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美咲の剣  作者: きりん
六章 守るべきもの
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二十七日目:魔王の目的5

 謁見の間に入ってまず美咲が驚いたのは、天井の高さだった。

 今までこの世界で見てきたどの建物よりも高い。

 ベルアニア王子フェルディナントとの謁見の時に通された謁見の間よりも空間が広い。

 ただ広いだけでなく、縦にも横にも広いので、根本的な大きさそのものが違うのかもしれない。

 美咲はベルアニアの王都と魔王が治める魔族国家の首都魔都の両方に滞在したことになるけれども、どちらも短時間でこれから知ることができる魔都や魔王城はともかく、ベルアニアの王城や王都などについてはもう知りようがない。

 もし知ることができるとしたら、それは魔王を倒した後だろう。

 前を歩くディミディリアを見つめる。

 玉座がある床の少し前は階段状になっていて、玉座には魔王が座っている。

 その姿はまだ見えない。

 魔王が姿を隠しているわけではなく、ディミディリアに「許しがあるまで顔を上げるな」と言われていて、美咲が顔を伏せているからだ。

 ミーヤもそれは同じで、厳かな雰囲気を壊すことなく粛々と歩いている。

 美咲の服の袖を片手でぎゅっと握り締めていることだけが、ミーヤの内心の不安を示していた。

 元を正せばミーヤは戦災孤児だ。

 魔王の恐ろしさは伝え聞いていたし、魔族の恐ろしさならばヴェリートが襲われた時に身に染みて経験している。

 そのうち魔族の恐ろしさに関しては、混血の隠れ里での経験と、アレックス分隊の魔族たちや、カネリアを始めとする魔族の村の生き残りである女魔族たちと一緒に過ごしてその人となりを知ったことで薄れた。

 しかし魔王に関しては、セザリーたちを殺されたことで、かえって増しているかもしれない。

 階段状の段差まで来るとディミディリアが片膝をつき、美咲とミーヤもそれに続いて、同じように片膝をついた。


「──面を上げよ」


 地獄の底から響いてくるかのような、恐ろしくおどろおどろしい声がした。

 はっきりと聞こえているのにどこかくぐもって聞こえる、聞く者に不思議な印象を与える声だ。

 目の前のディミディリアと一緒に、美咲も顔を上げる。隣では、ミーヤも。


(あれが、魔王……。皆を殺した、仇。それ以前に、私が倒さなければいけない相手)


 魔王といえばいかにもな化け物の姿を想像していたが、美咲が初めて目にした魔王の姿は、案外人型を保っていた。

 もっとも、人間に見えるわけではない。

 あくまで人型の形態であるというだけで、誰が見ても魔王が人間だとは思うまい。

 肌は青く、毛髪もなく、代わりに雄々しい角が額から一本、後頭部から二本生えている

 目は黒目と白目の区別がつかず、紫色の輝きを宿して煌き、口元からは牙が覗く。

 ディミディリアに勝るとも劣らない体格の良さで、太ももや二の腕の筋肉ははち切れんばかり。

 分厚い胸板に、ごつごつの脇腹。首も太く、首の太さだけで美咲の太ももと張り合えそうだ。

 そもそも美咲とは根本的な大きさが違っていて、段差による補正を抜きにしても、美咲は魔王の顔を見るには見上げなければならない。


「汝、名を何という」


「……美咲です」


 名乗った美咲に、魔王が玉座に腰掛けた状態で肩肘をつき、掌に顎を乗せて笑みすら浮かべ、面白がるように告げた。


「では、美咲よ。貴様に処分を伝えよう。我が朋友である蜥蜴魔将ブランディールを打ち倒した罪は重い。本来ならば貴様と貴様に関わった人間全ての命で購わせるべきだが」


 言葉を切った魔王が、意味深にディミディリアをちらりと見下ろす。

 ディミディリアの背後にいる美咲からは、ディミディリアの表情は見えない。


「一部の同胞たちから、お前の助命嘆願が届いている。囚われていた魔族を助けたそうだな。それは真か?」


「本当です」


「何故助けた。お前にとっては敵だろうに」


「敵ではありません。私にとっての敵とは、最初から魔王だけ。あなたにかけられた死出の呪刻を解くために、私は此処まで来ました」


「ほう。私が死出の呪刻をかけた、か」


 口元を笑みの形に歪め、わざとらしく魔王が首を傾げた。


「──はて。全く見に覚えがないな」


「嘘をつくな!」


 しらばっくれた魔王に、美咲は我慢できずに吼えた。

 着ている魔族軍の軍服の上半身をはだけ、露出させる。

 一応胸覆いとして布を巻いているが、それでも死出の呪刻が刻まれていることは一目瞭然だ。


「あなたが原因で私はこの世界に落とされて、全身にこんな呪いを刻まれた! 魔王の他に誰にこんなことが出来るっていうの!?」


「ふむ。確かにそうだな。遠く離れた場所で発動した召喚術に介入してなおかつ呪刻を刻むことができる者など、実力的にいえば、私か、アズールくらいしかおるまいよ。アズールよ。やったのはお前か?」


