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美咲の剣  作者: きりん
六章 守るべきもの
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二十七日目:呉越同舟2

 すなわち、お披露目とは大勢の魔族の目に晒されることである。

 悪い意味ではないとはいえ、不特定多数の魔族の前に出るのは、やはり不安だ。

 ある程度親しくなった相手ならそう嫌われていないと思いたいが、正直初対面の魔族ばかりでは何が起こるか予想はつかない。

 一応もう美咲もミーヤも魔族という括りに入れられているのだろうが、どちらも身体の作りは人間で、自らの認識も人間だ。少なくとも美咲は。

 そもそも元の世界では魔族なんていなかったのだから、種族が変わったと言われても、よほど姿形が変わらない限り美咲はピンとこない。

 これについては、おそらくミーヤの方が柔軟に受け入れるだろう。

 ミーヤはまだ幼いし、美咲と行動を共にしてきた今までの経験から魔族と触れ合うことも多く、魔族に対する嫌悪感がほとんど無い。

 いや、一度ヴェリートを落とされて故郷を追われ、両親とも生き別れになっているのだから、思うところはあるのだろうが、出会う魔族たちに誰彼構わずぶつけるようなものではないと弁えているのだろう。

 まだ幼いミーヤ本人がそこまではっきりとして考えで行動しているかは怪しいし、これは美咲の予測であって的中しているかどうかはまた別の話なのだが、少なくともミーヤは表面上魔族への嫌悪を表していない。

 一部美咲が絡むことに対して態度が厳しい場合があるものの、それは魔族に限ったことではないので気にするようなことではないと美咲自身は判断している。

 それに、まるでミーヤに独占欲を抱かれているようで、本当の家族になったみたいで少し嬉しいのだ。

 想われれば想われるほど、別れが辛くなる。

 身に染みて理解している美咲だが、かといって独りきりでいたいわけでもないし、追い詰められた状況でも孤独に耐えられるような、精神的な強さがあるわけでもない。

 いくら心身ともに鍛えられたとはいえ、元を正せば美咲はただの女子高生に過ぎないのだ。

 どんなに辛い経験をしたところで、それで出来上がる精神はあくまで女子高生の延長線上に過ぎず、「大人びているし我慢強いけれど、根はまだ子どもで理想主義」という結果に落ち着く。

 この世界の多くの人間や魔族のように多くを諦め、戦争や天災で仲間を失う苦しみや悲しみを、ただ敵対する互いの種族に憎しみをぶつけ鬱憤を晴らすことで解消するような行動を取らない代わりに、大人が当たり前に行う、「自分の力の限界と身の程を見極め、できることとできないことの線引きをはっきりさせ、するべきことのみを行いするべきではないことはしない」という選択ができない。

 だから助けたいと思えば己の身を省みず人間としての立場が悪くなることを承知で助けてしまうし、間違っていると思えば同じ人間相手でも剣を向ける。

 美咲には、人間相手に剣を抜くという抵抗があまりない。

 この世界の人間ならば、魔族や魔物を殺すことに抵抗はあっても、人間を殺すことに抵抗感を抱く人間は、それなりに存在する。

 当然悪人はその限りではないが、中には悪人の中にさえ、魔族に対してはあっさり一線を越えることができるのに、人間に対しては躊躇いを覚える者がいるくらいだ。

 しかし美咲は地球の日本出身で、あの世界には魔族など居なかった。世界中を見渡せば天災や猛獣が人を襲うことによって人死にが出ることも少なくなかったが、やはり一番の人死にの原因は、人と人との争いに他ならなかった。

 常に戦争は人と人が主義主張や利害のぶつかり合いによって行うものであって、人間の一番の敵は同じ人間だった。

 地震や落雷、火事、津波などの自然災害を憎んでも仕方ないから、それで人が死んでも悲しみはしても自然現象そのものを憎むというのは少数派だろう。憎んでも意味がないということを、ほとんどの人が理解しているからだ。

