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美咲の剣  作者: きりん
六章 守るべきもの
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二十七日目:呉越同舟1

 新たな謎が生まれてしまったが、アリシャ本人が故人である以上、気にしていても仕方ないことだ。

 謎はひとまず謎のままで置いておいて、もっと目先の問題に目を向ける必要がある。


「ホ、ホホ、ホホホホ。これはこれは、このアズールも永い時を生きてきた自覚はありますが、まさか生きた元同胞と魔族軍の魔将同士として相見えるとは初めての経験ですなぁ」


 魔王の下から辞して謁見の間を出た後、ゆらりと滲み出るように現れた死霊魔将アズールが真っ先に放った言葉がこれである。


「ヴェリート以来ですかな、こうして顔を合わせるのは」


 アズールの姿を見た途端、美咲の脳裏にアンデッドとして蘇ったルフィミアの姿が浮かぶ。

 頭に血が上った。


「ルフィミアさんを、返せ!」


「おお、恐ろしや、恐ろしや」


 吼えて詰め寄る美咲を、わざとらしい態度で怖がるアズールは、美咲が詰め寄っただけ距離を離す。


「返しても構いませんが、恐らくあなたが困るだけだと思いますぞ。アンデッドとなった者の凶暴性を抑えるには死霊魔法に精通していなければなりませんからな。まあ、かつての仲間に殺されたいなどといった稀有な願望をお持ちならば止めはしませんが。クカカカカカカッ!」


 美咲を挑発するアズールを、見かねたディミディリアが止めようとする。

 前はともかく、今は仲間なのだ。

 因縁があるのも分かるが、もはや敵対する間柄ではない。


「ちょっと、アズール! あなたいい加減に」


 言いかけたディミディリアの言葉を、アズールが大仰な身振り手振りで遮る。


「ですが、方法はございます。もし興味がおありなら、今夜わしの自室に来るがよろしかろう。魔王城の地下にありますゆえ。あなたのかつてのお仲間方と共に、歓迎させていただきますぞ」


「どういうことよ、それ……」


「カカカカカカ! 言葉通りと申し上げておきましょう!」


 まさか、という思いが美咲の脳裏を駆け巡る。

 蜥蜴魔将ブランディールから貰い受けた死体を使って、死霊魔将アズールはルフィミアをアンデッドとして蘇らせた。

 同じ方法でヴェリートで死んだセザリーやテナ、イルマ、ペローネ、イルシャーナ、マリス、ミシェーラ、システリート、ニーチェ、ドーラニア、ユトラ、ラピ、レトワ、アンネル、セニミス、メイリフォア、アヤメ、サナコ、ディアナ、タゴサクらが、アンデッドとして死霊魔将アズールによって蘇らせられていたとしたら。


(眠らせてあげなきゃ)


 アンデッドになった者が持つ、生者への憎しみや殺害衝動というものが本人たちにとってどれほど耐え難いものなのか、美咲は想像することしかできない。

 でも、かつて美咲が見たルフィミアは、苦しそうだった。蘇ったことを、喜んでいるようには見えなかった。

 見たままの光景が事実だとは思わない。

 それでも、本当に彼女たちが蘇ったことを喜んでいないのだとしたら、彼女たちをもう一度殺し、安息を与えるべきだ。

 ──それが美咲にとって、どんなに耐え難いことであったとしても。

 予感と想像するだけでじわりと背筋を這う恐怖に身体を震わせる美咲を見たディミディリアは、心配げな表情を浮かべてアズールを怒鳴った。


「ねえ、大丈夫なの? ったく、新入りに意地の悪い真似をするんじゃないわよ!」


「ホホホホ、怒らせてしまいましたな。それでは儂は失礼させてもらいますぞ!」


 現れた時と同様に、死霊魔将アズールが空間に滲むように溶け消えていく。

 僅か数秒で、死霊魔将アズールがいた痕跡は影も形も無くなっていた。


「ねえ、あまり気にしない方がいいわよ。あいつ、美咲ちゃん自身も身を持って知ってると思うけど、あの通り見た目以上に性根が腐ってる奴だから」


 震えたまま、美咲は答えない。


「……生きてた頃は嫌な奴ではあったけど、あそこまでじゃなかったんだけどね。アンデッドになんてなるもんじゃないわ。あれは人格を歪ませる」


 震えたまま、美咲は答えない。


「まあ、そう気を落とすんじゃないわよ! 何なら美咲の元仲間たちを美咲の部下に回すように、私からもビシッと言ってあげるから! アンデッドならもう人間じゃなくて扱いは魔族だしね!」


「すみません、しばらく一人にさせてください……」


 場違いに明るく振舞うディミディリアの言葉を静かな声で遮ると、美咲はとぼとぼと歩いて来た道とは別の道を歩いていく。

 こりゃ重傷だとため息をついたディミディリアは、己の頭を片手でガリガリとかいた。


「あー、気持ちの整理をつける時間くらいは必要か。分かったわ。好きなだけ泣いてきなさい」


「お姉ちゃん!」


 後を追おうとしたミーヤを、ディミディリアが引き止めた。


「アンタはしばらく私と一緒にいること。今は一人にさせてやんな。あの子には、しばらく一人で泣く時間が必要だ」


 会話を背に、美咲はフラフラと歩き、ディミディリアとミーヤが見えなくなるとその場に座り込み、俯く。

 美咲が犯した罪が、犠牲者そのものとなってやってきた。

 今まで少なくない人間が、美咲のために死んだ。

 皆、美咲が魔王を倒してくれると信じて、命を投げ出してくれた。

 その信頼に報いるためにも、美咲は魔王を殺さなければならない。

 けれど。

 アンデッドと化した皆は、魔王を殺した美咲のことを、褒めてくれるだろうか。


(もしも、私が今まで頑張ってきたことそのものを、否定されたら……)


