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美咲の剣  作者: きりん
六章 守るべきもの
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二十七日目:ミーヤの力1

 一方その頃、美咲の予測通りミーヤはディミディリアに連れられて魔王城を出て魔都も出て、外に来ていた。

 魔族領も人族領と同じく、都市や村の外は魔物や賊たちが跋扈する無法地帯だ。

 賊も何らかの事情で魔族の都市などから逃げ出した人族たちが生きるためになったものや、魔族の犯罪者たちの集まりなど、その性質から戦力まで様々である。

 しかし何より、やはり数としては魔物の方が多い。

 その理由として、人族は死にやすく、魔族は増えにくいという両種族の特徴が上げられる。それに比べ魔物は種類によっても違うが基本的に魔族よりは弱いかわりに人族よりも死ににくく多産であるという特徴があり、数が増えやすい。

 魔族軍としても定期的に間引いてはいるのだが、現在は人族との全面戦争に陥っているだけあって、そこまで手が回りきっておらず対応は都市や村に住む個々の魔族たちに任せている状態だ。

 当然その魔族たちは軍人ではないのだが、それでもどうにかなってしまう辺り、魔族という種の底力を感じさせる。あるいは魔法の凄まじさか。


「さて、ミーヤ。あんたの初仕事よ。これからあんたには、この辺り一帯の魔物たちを魔王の呼び笛で手懐けてもらうわ」


「……ディミディリアってバカなの? そんなのできるわけないじゃん」


「バカはあんたの方よ。魔王の呼び笛ならできるのよ。本来なら魔王様が持つはずの笛なんだからね」


「なんでそんなのをミーヤが持ってるの?」


「そんなの私が聞きたいわよ」


 驚くべきことに、ミーヤはディミディリアに対して物怖じせずに真正面から対等な関係で会話をしていた。

 それが例え子ども特有の無知故によるものだとしても、相手が魔族の中でも五指に入る実力者であることを鑑みれば、とんでもないことだ。

 ……まあ、今はその五指の中に、人間である美咲やミーヤも入っているというよく分からないことになっているのだが。

 多種族の寄せ集めである魔族だからこそできる荒業だ。


「いいから、早く試す!」


「はーい。分かったよ、牛のおばちゃん」


「お、おば……!?」


 絶句しているディミディリアを意に介さず、ミーヤは首にかけていた紐を手繰り寄せて胸元から魔物使いの笛改め魔王の呼び笛を引っ張り出すと、まじまじと眺めた。

 ミーヤの力の源であり、何の力も持たないミーヤが美咲の力になるための唯一にして絶対なる力。

 それが、こんなちっぽけな笛に篭められている。


(……ミーヤがそんな大それた存在になるなんて、何か変な気分。お姉ちゃんならともかく)


 己が無力であるということを自覚しているミーヤは、与えられた魔将という地位が分不相応なものに思えてならない。

 というか、もしその基準が力によるものならば、ますますミーヤにとっては分不相応だ。ミーヤにではなく、魔王の呼び笛に与えた方がよほどいい。

 意思を持たない物でしかない魔王の呼び笛が魔将として崇められる様は、それはそれでとてもシュールだろうが。

 魔王の呼び笛を、ミーヤは唇で咥える。

 この瞬間は、さすがのミーヤも少し緊張した。

 ディミディリアがミーヤのことを、正確にはミーヤが魔王の呼び笛を吹き鳴らす瞬間をじっと見つめてくるからだ。

 吹き鳴らす。

 音にならない音が鳴り響いているはずだが、ミーヤには分からない。


「止めない! 私がいいと言うまで吹き続けなさい!」


(うぇっ!?)


 今までと同じようにすぐに止めようとしたミーヤは、ディミディリアの鋭い制止に反射的に息を吸い込みさらに吹く。

 魔王の呼び笛を吹くために力んだミーヤの顔が、みるみるうちに赤くなっていく。

 音がしないので、ミーヤはとにかく全力で、息が切れて仕方なく息継ぎをする時以外は遠慮せずに思い切り吹きまくった。

 もし魔王の呼び笛が実際に人間にも音が聞こえる笛だったら、五月蝿過ぎてミーヤ自身はここまで耐えられなかっただろう。

 音が聞こえなかったからこそ、ミーヤは全力で吹けたといえる。

 やがて、小さく地響きが聞こえてきた。

 継続して魔王の呼び笛を吹き鳴らしながら、ミーヤは目を丸くする。

 地平線の向こうで、無数の土煙が迫ってくるのが見えた。


(何あれ?)


