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美咲の剣  作者: きりん
六章 守るべきもの
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二十七日目:魔王の目的4

 茶色の暴虐が美咲目掛けて落ちてくる。

 自分の頭上から振り下ろされる木剣は、そうとしか表現できない威力とスピードを伴っていた。

 たかが木剣と侮るなかれ。その一撃は、命中すれば美咲の頭蓋を叩き割るに余りある。

 どうせ寸止めしてくれるだろうというのは甘い考えだ。

 そういう考えは、アリシャがもっとも嫌っていたもの。

 どこかアリシャに通じるところがあるこのディミディリアも、ただの手合わせだというのにまるで容赦というものを見せない。

 隙を見せれば容赦なくそこを突いてくる。わざと隙を晒しても有り余る力で罠ごと踏み抜き、美咲が木剣を振る余裕を与えない。

 生半可な威力の攻撃をしても、それ以上の攻撃で撃ち落とされ、無防備なところにそのままその攻撃が打ち込まれる。

 ディミディリアの手加減は秀逸で、当たっても凄く痛いが大怪我はしないという絶妙のバランスで行われている。

 美咲は痛みによってどの手が駄目でどの手なら通用するかを文字通り身を以って学び、形振り構わずディミディリアに喰らいついていく。


「いいわよいいわよ! 悪くない反応じゃないの!」


 今まで容易く美咲の攻撃を潰して当てることが出来ていたディミディリアの一撃が、少しずつ防がれていく。

 豪速の剣は弾かれず、受け止められず、ただ力の方向を逸らされて、空を切る。


「ならこれはどう!?」


 振り切った腕に、ディミディリアは力を篭めた。

 美咲は信じられないものを見た。

 いなしたはずの腕が、まるでフィルムを巻き戻すかのように戻ってくる。

 それがディミディリアが即座に木剣を反転させて斬り返してきたのだということを理解するのに、美咲は数瞬の時間を要した。

 致命的な、一瞬の忘我の間。

 ピンチのはずのそれを、この二十七日間積み重ねてきた経験がチャンスに変える。


「──っ!」


 鋭い呼気の音。

 考えるよりも前美咲はディミディリアに向かって踏み込み、ディミディリアの木剣の間合いを侵食する。

 ごつ、と美咲の米神に鉄のような固さの筋肉がぶつかる。

 ディミディリアの腕が当たったのだ。

 思わず涙が出そうになる痛さだが、木剣が直撃するよりはよほどマシ。

 すぐ目の前にあるディミディリアの腕の関節を膝蹴りでかち上げ、同時に木剣を振り下ろす。

 膝蹴りが逃げるはずの力を受け止め、膝蹴りと木剣の威力を余すことなくディミディリアの腕の関節に伝える。

 するとどうなるか。

 答えは腕の関節が砕ける、だ。

 これで木剣は使えない。

 そのまま流れるような動きで、美咲は目を見開いて忘我したディミディリアの腹に両手を当て、後は自爆覚悟の魔法で──魔法の行使はルール違反だ。

 我に返り、ディミディリアにぶっ飛ばされた。


「ちょっと!? 訓練で腕の関節砕くとかやり過ぎでしょ!? そりゃこれくらい私たち魔族なら魔法でさっさか治せるけど、私の魔法の腕そんなに良くないの言ったでしょ!? 魔法の治療だってタダじゃないんだからね!?」


「ひっ、ひい! 体が勝手に動いてつい!」


「ついで腕一本貰うとか狂戦士かアンタは!」


「ごめんなさぁい!」


 もう片方の手で頭に拳骨を落とされ、美咲はぐえっと潰れたカエルのように悲鳴を上げて倒れた。倒れる様もカエルみたいだった。


「ったく。この短期間で私から腕一本取るようになるなんて、とんでもない娘ね。それに」


 続けようとした言葉を、ディミディリアは口にするのを止めた。

 プライドもあったし、美咲の危険度を上げるようなことを軽々しく口にするのを嫌った。


(魔法有りの殺し合いだったら、今ので死んでたわね、私)