 尋ねられた死霊魔将は、その髑髏顔をひょうきんにカタカタと鳴らしてとぼけた声で答える。


「記憶にございませんな」


「だそうだ。どうする。今この場で襲い掛かるか?」


 ぎりぎりと噛み締める歯に怒りを篭めながらも、美咲は発作的に襲いかかりたくなるのを自制している。

 魔王の他に、すぐ側に魔将が二人。美咲とミーヤで挑んだところで勝てるわけがない。


「できるわけ、ないでしょう……! どうなるかなんて、目に見えてる……!」


「冷静な判断力を失っていないようで安心したぞ。決定を伝えよう。嘆願を受け入れる」


 思わずといった様子で目を見開く美咲とミーヤに、魔王はニヤリと笑ってとんでもない条件をつけた。


「ただし、その代わりその身で以って空いた魔将の二枠を埋めよ。それぞれ人魔将美咲、従魔将ミーヤと名乗るがいい」


「は?」


「ほえ?」


 思わず美咲とミーヤが呆けた声を上げ、何かの聞き間違えではないかと思ってしまったのも、仕方ないことだろう。

 それくらい非常識な裁定を、魔王は下した。



■ □ ■



 それからしばらくして。

 美咲は訳が分からないまま謁見の間を出て魔王の前を辞した。

 処刑されることすら覚悟していたのに、何故か魔将の地位を拝命した。

 意味不明過ぎて、狐に化かされたような気分になる美咲である。


「ふふん、我らが魔王様は考えてることが常人とは違うでしょ?」


 何故か自慢げな雰囲気のディミディリアに話しかけられ、美咲は目を瞬かせながら答える。


「え、あ、はい。確かにそうですね。吃驚しました。……ちょっと、未だに信じられませんけど」


 未だ戸惑っている美咲に代わり、事実は事実として受け入れたミーヤが不思議そうな顔でディミディリアに尋ねた。


「でもいいの? ミーヤたち人間だよ?」


 当然それについてはディミディリアも予想していた質問だったようで、彼女はすらすらと説明する。


「それについては問題ないわよ。魔族領にも色んな理由で人族のコミュニティから弾き出された人間がいないわけじゃないし、商人が商売目的で危険を承知で入ってくることもある。人族軍から何か密命を帯びてないか調べた上でだけど、単純な商売だけなら私たちも許可しているからね。それに魔族軍に入れば人族じゃなくて魔族として扱われるようになる。元を辿ればアズールだって、元々は人間として魔族軍に入って、そこで死霊魔法を極めてアンデッドとして魔族に転生したクチよ」


 まさかあの死霊魔将が元とはいえ人間だったとは思わず、美咲は唖然とした。


「まあ、アイツは人間だった頃から死霊魔法が一番で、魔族軍に入った理由も魔法を学びたいから、他の人間なんてどうでもいいって言い切る奴だったけどね」


 どうやら死霊魔将は行き過ぎた個人主義な人間だったようだ。

 人間側に漏れてくる魔法だけでは我慢できず、自ら魔法のために人を裏切るなんて、色んな意味でアグレッシブ過ぎる。


「私たちも何か目的があって此処にいるとは思わないんですか?」


 美咲の質問はどうやら的外れなものだったようで、ディミディリアが吹き出した。


「思うも何も、魔王様を倒すためってさっき魔王様の前で啖呵切ったじゃないの」


「そうでした……何で許されたんでしょう」


「まあ、あの方も大概気紛れだからね」


 頓珍漢な質問をしたことで恥ずかしがりながら首を傾げる美咲と、大口を開けて笑うディミディリアに、ミーヤが今更な疑問を口にする。


「そもそも魔将って偉いの?」


「偉いも何も、魔族軍からも命令系統が独立している魔王様直属の配下よ? 直接的な指揮権こそないけど、権力的には、魔族軍指揮官よりも上なのよ、これでも」


「ふぁー。お姉ちゃんは分かるけど、ミーヤまで……。実感が沸かないや」


 驚いた様子で口をぱくぱくさせるミーヤに、ディミディリアはミーヤが首から紐で吊るしている魔物使いの笛を指差してみせた。


「それは、間違いなくその笛のせいね」


「え? この魔物使いの笛のこと?」


 自らの笛を掴んでマジマジと見るミーヤに、ディミディリアが魔族側の知識を明かす。


「その笛ね、別名を魔王の呼び笛っていって、魔物使いの笛の中でも最高級の笛なの。元々は魔王様の持ち物だったんだけど、戦争で紛失しちゃってたのよね。見つかってよかったわ」


「よく取り上げられませんでしたね……」


 そんな貴重なものの所持を許されたことに美咲が驚いていると、ディミディリアは聞き逃せない事実を述べた。


「魔王の呼び笛は生きた笛なのよ」


「え? どういうことですか?」


 思わず聞き返した美咲と、さすがに驚いたようで勢い良く振り向いたミーヤに、ディミディリアは笑ってミーヤが持つ魔物使いの笛が生きているという言葉の意味を明かした。


「言葉は喋れないけど、意思はある。だから自らの持ち主と認めた者の意思を汲み取って、適切な魔物を適切な数だけ呼び、懐かせる。無理やりの手段じゃ持ち主は変わらないから、今の持ち主であるミーヤちゃんごと取り込もうと思われたんでしょうね。特にミーヤちゃんの場合はまだ小さいから、成長すれば問題なく魔族軍に馴染むと思うし」


 ディミディリアから得た新情報を、美咲頭の中で既存の情報と合わせて整理して纏める。


(この魔物使いの笛は、アリシャさんがくれたもので、それを私がミーヤちゃんにあげた。だから問題なくミーヤちゃんは持ち主として笛に認められた?)


 それが間違いない事実だとしたら、一つ疑問が出る。

 アリシャも誰かに譲られたと言っていたが、彼女ははっきり魔物使いの笛を戦利品と言っていた。

 戦争で得た戦利品ならば、全うな手段で得た品ではないはずだ。


(だとすると、アリシャさんはどうやって笛に認めてもらったんだろう)


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