「へえ、これは中々……肌身離さず持っていたことが効いたのかしら?」


 驚くミーヤの背後で、興味深げなディミディリアの声が意味深に聞こえる。

 疑問を抱いてちらりとディミディリアを振り返るミーヤだが、魔王の呼び笛を吹いている真っ最中なので何も喋れず、眉を顰めてムスッとした顔で正面に向き直る。

 種類を問わず、様々な魔物たちがミーヤとディミディリアの下へ集まってきていた。

 真っ先に駆けつけたのは、やはりミーヤが元々手懐けていた魔物たちだ。

 兎型魔物ペリトンであるペリ丸に、熊型魔物マクレーアであるマク太郎。狼型魔物ゲオルベルの番のゲオ男とゲオ美に、ベウ子とその群れ。ティラノサウルスに似ている巨大魔物ベルークギアの幼生体、ベル、ルーク、クギ、ギアの四兄弟姉妹。悪戯好きで無邪気なフェアリーのフェア。

 それからも、後から後から新しい魔物たちがミーヤの下へ馳せ参じる。

 ミーヤも良く知るゴブリンが群れでやってきた。当然、ミーヤの知らない群れだ。そこらの枝を適当に折ってきたかのような簡素な木の槍で武装している。

 以前ゴブリンの洞窟で出会ったゴブリンたちも棍棒を武器にしていたが、どうやら木製の武器ともいえない武器がゴブリンにとっては自前で調達できる限界らしい。

 まあ、ゴブリンに金属製の武器を作る技術があるとは考え辛いし、略奪で手に入るものだってそう多くはないだろうから、当然といえば当然だ。

 何しろ人間と違って魔族は強い。ゴブリンなど下手に襲い掛かれば簡単に返り討ちになるだろう。

 そして他にもゲオ男ゲオ美と同じゲオルベルの群れが一つ。群れを率いる長はかつて美咲が相対した巨大なゲオルベルほど大きくないものの、そのかわりに体中に無数の古傷を持つ、風格あるゲオルベルだ。このゲオルベルに比べれば、ゲオ男とゲオ美などまだまだ若造である。

 家畜としてよく知られている、ワルナークとバルガロッソもいた。

 ワルナークが馬型の魔物で、牙が生えた肉食の馬のような外見をしている。肉食にしては気性が大人しいので、人族がよく家畜にしているのをミーヤは知識として知っている。ただ、ミーヤの笛の音に引き寄せられてやってきたワルナークたちは、野生種のようだ。

 高速突進する顎が肥大化したカバ。バルガロッソの特徴を表現するのなら、そんな感じになる。

 かなり大きく、マクレーアと同等かそれ以上の大きさでありながら、ずんぐりとした胴体に似合わない俊敏さを見せる魔物。さすがにマクレーアやワルナークよりは鈍重だが、それでも元の世界で車に混じって一般道を走っていても、交通を妨げない程度には速い。

 特筆すべきはその力強さで、鉄製の鎧をまるで紙細工のように噛み砕き、家にしか見えない大きさの巨大な馬車を軽々と引く。

 その代わり気性が荒く、ワルナークよりも遥かに調教が難しい。そういう意味でいえば、美咲が以前買った装甲馬車は本当に掘り出し物のお買い得品だったのだ。

 人間を捉えて捕食してしまいそうな、ワルナークよりも大きな蜘蛛もいる。

 蜘蛛型魔物のアルブスカだ。

 毒々しい赤、黄色、黒のカラーリングが綺麗に分かれあった体色をしていて、見るからに危険な魔物だ。

 実際に危険で、ワイヤー以上に固く鋭い殺人糸と、限りなく透明に近く遠目からではほとんど視認できない粘着性のある捕獲糸と、通常の足場用の糸の三種類の糸を使いこなす。罠を張った狩場で獲物を待ち受け、掛かったところを電光石火で仕留める生粋のハンターだ。

 しかしアルブスカ自身の危険度もそうだが、それ以上に特筆すべきはアルブスカが出す糸の利便性で、アルブスカが出す普通の糸は服の素材やロープの代用品として使え、殺人糸はその殺傷力からそのまま武器か罠の材料に、捕獲糸は罠の部品として流用できる。

 食事方法も蜘蛛と同じで、獲物に噛み付いて空けた穴から消化液を注入し、ドロドロに溶けた中身を消化液ごと吸い取る。

 最後には外側の皮すら全部食べてしまう行儀の良さで、魔物界の紳士淑女といえるとかいえないとか。

 ちなみにこの消化液は一度何かと消化反応を起こすと無害になるので、実は食品に転用されている。

 ジュースとかポタージュスープとかの材料になるのだ。

 まだ幼いミーヤでも、そのくらいは知っているくらい常識でもある。

 知らないのは美咲だけだ。まあ、美咲は異世界人なので知らなくても仕方ない。むしろ知らない方がいいかもしれない。虫嫌いな美咲のことだから、悶絶転倒するであろうことは想像に難くない。

 他にも食用にできる、できないに関わらず、多くの魔物が集まってきていた。

 油が美味しい豚と鳥を掛け合わせたような姿をしているギッシュ、猪のような面構えで、ライオン並に大きいバルール、気性が荒く、野生種の牛型魔物グルダーマ、飛べないが走るのが速い巨大な怪鳥ドルルーガなど、家畜になっていてもおかしくない魔物たちも多い。


「フーム。一度ならまあ、こんなものかな。よし、ミーヤちゃん。これからはこまめに笛を吹いて、出来得る限り魔物を呼び集めておくこと。いいわね?」


「何で?」


「それはもちろん、必要になるからよ」


 不思議そうなミーヤを見下ろし、ディミディリアは意味深に笑った。


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