 もちろん、殺し合いならば美咲の方が勝っていたなどという単純な話ではない。

 最後の一撃を喰らうより前に、ディミディリアは必殺の機会を何度も作っては、美咲を優しく木剣で叩いて教えてやっていたのだから。

 それでも、お互いに魔法という切り札を伏せたままでの戦いで、美咲が最後にディミディリアから一本取ったという事実は、果てしない意味を持つ。

 実戦においても、美咲がディミディリアを打ち倒す可能性が上がったのだ。


(才能の塊ね、この子。戦えば戦うほど強くなる。素人の状態からたかが一ヶ月足らずで此処まで強くなるなんて。ちゃんとした理由で召喚されて、実力者に長くきっちり稽古を付けられてから送り出されていたら、どうなっていたことやら)


 もうすぐ呪刻によって美咲は死ぬ。

 その事実に、ディミディリアは安堵していた。

 放っておいてもすぐに死ぬのでなければ、ディミディリアは魔族の未来を考えて、自ら手を下していただろう。

 ディミディリアは美咲のことを気に入った。

 できることならば、殺したくはない。


「よし。美咲、アンタはもう一度風呂に入ってきなさい」


「ええ!? またですか!? さっき入ったばかりですよ!」


 また風呂女魔族たちの目の前で裸になって身体を洗われるのが嫌で、美咲は全力で拒否をした。


「やかましい。腕の治療に時間が掛かるのよ。誰のせいだと思ってるの」


「す、すみません」


 大怪我を負わせた本人としては、そこを言われると平謝りするしかない。


(とほほ……)


 美咲はとぼとぼと浴場に向かった。

 ディミディリアが魔法で伝えていたらしく、浴場には風呂女魔族たちが勢ぞろいしていて、裸に剥かれた美咲は再び肌をピカピカに磨かれ、羞恥に悶えることになる。

 割と自業自得だった。



■ □ ■



 改めて入浴し直した美咲が風呂場から出てくると、ディミディリアが既に待機していた。

 砕いた彼女の右腕を反射的に見ると、既に癒えたらしく平気な様子で腕を組んでいる。


「腕、もう治ったんですか?」


「魔王陛下がおわすところだからねぇ。不測の事態に備えて腕の良い治癒魔法の使い手が常駐してるのよ」


 尋ねた美咲に、ディミディリアは何でもないことのように答える。

 さすがは魔王城といったところだろうか。人材の充実振りも半端ではないらしい。

 この大陸から人族を駆逐して掌握しつつあるのも、伊達ではないということだ。


「それじゃあ行くわよ」


 歩き出したディミディリアは、やがて少し戸惑った様子で美咲に告げる。


「ところで、さっきから私の脛を執拗に蹴ってくるこの人間のガキ、何とかしてくれない?」


 本人の言う通り、ディミディリアの足元に纏わりつき、しつこくげしげしと脛を蹴飛ばす小さな影がある。

 言うまでもなく、影の持ち主はミーヤだ。

 たかが人間、それも子どものミーヤなど、ディミディリアならば軽く蹴っただけで吹っ飛ばせるのだろうが、ディミディリアは美咲に対してかそれともミーヤ本人に対してか気を使い、そうしようとはしない。

