤの力2

 美咲がミーヤを見つけた時、ミーヤはディミディリアと一緒に魔都に戻ってきたところだった。


「ああ、良かった!」


「お姉ちゃん? どうしたの?」


 血相を変えて駆け寄ってきた美咲に、ミーヤがきょとんとした顔をする。


「ごめんね、一人にしちゃって……」


「むふっ。大丈夫だよ、ミーヤには皆がいるから!」


 自慢げに小さな胸を張るミーヤの態度に今までとは違う確かな自信を感じ、美咲は不思議に思った。


(……ていうか。何か気付いたら凄いいっぱい増えてる……)


 しかし疑問以上に美咲の度肝を抜いたのは、ミーヤがぞろぞろと引き連れている魔物たちだった。

 その全容が見えてくるごとに、美咲の開く口の角度も大きくなっていく。


「凄いでしょ!」


 ふふんと美咲を見返すミーヤの鼻は、物凄く高くなっていた。

 美咲を驚かせたのと、美咲が驚くくらい大量の魔物を得て、自分がその力を借りれるようになったのが嬉しいのだ。

 道具に頼った借り物の力であることをミーヤは自覚しているし、一度たりとも忘れたことはない。

 それでも、その力で美咲を守れるのだから、ミーヤはやっぱり嬉しいのだ。


(って、驚いてる場合じゃなかった! いや確かに、凄く吃驚はしたけど!)


 はっと我に返った美咲は、ミーヤに思い切って尋ねた。


「ねえ、ミーヤちゃん、バルトって今どこで何をしてるか分かる?」


「え? うーんと、別れた時のままなら魔都の外にいるだろうけど、ご飯食べに行ってたりしたら分からないかも」


 当てが外れた美咲が露骨にがっかりした顔になると、ディミディリアが助け舟を出した。


「呼んでみればいいじゃない。魔王の呼び笛なら凄い遠くまで届くから、大地の果てにでも行ってない限り聞こえるはずよ」


「でも、さっきミーヤが吹いた時は来なかったよ?」


「それは新しい仲間を呼び集める目的で吹いたからでしょうが。魔王の呼び笛に限らず、魔物使いの笛は魔法と同じように、イメージによって効果に違いが出るの。バルトを呼び寄せるイメージで吹いてみなさい」


「なるほど。やってみる! お姉ちゃん、見てて!」


「う、うん!」


 美咲が固唾を飲んで、ディミディリアが興味深そうに見守る中、ミーヤは再び魔王の呼び笛を手に取り、思い切り吹いた。

 長く、長く、笛から空気が漏れる音だけが響く。


(やっぱりそう上手くはいかないのかな……)


 落胆が美咲を襲い始めたところに、影が差した。

 にやりとディミディリアが笑う。


「来たわね」


 驚いた美咲が顔を上げると、空を優雅に舞う巨大な竜の姿が見えた。

 バルトだ。


「こっちだよー!」


 ミーヤがぶんぶんと手を振り、バルトに合図をした。


「ナンダナンダ。呼ンダカ」


「お姉ちゃん、バルトに用があるでしょ? 連れてきたよ?」


 振り返り、ミーヤは美咲に自慢げな笑みを向けた。


「用ガアルノハ美咲ノ方カ。何ダ?」


「私が人間をここに連れてくるから、その人たちを混血の里まで送って欲しいの」


「構ワンガ……ソレハオ前ノ一存デ出来ルコトナノカ?」


「うっ」


 言葉に詰まった美咲を、再びディミディリアがフォローする。


「美咲ちゃんの職権の範囲内だから構わないと思うわよ。人魔将である美咲ちゃんには、この国の人間の扱い全てが魔王様から委ねられているから」


「へっ?」


 せいぜい魔王城に囚われていた女たちだけだと思っていた美咲は、まさかそこまでのことになっているとは露ほども知らず、間抜けな驚き顔を見せる。


「その面を見ると、聞いてないって顔ね。アズールの奴、説明はしょりやがったわね……後でとっちめてやる」


 美咲は後でディミディリアにぶん殴られるであろうアズールの冥福をそっと祈ったが、そもそも本人はもうアンデッドだし美咲にそんな義理はないしむしろどちらかといえば嫌いなので、やっぱり止めにした。

 ルフィミアをアンデッドにされている以上、美咲はアズールとは相容れない。そして恐らくは、美咲を守って死んだセザリーたちも……。


(今考えるべきは、そこじゃない!)