 自然現象は意思を持たない。

 ただたまたまそこに人がいて、逃げられずに死んでしまったというだけで、自然現象そのものに人を殺す意思があるわけではないのだから。

 しかし戦争は違う。常に殺す者と殺される者が存在し、そこには殺意が当然かわされる。殺さなければ自分が殺されるのだから当たり前だ。故に、一部の例外を除いて戦争中の殺人行為は罪には問われない。

 そういう世界で生きてきて、その中で平和を享受していたのが美咲だ。

 だから美咲は「魔族は殺してもいいが、人間は殺したら駄目なんだよ」と教えられても、ピンとこない。

 一応理屈としては理解できる。

 魔族は敵で、人間は味方。味方なのだから、殺してはいけない。同じ同胞なのだから、殺してはいけない。そんなところだろうか。

 人間同士で争い、殺し合う時代はこの世界にだってあっただろう。魔族に種族間戦争を仕掛けられるまでは、人間同士で争うことの方が主流だったはずだ。

 外部に明確な敵が現れることで一致団結したのはそう悪い側面ばかりではないけれど、やはり美咲は疑問を抱く。

 理由を問わず魔族を殺しても罪には問われない。

 理由によっては人を殺すと罪に問われる。

 この二つの罪の違いとは何なのか。

 命の重みに差があるのか?

 それとも、人間という種族全体の益に関わるからか?

 ただ単に、魔族が死ねば喜ぶ人間が多いからか?

 全て、美咲には当て嵌まらない考えばかりだ。

 元の世界に魔族などいなかったのだから、当然二つの種族に命の重みなど無いと美咲は考える。

 美咲は魔王を殺したいだけで、魔族そのものを滅ぼしたいわけじゃない。元を正せば、死出の呪刻を解除したいだけなのだ。魔王を殺すのだって好きでやっていることではない。

 誰も殺さないで済むのならその方がいいに決まっているし、避けられるなら危険な真似だってしたくない。自分の心が、それが正しいことだと判断する限りは。

 人間全体の利益なんて美咲は興味が無い。そもそもこの世界にとっての異邦人である美咲に、その人間全体の利益とやらが適用されるかどうかも怪しい。

 魔法が効かないという明確な違いがあるのだから、美咲が人間という種族の括りから外される可能性は、例え魔族の味方をしなかったとしても、常に存在するのだ。

 元の世界にも狡兎死して走狗烹らるということわざがあるように、魔王を倒した後美咲が同じ目に遭わされないという保障が、どこにあるのだろうか。そもそも召喚者でありベルアニア第一王子のお気に入りだったエルナが、既に美咲が切欠で落命しているというのに。

 既に、美咲はこの世界では人間のコミュニティに仲間として受け入れてもらえないだろう。もし可能性があるとすれば、魔王の首という、誰をも納得させる成果を上げて凱旋を果たした時だけだ。



■ □ ■



 魔王城のバルコニーからは、魔族領が遠くまで見渡せた。

 険しい山脈を整地して作られたかのような魔都は、当然ながら山脈に囲まれている。

 徒歩で進むのは相応に厳しく、バルトでなければこうも簡単に訪れることはできなかっただろう。

 しかし、その険しい山岳地帯の中に国を作ったからこそ、魔族は発展を遂げることができたのかもしれない。

 外敵が入れないような場所でも、魔法で空を飛べば魔族なら入り込める。だから、外敵に襲われない険しい土地を住処とし、出生率が少ないというハンデを抱えながらも、魔族は版図を拡大することができた。

 人間の国を占領しようと今の魔王が思った切欠はなんだろうか。

 魔族が増え過ぎた? 出生率がいくら低くても、死ぬ人数が相応に低ければ人口は増えていくだろう。

 そのせいで元々持っていた魔族の土地だけでは足りなくなってしまったのかもしれない。

 人族国家を襲い、街や城を手に入れ、それに魔法で手を加えてしまえば、それだけで平地でも安全に暮らせると分かったらどうなるか。ると、きっと魔族全体の方針で拡大方策が取られるに違いない。

 今、美咲の眼下には沢山の魔族たちが見える。

 ひい、ふう、みいと、数えてみたい気持ちもあったけれど、すぐに数え間違えて分からなくなりそうだったからやらなかった。それくらい多かった。


(……凄い。こんなにいっぱい、人がいたんだ)