 ただ鬱陶しそうにするだけだ。


「人間じゃないもん! ミーヤだもん! ミーヤが大人しくしてたからってお姉ちゃんを苛めるな! ミーヤの目が黒いうちはそんなの許さないんだから!」


 どうやらミーヤはディミディリアが手合わせで美咲をボコボコにしたことを根に持っているらしい。

 入浴を済ませてからは妙に無言だったのは、待遇が良かったために、ミーヤなりに考えてお行儀良くしようと考えた結果だったようである。

 自分なりに気遣いをした結果がミーヤ主観による美咲苛めともなれば、ミーヤが怒るのは無理もない。

 もっともそれは前述した通りにあくまでミーヤの主観であり、事実とは大いに異なるのだが。


「いやだからあれは苛めじゃなくて、魔王様の決定とはいえちょっと信じれなくて実力を測らせてもらってただけというか」


 思わずといった様子でディミディリアがぽろりとこぼした台詞の内容が、聞き逃せないものだったので、美咲はディミディリアを問い詰める。


「魔王の決定? どういうこと?」


「忘れてちょうだい。口が滑ったわ」


 美咲の追及をさらりとかわすディミディリアは、どうやら口を開くつもりはないようだ。

 自分が話すことではないと考えているのかもしれない。


「ディミディリアって案外口が軽いよね。それでどうして魔将を務められるのか、ミーヤ不思議!」


 タメ口、暴言、生意気な態度とディミディリアを怒らせる要素満載な発言をしたミーヤに、美咲は青くなる。

 恐る恐るディミディリアの様子を窺うと、彼女は牛面を歪ませて微かに笑っていた。


(ひいっ! 怒ってるのかそうでないのか今一分からないけど何か怖い!)


 人間の顔ではないので美咲にはディミディリアの浮かべている表情から感情を読み取りにくく、行動に示すまではディミディリアがミーヤの失礼な発言に腹を立てていても分かりにくい。

 人差し指を伸ばしたディミディリアは、ミーヤの額を指で小突いた。

 どうやら怒っているわけではないようだ。

 あるいは気分を害しはしたが、子どもの言うことだからと流したのかもしれない。どちらにしろ大人の対応である。


「お黙りおちび」


「ミーヤちびじゃないもん!」


 自分が子どもで守られる立場なのを誰よりも理解していて、それでいて美咲の負担になるのが大嫌いなミーヤは、自分に対する子ども扱いに敏感で、そこに触れられるとすぐに怒る。

 その反応自体がいかにも子どもっぽいのだが、ミーヤはそこまで思い至っておらず、言われる度に抗議している。


「口惜しいならもっと背を伸ばしてみなさい。今だと直立でやっと私の人差し指が届く程度よ。十分おちびだわ」


 ミーヤを弄くったことで溜飲が下がったのか、ディミディリアの表情は美咲でもはっきりと分かるくらい明確に笑みが深まる。


「むっかー!」


 全身で己の怒りを表そうとミーヤは手を振り回すものの、ディミディリアの人差し指一本で完全に押さえ込まれてしまっており、全くその場から一歩も動けない。

 ディミディリアの力のかけ方は秀逸で、ミーヤの身体の僅かな反応から行動を先読みしてかける力の向きを変えており、ミーヤを封じ込んでいる。


「それは、ディミディリアさんが大きいせいもあるような……」


 ぼそりと呟いた美咲に、ディミディリアが反応した。


「まっ、乙女に向かって大きいですって? 失礼しちゃうわ!」


(乙女……?)


 筋肉ムキムキの牛人間にしか見えないディミディリアは、一応女性であるということは美咲も知っているとはいえ、とてもではないが乙女という言葉が似合うようには思えない。


「え? 乙女? ここにはミーヤとお姉ちゃんしかいないよ?」


 ミーヤを同じことを思っているようで、わざとディミディリアを視界から外し、白々しく回りを見回す。

 小さななりをしていながら、案外ミーヤは煽り性能が高い。

 出会った当初はそんなことは無かったのだが、美咲がミーヤのことを頼るようになってから次第に性格がふてぶてしくなりつつある。

 特に、混血の隠れ里に着いてからその傾向が高い。

 あの時は美咲が気絶していて、ミーヤがバルトと共に美咲を守って戦っていた。

 主な戦力はバルトでミーヤは戦闘では役に立っていなかったが、意思決定は全てミーヤが行っていた。

 その経験が、ミーヤを精神的に強くさせたのだ。


「お喋りはこれでおしまいよ。お前たちにはこれから魔王陛下と謁見してもらうからね」


 ミーヤの挑発を流したディミディリアは、真剣な目で美咲とミーヤを見つめる。

 ようやく、美咲は魔王と対面する。

 その事実に、美咲の心が震えた。


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