 悲嘆に落ちそうになった意識を押し留める。

 物事には優先順位がある。悲しんで、するべきことをしないことこそ彼女たちに対する侮辱だ。

 一つ一つ、片付けていけばいい。

 時間は少ないが、まだ残されているのだから。


「それじゃあ、早速だけど連れてくるから……」


「ミーヤも行くよ。手は多い方がいいでしょ? 皆に手伝ってもらえば早く終わるだろうし」


「私も行ってあげるわ」


 手伝いを申し出たミーヤは完全に善意だろうが、ディミディリアは恐らく打算も混じっている。

 今は仲間とはいえ、長らく敵対していた美咲とミーヤを揃って二人きりにして放置するのは、さすがにディミディリアも看過出来ない。手伝いついでに、見張りも兼ねてだろう。


(それでもいい)


 美咲は敢えてディミディリアのことを放置した。

 少なくとも、アズールよりかははるかにディミディリアの方が信用できると、美咲は推測していた。

 ディミディリアは割と軽い正確ではあるが、ものの考え方は基本的に武人のそれだ。卑怯さを嫌い、仲良くしている裏で刺そうと考えるようなこともしない。

 彼女の全てを理解したわけではないが、美咲も多少はディミディリアの性格を掴んできている。


「サービスよ。力仕事は私がやったげる。ものすんごく美咲ちゃん非力だし」


「そ、そんなに強調するほどじゃないです! ミーヤちゃんよりはありますし!」


「でも、ミーヤは魔物の協力を得られるから実質力は無限よ?」


「ふみゅううう……」


「お、お姉ちゃん」


 美咲が撃沈してミーヤが慰め、ディミディリアが笑う中、そんなディミディリアを、バルトがじっと見つめていた。

 知恵ある古竜は、何も言わない。



■ □ ■



 ディミディリアとミーヤを連れて、美咲は再び牢獄へとやってきていた。


「……負の遺産、ね」


 ぽつりと呟いたディミディリアに、美咲とミーヤは目を向ける。


「アズールの奴から聞かなかった? 先代の魔王様までは、ここに大勢の人間の女たちが集められていたのよ。戦利品としてね」


 語るディミディリアは、感情を交えずに淡々と話を続ける。


「魔族は完全な人外も多いけど、人に似た様相の奴も多い。それに、人と魔族の間で子をなせるのは多くの例で既に実証されているから、一時期人口増大の糸口にならないかって盛んに研究されてたのよ」


「それって、結局どうなったんですか?」


「混血に対する知識や法則はだいぶ集まったけど、それだけ。魔族を増やすという本来の目的は果たせなかった。生まれた子どもは魔族と呼ぶにはあまりにも能力が人間に寄り過ぎていたから。そのまま混血を続ければ、魔族の血は人間の血に負けて薄れていく一方だって結論が出たわけ」


「あの、でも、先祖に魔族の血が混じっていれば、後から隔世遺伝が起こって魔族が生まれたりしないんですか?」


 何しろ、美咲は混血の隠れ里でそれそのものの事象を見ている。

 治療院を開いていた人間のマルテルと、その妹リーゼリットだ。

 二人の両親は人間であり、兄のマルテルも人間だった。しかし、リーゼリットだけは、人間とは似つかない魔族の姿として生まれてきた。

 当然人間のコミュニティーの中で生きようとすれば差別は免れない。

 風当たりも相当強かったのだろう。

 両親すら、もしかしたらリーゼリットの味方ではなかったのかもしれない。

 全ては美咲の推測だ。

 しかし、マルテルとリーゼリットが二人きりで生活していることこそが、その答えではないのか。

 あるいは両親は本当に二人を愛していて、かばって殺されてしまったのかもしれない。

 マルテルやリーゼリットが話そうとしない限り、真相は闇の中だ。

 無理やり聞き出すなど出来るはずがないし、恐らく謎が解明されることもない。


「確かに、ごく少数だけど隔世遺伝の件は報告されているわ。その逆もね。でも焼け石に水だった。何より、そうやって生まれた子は大抵殺されるし、不幸になる。何とか自分が生きられる場所に辿り着いても、やっぱり思い知らされるのよ。形がそっくりでも、やっぱり自分は違う存在なんだって」