 美咲を見上げる魔族たちの身体は、千差万別だ。

 大きさは愚か、四足歩行ですらない者も多く、空を飛べる種の魔族も、地面に降り立って美咲を見上げている。

 当然、好意的な視線ばかりではない。

 むしろ、好意的な視線の方が少ないだろう。

 視線の多くに乗せて向けられる感情は戸惑いだ。

 どうして新しい魔将に、人間がついているかのかという、魔族たちの根本的な疑問。

 それも一人ではなく二人で、一人はまだ幼い子どもときている。

 疑問の次に多い感情は、侮りだ。

 新しく魔将になった人間の実力を、人間というだけで低く見て、あれなら自分だってなれると内心せせら笑う。

 まあそのことを美咲が気付いたとしても、美咲自身はそうだよねと同意してしまうかもしれない。

 だって、美咲自身が魔将に任じられたことに、一番驚いているのだから。

 確かに魔族軍の軍人であるニーナやエウートたちを助け、元村人だったカネリアやエリューナたちをも人族軍から救出したけれど、せいぜい魔族軍の下っ端として潜り込むか、特例として監視下に置かれて軟禁されるくらいがいいところだと、美咲は予測していた。

 それが蓋を開けてみれば、まさかの大抜擢である。しかもミーヤまで。

 お披露目中のバルコニーでは主役として美咲とミーヤが一緒に正面まで歩み出ている。

 バルコニーの転落防止の壁はそれぞれ種によって大きさが異なる魔族だからか、二メートル程度というミーヤの身長はもちろん、美咲の身長も大きく越える高さになっている。

 当然そのままでは見えない。

 それをどう解消しているのかと疑問に思った者は、美咲とミーヤを背後から見ればいいだろう。

 当然バルコニーには警備の魔族兵たちがいるのだが、全員が全員、何ともいえない表情で美咲とミーヤを見ている。

 一部噴出しそうになるのを必死に堪えている者もいる。

 それもそのはず、理由は美咲とミーヤの姿勢にあった。

 身長が足りない二人は、バルコニーから上半身が出せるように、脇から掴まれて持ち上げられているのである。

 幼いミーヤはまだ違和感が少ない絵になる年齢だからいい。だが美咲は駄目だ。

 しかも持ち上げている相手がもっと駄目だ。


「ホッホッホッホッホ。美咲殿、魔王城のバルコニーからの眺めは如何ですかな? 中々悪くはありませんぞ」


(どうして私、こんなことになってるのかしら……)


 笑顔で自らを見上げる魔族たちに手を振りながら、美咲はかなり真剣に悩んでいる。

 お披露目をするのはまだいい。いや、それはそれで思うところはあるけれど、必要なのだと理解はできる。

 だが、どうして自分は死霊魔将アズールにわざわざ両手で持ち上げられているのだろうか。

 美咲自身はその光景を見ることはできないが、物凄くシュールな光景であることは間違いない。


「すごおい……!」


「絶景でしょう。ここからの眺めは私も嫌いじゃないのよ」


 ミーヤの方はミーヤの方で、牛面魔将ディミディリアに抱えられている。

 こちらもかなり絵面がやばいのだが、やはり美咲と死霊魔将アズールの組み合わせには負ける。

 しかもアズールと美咲の背後にはアンデッドとして蘇ったルフィミアが無表情で佇み、やる気なさげにすら見えるゆっくりとした動作で拍手をしているのだ。

 ルフィミアの精神状態がアンデッドになったことでどう変質しまっているのか心配だし、もし平常な状態を奇跡的に保っていたとしても、目の前の光景を見てどう思われるかも、考えただけで恐ろしい。

 そう考えると、無表情であることすら、何かの感情を隠しているかのようだ。

 まるで子どもの面倒見のいい近所のおばさんのような様子を見せている、ミーヤとディミディリアの組み合わせの、何と平和なことか。

 とにかく早く終われと、美咲は心の中で念じるのだった。


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