 それは恐怖だった。

 死者の思いに応えるため、皆の死を無駄にしないため、美咲は此処まで走り抜けたのだ。

 僅か、二十七日。

 これまでの人生はもちろん、おそらくはこれからの人生全てと合わせても、密度のある人生だったと思う。

 魔王を倒さなければ、後三日で美咲は死ぬ。

 だからこそ、誰に何を言われようと魔王を倒すという選択は変わらない。

 でもそうやって折れずに自らの意思を貫けるのも、背を押してくれた皆がいたからだ。

 今まで頑張ってきたことを、否定されるのが怖い。

 皆の願いを背負って戦い続けてきたのに、その事実そのものを罵倒されたらと思うと、恐ろしくなる。

 美咲はその場で静かに泣き続けた。

 いずれ訪れるであろう、かつての仲間たちとの再会の予感に怯えながら。



■ □ ■



 どんなに心が傷付いても、事態はそれを待ってくれない。

 零れた涙を拭い、美咲は立ち上がる。

 泣き虫なのはもう、卒業したのだ。

 ずっとうじうじ泣いていたら、それこそ皆に会わせる顔がない。


(あともう少しなのよ。負けるな、私。顔を上げて歩くんだ)


 変則的な状況だとはいえ、ついに美咲は魔王城へ潜入を果たした。

 魔王とも一度は言葉さえかわした。

 ならば、後は機会を窺って、魔王を倒すだけ。


(……でも)


 弱気が頭をもたげる。


(私に倒せるの?)


 美咲はぶんぶんと頭を振って、萎びそうになる気持ちを奮い立たせる。


(違う。倒せるのか倒せないかの問題じゃない。倒すしかないんだ。私が生きるために)


 怖気付いていても仕方ない。

 出来る事を最大限やるだけだ。

 一人で来た道を戻ると、別れた時と同じ場所でディミディリアとミーヤが待っていた。

 心細そうだったミーヤの表情が、美咲の姿を見て無邪気に輝きかける。

 しかしその輝きは、すぐに美咲に対する気遣いという名の翳りに覆われた。


「……お姉ちゃん、ミーヤは最後までお姉ちゃんの側にいるよ」


 遠慮がちに美咲の服の袖を掴む、小さなミーヤの手。

 今までその小さな手を守ろうとして、気付けば逆に美咲の方が守られている。


「ありがとう、ミーヤちゃん。情けないなぁ、私。子どもに守られちゃってて、しかもそれが凄く嬉しいなんて」


「ミーヤ子どもじゃないもん。……子どものまま守られてるだけじゃ、失うばかりだって、ミーヤも学んだんだよ」


 いつものフレーズの後に続いて紡がれたミーヤの言葉に、美咲は胸をつまされる。

 仲間を失う悲しみは、美咲だけのものではない。ミーヤも同じだ。

 それを知っていたはずなのに。


「ごめんね、ミーヤちゃん。一緒に行こう。最後まで」


「うん!」


「泣けるわ。凄く泣けるわ。チクショー、どうしてこんなになるまで放っておいたのよ。恨むわよクソ魔王め」


「うん?」


 何だかディミディリアの方から魔王に対する凄く不敬な言葉が聞こえて、美咲は思わず吃驚して振り返った。

 ディミリアが懐から布を取り出してちーんと鼻をかんでいた。

 うっかりミーヤとの二人きりの世界に没頭してしまった自分に気付き、美咲の顔色が朱に染まる。


(は、恥ずかしい……)


「牛おばちゃん口わるーい!」


「ミ、ミミミーヤちゃーん!?」


 美咲が隙を見せたところで間髪入れず、まるで見計らったようにミーヤの口からディミディリアに対する失礼な暴言が飛んで、美咲の顔色が今度は青くなった。

 一人で顔色を信号機みたいに変えている美咲の態度はとてもシュールで滑稽だったが、こう見えても美咲はいたって真面目かつ必死である。


「ははは、言うねえ、クソガキ。でもまあ、良い話を聞かせてくれたことに免じて、ここは心を広くして許してやろうじゃないか」


(天使だ。天使がいる。牛女なんてこっそり思っててすみませんでした。牛女天使の間違いでした)


 感動やら焦りやら頭の中がオーバーフローを起こした美咲の脳内は、かなり愉快なことになっていた。

 天女の羽衣を纏った筋肉ムキムキの女ミノタウロスが無数に飛び交い、トランペットを吹き鳴らしながら豪腕でフラワーシャワーを投げ合っている。

 無害なはずのフラワーシャワーがまるでショットガンの弾丸のような速度で飛び交う光景は、祝福というよりも戦争の一風景にしか見えない。


(はっ。こんなことしてる場合じゃなかった)


「人魔将、でしたっけ? なったのはいいんですけど、これから私は何をすればいいんですか? 何か予定は決まっていますか?」


 我に返った美咲は、ディミディリアに今後の予定を尋ねる。

 あくまで魔将になったのは魔王に戦いを挑むための方便に過ぎないはずなのに、律儀な美咲は魔将になった以上は出来る限りのことをしようと思っていた。

 相変わらず人の良い性格である。


「軍事行動については、決定権が魔王様にあるから、魔王様の判断待ちよ。それまでに、そうね。あなたたちにはお披露目をしてもらいましょうか」


「お披露目?」


 きょとんとした顔で、ミーヤが鸚鵡返しにディミディリアに尋ねる。


「そう、お披露目よ。あんたたちが仲間になったんだって、宣伝を兼ねて発表するのよ。盛大にね」


 美咲とミーヤを見下ろし、ディミディリアが口を歪めて笑った。


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