 ディミディリアの言葉には、実感が篭っていた。

 まるで自分がそうだった、あるいはそうなった存在を、間近で見たことがあるかのように。


「どういう、ことですか?」


 愕然として尋ねる美咲に、ディミディリアは嘆息する。

 少し喋り過ぎたと後悔しているのだろうか。

 しかし、ここまで話したら美咲だって後に引けなくなるのを分かっているらしく、ディミディリアは話を続ける。


「あんたの世界はどうだか知らないけど、こっちの隔世遺伝で引き継げるのは、あくまで見た目だけなのよ。人間に混じって生まれたのならば、いくら姿形は魔族のものを受け継いでいたところで、人間としての寿命が変わるわけじゃないし、魔族語を使えるようになるわけでもない。結局のところ魔族としての肝心な特質性を一切引き継げないの。これじゃ血を交わらせる意味がない」


 牛面を持ち、全身を毛皮に覆われ、逞しい身体を誇る女魔族、ディミディリアが牢獄に入ると、女たちのうち、動けるだけの気力が残っている者は、表情を強張らせて牢の奥へ少しでも逃げようとする。

 ディミディリア本人が怖がられているのではない。ただ、魔族そのものが彼女たちの中では恐怖の対象なのだろう。

 その身に受けてきたのであろうことを考えると、無理もない。


「ここは慰問の他にも、多くの交配実験に使われていたわ。ううん、比率としては、こっちの方が大きかったかもしれない。そして彼女たちはその生き残りの、そのまた生き残りなの。世代としては、三代目くらいになるのかしら」


 少なくとも、今の魔王になってからは使われていないのだとディミディリアは語った。

 それが何の慰めになるのか。

 実際に今囚われている彼女たちの現実が変わるわけでもない。

 何より、その魔王を美咲は殺すのだ。

 実はいい人だなどと言われても、はいそうですかと納得できるわけがない。


「稼動していた時は、慰問や実験に加えて次世代を確保するために人間同士でも交わらせてたらしいわよ。私が魔将になる前のことだから、私も詳しく知ってるわけじゃないけど。いちいち調達し直すのも面倒だって思うのも、理解できないこともない」


 ディミディリアはことさら人間を憎んでいるわけでもないようだが、同時に特別心を砕くこともなく、とてもドライな反応だった。

 もしかすると、それが魔族としては良心的だとでもいうのだろうか。


「で、美咲はこいつらをどうしたいの。逃がしたいの?」


 静かにディミディリアは美咲に決断を迫ってくる。


「ええ。私が一時期、保護されていた里に運ぼうと思う。里の位置はバレてるけど、私が魔族軍にいる限り守れるとは思う」


 助けたい。その気持ちは変わらない。


「まあ、これらは魔王様にとっても早く片付けたい懸案事項だったからね。解決するのなら認めてくれるでしょう。話は私から通しておいてあげるわ。サービスよ」


 話が分かるのは有り難い。が、それゆえに複雑な気分だった。


「ありがとう、とはいっておくわ」


「そうしておきなさい。他人の行為は有り難く受け取っておくべきよ」


「じゃあ好意ついでに、運ぶの手伝って」


「……あんたって、案外図太いわよね」


「図太くなければ、今頃取り乱して魔王を殺しに行ってる」


 それは、紛れもない美咲の本心だった。

 実を言えば、殺せるのなら今すぐにでも殺してしまいたいくらいなのだ。

 死の恐怖はひたひたと美咲の背後に迫ってきている。


「お姉ちゃん、もう運んでもいい?」


「ええ、お願い。ありがとう、ミーヤちゃん」


 残り少ない時間を怯えながらも、美咲は気丈にミーヤへ微笑みかけた。


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